キャラ交換で大商人を目指します

杵築しゅん

文字の大きさ
上 下
310 / 709
覇王と国王

169ー1 王族として(2)ー1

しおりを挟む
◇◇ トーマス王子 ◇◇

 目の前に現れたタイガーは、龍山で討伐したものより少し小さいが、あの時は他のメンバーと協力して討伐した。

 口元に血が付いてるところを見ると、また誰かが犠牲になったのだろう。
 空腹状態ではないので、いきなり飛び掛かってくる様子もないが、危機的状況であることに変わりない。

「おひとりで大丈夫ですか?」と、魔獣討伐専門部隊副指揮官のネルソンが後ろから声を掛けてきた。

 私が王都から出る時は、これまでなら自分の前後左右を護衛が囲んでいた。
 だが今は、私の前には誰もおらず、自らが戦うことを前提に質問されている。

 後ろを振り向けば瞬時にタイガーに飛び掛かられてしまう。後ろを見せたら終わりだ。
 緊張で喉がくっつき息が上手くできない。

 なんとか唾を飲み込み、両手に魔力を集めていく。
 使える攻撃魔法を幾つか考えて、動かないタイガーを睨んで攻撃方法を決めた。

 攻撃しようと両手を前に出したタイミングと、タイガーが動き出すのは同時で、私は龍山で何度も使った氷の攻撃魔法を放った。

 タイガーの毛皮は高く売れる!……という仲間の声が聞こえた気がして、出来るだけ火魔法を使わずに倒そうと氷を連射する。

 高く飛び上がって攻撃を避けようとするが、魔力量の多い私は、タイガーの動きに合わせて攻撃を続けることができる。

「逃がしはしない!」と言いながら、ビシュビシュと尖った氷を次々に放てば、その中のいくつかがタイガーの腹と顔に命中した。
 ギャウ!と声を上げたタイガーは、後ろに飛び下がり体を右に傾ける。

「今だやれ!」と、離れた場所からダイキリさんの声が聞こえてきた。
 そうだ、ここからが肝心なんだ。完璧に仕留めなければ他の誰かがまた襲われる。

 私は記憶の中のダイキリさんと同じように腰から剣を抜くと、ふらついているタイガーの首を目掛けて剣を突き刺した。

 パーティーではいつもダイキリさんが剣で止めを刺し、魔獣の首を刎ねていた。
 私の力では首を刎ねることはできないが、突き刺すことならできる。

 両手に力を込めてグッと深く突き刺すが、タイガーは倒れない。
 突き刺した剣を抜こうとして、私の体は宙を舞った。

 何が起こったのか一瞬分からなかったが、どうやらタイガーに跳ね飛ばされたらしい。

 剣を失い倒れた私は、このままではやられてしまうという恐怖心で、頭の中が真っ白になってしまった。
 もう駄目だと思った時、ザシュと音がして、何かがドサリと倒れ振動が体に伝わった。

「首を狙うなら、首の太いタイガーは、横から前の部分を斬るのが正解だ。
 刺しても時間が経過すれば死ぬだろうが、下手をすれば爪でやられる可能性がある。まあ、でもよくやった」

ぼんやりと体を起こし声のする方を見上げると、ダイキリさんが剣に付いた血を振り落としているところだった。

 その後ろには、胴体から離れたタイガーの首が転がっていて、「助かった……」と心の中で呟き、フーッと大きく息を吐きだした。

「まだまだです。ダイキリさんのようにはいきませんでした。
 もっと剣の腕を磨くか、止めを刺せる攻撃魔法を習得しなければなりません」

素直な気持ちで自分の非力を認め、「お見事でした」と笑顔で差し出されたネルソン副指揮官の手を、私は笑いながら取って立ち上がった。

 以前の私であれば、自らが止めを刺せなかったことを認めたくない……とか、王子として恥ずかしい……とか、バカにされたのではないかと卑屈に考えていただろう。

 だが、ダイキリさんはSランクの冒険者で、実力差があって当然なのだと、今なら謙虚な気持ちで認めることができる。
 魔獣討伐は自分の力を誇示する場ではなく、魔獣を討伐するために連携し、確実に討伐することが大事なのだ。


 町のあちらこちらから「ありがとう!」とか「タイガーが死んだぞー!」という声がする。
 見上げると住民たちが窓から身を乗り出し、嬉しそうに手を振っている。

 龍山で魔獣を討伐していた時は、誰かのために戦っているというより、稼ぐためとか経験を積むためという意識しかなかった。
 でも、こうして誰かの役に立てたと思うと、満たされた気持ちで胸が熱くなる。

 冒険者なら、魔獣の脅威から住民を守ることは当たり前だとアコルが言っていた。
 そうか、普通の人間は魔獣と戦えないんだから、専門家である冒険者が戦うことは当然のことだったんだ。

 それなのにこの国は、素人の魔術師や魔法師が威張って指揮を執り、魔獣を討伐したこともない大臣や指揮官が、当たり前のように現場を仕切っていた。
 
 ……高位貴族だったら指揮できると思って。・・・はは、確かに死ぬな。

 冒険者だって怖いし死にたくはない。だけど戦えるから戦う。
 戦えるから立ち向かう。戦うために鍛えて、仲間を信じて連携する。全ては守るために。

 何故アコルが魔術師制度を改革したのか、分かっているつもりで、本当の意味を理解していなかった。

 魔獣と戦えるのは、魔獣と戦う経験を積み、自分の弱さも欠点も分かっていて、連携することの大切さを知っている者だけなのだ。
 貴族とか爵位なんて、魔獣の前では何の役にも立たない。

 ……アコルの原点が、冒険者の教えにあるという意味がようやく分かった。

 ……大臣や領主は、いや王族も含め、冒険者が当たり前に思っている、民を守るという基本的な思考が欠落している。
 
 ……私は何のために、王になりたかったのだろうか・・・


 ようやく宿が見つかったのは、すっかり日が暮れてからだった。

 その宿の一階部分は、魔獣に侵入され滅茶苦茶になっていたが、宿で働いていた者や宿泊していた客、逃げ込んで来た近くに住む住民たちによって、階段の途中に椅子や家具を使ってバリケードが作られており、魔獣が2階に上がることを防いでいた。

 裏口に回ると、人がひとり登れる幅の梯子が2階の窓まで伸びていた。
 既にいっぱいだから無理だと断られたが、全員分の水と少しだけ食料を提供するからと交渉し、なんとか宿に入れて貰えた。

 ここで身分を振りかざすのは得策ではないとダイキリさんが言うので、王族や貴族であることは伝えていない。

 3階は女性や子供や客が使っていて、廊下で寝泊まりしている者も大勢いた。
 2階は主に男性や従業員が使っていて、大きくもない宿には、300人近い人間が避難していた。人口八千人の町に、三階建ての建物が沢山あるわけではない。

 どの顔も疲れ果て、昨日の午後から水も飲めておらず、食事は二日前に食料が尽きていたという。
 体調を崩している者もいるし、ケガをしている者もいる。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされ、生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれてしまった、ベテランオッサン冒険者のお話。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...