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商人魔王

94ー2 商人ですが何か?(1)ー2

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「デミル領は、サナヘ領よりも少し被害が大きかったようだ。
 被災者の数はモカの町やココア村の方が多いが、死者の数はデミル領の方が圧倒的に多かった。
 信じられないが、デミル公爵と王弟シーブル様は、被災者を救済しなかった」

午後10時頃に戻ってきたトゥーリス先輩は、開口一番信じられない話を始めた。

「はあ? 救済しなかった?」と1年生5人の驚きの声が揃った。

「ああ、デミル公爵は被害の大きかった町を完全封鎖し、被災した貧乏な平民やケガ人を……セイロン山の麓の村に閉じ込め見捨てた。
 軍の兵士は町に残っていた遺体の埋葬と、町の封鎖作業に使われたようだ。

 魔法師には、焼け残った建物の撤去を命じたらしい。
 そしてようやく今朝、貴族や金持ちだけを限定し、被災地からの移動を認めた」

トゥーリス先輩は怒りを滲ませ、嫌悪感を隠そうともせず、シラミド男爵から聞いた話を聞かせてくれた。 

「「信じられない!」」と、ルフナ王子とラリエス君も怒りを滲ませる。

「それじゃあ、王都から持ち出した軍の食料や、モカの町から奪った薬はどうしたんです?」と、エイト君が低い声で質問する。

「フッ、それらは全て、軍の兵士や魔法師のために使われた。薬草は医師や薬屋に高値で売り付けたようだ。
 父もトーマス王子も、あまりの酷さに絶句していたよ」

信じたくない事実に、トゥーリス先輩も言葉が出なかったと言う。

「まあ、予想通りです。救済活動で最も難しいのは、救済する側の食料や宿の確保です。
 デミル公爵は軍の大隊100人以上を率いて行ったので、兵士と魔法師の世話で精一杯だったと思います」

「そうだなアコル。それは今回の救済活動で身に染みたよ。
 結局父もトーマス王子も、初日は我々の宿の手配で終わってしまったし、実際、現時点でも用意できていない。
 これは経験しなければ分からなかったことだ」

フーッと大きな息を吐き、サナへ領も危うくココア村の住民を見殺しにするところだったと、トゥーリス先輩は反省を込めて先日のことを振り返った。

「それにしても許し難い。人の命をお金で決めるなんて・・・
 無知とはこうも残酷だ。
 デミル領の混乱はこれから始まることになります。

 トゥーリス先輩、ラリエス君、春になったらデミル領から流民が大量にやって来ますよ。対策が必要です」

俺はデミル領の今後を予想し、起こりうる事態の話をする。

 デミルの領民は、魔獣に襲われても領主様は助けてくれないどころか、平民は殺されるのだと知ってしまった。
 だから、生き延びるためにデミルを捨て、隣の領地に救いを求めるだろうと、弱者の行動を予測して付け加えた。

「勘弁して欲しい。自領の魔獣対策も出来てないのに・・・」とラリエス君は凄く迷惑そうだ。

「アコル、具体的に何が必要か教えてくれないか?」と、トゥーリス先輩が真剣な顔で訊いてくる。

「自領の魔獣対策で重要なのは、事前準備と商人との連携です。
 災害時には商品を定価の8割で売るよう決まりを作ったり、必要な物資をどの店が出すのか決めておいたり、商業ギルドや冒険者ギルドとの連携も大事です。

 でも、最も大切なのは、住民に避難準備をさせることと、役人の教育です。

 領主から災害時の対応方法をきちんと通達するか、そうですねえ、本当に自領の領民を救いたいと望む領主には、側近や役人を、王立高学院の【危機管理指導】の講義に強制参加させるのもありです。

 流民については、自領に入ってきた住民一人につき、金貨1枚をデミル公爵に請求するとか、検問所を作って自領に入れさせないとか……こっちは領主会議の議題ですね」

「なるほど」と俺以外のメンバー全員が頷く。

 そして、そう言えば……って、モカの町の副役場長の情報を、ルフナ王子がトゥーリス先輩に伝えた。



 翌朝も、昨日と同じように被災者たちがやって来て、受付で朝食のお金を払ったり、仕事斡旋の列をつくる。勤め先がある者は、今日から職場に出勤している。

 今日の仕事は、とても辛いことだけど死者を弔う作業をしてもらうと決めた。
 このまま放置していたら、疫病を発生させたり野犬や魔獣を呼び寄せてしまう。

「この仕事のお金は、全額シラミド男爵とサナへ侯爵様に支払っていただきましょう。
 きっとシラミド男爵は西地区に来られるでしょうから、商談することにします。

 この仕事を役場が受けない場合、【薬種 命の輝き】は今日限りで撤退し、【王立高学院特別部隊】の仕事も即時終了したいと思います」

俺は朝の執行部会議の冒頭でそう宣言した。

「そうだな。救済の目処はたったと思う。これ以上アコルに経済的な負担をかける訳にはいかない」

申し訳なさそうに俺を見て、これ以上アコルに甘えることは、国としても領主としても、正しいことだとは思えないとルフナ王子が発言した。

「そうですわね。救済活動としたら、学生の私たちではもう限界ですわ」

侯爵令嬢らしく気高く美しく……って感じのノエル様だけど、よく見たら平服と思われるドレスは薄汚れ、お顔にはかなり疲れが見てとれる。
 それでも弱音を吐かず、執行部の代表者として皆を引っ張ってこられた。

 ちょっとピントがずれているお坊っちゃまのトーマス王子には、絶対に理想の相手だと思うけど、俺の口からそんなことは言えない。

「賛成ですノエル様、新年の休みも開けましたし、被災していないモカの町の住民がたくさん居ます。
 ここから先は、領主であるシラミド男爵と父の仕事です」

トゥーリス先輩も同意し、他のメンバーも賛成したので、そのことをサナへ侯爵とトーマス王子に伝えることが決定した。


 本日をもってサナヘ領での救済活動を終了すると、執行部の決定を聞いた学生たちは、やりきった安堵の表情になる。

 貴族として暮らしている学生には、本当に過酷な救済活動だったはずだ。
 新年の休暇中なのに、本当に真面目に頑張ってくれたと思う。

 その反面、西地区の被災者たちは、【王立高学院特別部隊】が今日で活動を終えると知り、不安そうに下を向いたり、着ているスノーウルフの毛皮をギュッと握る。

 下手をすると、明日から給金が稼げなくなるのだ。無料の食事や信じられない価格で借りている毛皮や毛布は無くなってしまう。そう考えると絶望したくもなるだろう。
 
 ……だけどゴメン。これから先は領主と町の住民が考えることだ。
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