キャラ交換で大商人を目指します

杵築しゅん

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商人見習い

4 身体強化

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「おいガキ、ちょっと待ちな。先輩である俺たちが、身体強化がどういうものか教えてやるよ」

オレンジ髪の男は、俺の腕を掴む力を強めて、逃がさないぞという感じで睨んできた。

「有り難いお話ですが、先を急ぎますので失礼します」

 俺も負けじと身体強化をかけて、ドアを開けて外に出る。
 するとオレンジ髪の男は俺に引き摺られる感じになり、僅か3段の階段を踏み外し転げてしまった。

 俺は「どうされました? 大丈夫ですか?」と心配して声を掛ける風を装いながら、あくまでも自分で転げたドジな人扱いして、「ケガはないようですね良かった」と、ちょっと大きめの声で言ってから立ち去ろうとする。

 ところが階段下でちょっと立ち止まったのが悪かったのか、ガラの悪い下品な4人組に追いつかれてしまった。

「何やってんだフォーク、早く起きろ!」と、頬に大きな傷のある男がオレンジ髪の男を叱咤する。どうやらお仲間のようだ。

 2人の男に両腕を取られ、5人の屈強な男たちにぐるりと囲まれた形で、冒険者ギルドの裏に連れていかれてしまう。

 そこは馬留めのようで、馬が数頭繋げられ飼葉をのんびりと食べていた。
 誰かに助けを求めようとして辺りを見回すけど、残念ながら誰もいない。

「俺たちは全員Dランクだ。新人のお前のために身体強化を教えてやろう」

「いえ結構です」

「遠慮するな。俺たちは親切なんだよ。なあ」

「そうだ。俺たちは新人に優しい先輩だから、ちょっと痛い目……いや、身体強化での蹴りやパンチがどういうものか、指導してやるよ」

 獲物を追い詰めて嬉しいのか、頬に大きな傷のある男は、ニヤニヤしながら指をボキボキと鳴らし嫌らしく右口角を上げた。

 その時、1台の馬車が馬留めに入ってきた。
 チラリと視線を向けると冒険者ギルドの看板と同じ絵が刻印されていた。

 でも俺を囲んでいる男たちは馬車には目もくれず、身体強化を使って今にも殴りかかりそうだった。
 
オレンジ髪の男が、右ストレートのパンチを繰り出してきたので、俺はひょいと後ろに頭を逸らしてパンチをかわし、右足を後ろに引いて体の向きを変えると、取り囲んでいた男たちの輪からすり抜けた。

「チッ!逃げ足の早いガキだ」と、大きく右腕を空振りさせた男が悪態をつく。

 他の4人は俺を逃がしはしないぞと、バラバラに襲ってきた。
 
 ……あ~っ、ここで勝ったら、余計に面倒くさくなるんだろうな。

 いつ風呂に入ったのか分からない臭いをさせている男のパンチをしゃがんでかわし、素早く立ち上がって男の足首辺りを右足で思い切り振り抜く。

「ギッ!」と変な声を出した男は、ドンっと倒れて腰を強打する。

 今度は回し蹴りを繰り出してきた男の足を、回転を利用し左手ではたいて、くるりと1回転させ転ばせ……るつもりが、フッ飛んだ。う~ん、流石は身体強化だ。

「こいつー! 身体強化を思い知れ!」と叫びながら俺の胸倉を掴もうと、走りながら両腕を伸ばしてきた男は、その勢いのまま背負い投げさせて貰った。

 二足歩行の獣を倒す訓練が役に立った。父さん、ありがとう。

 残るはあと2人。

 俺は近くにあった木に視線を向け、その木がよくしなる種類だと気付くと、ジャンプして枝にぶら下がり枝をしならせる。

「それで逃げたつもりか!」と、薄ら笑いで近付いてきたオレンジ髪の男が、射程範囲に入ったのを確認し俺はパッと手を離した。
 途端、男は反り返る木の反動をもろに受け、体を後ろにフッ飛ばされてしまった。

 いや、俺は何もしてないよ。男が勝手に木の前に飛び出したのが悪いんだから。

「このクソガキ!黙っていたらいい気になりやがって、お前はもう死ね!」

頬に大きな傷のあるリーダーの男が、鬼の形相で俺を睨みつけて吠えた。

 ……ああぁ、ここでリーダーが冷静さを欠いたらダメだろう。

「俺は仕事中なんで、身体強化の訓練は結構です」とキッチリ、ハッキリと大声で宣言し、逃げるように走ってクキラという名の巨木の下に走り込んだ。

 クキラの木は重くて頑丈だと知る人は知っている。5センチ程の太さの枝でも、意外と重量はある。
 馬留めの角に位置する木を背にして立つ俺を、追い詰めたと勘違いした男は、勝を確信したように剣を抜いた。

「おっさん、剣を抜くのは反則じゃない?」

「はあ? お前みたいなクソガキは、痛い目みないとダメなんだよ!」

「あっそう。丸腰のガキに剣を抜くとは、アンタ、大したことないね」

「死ね!」と叫んだ男の声と、「エアーカッター」という俺の言葉が重なった。
 ゴツン!といい音がして、クキラの木の枝が男の頭を直撃した。

 どうやら気を失ってしまったらしい男を一瞥し、「身体強化の勉強はできたか?」と捨て台詞を吐いて、俺は瞬足でその場を立ち去った。

 どうやら俺は、Dランクよりも強い気がする。うん。間違いない。
 自分の強さがどのくらいなのか分からない俺は、冒険者ギルドで魔力検査や攻撃魔法のテストを受けられなかったことが、なんだか残念な気がした。

 さあ、ちょっと早いけど店に帰ろう。
 やっぱ都会は怖いところだ。

 大商人を目指す俺は、冒険者稼業はバイトにしか過ぎないのだからと、気持ちを切り替えて商人見習いに戻る。




 ◇◇ ダルトン・レイヤ・モンブラン ◇◇

 私は王都ダージリンに在る、冒険者ギルドのサブギルドマスターをしている。
 最近になって、魔獣の変異種が多く目撃されるようになった。

 私がサブギルドマスターに就任して4年、これまでは年に3回程度の目撃情報はあったが、今年になってから変異種の目撃情報や討伐情報は、月に4回程度と信じられない数になってきた。

 サブギルドマスターの仕事の中に、危険情報の確認と討伐というものがある。
 6日前、鹿に似た魔獣ホーンギルの変異種が村を襲ったと知らせが届いた。

 私は軍の小隊と一緒にその村に行き、本当に変異種が出たのかという確認と、今後の対策を話し合ってきた。
 村での死者は8人で、ケガ人は10人を超えていた。

 変異種を討伐するには、冒険者だけではなく、軍や魔術師の参加も必要になってくる。それは、変異種の多くが巨大で凶暴、魔法を使うという噂まであるからだ。
 毒を吐くとか、幻影を見せるとか、幻聴をおこさせるとか、本当に勘弁してほしい。

 今回のホーンギルの変異種は銀色に光っていたらしい。変異種は銀色をしているものが多く、見ただけでゾッとする。
 とりあえず今回は、暫く軍の小隊を駐留させることになった。


 頭を抱えながら馬車で帰ってきたら、馬留めで怪しい奴らが子供を囲んでいた。
 どう見ても、まだ10歳にも成っていない女の子のような男の子?は、強面で屈強な男たちに囲まれているのに、何故か恐怖に怯えている様子ではなかった。

 自分が何をされそうなのかが分からないくらいに鈍いのか、分かっていて余裕なのか・・・いや、そんなことは有り得ない。

 よく見たら、あれは最近王都周辺で仕事をしている、Dランクの奴らだ。
 他所のギルドで何か問題を起こし、仕事場を替えて王都に来たと聞いている。

 あれが俗に言う【新人の可愛がり】だったら、王都支部から追放する。こんな本部の真横でそんな暴挙は許されない。
 少しでもケガをさせたら、直ぐに出て行ってボコボコにする。

 そう思って馬車の陰から様子を窺っていると、信じられないことが起こった。
 俺は何度も目を擦り、これでもかという程目を見開き、耳をそばだてた。

「こいつー、身体強化を思い知れ!」という声の方に視線を集中すれば、大男が軽々と、自分の体の半分の大きさもない子供に投げ飛ばされていた。

 ……全員が身体強化を使っていてこれか?

 次の男は、木の枝にフッ飛ばされた。
 こんな場面で冷静に木を利用するとは、どんなベテランの冒険者だよお前?って、開いた口が塞がらない。

 とうとう最後の1人になった時、最悪のことが起こってしまった。
 10歳にもならないような子に、あろうことかバカな男は剣を抜いた。

 ……有り得ない。完全に正気を失っている。

 私は直ぐに走り出そうとして、身体強化で視力を上げ少年を見た。
 すると確かに、確かに一瞬ニヤリと笑った。

 ・・・はあ?

 そして少年は右手をスッと上げ、何か喋って手首を捻った。

 ……ありえない。絶対に今のはエアーカッターだ。
 ……いやいや落ち着け! エアーカッターはCランク程度の実力がある冒険者でないと使えない技だ。

 少年は倒れているバカなDランク冒険者に何か呟き、瞬足で去っていった。

「まるで逆バージョンの大人と子供の喧嘩だ。いや違う。これは天才と凡人の喧嘩……ではなく、軽くあしらわれただけだ」

気付けば声に出していた。
 きっと彼は、私がここに居たことも分かっていただろう。

 十年に一人は魔術や剣の天才が生まれてくる。

 俺はこれまで天才という少年を一人だけ見たことがある。
 その少年は公爵家の子息で、生まれながらにして魔力量が多かった。そう、高位貴族は元々魔力量が多い。

 でも、その少年は7歳で既に魔力量が50を超えていたという噂だ。
 現在は11歳になっているはずだから、もっと増えているだろう。

 50といえば、Cランク冒険者やD級魔術師と同じ魔力量だ。
 だが、魔力量が多くても、魔術が使えるという訳ではない。技を使うには、地道な訓練と修行が必要なのだ。

 では、あの庶民にしか見えない少年は何だ?
 エアーカッターを簡単に、しかも的を見ないで当てるなんて、Aランクの冒険者でも難しいはずだ。
 
 ああぁ、私は何故、あの少年を引き留めなかったのだろう? どうして名前の一つも聞かなかったのだろうかと後悔した。

 でも、きっとまた会える気がする。あれだけの天才、世に出ないはずがない。 
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