前世の僕は、いつまでも君を想う

杵築しゅん

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99 青い彼方へ(5)

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 ◇◇ 九竜 惺 ◇◇

 悠希を初めて抱いた日から半年、1年振りにイギリスにやって来た。
 大学の夏休みを利用し、悠希は【ラルカンドの世界(青い彼方)】というDVDを制作するため、前世で見ていた景色を撮ることにした。
 今回のDVDはインストゥルメンタルで、前世のラルカンドや春樹が好きだと言っていた景色を中心に、柔らかで癒しをテーマにして制作される。

あきら、此処に三脚置いて。今日は朝日と夕日をメインだから、朝日に照らされた海と、海に沈んでいく太陽を撮れないと明日に持ち越しになる」

 早朝の撮影にも拘わらず悠希は元気だ。今朝のことを考えて昨夜は手加減していたが、もっと激しく抱いてもよかったのかもしれない。
 前世と違ってずっと抱かれる側にまわっている悠希は、注文も文句も多い。
 まあ望むところだが、前世のガレイル王子と違って感情が素直に顔に出るので、思わず力が入ってやり過ぎてしまう。

「はいはい、光彩はばっちりだな。他に手伝うことは?」
「コーヒーの準備しといて」
「了解」

 何気ない会話にも幸せを感じて、作業中の悠希にそっと近寄り頬にキスをする。

「あっ、何するんだ!大人ぶっているくせに子供みたいなことをするな!」
「フフッ、悠希があまりにも可愛くてつい」
「は~っ……今度カワイイなんて言ったら、もう一緒に寝ないからな!」
「それは無理だ。可愛くて愛おしくて美しい私の主を、褒めずにはいられない」

 呆れたようにむくれる悠希に、今日も愛の言葉を重ねていく。
 春樹に言われた通り、悠希には愛していると、くどいくらいに言っている。
 前世でも言われ慣れていなかったし、現世でも同じだった悠希は、はじめのうちは「愛してる」という言葉にいちいち抵抗し不機嫌な顔をしていた。
 未だに「俺も愛してる」とは言ってくれない。
 それでも、こうして同じ時を過ごし、同じ景色を見ることは許されているし、頼られていると思う。もう少し甘えてくれたらと思うが、欲張るのはよくない。

「春樹、またこの場所に来たぞ。今日も海は綺麗だ。海岸線はゴルフ場だらけになってるけど、リーソウビーチは平和でのんびりしてる。見てるか春樹?」

 リバプールに来てから、悠希はしょっちゅう春樹に語り掛けている。
 過去も未来も、悠希はきっとラルカンド春樹を一番愛しているだろう。それは一向に構わない。前世から拗らしているのに今更だ。
 私だって、春樹のことは好きだ。愛しているというのとは違うかもしれないが、守ってやりたかったし、もっと生きていて欲しかった。

「きっと一緒に見てる。そうだろう春樹。私は約束を守ってるから安心してくれ。いつかまた会えるのを楽しみにしてるよ」

 幻ではなく、本当に春樹が笑って悠希の側にいるような気がするから、春樹に向かって近況報告をしておく。

「なんだよ、その必ず会えるみたいな言い方は?」
「ああ、私宛てに残したビデオの中に、未来の予言が含まれていた。その内容については悠希にも伯にも秘密だが、10年後にはきっと分かるさ」
「なんかムカつく。帰ったら俺にも見せろ」
「それは無理だな」
「春樹に禁止されてるのか?」
「いや、悠希が私を愛していると言ってくれたら見せることにしている」
「・・・じゃあ、一生見ることはないな」

 フフッ、そういう意地っ張りなところも可愛いが、ベッドの中では「好きだ」と言わせているから焦ることもない。

 朝日が後ろから登ってきて、海を照らし始める。
 途端に悠希が真剣な顔をしてカメラのファインダーを覗き、デジタルビデオの録画を開始する。
 撮影を開始した悠希は、一切の無駄口はきかないし、よそ見することもない。
 だから私も話し掛けないし、音も立てないようひっそりと存在を消す。
 そんな悠希の姿をじっと見つめながら、シンガーソングライターである春樹のことを考える。

 ラルカンドが亡くなって1年が過ぎたが、今年もラルカンドのアルバムは売れ続けている。
 カラオケランキングのベスト10には、ラルカンドの【離れたくない】と【限界突破】と【負けないと誓った夜】が入り続けているし、卒業シーズンには【旅立ちの空】も入っていた。
 有名なシンガーがカバーしたり、海外のアーティストにも注目されている。
 脳神経外科学会や大学病院から、感謝状や名誉会員も貰った。
 
 春樹、君の想いはたくさんの人に伝わっている。
 返事が返らないと分かっているのにファンレターもたくさんくる。元気が出たとか、頑張りますとか、これからも頑張ってくださいという文章も多い。
 ラルカンドのファンは、これからも増えていくだろう。きっと世代を超えて歌い継がれていく。
 来年の1月から、大学病院の小児科を舞台にしている新人女医とナースたちの物語【命のうた】の二部がスタートする。今度はラルカンドが歌う【限界突破】が主題歌になる。

 カメラ撮影を終えた悠希が、今度はビデオカメラを手に持って、辺りの風景をぐるりと撮影しながら、この場所に相応しい【青い彼方】を歌い始めた。
 悠希にとって【青い彼方】は特別の意味があるようで、悠希が最初にラルカンドを世に出した曲であり、春樹をラルカンドだと知る切っ掛けになった曲だ。
 悠希が将来、映画の道に進みたいと決心したのは、ラルカンドのPVを作り続けていたことが大きく影響している。
 

 私が悠希を初めて抱いた翌日、目覚めた悠希は自分宛のビデオレターを見て、スタジオを野上監督の撮影に提供すると言い出した。
 そして学校の撮影許可も取付け、気付けば野上監督の助手のような仕事までしていた。
 確かに悠希以上にラルカンドのことを知る者は居いない。
 台本内容に思うところはあったようだが、文句も言わず撮影を手伝いながら、映画撮影の世界に魅せられていった。卒業後は野上監督の下で、本格的に映画の勉強をすることが決まっている。
 映画監督を目指す悠希の将来のために、悠希を役員に加えた新会社を設立し、私はソウエイグループの頂点を目指す。


 ……春樹、悠希を託してくれてありがとう。
 ……私の生きる目標と道を開いてくれてありがとう。




 ◇◇ 村上 啓太 ◇◇

 昨年の10月に知ったが、春樹の奴、俺が将来動物病院を開業する資金としてお金を残したらしい。大学卒業までの資金にしてもいいからと、10年間アルバム【真実】や、カラオケ等の印税の一部が入ってくる。
 確かにラルカンドの曲作りに協力したこともあったし、アルバムの中に入っている【聖なる夜に】という曲は、作詞がラルカンド&啓太になっていた。
 第二回クリスマスライブの翌日に、春樹とノリで作った曲だ。

 軽い気持ちで契約書にサインしたが、それが印税云々に関わっていたとは知らなかった。
 お金を貰う気もなかったし、春樹が著作権の問題になるからとかなんとか言って、印税の話なんかしなかった気がする。
 ほんの僅かなパーセンテージだったが、どんだけ【真実】が売れたと思ってるんだよ春樹!
 しかも、入院中に撮影したデジカメ画像が、ナロウズ音楽事務所の買取になって、映画とかドキュメンタリー番組で使用されるとかで、俺は今年初めて確定申告をした。


「ああ、俺も春樹と曲作っときゃ良かったなぁ。ご馳走になります」 
「なに言ってんの蒼空先輩、あんたプロだろう! 俺に奢って貰おうなんて甘いんじゃないか? 俺は後輩でただの学生」

 大学生活初めての夏休み、リゼットルのフェスの応援に行って、二日間だけ休みを貰ったからと、そのまま蒼空先輩は俺と一緒に北海道のアパートに遊びに来ていた。
 リゼットルはデビューして2年が過ぎたし、蒼空先輩はボーカルだから顔も売れている。フラフラと街中は歩けない。
 ということで、閉店前の定食屋で晩御飯を食べながら印税の話をしていたら、蒼空先輩がご馳走になりますなんて笑顔で言うから、きっぱりとお断りさせてもらった。
 明日はアパートでまったりすることになっているので、コンビニで買い込みしてから帰る。

「先にシャワーするけどいい?」
「啓太、普通は先輩にお先にどうぞって言わない?」
「いや、先に入ってアイス食べなきゃいけないし」
「今日の啓太は優しくない! それに生意気」
「俺は昔からこうですけど? 優しくして欲しいんですか蒼空先輩?」
「えっ?……いや、別に……」

 口籠もる蒼空先輩を置いて、先にシャワーを浴びる。
 蒼空先輩の戸惑う顔を見ると、どうしていいか分からない。
 あれだけ一俊先輩からヒントを出されて、春樹からも「蒼空先輩は啓太が好きだと思う」なんて言われていたから、意識せずにはいられない。
 かと言って、そういう目で蒼空先輩を見たことがなかったし、去年は春樹のことと、受験のことでいっぱいいっぱいだったから、自分の恋愛なんて意識の外に置いて何も考えていなかった。

 そもそも、俺は男と恋愛できるんだろうか?
 いや、そうじゃない。蒼空先輩を恋愛対象として好きになれるんだろうか?
 嫌いじゃない。尊敬する先輩だし、一緒にいて楽しい。
 でも、それとこれは違うよな。

 ……はあ、どうしたもんだろう。たぶん、雰囲気からすると俺の方が抱く側だよな。ん? 本当にそうか? いやいや、抱かれる側とか絶対に無理だわ。

 つい考えていたら、シャワー時間がちょっと長くなった。
 蒼空先輩がシャワーに行ったから、頭を冷やすため冷凍庫からアイスを取り出す。
 大好きなあずき最中を食べながら、考えてもしょうがないかと息を吐く。

「啓太、本当に先にアイス食ったんだな」って、冷凍庫を開けた先輩が文句を言う。
「先輩、またちゃんと髪を拭かない! サッカーの試合の後もそうだけど、滴が床に落ちるでしょう!」
「じゃあ啓太が拭いて。俺はアイスを食わなきゃいけないし」

 いつもの我儘を言いながらタオルを渡してくる先輩を睨みながら、俺は大袈裟に溜息を吐くと、先輩の髪を拭き始めた。

「なあ啓太、今日のフェス、本当のところどうだった? ファンは満足してくれたかなぁ? 俺、ちゃんと歌えてた?」
「はあ? 今日は最高だったって、何回も言いましたよね俺」
「うん、そうだけど、やっぱボーカルとして責任があるから気になって……啓太ならダメなところも正直に言ってくれそうだから」

 いつも自信満々な先輩が、伏し目がちに弱気な発言をする。
 いやいや、こんな近い距離で髪を拭いている時に言われても、しかも風呂上がりじゃん。思わず「大丈夫、ちゃんと歌ってましたよ」って言いながら、後ろから抱きしめそうになったわ。あ~っ危ない。

「先輩らしくない。バッチリ歌ってましたよ。ファンの俺が言うんだから間違いないって。先輩の声は嫌いじゃないし」
「そこはさあ、先輩の声が好きなんでって言うところだろう? なんか啓太が冷たい。ファンなのに冷たい」
「あーはいはい。先輩はカッコ良かったし、声も・・・好きかな」
「そんなに面倒くさそうに言うんだ。そっか……もういい」

 先輩は俺からタオルを奪って、俺に背中を向けて自分で髪を拭き始めた。
 その背中がしょんぼりしていて、なんだか虐めたみたいな気分になる。 


 * * * * * * * * * * *

 次の100話目で最終話となります。 どうぞ最後までお付き合いくださいませ。
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