前世の僕は、いつまでも君を想う

杵築しゅん

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97 青い彼方へ(3)

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 ◇◇ 中川悠希 ◇◇

 俺はどうして、春樹が残してくれたたくさんの想いを見ようとしなかったのだろう・・・
 俺は春樹の悲しい顔を見たくなかった。辛そうな顔も見たくなかった。何より泣いている顔を見たくなかった。
 なのに、春樹がこんなにも自然な表情で笑っていたなんて。

 ……俺は春樹のことを何も分かってなかった。

 空いたグラスに自分でワインを注ぎ、映像の再生を一時停止にする。
 春樹はありのままの自分をさらけ出して闘っていたのに、いつだって、俺に愛を与えてくれていたのに、どんなに辛かっただろう・・・寂しかっただろう・・・でも笑って、最後まで笑って、もっと生きたいとは言わなかった。
 忘れたくても忘れられず、あの日の自分を責め続け、春樹の願いを叶えられなかった自分が情けなくて、逃げて、ただ逃げていた。・・・恥ずかしい。



 あの日俺は、春樹と夏の大三角を見て、付き添いで病院に泊まった。
 病院のベッドに一緒に寝るのは無理があったので、ベッドの横に椅子を置いて、出会った頃からの思い出や前世のことを、手をつないで語り合った。
 途中で春樹がキスをねだって、好きだよって言いながら何度もキスをした。
 この至福の時を止めてしまいたいと願ったが、午前零時には春樹は眠ってしまい、無情にも朝はやって来た。

「今日は調子がいいから、2時間だけ外出許可をもらってスタジオに行きましょう」と、目覚めた春樹は明るく言った。
 小林先生は渋い顔をしながらも、行き先が俺の家だと分かると許可を出してくれた。
 車椅子を押しながら歩けば、炎天下の歩道は汗が止まらず、春樹の体力が消耗するのではないかと心配になったが、春樹は久しぶりにスタジオに行けるのが嬉しくて、汗をかくくらいなんでもないと笑いながら言った。

 家の門をくぐると、お婆様がちょうど出かけるところだった。

「ご無沙汰してますお婆様」
「久しぶりね春樹さん。体の調子はどう?」
「はい、今日は落ち着いてます。おばちゃん、啓太を独り占めしてごめんね」

春樹はお婆様に笑顔を見せて、啓太のお母さんに申し訳なさそうに謝った。

「春くん、啓太は好きで泊まりに行ってるんだから、邪魔だったら追い返していいからね。ちょっとこれから買い物に行くけど昼には戻るから」

啓太のお母さんは、冷蔵庫の中に冷たい飲み物が入ってるから、スタジオに持って行って飲みなさいねと言って、やって来たタクシーに乗って出かけて行った。
 スタジオの入り口まで来ると、春樹は車椅子から下りて自分で歩くと言い出した。
 今日は春樹の望みを全て叶えてやろうと思っていたので、反対せずに手を貸しスタジオに入っていった。

「先月も来たのに、なんだか凄く久し振りに来た気がするなぁ。ああ、ここに来ると落ち着く。先輩との思い出や仲間との思い出もいっぱい詰まってるし、俺にとってスタジオは、宝箱みたいなものなんだろうな」

「宝箱? そうだな。俺にとってスタジオは、始めは何も考えたくない時に籠る場所だった。でも春樹が来るようになって、一番大事な空間になった」

 俺はスタジオで過ごした日々を思い出しながら、2つのコップに麦茶を注ぐ。
 春樹はいつものソファーベッドのいつもの定位置に座って、美味しそうに麦茶を飲んでいく。元気だった頃と比べると、少し瘦せているけど、手足はむくんでいて力が入り辛そうだった。

「何か歌うか? 俺も少しは練習したから何曲か弾けるぞ?」

 自分のギターに視線を向けて、ちょっと悲しそうな顔をしていた春樹に訊いてみる。

「悠希先輩、俺のギターをもらってください。先輩のギターは東京でしょう? こっちに帰った時用に使ってください。できたらずっと、ずっとこのスタジオに置いてやってください。他の誰でもない、先輩に持っていて欲しいんです」

「・・・春樹」

 急に胸が苦しくなった。
 何か言おうとするけど言葉が出てこない。
 春樹にとって一番大事なギターを俺に? ミュージシャンであり恋人の伯ではなく俺に?

「ラルカンドを育ててくれたのは、先輩とこのスタジオです。感謝してます先輩。本当にありがとうございました」

春樹は薄っすらと涙を浮かべて、俺にありがとうと言う。
 
 ……いや、ちょっと待ってくれ、そんな……最後の言葉みたいな言い方、俺は聞きたくなんかない。俺は……泣きたくない!

「じゃあ、ギターにラルカンドのサインを貰っておこうかな。サインペンを取ってくるな」と言って、涙が零れる前に自分の寝室に移動する。
 寝室の机の上のペン立てからサインペンを取り、涙を手で拭いて深呼吸をする。
【春樹が笑っている時は絶対に泣くな!】という啓太の言葉が、頭の中で何度もリフレインする。
 もう一度大きく息を吐いて、気持ちを切り替えスタジオに戻る。

 春樹はサインペンを握ると、表にラルカンドのサインを書き、裏に四ノ宮春樹と本名を書いて、今日の日付まで記入した。
 涙を誤魔化すための提案だったけど「啓太なら、ネットオークションに出したらいくらになるだろうって言いそうです」って、春樹はくすくす笑いながら俺の顔を見た。春樹の瞳には、もう涙は浮かんでいなかった。
 春樹も泣かないように我慢……いや、頑張っているんだと自分に言い聞かせる。


「ねえ先輩、シャワーを浴びてもいいですか? 俺、ここのところ調子が悪くてシャワーできなかったんで、汗臭いと思うんです。ここに来るまでも汗かいたから」

「えっ? ぜんぜん汗臭くなんかないぞ。大丈夫なのかシャワー浴びても?」

 突然シャワーを浴びたいと言い出した春樹に驚き、何も今シャワーをしなくてもいいんじゃないか? せっかくスタジオで過ごしているのにと首を捻った。
 でも、春樹の願いは全て叶えてやると自分に誓ったんだから、望みは叶えるべきだろう。

「一人でシャワーをするのが無理だったら、途中で呼ぶかもしれません」
「それなら、最初から一緒に浴室に入るよ。その方が安心だし」
「ええっと……じゃあ、体も洗ってもらおうかな……ああ、でも、5分だけ先に入らせてください」

 どうして5分後なのか分からないが、とりあえず春樹の希望を叶えてやろう。
 春樹の体を支えながら、ゆっくりと風呂場に向かう。途中で自分の部屋に寄って、春樹用に新しい下着とTシャツを用意する。ついでに自分用の着替えも持っていく。
 病人の春樹が倒れたりしないように、様子を見ながら気を付けなければならない。
 よく考えたら、春樹と一緒に風呂に入るのは初めてだ。そう思うと気分が上がる。

 風呂場に到着し、春樹は服を脱ごうとしてハーッと大きなため息を吐いた。

「どうした春樹? 調子が悪いのか? 無理するなよ」
「左手に力が入らない。こんな時に……こんな大事な時に」

 春樹はとても悲しそうな顔をして、持ち上がらない自分の左手を見ていた。

「嫌じゃなければ俺が脱がせるよ春樹。右手だけじゃ不便だろう? 最初から一緒に入ろう。俺が優しく丁寧に洗うから」

落ち込む春樹に、俺はできるだけ明るい声で話し掛けた。

「俺は……自分で……自分で洗いたい場所があったのに……なんで……」

そこまで言って、春樹は泣き出した。
 春樹の言葉の意味を考えて、俺はその意図することに思い当たり目を見開いた。まさか春樹がそんなことを考えていたなんてと驚きが隠せない。

「春樹、もしかして・・・」

もしかして自分で洗浄しようとしたのか?と訊きそうになり、違っていた時のことを考えて言葉を続けられない。
 本当にそうなら、春樹は俺に抱かれるつもりなんだろうけど、そんな体で……そんなことまでしなくてもと思う感情と、そうならどんなに嬉しいだろうという感情が交錯する。

「泣くな春樹。愛してる。俺は春樹と一緒に風呂に入れるだけで幸せだよ。こんな幸せな時間を与えられるなんて想像してなかったから、感動して泣きそうだ。だから、俺に全て任せてくれ春樹」

 春樹を抱きしめて、髪を撫でて、微笑んで春樹の顔を見て、頬の涙を拭う。
 ゆっくりと服を脱がせて、全裸になった春樹の体を見れば、元々瘦せ気味だった体は一段と細くなっていた。
 自分も急いで服を脱ぎ、春樹にキスをしてから浴室に入る。
 春樹を椅子に座らせ、適温なのを確かめてシャワーをかけていく。
 軽くシャンプーをしてから、泡たっぷりのタオルで体をゆっくりと洗っていく。
 首から肩、両腕の次に背中、背中を時々左手で支えながら、太腿から足先まで順に丁寧に洗っていく。一旦シャワーで泡を流してから、自分の右手に泡をのせて胸を優しく撫でるように洗っていく。

 ぴくりと春樹の体が反応する。

「春樹はここも感じるんだ」って言いながら指先で乳首を刺激すると、「あぁっ」と春樹は色っぽい声を漏らした。
 俺は春樹を抱えて立たせると、自分が椅子に座って、春樹が俺にすがれるよう太腿の上に座らせる。
 正面には大きな鏡があり、全裸の春樹がよく見えて興奮度が上がっていく。
 後ろから春樹を抱くようにして、右手は乳首に刺激を与えながら、左手は残りの場所を綺麗にするため腹から下へと移動させていく。
 春樹の反応を楽しみながら、感じる場所を探しながら全身を洗っていく。

 優しく丁寧に指と手のひらを使って泡を広げながら、少し大きくなった春樹のものも、丁寧に丁寧に洗っていく。
 春樹の耳から首筋に唇を這わせると、「あっ」って甘い声を上げて腰が揺れ始める。その動きと鏡に写った春樹の顔を見て、俺のものもより大きくなっていく。

 無理させないように気を付けながら、胸をいじめていた右手を、初めて触れる場所に移動するため、春樹の体を少し前にずらす。
 手のひらにもう一度泡をのせ、ゆっくりと後ろから滑り込ませて、前後に右手を動かして洗っていく。

「あっ、せ、先輩」
「気持ちいいか春樹? もっと気持ちよくしてやるからな」

 感じてくれている様子が嬉しくて、つい右手の中指をつぷりと春樹の秘書に挿入したくなる。

「あぅっ、先輩、待って、お願い、向かい合ってキスしたい」

切なそうな声で、春樹が俺におねだりしてきた。
 俺はこの後ろから包み込む姿勢も結構気に入っているが、正面から春樹の顔が見れないのは勿体ないと気付き、要望を直ぐに受け入れることにした。
 ゆっくりと春樹を立たせて、体を反転させ俺の膝にまたがらせると、上気した春樹の顔が色っぽくて思わず抱きしめてキスをした。
 舌を絡め、吸って、激しく求め合う。

「大丈夫か春樹? このまま続けられそうか?」

 春樹の息が乱れていて、それはキスのせいなのか、感じているからなのか、体調が悪いせいなのか分からず声を掛けてみる。
 ハアハアと少し苦しそうで、つい調子に乗ってしまったと慌てる。

「大丈夫、少し休めば・・・」と言った春樹は、俺の胸に倒れるようにして身体を傾けた。
 サーッと血の気が引いて、ぐったりとした春樹を抱きかかえ、恐怖から腕が震え始める。

 まさかこのまま・・・いや、そんなはずはないと自分に言い聞かせながら、「春樹、春樹!」と叫ぶように名前を呼ぶ。
 2分くらいで目を開けた春樹は、一瞬何が起こったのか分からない感じで周りを見て、「大丈夫、少し横になります」と言った。
 急いで体を拭いて服を着せ、安全を考えて車椅子を使うことにした。本当は抱いてベッドまで運びたかったが、まだ手が少し震えていて断念した。

 ……怖い。春樹の死を意識した途端、また失うという恐怖に震えがきた。


「ごめんなさい悠希先輩。もう落ち着きました。俺、先輩に抱いて欲しかったんです。どうしても、たとえ途中で息が止まっても、先輩の腕の中で死ねるなら、どんなに幸せだろうなんて考えてしまって・・・」

 水分補給をして俺のベッドに横になった春樹は、寂しそうな残念そうな顔をして謝りながら、自分の気持ちを、自分の望みを話してくれた。

「・・・春樹……ありがとうな。俺のために抱かれようとしてくれたんだろう? でも、その気持ちだけで充分嬉しいよ。だから無理しないでくれ」

凄く心臓に悪いからとは言えなかったが、愛しさが込み上げてきてベッドに腰掛け抱きしめた。

「先輩のため? いいえ、俺のためです。俺の欲のためです。俺は欲張りだから、本当はずっと先輩に抱かれたかった。ひとつになりたっかった。だから、この前俺は伯にバイバイって、別れを告げました」

「はっ? 別れを告げた? 伯は了承したのか?」
「いいえ、俺が勝手に、先輩に抱かれたいから、一方的に別れたことにしたんです」
「・・・・・」
「だから悠希、俺を抱いて。ここで、ちゃんとできなくてもいいから」  

春樹は初めて俺の名前で呼んで、抱いて欲しいともう一度言った。
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