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93 残されたもの(2)
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◇◇ アルブートのカズ ◇◇
6月25日、今日は俺の20歳の誕生日だというのに、ソウエイミュージックの会議室に呼び出された俺は、部長、専務に挟まれ、ナロウズ音楽事務所の社長とナロウズ音楽事務所の顧問弁護士と向き合うように座らされていた。
結局ラルカンドの奴は、俺を刑事告訴しなかった。スキャンダルを恐れ、金で解決する方法を選んだんだ。
もしかしたら、国会議員であるオヤジが圧力をかけたのかもしれない。
まあ、どっちにしても売れっ子のスター様には、金が入ることになる。
「こちらが被害者であるラルカンド(四ノ宮春樹)様が出された示談案です。案は2つあり、どちらを選ぶかは堂島一輝(アルブートのカズ)様の意思に任せるとのことです。これ以外の示談案は、ナロウズ音楽事務所の顧問弁護士である藤沢康之が提案した、条件なしでの示談金500万円になります」
弁護士が偉そうに、示談案と書かれた用紙をスッと俺の前に出してきた。
あれから俺は、事務所の部長にこっぴどく叱られ、親を呼び出されて事務所に対する違約金を払うことになった。
母親はいつものように父親に泣き付き、父親の顧問弁護士が出てきて違約金を支払った。
事務所との契約の時に、本人の故意、又は悪意によって会社に損失を与えた場合は、違約金を支払うという書類にサインしていた。しかも、未成年だったので親が連帯保証人になっていた。
父親の顧問弁護士は「こういう尻拭いは、今回で最後にするとお父様から指示されています」と、俺を蔑むような目で見て言った。
だから、ラルカンドに支払う示談金は俺が払うしかない。
アルブートとして活動していれば、金はどんどん入ってくるはずだった。なのに、アオイの奴が抜けたので、今後はどうなるか分からない。
【 示談案 】
① 堂島一輝は、ラルカンド(四ノ宮春樹)に対し、示談金として300万円を支払う。
支払い方法は、毎月10万円を30回の分割で支払うものとする。
この時、堂島一輝に雇い主から支払われる賃金の中から10万円を、堂島一輝に代り振込により支払われるものでなければならない。
② 堂島一輝は、ラルカンド(四ノ宮春樹)に対し、示談金として350万円を支払う。
支払い方法は、8月から12月までは毎月20万円を支払う。(合計100万円)
この時、必ず本人の労働により得られた賃金から支払うものとする。
翌1月からの支払いは、12月25日のクリスマスの時点で、もしも堂島一輝よりも、ラルカンド(四ノ宮春樹)の方が幸せであると判断された場合は免除される。
しかし、堂島一輝の方が幸せであった場合は、毎月10万円を25回の分割で支払うものとする。
※ 幸せの判断については、生きて最低限の生活を営んでいる状態を基本とし、収入・人気・メディアへの露出度、取得財産・結婚・仕事内容・健康等で総合的に判断される。
※ ラルカンドが自殺した場合は、不幸とは認められない。
※ 堂島一輝が自殺した場合は、残金を保険金又は親から補填する。
③ 堂島一輝は、ラルカンド(四ノ宮春樹)に対し、示談金として500万円を支払う。
「はあ? なんの引っ掛け問題だよ」と、俺は思わず呟いてしまった。
「この、労働から得られた賃金って①と同じなのか?」
「そうですね。いわゆる給料の差押えみたいなものです。ですから、自分で働くことが条件になっています」
目の前の弁護士が、無表情のまま説明する。偉そうな態度が気に入らない。
②の幸せ比べはどういう意味だ? どう考えても予想しても、ラルカンドの方が幸せになっているだろう。アルバムとDVDの発売で、収入では雲泥の差が出るのは確かだ。
……いや、もしも俺が宝くじで10億とか当てたら分かんねーな。
それに②だと、来年の1月からの支払いは、賃金からという指定がない。貢がせた金でも問題ないってことだ。
「大先生は、俺に情けでも掛けてやろうってことなのか・・・幸せって、決まりきった勝負を仕掛けて何がしたいんだ? 金が欲しいんじゃないのか? まあいい、俺は②の示談案に決める」
こんな茶番、俺がどれを選ぶかなんて分かってるだろう。いや、裏をかいて①案で、俺を働かせて長く金を取ろうということか?
「あなたには、自分の行いを後悔したり、反省しようという気持ちはないようですね。被害者に謝罪する気持ちも全く伝わってきません。なるほど……あなたから渡された示談金は、全て大学病院の小児科に寄付すると仰った訳が分かったような気がします。謝罪も受け入れないと言われたのは、謝罪する気がないことを見抜いていたから……ということですか」
弁護士は勝手に何かを納得したような言い方で、②案で作られた正式な示談書をカバンから取り出した。
既にラルカンドの署名捺印がされており、確かに示談金の全額は寄付されると書かれている。金持ちの格好つけかよ!生意気なヤツだ。
②案を選んだ俺は100万円を払うために、結局事務所が選んできた仕事をせざるを得なくなった。
この俺が、三流ドラマの悪役を演じるなんて胸糞悪いと思ったが、年末までの辛抱だ。周りの奴等には「何事も経験だから」と言って誤魔化した。
2本同時に仕事が入り、深夜まで撮影を強いられクタクタの毎日だ。
悪ぶった台詞も悪役らしい態度も、自分の素でいけるから簡単だと思っていたが、台本の中の人物を演じるというのは意外と難しかった。
悪役と言っても、猟奇的な殺人犯と知的で計画的な殺人犯は同じじゃない。何度もダメ出しをくらい、「君の演技は安っぽいチンピラ程度だ」と笑われ、アイドルは気楽なもんだと、他の俳優たちから陰口をたたかれた。
ラルカンドの示談金がなけりゃ、こんな仕事なんかしてないのにと腹が立った。
悔しくて悔しくてヤケになりそうになった時、立ち寄ったコンビニの店内で流れていた【負けないと誓った夜】という曲を聴いた。
誰が歌っているのか聞いたことのない声だったが、曲の歌詞が妙に心に響いた。
負けたくない気持ちが生まれてきて、絶対に俺をバカにした俳優を見返してやろうと思った。
久し振りに気に入った曲に出会い、家に帰って誰が歌っているのか検索した。
ラルカンドという名前を見た時、信じたくなかったし、二度とこの曲を聴くのを止めようと思った。
大っ嫌いなヤツの曲に、少しでも感動した自分が許せなかった。
でもラルカンドの声は、アオイがよく聴いていた【神秘の扉】でしか聴いたことがなかった。だから俺は、女みたいな高音で歌う奴だと思っていた。
二度と聴きたくなかったのに、撮影で嫌なことがあると、何故か聴いてみたくなり、直ぐにゴミとして捨てるつもりでアルバム【真実】を買った。
徐々に役者として自信が持てるようになってきた8月8日、久しぶりのオフで昼過ぎまで寝ていた俺は、寝起きに見たスマホの画面に、目を疑うとんでもないニュースが表示されていて固まった。
****
作詞作曲家であり、シンガーソングライターのラルカンドさん死去。
若すぎる17歳の死、業界に衝撃! ファンや関係者は号泣。
所属事務所は死因を脳腫瘍と発表。ライブDVD発売からわずか2週間足らず。
若き天才の遺作となったベストアルバム【真実】は、発売から1ヶ月で17年ぶりにセールス記録を塗替えたばかり。
****
……な、なんだ? どういうことだ? はあ?死去だと・・・
……自分が死ぬって分かっていたから、示談書にあんなことを書いたのか?
……なんだよ、なんで死ぬんだよ。これじゃあ俺の方が幸せってことになる。
クリスマスになったら笑ってやろうと思っていたのに・・・クソッ!
ああ、アオイの奴、今頃泣いてるんだろうな・・・
「はは、結局俺の負けか・・・」
無性に【負けないと誓った夜】が聴きたくなった。
捨てようと思っていたけど捨てられず、いつの間にか覚えてしまった曲は1曲だけじゃなかった。
聴きながら、溢れてくる涙に戸惑いながら、なんで殴ってしまったんだろうと初めて後悔した。
あの時ラルカンドは、まともに歩けないくらい具合が悪そうだった。
ラルカンドの事務所の副社長は、倒れて意識のない様子に、脳に影響が出ているかもしれないから動かすなと叫んでいた。わざわざ大学病院に救急搬送させたのも、脳の病気があったからだ。
……何故クリスマスだったんだろう?
もしかしたらクリスマスの頃まで、生きている予定だったのかもしれない。
俺はラルカンドを殴った右手を見つめて、自分の愚かさに声を上げて泣き出した。
◇◇ ショーン ◇◇
皆さんこんばんは。ショーンです。12月26日、今年最後の放送は、シンガーソングライターのラルカンドさんを特集したいと思います。
ラルカンドさんがゲスト出演してくれたのは、7月4日の放送日でした。
彼が雑誌以外のメディアに出演したのは、この番組が最初であり、最後になってしまいました。
早すぎる天才の死に、ショックを受けたリスナーは多かったでしょう。
私も大変ショックを受けた一人です。
先日、あの日の録音と休憩時間にしたを会話を思い出して、今だから分かったことがあって、ぜひそれを皆さんにお伝えしたくなりました。
あの日の音声の一部と生うたを、今日は皆さんともう一度聴いてみたいと思います。
シ「でも、これだけ有名人になったら、出ない訳にもいかなくなったと?」
春「いいえ、ここらで自分に区切りをつけて、何かを残したいと欲が出たんです」
あの時は全く気付かなかったけど、何かを残したいと欲が出たって言葉、今なら心に刺さるようでしょう?
休憩時間に、なんだか落ち着いてるねとか、曲が高校生とは思えない感性だよねって話しながら、高校を卒業したら大学に行くの? それとも本格的に活動するの?って質問したんだ。
そしたら、東京の大学を受験する予定だけど、今を生きることで精一杯だから、先のことは正直分からない。夢は、もっと曲を作ることだって答えたんだ。
今を生きることで精一杯なんて、変ったことを言う高校生だとあの時は思ったんだよね。
余程忙しくて、大変なんだろうかって想像したけど、考えが甘かったな。
もっと曲を作るのが夢って、高校生なんだから時間はたっぷりあるのに、随分と生き急いでるもんだと、作家的に不思議に感じたけど、やっぱり読みが甘かった。
後からラルカンドさんの事務所の人に訊いたんだけど、彼は2年前に脳腫瘍だと診断され、今年の春には余命宣告を受けていて、命を懸けてアルバムを作ったんだって。
うん・・・どうりで魂をゆすぶられるアルバムだよね【真実】は。
それじゃぁお待ちかね、ラルカンドさんの生うたで、【離れたくない】と【負けないと誓った夜】をお聴きください。
♪ ♪ ♪
素敵な歌声でした。
【離れたくない】は映画の主題歌で、確かガンで余命宣告された女子大生が主人公だったと思うけど、なんだろう・・・ラルカンドさんの感性って凄いね。
【負けないと誓った夜】は、頑張る人への応援歌だって言ってたけど、この曲を作った時の彼を想うと、自分を鼓舞させるために作ったような気がしてならない。
それではお別れに、ラルカンドさんのアルバムの中から、今年の大ヒット曲【限界突破】を聴いてください。
来年もまた、水曜日の午後10時にお会いしましょう。
皆さん、よいお年をお迎えください。
♪ ♪ ♪
6月25日、今日は俺の20歳の誕生日だというのに、ソウエイミュージックの会議室に呼び出された俺は、部長、専務に挟まれ、ナロウズ音楽事務所の社長とナロウズ音楽事務所の顧問弁護士と向き合うように座らされていた。
結局ラルカンドの奴は、俺を刑事告訴しなかった。スキャンダルを恐れ、金で解決する方法を選んだんだ。
もしかしたら、国会議員であるオヤジが圧力をかけたのかもしれない。
まあ、どっちにしても売れっ子のスター様には、金が入ることになる。
「こちらが被害者であるラルカンド(四ノ宮春樹)様が出された示談案です。案は2つあり、どちらを選ぶかは堂島一輝(アルブートのカズ)様の意思に任せるとのことです。これ以外の示談案は、ナロウズ音楽事務所の顧問弁護士である藤沢康之が提案した、条件なしでの示談金500万円になります」
弁護士が偉そうに、示談案と書かれた用紙をスッと俺の前に出してきた。
あれから俺は、事務所の部長にこっぴどく叱られ、親を呼び出されて事務所に対する違約金を払うことになった。
母親はいつものように父親に泣き付き、父親の顧問弁護士が出てきて違約金を支払った。
事務所との契約の時に、本人の故意、又は悪意によって会社に損失を与えた場合は、違約金を支払うという書類にサインしていた。しかも、未成年だったので親が連帯保証人になっていた。
父親の顧問弁護士は「こういう尻拭いは、今回で最後にするとお父様から指示されています」と、俺を蔑むような目で見て言った。
だから、ラルカンドに支払う示談金は俺が払うしかない。
アルブートとして活動していれば、金はどんどん入ってくるはずだった。なのに、アオイの奴が抜けたので、今後はどうなるか分からない。
【 示談案 】
① 堂島一輝は、ラルカンド(四ノ宮春樹)に対し、示談金として300万円を支払う。
支払い方法は、毎月10万円を30回の分割で支払うものとする。
この時、堂島一輝に雇い主から支払われる賃金の中から10万円を、堂島一輝に代り振込により支払われるものでなければならない。
② 堂島一輝は、ラルカンド(四ノ宮春樹)に対し、示談金として350万円を支払う。
支払い方法は、8月から12月までは毎月20万円を支払う。(合計100万円)
この時、必ず本人の労働により得られた賃金から支払うものとする。
翌1月からの支払いは、12月25日のクリスマスの時点で、もしも堂島一輝よりも、ラルカンド(四ノ宮春樹)の方が幸せであると判断された場合は免除される。
しかし、堂島一輝の方が幸せであった場合は、毎月10万円を25回の分割で支払うものとする。
※ 幸せの判断については、生きて最低限の生活を営んでいる状態を基本とし、収入・人気・メディアへの露出度、取得財産・結婚・仕事内容・健康等で総合的に判断される。
※ ラルカンドが自殺した場合は、不幸とは認められない。
※ 堂島一輝が自殺した場合は、残金を保険金又は親から補填する。
③ 堂島一輝は、ラルカンド(四ノ宮春樹)に対し、示談金として500万円を支払う。
「はあ? なんの引っ掛け問題だよ」と、俺は思わず呟いてしまった。
「この、労働から得られた賃金って①と同じなのか?」
「そうですね。いわゆる給料の差押えみたいなものです。ですから、自分で働くことが条件になっています」
目の前の弁護士が、無表情のまま説明する。偉そうな態度が気に入らない。
②の幸せ比べはどういう意味だ? どう考えても予想しても、ラルカンドの方が幸せになっているだろう。アルバムとDVDの発売で、収入では雲泥の差が出るのは確かだ。
……いや、もしも俺が宝くじで10億とか当てたら分かんねーな。
それに②だと、来年の1月からの支払いは、賃金からという指定がない。貢がせた金でも問題ないってことだ。
「大先生は、俺に情けでも掛けてやろうってことなのか・・・幸せって、決まりきった勝負を仕掛けて何がしたいんだ? 金が欲しいんじゃないのか? まあいい、俺は②の示談案に決める」
こんな茶番、俺がどれを選ぶかなんて分かってるだろう。いや、裏をかいて①案で、俺を働かせて長く金を取ろうということか?
「あなたには、自分の行いを後悔したり、反省しようという気持ちはないようですね。被害者に謝罪する気持ちも全く伝わってきません。なるほど……あなたから渡された示談金は、全て大学病院の小児科に寄付すると仰った訳が分かったような気がします。謝罪も受け入れないと言われたのは、謝罪する気がないことを見抜いていたから……ということですか」
弁護士は勝手に何かを納得したような言い方で、②案で作られた正式な示談書をカバンから取り出した。
既にラルカンドの署名捺印がされており、確かに示談金の全額は寄付されると書かれている。金持ちの格好つけかよ!生意気なヤツだ。
②案を選んだ俺は100万円を払うために、結局事務所が選んできた仕事をせざるを得なくなった。
この俺が、三流ドラマの悪役を演じるなんて胸糞悪いと思ったが、年末までの辛抱だ。周りの奴等には「何事も経験だから」と言って誤魔化した。
2本同時に仕事が入り、深夜まで撮影を強いられクタクタの毎日だ。
悪ぶった台詞も悪役らしい態度も、自分の素でいけるから簡単だと思っていたが、台本の中の人物を演じるというのは意外と難しかった。
悪役と言っても、猟奇的な殺人犯と知的で計画的な殺人犯は同じじゃない。何度もダメ出しをくらい、「君の演技は安っぽいチンピラ程度だ」と笑われ、アイドルは気楽なもんだと、他の俳優たちから陰口をたたかれた。
ラルカンドの示談金がなけりゃ、こんな仕事なんかしてないのにと腹が立った。
悔しくて悔しくてヤケになりそうになった時、立ち寄ったコンビニの店内で流れていた【負けないと誓った夜】という曲を聴いた。
誰が歌っているのか聞いたことのない声だったが、曲の歌詞が妙に心に響いた。
負けたくない気持ちが生まれてきて、絶対に俺をバカにした俳優を見返してやろうと思った。
久し振りに気に入った曲に出会い、家に帰って誰が歌っているのか検索した。
ラルカンドという名前を見た時、信じたくなかったし、二度とこの曲を聴くのを止めようと思った。
大っ嫌いなヤツの曲に、少しでも感動した自分が許せなかった。
でもラルカンドの声は、アオイがよく聴いていた【神秘の扉】でしか聴いたことがなかった。だから俺は、女みたいな高音で歌う奴だと思っていた。
二度と聴きたくなかったのに、撮影で嫌なことがあると、何故か聴いてみたくなり、直ぐにゴミとして捨てるつもりでアルバム【真実】を買った。
徐々に役者として自信が持てるようになってきた8月8日、久しぶりのオフで昼過ぎまで寝ていた俺は、寝起きに見たスマホの画面に、目を疑うとんでもないニュースが表示されていて固まった。
****
作詞作曲家であり、シンガーソングライターのラルカンドさん死去。
若すぎる17歳の死、業界に衝撃! ファンや関係者は号泣。
所属事務所は死因を脳腫瘍と発表。ライブDVD発売からわずか2週間足らず。
若き天才の遺作となったベストアルバム【真実】は、発売から1ヶ月で17年ぶりにセールス記録を塗替えたばかり。
****
……な、なんだ? どういうことだ? はあ?死去だと・・・
……自分が死ぬって分かっていたから、示談書にあんなことを書いたのか?
……なんだよ、なんで死ぬんだよ。これじゃあ俺の方が幸せってことになる。
クリスマスになったら笑ってやろうと思っていたのに・・・クソッ!
ああ、アオイの奴、今頃泣いてるんだろうな・・・
「はは、結局俺の負けか・・・」
無性に【負けないと誓った夜】が聴きたくなった。
捨てようと思っていたけど捨てられず、いつの間にか覚えてしまった曲は1曲だけじゃなかった。
聴きながら、溢れてくる涙に戸惑いながら、なんで殴ってしまったんだろうと初めて後悔した。
あの時ラルカンドは、まともに歩けないくらい具合が悪そうだった。
ラルカンドの事務所の副社長は、倒れて意識のない様子に、脳に影響が出ているかもしれないから動かすなと叫んでいた。わざわざ大学病院に救急搬送させたのも、脳の病気があったからだ。
……何故クリスマスだったんだろう?
もしかしたらクリスマスの頃まで、生きている予定だったのかもしれない。
俺はラルカンドを殴った右手を見つめて、自分の愚かさに声を上げて泣き出した。
◇◇ ショーン ◇◇
皆さんこんばんは。ショーンです。12月26日、今年最後の放送は、シンガーソングライターのラルカンドさんを特集したいと思います。
ラルカンドさんがゲスト出演してくれたのは、7月4日の放送日でした。
彼が雑誌以外のメディアに出演したのは、この番組が最初であり、最後になってしまいました。
早すぎる天才の死に、ショックを受けたリスナーは多かったでしょう。
私も大変ショックを受けた一人です。
先日、あの日の録音と休憩時間にしたを会話を思い出して、今だから分かったことがあって、ぜひそれを皆さんにお伝えしたくなりました。
あの日の音声の一部と生うたを、今日は皆さんともう一度聴いてみたいと思います。
シ「でも、これだけ有名人になったら、出ない訳にもいかなくなったと?」
春「いいえ、ここらで自分に区切りをつけて、何かを残したいと欲が出たんです」
あの時は全く気付かなかったけど、何かを残したいと欲が出たって言葉、今なら心に刺さるようでしょう?
休憩時間に、なんだか落ち着いてるねとか、曲が高校生とは思えない感性だよねって話しながら、高校を卒業したら大学に行くの? それとも本格的に活動するの?って質問したんだ。
そしたら、東京の大学を受験する予定だけど、今を生きることで精一杯だから、先のことは正直分からない。夢は、もっと曲を作ることだって答えたんだ。
今を生きることで精一杯なんて、変ったことを言う高校生だとあの時は思ったんだよね。
余程忙しくて、大変なんだろうかって想像したけど、考えが甘かったな。
もっと曲を作るのが夢って、高校生なんだから時間はたっぷりあるのに、随分と生き急いでるもんだと、作家的に不思議に感じたけど、やっぱり読みが甘かった。
後からラルカンドさんの事務所の人に訊いたんだけど、彼は2年前に脳腫瘍だと診断され、今年の春には余命宣告を受けていて、命を懸けてアルバムを作ったんだって。
うん・・・どうりで魂をゆすぶられるアルバムだよね【真実】は。
それじゃぁお待ちかね、ラルカンドさんの生うたで、【離れたくない】と【負けないと誓った夜】をお聴きください。
♪ ♪ ♪
素敵な歌声でした。
【離れたくない】は映画の主題歌で、確かガンで余命宣告された女子大生が主人公だったと思うけど、なんだろう・・・ラルカンドさんの感性って凄いね。
【負けないと誓った夜】は、頑張る人への応援歌だって言ってたけど、この曲を作った時の彼を想うと、自分を鼓舞させるために作ったような気がしてならない。
それではお別れに、ラルカンドさんのアルバムの中から、今年の大ヒット曲【限界突破】を聴いてください。
来年もまた、水曜日の午後10時にお会いしましょう。
皆さん、よいお年をお迎えください。
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