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92 残されたもの(1)
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◇◇ 原条 れん ◇◇
あの日、3年7組は慟哭という言葉の意味を、身をもって体験した。
***
親愛なるクラスメートの皆さんへ
明日8日、四ノ宮春樹くんに関する、緊急招集をかけます。
夏期講習を受けていない人も、明日学校に行かない予定の人も、必ず絶対に登校してください。
春樹がみんなに、会いたがっています。
集合場所は教室。集合時間は午前10時。
所要時間は2時間くらい。
混乱を避けるため、秘密厳守でお願いします。
***
8月7日の夕方、俺はクラスラインにメッセージを送信した。
ラインに文字を入力しながら、ぽたぽたと落ちる涙を拭う。でも、次々に溢れてきて、零れた涙でスマホの画面が滲んでしまった。
春樹の通夜は、親族とごく親しい友人だけで行われることになった。
マスコミ発表は明日の葬儀後の予定で、春樹と縁のあった業界人にだけ、副社長が連絡すると説明した。
伯以外のリゼットルのメンバーは、間もなく到着すると連絡があった。
伯は春樹から離れようとしないし、悠希先輩は窓辺の椅子に座って、ぼんやりと無表情で外を眺めている。いや、何も見ていないのかもしれない。
啓太は、そんな悠希先輩の隣の席に座って、古文の参考書を開いて勉強をしている。こんな時にと思わない訳ではないが気持ちは分かる。
何かしていないと、悲しみで押し潰されそうになるのは俺も同じだ。
俺もカバンから電子辞書を取り出して、英単語の勉強を始める。
俺と啓太は、春樹に現役合格すると約束した。時間は有限という春樹の言葉を胸に、本当に泣くのは合格してからにしようと啓太と誓った。
誓ってはいるが、勝手に溢れてくる涙はどうしょうもない。不可抗力だ。
「悠希、明日の葬儀の打ち合わせが始まる。ちゃんと春樹の希望を叶えてやれ」
昼前に到着した副社長が、悠希先輩の前に来て指示を出した。
春樹の希望って何だろう? 俺は確認するように啓太を見るが、啓太も分からないようで首を横に振った。
悠希先輩は副社長と視線を合わせることなく立ち上がると、なんの感情も伝わらない空虚な瞳で、係の人が待つ部屋へと向かう。
悠希先輩が5日に帰ってきてから、俺と啓太は二人の時間を邪魔しないように遠慮していたので、その時に春樹が悠希先輩に何かを頼んだのだろう。
俺も啓太も、春樹の病気を悠希先輩に黙っていたので、もしかしたら怒りをぶつけられるのではないかと覚悟していたが、悠希先輩は俺たちに何も言わなかった。
でも伯は、酷いじゃないかと叫んで俺たちを責めた。
分かっていたことだから、俺たちは後悔していない。親友として春樹の願いを叶えてやろうと決心したんだから。
8月8日午前10時、3年7組の教室には、クラスメートが全員集まっていた。
きっとみんな、わくわくする楽しいことが始まると思ってる。
春樹が東京から戻ってきて、また何か協力してくれって頼むんだろうと期待している。
……ごめん。本当にごめん。俺はこれから皆を泣かせる。
教室の前に来ると、中からわいわいがやがやと楽しそうに騒ぐ声が聴こえてくる。俺は安浦先生と顔を見合わせ、うんと頷いて教室のドアを開けた。
神妙な面持ちで教壇に立ち、大きく息を吸って深く吐きだし皆が静まるまで待つ。
「春樹が昨日亡くなった。手術が難しい脳腫瘍で、最後まで……最後まで頑張った」
俺は唐突に、心の準備なんて出来ていないクラスメートに真実を伝えた。
泣きそうになるのをグッと堪え、下を向きそうになる自分を叱咤する。
「はあ?」とか「何の冗談だよ!」とか「春樹は何時に来るんだ?」って言いながら、誰も俺の話を本気にしようとしない。
「10時半になったら、学校のスクールバスで葬儀が行われる会館に出発する。突然のことで戸惑うだろうが、四ノ宮と最後の別れをしてやってくれ。出発まで、春樹のことを……あいつの想いを……みんなに聞いて……ちゃんと聞いて……」
自分がきちんと話すと言っていたのに、先生は途中で泣き出してしまった。
……なんだよ、先生が泣くなんて反則だろう!俺が懸命に耐えているのに。
担任が泣き出した姿を見て、みんなの表情が変わっていく。
信じられない。信じたくない。そんなの嘘だろうって、息をのみ愕然とする。
「いや、だって、ついこの間会ったじゃん」
「そうだよ。サイン会は27日だったじゃん!」
「車椅子だったけど、過労だって・・・嬉しそうに笑ってたのに……」
そんなはずないという思いが、みんなの口をついて出る。
でも、そう言えば車椅子だったって思い出し、表情が曇っていく。
「27日よりも前に危険な状態になったけど、なんとか持ち直して、学校に行けたことも奇跡に近かったんだ。春樹は皆との約束を果たしたくて頑張った」
俺は本当のことを話していく。それでも半分の奴らは信じられない顔をしている。
「いつからだ? 春樹はいつから入院してたんだよ」
春樹がラルカンドだと知るより前にアルバム予約をして、春樹とも仲が良かった溝部が、怖い顔をして責めるように質問する。
「なんで、どうして教えてくれなかったの!」
リゼットルの熱狂的ファンで、ラルカンドも大好きだった井上さんが、酷いよって言いながら泣き出した。
「俺だって、知ったのはつい最近なんだよ!春樹は命懸けでアルバムとDVDを作って、誰も悲しませたくないとか、誰も泣かせたくないって……それが……それが自分の願いだって……俺は……親友なのに……俺は……結局何も……何もしてやれなかった」
悲しいんじゃなくて悔しくて、悔しくてつい大きな声を出してしまった。
泣いてなんかいない。ちょっと声が詰まったけだ。俺は皆に背を向けて、涙を零さないよう上を向いた。
「そろそろ移動するぞ。バスまで何も喋るなよ。春樹の葬儀を滅茶苦茶にしたくないだろう? 静かに送ってやれ。まだマスコミ発表もされてない。お前たちは特別に参列を許可されたんだからな」
今にも叫びだしそうな学生たちを睨みながら、涙を拭いた安浦先生が命令する。
納得なんて誰もしてないし、信じたくない思いのまま、クラス全員が静かに移動を開始する。
途中ですれ違う学生たちが、何事?って顔をして俺たちを不思議そうに見る。
バスに乗ってからは、誰も何も喋らなかった。
葬儀をする会館に到着し、入口の掲示板に四ノ宮家という名前を見付けて、俺は歯を食い縛りグッと両手に力を入れた。
会場に入ると、部屋の両脇に置ききれないくらいの花のスタンドが置いてあった。
書かれている名札を見ると、ナロウズ音楽事務所、ソウエイミュージック(社長・企画制作部)、創英テレビ(アニメ制作部・世界の秘宝制作部・専務取締役)、新堂ミカさん、ミユウさん、セルシュさん、リゼットル、野上監督など、一般人の葬儀では有り得ない面々から花が届いていた。
会場内には、ラルカンドの代表曲のひとつ【神秘の扉】が流れている。
「本日は故人様のご希望により、音楽葬となっております」と、司会者が説明を始めた。
俺たちクラスメートは、祭壇に向かって左側の席に座っていく。
前の方の席には、ナロウズ音楽事務所の関係者やリゼットルのメンバーが座っている。啓太は右側の親族側に座っていて、俺と目が合うと小さく手を上げた。
祭壇の中央には、大きく引き伸ばされた春樹の遺影が置いてあり、ああ、春樹だって思ったりもするけど、これが本当に春樹の葬儀なんだという実感なんてない。
まるで夢の中の風景のようで、唱えられているお経は、ただ耳を通り過ぎていく。
いつの間にか読経は終わっていて、友人代表の別れの言葉が始まった。
代表で前に出たのは啓太だ。
「2年前に脳腫瘍だと判明していたのに、親友である俺が知ったのが1か月前ってどうなんだよ。
突然親友から余命を告げられ、できるだけ誰にも知られたくないとか、泣かれたくないとか、友人や大事な人を悲しませたくないとか、もっと生きたいとすがりたくないとか・・・春樹、お前は最後まで格好つけすぎだ。
幼馴染で親友で、どんな時も一緒だった俺は、これからどうやって生きたらいいんだ春樹?
最後まで泣きたくない、強くありたいと踏ん張っているお前を見ていたら、俺は泣くことができなかったじゃないか。
お前はヘタレの人見知りで、俺が守らないとダメだったのに、一番辛くて苦しい時だけ強い男になるなんて反則だろう。
病気に苦しみながらも・・・ラルカンドとしてベストアルバムとDVDを作った。
誰にも気付かせず……笑顔でやり抜いたお前は……俺の……自慢の親友だ。
これからもずっと、俺の親友は……春樹、お前だけだ。
だから、俺は、俺たち友人は、ラルカンドの曲を愛して、歌い繋げていくよ。
嬉しい時も、辛い時も、お前の曲を心に刻んで……お前の分も頑張って生きて……生きていくよ。
・・・最後まで……よ、よく頑張った……俺を親友にして、してくれて、ありがとう」
啓太の別れの言葉が始まって、クラスメートたちが一斉に泣き始めた。
俺も溢れてくる涙を止められない。啓太の辛さが誰よりも分かるから。
……ごめん春樹。ちょっとだけ、ちょっとだけ泣かせて。
焼香が始まって、俺たちは順に前に移動し焼香する。
泣き崩れて立てない女子を、なんとか支えて焼香させ、自分の席に戻ったところで僧侶が退席していった。
「故人、四ノ宮春樹様より、皆様にメッセージがございます」と司会者が告げる。
スルスルと大きなスクリーンが下りてきて、ぱっと映像が映し出された。
流れてきた曲は【友へ】だった。一瞬DVDの映像かと思ったら違っていた。
春樹が学校で行ったシークレットライブの映像や、悠希先輩のスタジオで行ったクリスマスライブの映像、楽しそうなクラスメートたちの顔、クラス写真、デジ部の写真、学校の風景・・・
……ああ、悠希先輩だ。この映像を編集したのは悠希先輩だ。
スンスンと鼻を啜っていたクラスメートの男子まで、我慢できずに声を出して泣き始めた。
そして、スクリーンには、シークレットライブで春樹が歌った【旅立ちの空】が映し出され、春樹の、ラルカンドの歌う声が会場内に響いていく。
♪*** 別れゆく時、涙を夢にかえて***風は優しく吹き 空は広く***
いつものあの廊下で、語り合った日はきっと、思い出の中で輝いていく***
いつかまた会えると信じて 旅立とう 希望に続く明日へ ♪
【 ありがとう。幸せな17年間の思い出と一緒に旅立ちます。
愛情いっぱいに育ててくれてありがとう。支えてくれてありがとう。
勇気をくれてありがとう。愛してくれてありがとう。
音楽と出会えたことを感謝します。
いつまでも愛しています。 さようなら 四ノ宮 春樹 】
曲の最後に、春樹の直筆のメッセージがスクリーンに映し出された。
嫌だ、別れたくない! でもそれじゃあ春樹を困らせる。だから俺も、ありがとう春樹って言うよ。
嗚咽で上手く言葉にならないけど、きっと皆もありがとうって返事を返した気がする。
最後にみんなで春樹に花を捧げ、短い言葉で別れを告げていく。
冷たくなってしまった春樹の口元が、優しく微笑んでいるように見える。
……なんだよ春樹、最後まで頑張んなよ。もう、ゆっくり休んでいいんだ。
あの日、3年7組は慟哭という言葉の意味を、身をもって体験した。
***
親愛なるクラスメートの皆さんへ
明日8日、四ノ宮春樹くんに関する、緊急招集をかけます。
夏期講習を受けていない人も、明日学校に行かない予定の人も、必ず絶対に登校してください。
春樹がみんなに、会いたがっています。
集合場所は教室。集合時間は午前10時。
所要時間は2時間くらい。
混乱を避けるため、秘密厳守でお願いします。
***
8月7日の夕方、俺はクラスラインにメッセージを送信した。
ラインに文字を入力しながら、ぽたぽたと落ちる涙を拭う。でも、次々に溢れてきて、零れた涙でスマホの画面が滲んでしまった。
春樹の通夜は、親族とごく親しい友人だけで行われることになった。
マスコミ発表は明日の葬儀後の予定で、春樹と縁のあった業界人にだけ、副社長が連絡すると説明した。
伯以外のリゼットルのメンバーは、間もなく到着すると連絡があった。
伯は春樹から離れようとしないし、悠希先輩は窓辺の椅子に座って、ぼんやりと無表情で外を眺めている。いや、何も見ていないのかもしれない。
啓太は、そんな悠希先輩の隣の席に座って、古文の参考書を開いて勉強をしている。こんな時にと思わない訳ではないが気持ちは分かる。
何かしていないと、悲しみで押し潰されそうになるのは俺も同じだ。
俺もカバンから電子辞書を取り出して、英単語の勉強を始める。
俺と啓太は、春樹に現役合格すると約束した。時間は有限という春樹の言葉を胸に、本当に泣くのは合格してからにしようと啓太と誓った。
誓ってはいるが、勝手に溢れてくる涙はどうしょうもない。不可抗力だ。
「悠希、明日の葬儀の打ち合わせが始まる。ちゃんと春樹の希望を叶えてやれ」
昼前に到着した副社長が、悠希先輩の前に来て指示を出した。
春樹の希望って何だろう? 俺は確認するように啓太を見るが、啓太も分からないようで首を横に振った。
悠希先輩は副社長と視線を合わせることなく立ち上がると、なんの感情も伝わらない空虚な瞳で、係の人が待つ部屋へと向かう。
悠希先輩が5日に帰ってきてから、俺と啓太は二人の時間を邪魔しないように遠慮していたので、その時に春樹が悠希先輩に何かを頼んだのだろう。
俺も啓太も、春樹の病気を悠希先輩に黙っていたので、もしかしたら怒りをぶつけられるのではないかと覚悟していたが、悠希先輩は俺たちに何も言わなかった。
でも伯は、酷いじゃないかと叫んで俺たちを責めた。
分かっていたことだから、俺たちは後悔していない。親友として春樹の願いを叶えてやろうと決心したんだから。
8月8日午前10時、3年7組の教室には、クラスメートが全員集まっていた。
きっとみんな、わくわくする楽しいことが始まると思ってる。
春樹が東京から戻ってきて、また何か協力してくれって頼むんだろうと期待している。
……ごめん。本当にごめん。俺はこれから皆を泣かせる。
教室の前に来ると、中からわいわいがやがやと楽しそうに騒ぐ声が聴こえてくる。俺は安浦先生と顔を見合わせ、うんと頷いて教室のドアを開けた。
神妙な面持ちで教壇に立ち、大きく息を吸って深く吐きだし皆が静まるまで待つ。
「春樹が昨日亡くなった。手術が難しい脳腫瘍で、最後まで……最後まで頑張った」
俺は唐突に、心の準備なんて出来ていないクラスメートに真実を伝えた。
泣きそうになるのをグッと堪え、下を向きそうになる自分を叱咤する。
「はあ?」とか「何の冗談だよ!」とか「春樹は何時に来るんだ?」って言いながら、誰も俺の話を本気にしようとしない。
「10時半になったら、学校のスクールバスで葬儀が行われる会館に出発する。突然のことで戸惑うだろうが、四ノ宮と最後の別れをしてやってくれ。出発まで、春樹のことを……あいつの想いを……みんなに聞いて……ちゃんと聞いて……」
自分がきちんと話すと言っていたのに、先生は途中で泣き出してしまった。
……なんだよ、先生が泣くなんて反則だろう!俺が懸命に耐えているのに。
担任が泣き出した姿を見て、みんなの表情が変わっていく。
信じられない。信じたくない。そんなの嘘だろうって、息をのみ愕然とする。
「いや、だって、ついこの間会ったじゃん」
「そうだよ。サイン会は27日だったじゃん!」
「車椅子だったけど、過労だって・・・嬉しそうに笑ってたのに……」
そんなはずないという思いが、みんなの口をついて出る。
でも、そう言えば車椅子だったって思い出し、表情が曇っていく。
「27日よりも前に危険な状態になったけど、なんとか持ち直して、学校に行けたことも奇跡に近かったんだ。春樹は皆との約束を果たしたくて頑張った」
俺は本当のことを話していく。それでも半分の奴らは信じられない顔をしている。
「いつからだ? 春樹はいつから入院してたんだよ」
春樹がラルカンドだと知るより前にアルバム予約をして、春樹とも仲が良かった溝部が、怖い顔をして責めるように質問する。
「なんで、どうして教えてくれなかったの!」
リゼットルの熱狂的ファンで、ラルカンドも大好きだった井上さんが、酷いよって言いながら泣き出した。
「俺だって、知ったのはつい最近なんだよ!春樹は命懸けでアルバムとDVDを作って、誰も悲しませたくないとか、誰も泣かせたくないって……それが……それが自分の願いだって……俺は……親友なのに……俺は……結局何も……何もしてやれなかった」
悲しいんじゃなくて悔しくて、悔しくてつい大きな声を出してしまった。
泣いてなんかいない。ちょっと声が詰まったけだ。俺は皆に背を向けて、涙を零さないよう上を向いた。
「そろそろ移動するぞ。バスまで何も喋るなよ。春樹の葬儀を滅茶苦茶にしたくないだろう? 静かに送ってやれ。まだマスコミ発表もされてない。お前たちは特別に参列を許可されたんだからな」
今にも叫びだしそうな学生たちを睨みながら、涙を拭いた安浦先生が命令する。
納得なんて誰もしてないし、信じたくない思いのまま、クラス全員が静かに移動を開始する。
途中ですれ違う学生たちが、何事?って顔をして俺たちを不思議そうに見る。
バスに乗ってからは、誰も何も喋らなかった。
葬儀をする会館に到着し、入口の掲示板に四ノ宮家という名前を見付けて、俺は歯を食い縛りグッと両手に力を入れた。
会場に入ると、部屋の両脇に置ききれないくらいの花のスタンドが置いてあった。
書かれている名札を見ると、ナロウズ音楽事務所、ソウエイミュージック(社長・企画制作部)、創英テレビ(アニメ制作部・世界の秘宝制作部・専務取締役)、新堂ミカさん、ミユウさん、セルシュさん、リゼットル、野上監督など、一般人の葬儀では有り得ない面々から花が届いていた。
会場内には、ラルカンドの代表曲のひとつ【神秘の扉】が流れている。
「本日は故人様のご希望により、音楽葬となっております」と、司会者が説明を始めた。
俺たちクラスメートは、祭壇に向かって左側の席に座っていく。
前の方の席には、ナロウズ音楽事務所の関係者やリゼットルのメンバーが座っている。啓太は右側の親族側に座っていて、俺と目が合うと小さく手を上げた。
祭壇の中央には、大きく引き伸ばされた春樹の遺影が置いてあり、ああ、春樹だって思ったりもするけど、これが本当に春樹の葬儀なんだという実感なんてない。
まるで夢の中の風景のようで、唱えられているお経は、ただ耳を通り過ぎていく。
いつの間にか読経は終わっていて、友人代表の別れの言葉が始まった。
代表で前に出たのは啓太だ。
「2年前に脳腫瘍だと判明していたのに、親友である俺が知ったのが1か月前ってどうなんだよ。
突然親友から余命を告げられ、できるだけ誰にも知られたくないとか、泣かれたくないとか、友人や大事な人を悲しませたくないとか、もっと生きたいとすがりたくないとか・・・春樹、お前は最後まで格好つけすぎだ。
幼馴染で親友で、どんな時も一緒だった俺は、これからどうやって生きたらいいんだ春樹?
最後まで泣きたくない、強くありたいと踏ん張っているお前を見ていたら、俺は泣くことができなかったじゃないか。
お前はヘタレの人見知りで、俺が守らないとダメだったのに、一番辛くて苦しい時だけ強い男になるなんて反則だろう。
病気に苦しみながらも・・・ラルカンドとしてベストアルバムとDVDを作った。
誰にも気付かせず……笑顔でやり抜いたお前は……俺の……自慢の親友だ。
これからもずっと、俺の親友は……春樹、お前だけだ。
だから、俺は、俺たち友人は、ラルカンドの曲を愛して、歌い繋げていくよ。
嬉しい時も、辛い時も、お前の曲を心に刻んで……お前の分も頑張って生きて……生きていくよ。
・・・最後まで……よ、よく頑張った……俺を親友にして、してくれて、ありがとう」
啓太の別れの言葉が始まって、クラスメートたちが一斉に泣き始めた。
俺も溢れてくる涙を止められない。啓太の辛さが誰よりも分かるから。
……ごめん春樹。ちょっとだけ、ちょっとだけ泣かせて。
焼香が始まって、俺たちは順に前に移動し焼香する。
泣き崩れて立てない女子を、なんとか支えて焼香させ、自分の席に戻ったところで僧侶が退席していった。
「故人、四ノ宮春樹様より、皆様にメッセージがございます」と司会者が告げる。
スルスルと大きなスクリーンが下りてきて、ぱっと映像が映し出された。
流れてきた曲は【友へ】だった。一瞬DVDの映像かと思ったら違っていた。
春樹が学校で行ったシークレットライブの映像や、悠希先輩のスタジオで行ったクリスマスライブの映像、楽しそうなクラスメートたちの顔、クラス写真、デジ部の写真、学校の風景・・・
……ああ、悠希先輩だ。この映像を編集したのは悠希先輩だ。
スンスンと鼻を啜っていたクラスメートの男子まで、我慢できずに声を出して泣き始めた。
そして、スクリーンには、シークレットライブで春樹が歌った【旅立ちの空】が映し出され、春樹の、ラルカンドの歌う声が会場内に響いていく。
♪*** 別れゆく時、涙を夢にかえて***風は優しく吹き 空は広く***
いつものあの廊下で、語り合った日はきっと、思い出の中で輝いていく***
いつかまた会えると信じて 旅立とう 希望に続く明日へ ♪
【 ありがとう。幸せな17年間の思い出と一緒に旅立ちます。
愛情いっぱいに育ててくれてありがとう。支えてくれてありがとう。
勇気をくれてありがとう。愛してくれてありがとう。
音楽と出会えたことを感謝します。
いつまでも愛しています。 さようなら 四ノ宮 春樹 】
曲の最後に、春樹の直筆のメッセージがスクリーンに映し出された。
嫌だ、別れたくない! でもそれじゃあ春樹を困らせる。だから俺も、ありがとう春樹って言うよ。
嗚咽で上手く言葉にならないけど、きっと皆もありがとうって返事を返した気がする。
最後にみんなで春樹に花を捧げ、短い言葉で別れを告げていく。
冷たくなってしまった春樹の口元が、優しく微笑んでいるように見える。
……なんだよ春樹、最後まで頑張んなよ。もう、ゆっくり休んでいいんだ。
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