前世の僕は、いつまでも君を想う

杵築しゅん

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90 心の置き場所(1)

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◇◇ 中川 悠希 ◇◇(3月から前年の8月に時が遡ります)

 気付けば3月。
 時間は無情にも過ぎてゆき、心の整理がつかないまま季節は春になった。
 今日は12日、春樹の18歳の誕生日だ。

 昨日久し振りに啓太から電話があり、ラルカンドの映画の撮影に学校を使わせて欲しいと頼まれた。
 でも俺は、春樹の死を未だに受け入れられないでいる。
 だから啓太の話が、現実のこととして考えられないし、協力したいとも思えなかった。 

 実際俺は、あまりに思い出がたくさん詰まっているスタジオに、入ることさえできずにいる。
 入ってしまうと、きっとスタジオから出られなくなる。
 春樹との思い出に包まれて、そのまま春樹のところに行きたくなってしまう。

 そんな意気地なしの俺に、逃げてないで野上監督と春樹の対談を見ろと啓太は言った。春樹の真実を、春樹の強さを見てやってくれと言った。
 頭では分かっている。
 今度こそ、今世こそ、ラルカンドを絶望させてはならないと。
 だから、ちゃんと大学に通って後期の講義も受けたし、それなりの成績もとった。できることはやっている。

 ……でも、どうしてもダメなんだ。前世に区切りをつけないと前に進めない。


 * * * * * * *

「ねえ悠希先輩、どうして俺たちは前世の時代や国の名前を思い出せないんでしょう? 4人に共通の思い出というか記憶があるんだから、思い過ごしでも妄想でもないはずなのに、歴史の本やネットで調べても、それらしい国が見付からない」

 春樹と夏の大三角を観た翌日、学校で行ったライブの映像を一緒にスタジオで見ている途中で春樹がそう言った。

「そうだな。記憶の中の文化や衣装から考察すれば、中世ヨーロッパで、海に面した国であることは間違いないだろう」

「俺は、あまり街中の風景を覚えてないんですが、丘から見渡していた海や、城の中はハッキリと思い出せます。でも地名は全くです」

 それでも、もしかしたらって思えた候補地を、春樹はスマホのマップで指差した。
 指さした国は3か国あって、その内2か国は俺が思っていた国と偶然にも一緒だった。詳しく絞り込んだ場所もほぼ同じで驚いた。
 いつか、一緒に確かめに行こうと言い掛けて、俺は言葉を呑み込んだ。

「来月にでも確かめに行ってくるよ。先ずは絞り込んだフランスとスペインだな。春樹はなんでイギリスも候補に挙げたんだ?」

「歴史から考えると違うだろうって思うけど、去年たまたま見ていたB〇Cのテレビ番組の中で、この景色は見たことあるって風景が一瞬映って、妙に記憶に残ったんです」

 何故なんでしょうねって笑って、春樹は繋いでいた手をぎゅっと握った。



 春樹が逝って、何も考えられないまま盆が過ぎていった。
 思い出の多い場所に居るのが辛くなり、逃げるように東京に戻った俺は、ふと、大事なことを失念していたことに気付いた。

 ……春樹に、前世の記憶の国が何処なのかを確かめに行くと約束したんだった。

 8月25日にはチケットを取って、スペインとフランスへ向かった。
 春樹の記憶と共通の場所を特定していたので、確認するのは直ぐだった。
 記憶を辿って探した2つの町は、丘から見える海の景色が違っていた。
 ここだと思える場所も見当たらず、博物館や美術館、図書館なども回ってみた結果、実際の中世の記録と、自分たちの記憶は一致しなかった。

 9月5日にはイギリスに渡り、ロンドンの図書館で詳しい歴史を調べた。
 しかし、ガレイル王子のスキナスキーという名の王家も、ラルカンドの祖父のフォース公爵家という名前も実在してなかった。
 唯一、従者だったソラタのサクラメント家は実在していた。でも、侯爵家ではなく子爵家だった。
 納得できなかった俺はロンドンで、イギリス以外の国の貴族名鑑や、戦争の記録などを徹底的に調べた。

 歴史上、政権を握った王が、邪魔な国や貴族の名を消した例はいくつかある。
 小国なんて、戦争に負ければ王族も高位貴族も殺されたに違いない。
 
 ……それでも記録は残っている。なのに何故、どうして見付けられない? 

 史実よりも、自分の目で確かめるしかないと、俺はイギリスの海岸線を地図で確認し、記憶の中にある独特の入り組んだ地形に似ている場所を回ることにした。
 14日、記憶の中の風景に似た場所を、リヴァプールの近くで見付けた。
 しかし、海岸線の風景は同じだと思えるのに、近くの街の様子は、記憶の中の城や騎士学校が在った場所だとは思えなかった。

 一人で海を眺めていると、突然言い知れぬ喪失感に襲われた。
 涙が次々と溢れてくる。ラルカンドに会いたくて、春樹に会いたくて、手を伸ばしても叫んでも、決して届かないという現実に打ちのめされる。
 確かに居たのに、俺もラルカンドもエイブもソラタも、絶対に存在したはずなのにと、心が折れそうになる。

 まるで全てが幻だったかのような気がして、そんなはずはないと頭を振る。
 春樹との約束を果たすまでは決して諦めない。でも、自分だけでは確認が難しい。
 旅の疲れが出たのか、14日には熱が出て食事が喉を通らなくなった。

 辛い、苦しい、もう、このまま死ぬのもありだなんて考えが過る。
 寂しくて、恋しくて、独りでいることが堪えられない。
 朦朧とする意識の中で、ある人物につい電話を掛けてしまった。
 ツーコール鳴ったところで、我にかえった俺は電話を切った。

 ……私は何をしているんだ? また同じ過ちを犯すつもりか?
 ……いや違う。そうじゃなくて確認したいだけだ。ここが前世の場所なのかを。



◇◇ 九竜 惺 ◇◇ (前年の8月~9月)

 悠希と連絡が取れなくなって4週間が過ぎた。
 春樹の葬儀の後、お盆まで自分の家(祖母の家)に居たことは間違いないが、東京に戻ってから悠希は電話に出ないし、メールの返信もこなくなった。
 春樹の病気のことを黙っていた私に、酷い裏切りだと言っていたから、相当怒っているのだろうと思うが、ただそれだけではない不安が付きまとう。

 春樹を失った絶望で、死を選ぶのではないかという不安と、今世こそ前向きに生きるはずだという確信とがせめぎ合う。
 悠希を想う気持ちは強くなる一方で、慰めてやりたい抱きしめてやりたい、一緒に泣いてやりたいと切望するが、私が予想した通り悠希は手を伸ばしてはこなかった。
 悠希を必ず守ると春樹に約束したこともあり、悠希が元気でいるのかだけでも確かめたい。

 悠希の所在を確かめようとするが、悠希は他人と深く関わるのを避けているところがあり、春樹とリゼットル関連の友人の他は思い当たらない。
 6月・7月はラルカンドのDVDの仕事で度々事務所に来ていたし、私と食事に行くことも何度かあった。その頃の様子では、親しい友人が居るようには見えなかった。

 ただ不安と焦りが募る9月15日、見知らぬ番号から電話が掛かってきた。
 打ち合わせ中だったので、廊下に出て電話を取ろうとしたら切れてしまった。
 私は仕事用とプライベート用の電話を分けていて、掛かってきたのはプライベート用の電話の方だった。悠希には両方の電話番号を教えていたが、いつも使っていたのは仕事用の番号の方だった。

 普段であれば、見知らぬ番号の電話には出ない主義だが、今はもしかしたらと期待して、どんな番号の電話にも出ていた。
 ツーコール? と首を傾げて迷う。大事な打ち合わせ中だからと、スマホをポケットに入れようとして手を止めた。
 よく見たら、番号の末尾が0312だ。3月12日は確か春樹の誕生日だったはずだと思った瞬間、私はその番号に電話を掛けていた。

 ……頼む! 悠希であってくれ。

 コール音にドキドキしながら、相手が電話に出るのを待つ。
 5回、8回……早く出てくれ!と祈りながら、落ち着くために深呼吸する。

「Who's calling,please・・・ふぅ・・・」
「悠希? 悠希だろう?」
「誰?・・・はぁ・・・」
「今、どこだ? 大丈夫か?」

 間違いない。この声は悠希だ! だが、様子がおかしい。どうして英語を?

「リヴァプール・・・ヒルトン・リバプール・・・シティ セ・・・センター。・・・迎えに・・・ち、違う・・・確認しに・・・来い」
「もしもし、悠希? どうした? 大丈夫か!」

 ダメだ。何度呼び掛けても反応がない。これはただ事ではない。
 私は直ぐにリバプールのマップを検索し、聞いた名前のホテルが本当に在るかを確認する。
 そして同名のホテルが在るのを確認すると、直ぐに電話を掛けた。
 時差は確か8時間くらい。向こうは午前9時くらいのはずだ。

 緊急事態であることを先に伝え、日本からの旅行者が部屋で倒れている可能性があるので至急確認して欲しい。そして結果を知らせて欲しいと頼んだ。
 こちらから確認用のメールを送信したら、10分後に熱があること、意識レベルが下がっているので、救急搬送しても良いかとの問い合わせがきた。
 もちろんお願いすると頼んで、あと5日延泊できる手続きもしておく。

 緊急の用件ができたのでと説明し、打ち合せを強引に終わらせる。大事な部分の打ち合わせはほぼ終了していたし、予定時間の午後5時まで数分だったので問題ない。
 直ぐに飛行機の時間を調べさせて、最短で到着できるコースを選びチケットを取った。
 社長には一週間のイギリス出張をすると伝え、重要案件はメールか電話で決済し、大事な面会予約の変更は自分で行うと言って事務所を飛び出した。
 自宅マンションに寄って、パスポートと簡単な荷物を準備し空港へと急ぐ。
 運よくギリギリセーフで、今日中に出発する便の飛行機に乗れた。

 ……どうしてイギリスに? 迎えではなく確認しに来いとは何だろう?


 シンガポールでマンチェスター国際空港へ向かう飛行機に乗り継ぎ、マンチェスターからリヴァプールまでは鉄道で40分足らずだ。
 時差の関係で翌日の午前には、予約したホテルに到着できた。
 恐らく過労だとホテルで説明を受け、悠希が泊まっていた部屋よりグレードを上げた部屋にチェックインし、悠希の部屋の荷物を移動する。
 悠希が運ばれた大学病院へとタクシーで向かい、悠希に面会できたのは昼前だった。

 随分とやつれて、青い顔をした悠希は、点滴を受けながら眠っていた。
 その寝顔を見たら、思わず涙が零れた。
 命には別状がないと分かり安心したが、春樹との約束を果たすために旅に出たことを知り、胸が詰まって涙を我慢できなかった。
 悠希の客室には、【春樹と一緒に前世の国を特定する旅】と書かれたヨーロッパの地図が広げられていた。
 フランスとスペインを既に回ったようで、滞在した街に印がしてあった。

 ……たった一人で、前世を思い出しながら巡られたのですね。私には相談もしてくださらなかった。それ程に私を恨んでいらっしゃるのですか王子?

 寝ている悠希王子の手を握り、申し訳ありませんと謝罪しながら、手の甲に口づけた。   
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