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81 ライブ出演(2)
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一俊先輩のドラムの音が、全身に響いて興奮度を上げていく。
祥也先輩のギターは華やかで、一段と腕を上げたテクニックが凄い。
蒼空先輩の声はどこか優しく、キーボードで作り出す音は、全員をリードしながら引っ張っている。
伯のベースは決して自分を主張しないけど、バランスをとるのが上手くなっている。
みんな、プロになって本当に巧くなった。頑張って練習してるって分かる。
全員の音がひとつに纏まって、リゼットルの音楽を奏でていく。
俺が会社に画像を送信したことで、皆の人生を大きく変えてしまった。それが良かったのかどうか、今でも考えてしまう。
プロを目指していた訳ではなかったのに、伯は学校まで転校することになった。
でも、大変だけど楽しいよって言ってくれる。
音楽が好きで、演奏が好きで、リゼットルとしての活動が楽しくて、まだ、もっと先まで行ってみたいと言ってくれる。
……これからも頑張って。
……好きな音楽を楽しんで。
……たくさんの人に愛される曲を作って。
……いつまでも輝きながら、夢を叶えていって。
メンバー紹介が始まって、伯の番でたくさんの女の子から声援が飛ぶ。
ちょっと妬けるけど、素直に嬉しい方が大きい。
……俺の伯は、本当にカッコイイから。
1曲毎にボルテージが上がっていく。手を振るファンの顔が紅潮し、ライブ会場は熱気に包まれていく。
眩しくキラキラ輝きながら、音が躍りながら降り注ぐようだ。
「え~っ、それでは予告していたゲストを呼びたいと思います。ライブ出演は初めてってことで、緊張してるかもしれません。リゼットルを誕生させた恩人的存在で、仲の良い友人であり、尊敬するシンガーソングライターでもある、ラルカンドくんです!」
「「「 きゃー! 」」」
「「「 わーっ! 」」」
一俊先輩の紹介スピーチに、観客から大きな声援というか歓声が上がった。
「皆さんこんにちは。リゼットルの友人のラルカンドでーす。これまでシークレット活動をしていたので、初めてのライブ出演にドキドキしてます」
俺はマイクを持ち、スポットライトを浴びて笑顔で話しながら、リゼットルのファンに手を振ってステージ中央に向かい歩いていく。
不思議と緊張はなく、リゼットルと一緒に歌うことが楽しみでしょうがない。
「みんなも知ってると思うけど、今度の新曲【旋風】もラルカンドくんに作ってもらいました。でも今日は、ラルカンドくんに感謝の気持ちを込めて、デビュー曲の【絡んだ糸】をボーカルとして歌って貰いたいと思います」
「きゃー!」と歓声が上がって、【絡んだ糸】のイントロが流れ始める。
いつもならギターを弾きながら歌うので座っているが、今日はマイクスタンドの前に立って歌うので、両手をどうしたらいいんだろうって咄嗟に迷ってしまう。
でも、一俊先輩独特のドラムの見せ場を過ぎると、もう余計なことは考えられなくなった。
初めてリゼットルのバンド演奏で歌った時みたいに、ドラムやギターやキーボードの音が全身を包んで、俺の体を前に押し出そうとする。
……ああ、なんて気持ちいいんだ!
俺は途中でマイクを手に持ち、ギターの祥也先輩の隣に移動したり、ベースの伯の隣に移動して、見つめ合って歌ったりした。
視線が重なって、祥也先輩が俺にウインクをし、伯が破顔しながら俺の顔に顔を寄せたので、ファンから「きゃー!」と黄色い声が上がった。
歌い終わると、ファンから大きな拍手をもらった。
打ち合わせ通り、一俊先輩がドラムから離れて俺の隣に立ち、会話をリードしてくれる。
「実はラルカンドくん、今日の為に練習し過ぎて、左腕を痛めるというアクシデントに見舞われ、ギターを弾くことが出来ませんでした。いつもは弾き語りなので、本人も戸惑っているみたいです」
「ははは、ちょっと張り切り過ぎました。でも、それはそれでレアな体験というか、俺にとっていい思い出になりそうです」
「そうだ、ちょっと皆に訊いてみよう。ラルカンドのファーストアルバム【真実】を聴いたという人はどれくらい居る?」
一俊先輩の問いに、殆どのファンが手を挙げてくれた。
「じゃあ、アルバムを買ったっていう人は?」
再びの問いに、半数以上のファンが手を上げた。びっくりだ。
「ええっ! ありがとうございます。こんなに沢山の人に聴いてもらえているなんて嬉しいです。では、お礼にアルバムの中から1曲プレゼントさせてください。今日はギター演奏できないので、カラオケ音源で歌います。自分も歌える!って思った人は、一緒に歌ってください。【負けないと誓った夜】」
「「「 きゃー! 」」」と大きな歓声が再び上がり、俺は出せる限りの声を出して歌おうと気合を入れて、マイクをマイクスタンドにセットした。
高揚する心と体は、疲れを感じることもなく、会場の熱気と一体となり最高の気分になっていく。
……これが本物のライブなんだ。
歌えるファンは本当に一緒に歌ってくれる。それが嬉しくて有難くて胸がいっぱいになり、もっと歌いたい、歌っていたい。そんな欲望が頭を覗かせる。
歌い終わって「ラルカンド最高!」って声が飛び、大歓声と拍手が響く中、スポットライトの眩しさとは違う、キラキラした光が目の前にちらつき始めた。
……楽しかった。だからこれ以上は望んではいけない。
「みんなありがとう! これからもリゼットルをよろしく」
俺は極上の笑顔で手を振りながら、ステージから下がっていく。ちゃんと見える内に副社長の所まで戻れて良かった。
「大丈夫か春樹?」
「はい、ギリギリセーフです。すみません、楽屋まで連れて行ってください」
さっきまで平気だったのに、演奏の音が頭に響き始めてしまった。
神経ブロックしたので激痛は防げているけど、視覚障害が酷くなると一人で歩くのは怖い。
楽屋に戻ると直ぐに薬を飲んだ。
「こんな姿をリゼットルの皆には見せたくないから、このままホテルまで送ってください」
「最後まで見なくていいのか?」
「見たいです。でも、薬の影響で30分以内に眠ってしまいます。続きは、悠希先輩が撮影してくれた映像で我慢します」
俺はなんとか自分でカツラをかぶり、色付きメガネをして鞄を副社長に持ってもらい、もしもの事態を考えて用意されていた車椅子に座って、ライブ会場の裏口にある駐車場に向かった。
俺は後部座席に座ると直ぐにドアを閉め、副社長は急いで車椅子をトランクに収納して運転席に座る。
ライブ途中で抜け出してくるとは思われなかったのか、雑誌社の人やカメラマンの姿は見当たらないようだと、副社長が俺を安心させるように言った。
指折り数えて楽しみにしていたリゼットルのライブ出演は、目標の2曲をきちんと歌って終えることができた。
これでやり残したことは、きちんとさようならを告げるだけになった。
もしものことを考えて、伯と悠希先輩と副社長には、ビデオレターを残してある。
誰も付き添いに来ていなかった昼間にこっそり録画して、俺が直接別れを言えなかったら、3人に渡して欲しいと啓太に頼んでいて、さようならを告げられたとしても、3人が望めば見せてもいいと伝えておいた。
「春樹、アルバム売上は、予定していた日数より早く目標枚数を達成した。このままいけば、17年ぶりにアルバム販売記録を塗り替えることになるだろう」
「ありがとうございます副社長。
笑える……いや笑えない話なんですが、ずっとシークレット活動をしていたせいで、シンガーソングライターのラルカンドが注目されているという自覚が、俺には足りないような気がします。
身内と数少ない業界の人以外の誰からも、ラルカンドと呼ばれてこなかったから、どうも実感が湧かないんです。
こんな俺が、なんか凄い記録を作りそうとか、沢山の人が俺の曲を聴いてくれているとか……アルバム発売と同時に入院したので、ピントこないと言うか、既に自己完結してるのが原因かもしれません」
今日の車の中の音楽は、2000年以降にヒットした洋楽で、明るくてノリのいい曲が流れている。ボリュームはかなり抑えてあるので、会話を邪魔することもなく、気分が沈むこともない。
いつも思うけど、副社長の音楽のセンスは尊敬に値するし、俺の好みにも合っていて勉強にもなる。
「そういう意味では、ラルカンドというシンガーソングライターは、とても稀有な存在なのかもしれないな。
若いのに直接ファンからちやほやされることを経験しておらず、お金を稼いでいても使っていない。
その分、普通に生活できたことを良しとするべきか……
でも、春樹自身に自覚がなくても、ラルカンドの作品は人々の心に残っていく」
「それって、小説家とか漫画家みたいですね。作品は有名で原作者の名前も知ってるけど、顔は見たことないとか年齢も分からないって感じが似てません?」
副社長との会話は、素の自分を出せるのでとても楽だ。
17歳の未熟な学生の考えや気持ちも、ちゃんと聞いてくれる。
「まあ、元々作詞作曲家として活動していたからな」
副社長はフッと柔らかく笑って、もう新しい音楽の時代が始まっているのだろうと言った。そして、時代を牽引する事務所でいられるよう努力していかねばと呟いた。
ホテルに到着した俺は、車椅子で客室まで移動し、直ぐに眠くなり眠ってしまった。
副社長は、啓太か原条、それか伯がやって来るまで客室で付き添ってくれることになっている。副社長とも、もっともっとゆっくり話をしてみたかったので、薬を飲まなければ話せたのかもしれない。
でも、少しでも眠って体力を温存しておかないと、伯と過ごす朝までの時間を乗りきれそうもないから、副社長の好意に甘えてぐっすりと眠る。
****
「ねえ、子供が欲しいんでしょうガレイル王子? いえ、中川監督? 毎月の家賃を保証してくれたら、私が産んであげるわ。ソラタ様……じゃなかった九竜社長も思っているのでしょう? 中川家には跡取りが必要だと」
「アイーダ、いくら前世でサクラメント侯爵家に仕えていたからって、子供を産むなんてことを簡単に考えるべきじゃないだろう」
「ソラタ様、私は前世と同じで演じることが好きなのです。正直、好きだとか愛しているとかって面倒臭いんです。現世の私もそれなりの家に生まれましたので、結婚は必要です。でも、子育てに自分の人生を捧げるつもりはありません。ですから、産んでも育てません。それが条件です」
サクラメント侯爵家に仕えていた伯爵令嬢アイーダは、事も無げに言い切った。
午後6時に目覚めた俺は、夢のストーリーをハッキリと覚えていた。
この夢が将来のワンシーンであるなら、ガレイル王子である悠希先輩に大きく影響することになりそうだ。
「目が覚めたか春樹、気分はどうだ?」
「はい、スッキリしています。副社長、サクラメント侯爵家の傘下に、アイーダという伯爵令嬢が居ましたか?」
「アイーダ? ああ居たな。彼女は優秀な諜報部員で、とても役立ってくれたよ」
「数年後……いや、10年後くらいに、アイーダの記憶を持つ女性が現れます。その出会いを大事にしてください。彼女はシンガーであり女優として活躍します」
彼女が、悠希先輩の子供を産んでくれますとは流石に言えなかった。
きっと将来、悠希先輩と九竜副社長は付き合っていて、中川家の後継者について悩んでいるのだろう。男同士では実子を授かることはできないのだから。
死が近付いている俺が未来を予知するなんて、不思議というか驚きでいっぱいだけど、きっとこの夢には意味がある。
副社長が首を捻りながら不思議そうに俺を見るが、これから先は未来のヒントとし書き留めておこう。
祥也先輩のギターは華やかで、一段と腕を上げたテクニックが凄い。
蒼空先輩の声はどこか優しく、キーボードで作り出す音は、全員をリードしながら引っ張っている。
伯のベースは決して自分を主張しないけど、バランスをとるのが上手くなっている。
みんな、プロになって本当に巧くなった。頑張って練習してるって分かる。
全員の音がひとつに纏まって、リゼットルの音楽を奏でていく。
俺が会社に画像を送信したことで、皆の人生を大きく変えてしまった。それが良かったのかどうか、今でも考えてしまう。
プロを目指していた訳ではなかったのに、伯は学校まで転校することになった。
でも、大変だけど楽しいよって言ってくれる。
音楽が好きで、演奏が好きで、リゼットルとしての活動が楽しくて、まだ、もっと先まで行ってみたいと言ってくれる。
……これからも頑張って。
……好きな音楽を楽しんで。
……たくさんの人に愛される曲を作って。
……いつまでも輝きながら、夢を叶えていって。
メンバー紹介が始まって、伯の番でたくさんの女の子から声援が飛ぶ。
ちょっと妬けるけど、素直に嬉しい方が大きい。
……俺の伯は、本当にカッコイイから。
1曲毎にボルテージが上がっていく。手を振るファンの顔が紅潮し、ライブ会場は熱気に包まれていく。
眩しくキラキラ輝きながら、音が躍りながら降り注ぐようだ。
「え~っ、それでは予告していたゲストを呼びたいと思います。ライブ出演は初めてってことで、緊張してるかもしれません。リゼットルを誕生させた恩人的存在で、仲の良い友人であり、尊敬するシンガーソングライターでもある、ラルカンドくんです!」
「「「 きゃー! 」」」
「「「 わーっ! 」」」
一俊先輩の紹介スピーチに、観客から大きな声援というか歓声が上がった。
「皆さんこんにちは。リゼットルの友人のラルカンドでーす。これまでシークレット活動をしていたので、初めてのライブ出演にドキドキしてます」
俺はマイクを持ち、スポットライトを浴びて笑顔で話しながら、リゼットルのファンに手を振ってステージ中央に向かい歩いていく。
不思議と緊張はなく、リゼットルと一緒に歌うことが楽しみでしょうがない。
「みんなも知ってると思うけど、今度の新曲【旋風】もラルカンドくんに作ってもらいました。でも今日は、ラルカンドくんに感謝の気持ちを込めて、デビュー曲の【絡んだ糸】をボーカルとして歌って貰いたいと思います」
「きゃー!」と歓声が上がって、【絡んだ糸】のイントロが流れ始める。
いつもならギターを弾きながら歌うので座っているが、今日はマイクスタンドの前に立って歌うので、両手をどうしたらいいんだろうって咄嗟に迷ってしまう。
でも、一俊先輩独特のドラムの見せ場を過ぎると、もう余計なことは考えられなくなった。
初めてリゼットルのバンド演奏で歌った時みたいに、ドラムやギターやキーボードの音が全身を包んで、俺の体を前に押し出そうとする。
……ああ、なんて気持ちいいんだ!
俺は途中でマイクを手に持ち、ギターの祥也先輩の隣に移動したり、ベースの伯の隣に移動して、見つめ合って歌ったりした。
視線が重なって、祥也先輩が俺にウインクをし、伯が破顔しながら俺の顔に顔を寄せたので、ファンから「きゃー!」と黄色い声が上がった。
歌い終わると、ファンから大きな拍手をもらった。
打ち合わせ通り、一俊先輩がドラムから離れて俺の隣に立ち、会話をリードしてくれる。
「実はラルカンドくん、今日の為に練習し過ぎて、左腕を痛めるというアクシデントに見舞われ、ギターを弾くことが出来ませんでした。いつもは弾き語りなので、本人も戸惑っているみたいです」
「ははは、ちょっと張り切り過ぎました。でも、それはそれでレアな体験というか、俺にとっていい思い出になりそうです」
「そうだ、ちょっと皆に訊いてみよう。ラルカンドのファーストアルバム【真実】を聴いたという人はどれくらい居る?」
一俊先輩の問いに、殆どのファンが手を挙げてくれた。
「じゃあ、アルバムを買ったっていう人は?」
再びの問いに、半数以上のファンが手を上げた。びっくりだ。
「ええっ! ありがとうございます。こんなに沢山の人に聴いてもらえているなんて嬉しいです。では、お礼にアルバムの中から1曲プレゼントさせてください。今日はギター演奏できないので、カラオケ音源で歌います。自分も歌える!って思った人は、一緒に歌ってください。【負けないと誓った夜】」
「「「 きゃー! 」」」と大きな歓声が再び上がり、俺は出せる限りの声を出して歌おうと気合を入れて、マイクをマイクスタンドにセットした。
高揚する心と体は、疲れを感じることもなく、会場の熱気と一体となり最高の気分になっていく。
……これが本物のライブなんだ。
歌えるファンは本当に一緒に歌ってくれる。それが嬉しくて有難くて胸がいっぱいになり、もっと歌いたい、歌っていたい。そんな欲望が頭を覗かせる。
歌い終わって「ラルカンド最高!」って声が飛び、大歓声と拍手が響く中、スポットライトの眩しさとは違う、キラキラした光が目の前にちらつき始めた。
……楽しかった。だからこれ以上は望んではいけない。
「みんなありがとう! これからもリゼットルをよろしく」
俺は極上の笑顔で手を振りながら、ステージから下がっていく。ちゃんと見える内に副社長の所まで戻れて良かった。
「大丈夫か春樹?」
「はい、ギリギリセーフです。すみません、楽屋まで連れて行ってください」
さっきまで平気だったのに、演奏の音が頭に響き始めてしまった。
神経ブロックしたので激痛は防げているけど、視覚障害が酷くなると一人で歩くのは怖い。
楽屋に戻ると直ぐに薬を飲んだ。
「こんな姿をリゼットルの皆には見せたくないから、このままホテルまで送ってください」
「最後まで見なくていいのか?」
「見たいです。でも、薬の影響で30分以内に眠ってしまいます。続きは、悠希先輩が撮影してくれた映像で我慢します」
俺はなんとか自分でカツラをかぶり、色付きメガネをして鞄を副社長に持ってもらい、もしもの事態を考えて用意されていた車椅子に座って、ライブ会場の裏口にある駐車場に向かった。
俺は後部座席に座ると直ぐにドアを閉め、副社長は急いで車椅子をトランクに収納して運転席に座る。
ライブ途中で抜け出してくるとは思われなかったのか、雑誌社の人やカメラマンの姿は見当たらないようだと、副社長が俺を安心させるように言った。
指折り数えて楽しみにしていたリゼットルのライブ出演は、目標の2曲をきちんと歌って終えることができた。
これでやり残したことは、きちんとさようならを告げるだけになった。
もしものことを考えて、伯と悠希先輩と副社長には、ビデオレターを残してある。
誰も付き添いに来ていなかった昼間にこっそり録画して、俺が直接別れを言えなかったら、3人に渡して欲しいと啓太に頼んでいて、さようならを告げられたとしても、3人が望めば見せてもいいと伝えておいた。
「春樹、アルバム売上は、予定していた日数より早く目標枚数を達成した。このままいけば、17年ぶりにアルバム販売記録を塗り替えることになるだろう」
「ありがとうございます副社長。
笑える……いや笑えない話なんですが、ずっとシークレット活動をしていたせいで、シンガーソングライターのラルカンドが注目されているという自覚が、俺には足りないような気がします。
身内と数少ない業界の人以外の誰からも、ラルカンドと呼ばれてこなかったから、どうも実感が湧かないんです。
こんな俺が、なんか凄い記録を作りそうとか、沢山の人が俺の曲を聴いてくれているとか……アルバム発売と同時に入院したので、ピントこないと言うか、既に自己完結してるのが原因かもしれません」
今日の車の中の音楽は、2000年以降にヒットした洋楽で、明るくてノリのいい曲が流れている。ボリュームはかなり抑えてあるので、会話を邪魔することもなく、気分が沈むこともない。
いつも思うけど、副社長の音楽のセンスは尊敬に値するし、俺の好みにも合っていて勉強にもなる。
「そういう意味では、ラルカンドというシンガーソングライターは、とても稀有な存在なのかもしれないな。
若いのに直接ファンからちやほやされることを経験しておらず、お金を稼いでいても使っていない。
その分、普通に生活できたことを良しとするべきか……
でも、春樹自身に自覚がなくても、ラルカンドの作品は人々の心に残っていく」
「それって、小説家とか漫画家みたいですね。作品は有名で原作者の名前も知ってるけど、顔は見たことないとか年齢も分からないって感じが似てません?」
副社長との会話は、素の自分を出せるのでとても楽だ。
17歳の未熟な学生の考えや気持ちも、ちゃんと聞いてくれる。
「まあ、元々作詞作曲家として活動していたからな」
副社長はフッと柔らかく笑って、もう新しい音楽の時代が始まっているのだろうと言った。そして、時代を牽引する事務所でいられるよう努力していかねばと呟いた。
ホテルに到着した俺は、車椅子で客室まで移動し、直ぐに眠くなり眠ってしまった。
副社長は、啓太か原条、それか伯がやって来るまで客室で付き添ってくれることになっている。副社長とも、もっともっとゆっくり話をしてみたかったので、薬を飲まなければ話せたのかもしれない。
でも、少しでも眠って体力を温存しておかないと、伯と過ごす朝までの時間を乗りきれそうもないから、副社長の好意に甘えてぐっすりと眠る。
****
「ねえ、子供が欲しいんでしょうガレイル王子? いえ、中川監督? 毎月の家賃を保証してくれたら、私が産んであげるわ。ソラタ様……じゃなかった九竜社長も思っているのでしょう? 中川家には跡取りが必要だと」
「アイーダ、いくら前世でサクラメント侯爵家に仕えていたからって、子供を産むなんてことを簡単に考えるべきじゃないだろう」
「ソラタ様、私は前世と同じで演じることが好きなのです。正直、好きだとか愛しているとかって面倒臭いんです。現世の私もそれなりの家に生まれましたので、結婚は必要です。でも、子育てに自分の人生を捧げるつもりはありません。ですから、産んでも育てません。それが条件です」
サクラメント侯爵家に仕えていた伯爵令嬢アイーダは、事も無げに言い切った。
午後6時に目覚めた俺は、夢のストーリーをハッキリと覚えていた。
この夢が将来のワンシーンであるなら、ガレイル王子である悠希先輩に大きく影響することになりそうだ。
「目が覚めたか春樹、気分はどうだ?」
「はい、スッキリしています。副社長、サクラメント侯爵家の傘下に、アイーダという伯爵令嬢が居ましたか?」
「アイーダ? ああ居たな。彼女は優秀な諜報部員で、とても役立ってくれたよ」
「数年後……いや、10年後くらいに、アイーダの記憶を持つ女性が現れます。その出会いを大事にしてください。彼女はシンガーであり女優として活躍します」
彼女が、悠希先輩の子供を産んでくれますとは流石に言えなかった。
きっと将来、悠希先輩と九竜副社長は付き合っていて、中川家の後継者について悩んでいるのだろう。男同士では実子を授かることはできないのだから。
死が近付いている俺が未来を予知するなんて、不思議というか驚きでいっぱいだけど、きっとこの夢には意味がある。
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