78 / 100
78 親友と副社長
しおりを挟む
「春樹の親友である君たちに、ラルカンドの撮影をお願いしたい。なに、ちょっとしたアルバイトだと思ってくれたらいい。勉強している場面、食事をしている場面、薬を飲んでいたり点滴していたり、苦しんでいる姿も含めて全てを、記録として残して欲しい」
副社長は手提げ袋から2つの黒いキャリングケースを取り出し、テーブルの上に置いた。ケースの中には最新の4Kデジタルビデオカメラが入っていて、有無を言わせず二人にそれを渡していく。
1つは黒、もう1つはダークブラウン。手のひらに乗る軽量タイプで、バッテリーとバッテリーチャージャーまでセットになっていた。
「いったい何の為にですか?」
訳が分からない状態でビデオカメラを渡された啓太が、怪訝な顔をして質問する。
「一つは素のラルカンドをファンに知ってもらうため。
そしてもう一つは・・・伯と悠希のためだ。
何も知らされず、突然春樹を失うことになる二人が哀れだからだ。
親友の君たちはどうだ? 何も知らされず春樹がいなくなって、納得できるか?
私が恨まれるのは仕方ない。だが、きっと君たちも恨まれるぞ。
何故、どうして知らせてくれなかったんだと責められだろう」
副社長は、啓太に向かって厳しい口調で答え、そして逆に問う。
整った顔のイケメンが真剣な眼差しで話すと、かなり威圧感がある。
啓太も原条も、返す言葉が見つからなくて下を向いてしまう。
「春樹、何を他人事のような顔をしている。君は誰の涙も見なくて済むだろうが、ここに居る二人は、悲嘆にくれ絶望する伯と悠希、そしてリゼットルのメンバーを直視せざるを得ないんだぞ」
「・・・ごめん。本当にごめん」
副社長の言葉に、頭では分かっていたつもりだったけど、改めて伯と悠希先輩の悲しむ姿を想像し、ずしんと心に重しがのる。
……絶望・・・そうかもしれない。まさかの二度目だから。
二人の願いは、俺が側で元気に笑っていることだもんな・・・こんな裏切りは、こんな酷い裏切りはないよな。
「春樹、元気な今の内に、二人にビデオレターを残しておけ。俺が撮ってやる」
「そうだな啓太。二人が恨まれるのは嫌だな。
すみません副社長。俺は本当に自分勝手でした。……でも、俺が泣きたくないんです。
死にたくないとか……未練を残したくないとか……ずっと伯と悠希先輩と一緒に生きていたいって……す……すがりたくないんです。
啓太、原条……迷惑掛ける…………ごめん」
死にたくないとか、未練を残したくないって言葉を口にすると、どうしても感情的になってしまう。泣きたくないのに、泣くつもりなんてないのに涙が出る。
「迷惑じゃない! 俺は好きで此処に居るんだ。俺の前で泣くのは、笑っているのと同じだ。俺に気を使うな!」
啓太は涙を必死に堪え、ビデオカメラをテーブルに置き、隣に座る俺の右手をぎゅっと握ってきた。
「俺だって、我慢するなよ春樹。笑ったり泣いたり、それが友達ってもんだろう? しかも親友なんだからさ」
原条もビデオカメラを置いて、涙を零しながら俺の左手をぎゅっと握ってくれる。
……ありがとう。ごめん。重荷を背負わせるけど、よろしくお願いします。
「啓太くん、原条くん、これ22日のリゼットルのライブのチケットと、新幹線のチケットだ。すまないが、春樹を東京まで連れてきてくれ。ホテルも用意してある。春樹、何が何でも22日のライブに来いよ。1曲でいいから歌ってやれ」
「はい副社長。ライブ出演の約束は、絶対に守ります」
結局、副社長のお願いという建て前の指示を、啓太も原条も了承し、俺の闘病生活を記録し、リゼットルのライブに同行することになった。
啓太とは、元々一緒に行くと決めていたので問題ない。
副社長がホテルに帰った後、俺たちは最新式のビデオカメラで、何故か自己紹介を撮影し、啓太は俺の幼少期からの恥ずかしい話を暴露し、原条は学校での零れ話を笑いながら暴露した。
次の日の午前、俺はベッドを起こして座り、痛み止めの点滴を受けながら副社長と話をする。
朝イチで、野上監督が俺のドキュメンタリーを撮りたがっていると聞き驚いた。
野上監督は、これまで特定の個人に興味を持ったことなどなく、ドキュメンタリーを撮ろうと思ったこともなかったらしい。
昨年、映画と共に【離れたくない】が大ヒットした。そして【離れたくない】は音楽部門でいろいろな賞を取っていた。
大賞なるものも受賞していたが、作詞作曲をした俺も、同時に受賞していたにも拘わらず、一切メディアに出なかった。
その後もヒット曲を出したのに、徹底してシークレット活動を続けた。そんなプロは殆ど居なかったし、高校生であることも野上監督の興味を惹いたとのこと。
「私と野上監督とは、かれこれ10年の付き合いになる。
春樹の見舞いに来る前、野上監督は自分自身と一つの賭けをした。
春樹に、もうやり切ったと思っているかと質問し、やり切ったと答えたら撮影しないが、春樹の答えが野上監督の心に響けば、自分が直接カメラを握ると決めていた。
私は今、とても後悔している。春樹に何もしてやれていないことを。
なのに春樹は、悠希を逢わせてくれて、ソラタとガレイル王子のわだかまりを解いてくれた。今では、泣きながら目覚めることは殆どなくなった。
副社長としてではなく、九竜惺としてもっと話したかったし、ラルカンドと春樹をもっと知りたかった。
だから、野上監督の欲は、私の欲でもある。知りたい、忘れたくない、たくさんの人にラルカンドの曲を覚えていて欲しい。ラルカンドの才能を・・・すまない」
九竜副社長は言葉に詰まり、応接セットの椅子から立ち上がり、右手で目を押さえ顔を窓の外に向けた。
……この人を泣かせるなんて思ってなかった。
少しして、副社長は俺のベッドに腰掛け、何かを言おうとして、苦しそうに俯き黙ってしまった。
「いいえ、俺は副社長からたくさんのプレゼントを貰っていますよ。
俺の曲を世に出してくれて、ヒットさせてくれた。
伯との思い出も作れたし、俺の一番の心残りである悠希先輩を、幸せにすると約束してくれた。
そして、高校生の俺を甘えさせてくれました」
俺は目の前に座っている副社長に、心からの感謝を込めてにっこりと笑った。
「春樹、頼む。悠希に……ちゃんと会って別れを告げてやってくれ。
前世でガレイル王子が正気を失いかけた時、ソラタは卑怯にも自分の想いを遂げた。だが、今回は、どうやって慰めたらいいか、どうやって生きてもらったらいいのか分からない。
また突然ラルカンドを、春樹を失うなんて、悠希には耐えられないだろう。
・・・悠希は、決して私に甘えてはこないと思う」
きっと副社長は、再び悠希先輩が狂いそうになるのが怖いんだろう。
幸せにしたくても前世の記憶があるから、同じ結果になることを恐れているに違いない。
「何を言ってるんですか? どんなに抵抗されても抱けばいいんです。愛していると何回も何回も言えばいいんです。疲れ果てて悠希先輩が眠るまで……俺の分まで……抱きしめて……愛してくれるまで、ずっと……ずっと傍にいてください」
なんだよ! 俺は泣く気なんてなかったのに、悠希先輩が泣く姿を想像したじゃないか!
俺は胸が苦しくなり、泣きながら副社長に手を伸ばした。
副社長は俺の手を取ると、立ち上がって俺を抱きしめてくれた。副社長の肩も震えているから、きっと泣いているのだろう。
「もしも、先輩の前期試験が終わる8月6日㈪まで、俺に意識があって動けたら、帰ってきて欲しいと連絡します。悠希先輩が帰るのは8日の予定だけど、俺の口から別れを告げます」
副社長の腕の中でちょっとだけ泣いたら落ち着き、俺は不確定な約束をした。
「それでもいい。リゼットルのライブの夜は、伯と過ごすんだろう?」
「その予定です。24日は伯の誕生日だから、プレゼントを渡さなきゃいけないんです。前回は、俺が倒れて病院に運ばれたから一緒に過ごせなかったし・・・きっといろいろ期待してるんだろうな伯」
「そりゃそうだろう。でも、無理はだめだ。私も今回は悠希と一緒にライブを見るよ。悠希はラルカンドの映像担当だからな」
落ち着いた様子の俺を見て、副社長はゆっくりと俺の体から離れていく。
副社長の温もりが離れる寸前、俺は副社長の頬にキスをしていた。それは無意識にでた行動で自分でも驚いたけど、感謝のキスってことにしておこう。
副社長をエレベーターまで見送って、点滴スタンドをゴロゴロと移動させながら病室に戻っていると、突然目の前が真っ暗になり、そのまま意識を失った。
◇◇ 村上 啓太 ◇◇
14日㈯の昼に春樹が倒れて、もう3日が経過した。
14日は光希姉ちゃんがすっ飛んで帰り付き添い、15日㈰は真兄ちゃんが付き添って、おじさんとおばさんは、日中ずっと病院に居た。
だから俺と原条は少しだけ春樹の顔を見て、約束通りビデオ録画して帰った。
どうして急にって納得できなかったが、おばさんから「6月の時点で生きているのが奇跡に近かったのよ」って聞かされ、俺は愕然とし初めて恐怖心を抱いた。
でも、あんなに元気そうだった。春樹は笑ってた。普通に会話もしてたし、俺と原条と勉強だってしてたんだ。そんなこと……信じられないよ。
今日17日(火)、俺は正式にサッカー部を辞めた。
部長という責任ある立場にいたけど、信用や信頼を失うことになっても、俺は春樹の側にいると決めた。たとえ土下座してでも、これ以上部活なんてしていられなかった。
「春樹、目を覚ませ。引き出しの中にあったノートを見たぞ。【やりたいことリスト6】に書いたことを遣らなきゃ! 俺とリゼットルのライブに行くんだろう? 今週末だぞ春樹。伯との約束を果たしてやれ!」
点滴の漏れた跡が痛々しい右手を摩りながら、俺は春樹に話し掛ける。
呼吸は安定してるし、表情も穏やかだ。ただ眠っているだけだと信じて、俺は春樹の耳に買ったばかりのヘッドホンをセットして、ベストアルバム【真実】を流していく。
「起きろ春樹。明日は野上監督も来るってさ。まだ歌える。まだ歌わなきゃいけないんだろう!」
泣きそうになる弱い自分を隠すように、冷蔵庫からさっき買ってきたアイスを取り出し、スプーンで掬って食べ始める。
「それ、俺の好きなアイス……俺も食べる」
少し弱弱しいけど、間違いなく春樹の声が聞こえた。
俺は飛び上がって歓喜の声を上げたいのを我慢し、冷静な振りしてゆっくりと視線を春樹に向けた。
「これは俺様のアイスだ。どうしても食べたいならア~ンしてみろ」
俺はアイスを春樹に見せびらかすように差し出して、一口分の量をスプーンに載せた。
副社長は手提げ袋から2つの黒いキャリングケースを取り出し、テーブルの上に置いた。ケースの中には最新の4Kデジタルビデオカメラが入っていて、有無を言わせず二人にそれを渡していく。
1つは黒、もう1つはダークブラウン。手のひらに乗る軽量タイプで、バッテリーとバッテリーチャージャーまでセットになっていた。
「いったい何の為にですか?」
訳が分からない状態でビデオカメラを渡された啓太が、怪訝な顔をして質問する。
「一つは素のラルカンドをファンに知ってもらうため。
そしてもう一つは・・・伯と悠希のためだ。
何も知らされず、突然春樹を失うことになる二人が哀れだからだ。
親友の君たちはどうだ? 何も知らされず春樹がいなくなって、納得できるか?
私が恨まれるのは仕方ない。だが、きっと君たちも恨まれるぞ。
何故、どうして知らせてくれなかったんだと責められだろう」
副社長は、啓太に向かって厳しい口調で答え、そして逆に問う。
整った顔のイケメンが真剣な眼差しで話すと、かなり威圧感がある。
啓太も原条も、返す言葉が見つからなくて下を向いてしまう。
「春樹、何を他人事のような顔をしている。君は誰の涙も見なくて済むだろうが、ここに居る二人は、悲嘆にくれ絶望する伯と悠希、そしてリゼットルのメンバーを直視せざるを得ないんだぞ」
「・・・ごめん。本当にごめん」
副社長の言葉に、頭では分かっていたつもりだったけど、改めて伯と悠希先輩の悲しむ姿を想像し、ずしんと心に重しがのる。
……絶望・・・そうかもしれない。まさかの二度目だから。
二人の願いは、俺が側で元気に笑っていることだもんな・・・こんな裏切りは、こんな酷い裏切りはないよな。
「春樹、元気な今の内に、二人にビデオレターを残しておけ。俺が撮ってやる」
「そうだな啓太。二人が恨まれるのは嫌だな。
すみません副社長。俺は本当に自分勝手でした。……でも、俺が泣きたくないんです。
死にたくないとか……未練を残したくないとか……ずっと伯と悠希先輩と一緒に生きていたいって……す……すがりたくないんです。
啓太、原条……迷惑掛ける…………ごめん」
死にたくないとか、未練を残したくないって言葉を口にすると、どうしても感情的になってしまう。泣きたくないのに、泣くつもりなんてないのに涙が出る。
「迷惑じゃない! 俺は好きで此処に居るんだ。俺の前で泣くのは、笑っているのと同じだ。俺に気を使うな!」
啓太は涙を必死に堪え、ビデオカメラをテーブルに置き、隣に座る俺の右手をぎゅっと握ってきた。
「俺だって、我慢するなよ春樹。笑ったり泣いたり、それが友達ってもんだろう? しかも親友なんだからさ」
原条もビデオカメラを置いて、涙を零しながら俺の左手をぎゅっと握ってくれる。
……ありがとう。ごめん。重荷を背負わせるけど、よろしくお願いします。
「啓太くん、原条くん、これ22日のリゼットルのライブのチケットと、新幹線のチケットだ。すまないが、春樹を東京まで連れてきてくれ。ホテルも用意してある。春樹、何が何でも22日のライブに来いよ。1曲でいいから歌ってやれ」
「はい副社長。ライブ出演の約束は、絶対に守ります」
結局、副社長のお願いという建て前の指示を、啓太も原条も了承し、俺の闘病生活を記録し、リゼットルのライブに同行することになった。
啓太とは、元々一緒に行くと決めていたので問題ない。
副社長がホテルに帰った後、俺たちは最新式のビデオカメラで、何故か自己紹介を撮影し、啓太は俺の幼少期からの恥ずかしい話を暴露し、原条は学校での零れ話を笑いながら暴露した。
次の日の午前、俺はベッドを起こして座り、痛み止めの点滴を受けながら副社長と話をする。
朝イチで、野上監督が俺のドキュメンタリーを撮りたがっていると聞き驚いた。
野上監督は、これまで特定の個人に興味を持ったことなどなく、ドキュメンタリーを撮ろうと思ったこともなかったらしい。
昨年、映画と共に【離れたくない】が大ヒットした。そして【離れたくない】は音楽部門でいろいろな賞を取っていた。
大賞なるものも受賞していたが、作詞作曲をした俺も、同時に受賞していたにも拘わらず、一切メディアに出なかった。
その後もヒット曲を出したのに、徹底してシークレット活動を続けた。そんなプロは殆ど居なかったし、高校生であることも野上監督の興味を惹いたとのこと。
「私と野上監督とは、かれこれ10年の付き合いになる。
春樹の見舞いに来る前、野上監督は自分自身と一つの賭けをした。
春樹に、もうやり切ったと思っているかと質問し、やり切ったと答えたら撮影しないが、春樹の答えが野上監督の心に響けば、自分が直接カメラを握ると決めていた。
私は今、とても後悔している。春樹に何もしてやれていないことを。
なのに春樹は、悠希を逢わせてくれて、ソラタとガレイル王子のわだかまりを解いてくれた。今では、泣きながら目覚めることは殆どなくなった。
副社長としてではなく、九竜惺としてもっと話したかったし、ラルカンドと春樹をもっと知りたかった。
だから、野上監督の欲は、私の欲でもある。知りたい、忘れたくない、たくさんの人にラルカンドの曲を覚えていて欲しい。ラルカンドの才能を・・・すまない」
九竜副社長は言葉に詰まり、応接セットの椅子から立ち上がり、右手で目を押さえ顔を窓の外に向けた。
……この人を泣かせるなんて思ってなかった。
少しして、副社長は俺のベッドに腰掛け、何かを言おうとして、苦しそうに俯き黙ってしまった。
「いいえ、俺は副社長からたくさんのプレゼントを貰っていますよ。
俺の曲を世に出してくれて、ヒットさせてくれた。
伯との思い出も作れたし、俺の一番の心残りである悠希先輩を、幸せにすると約束してくれた。
そして、高校生の俺を甘えさせてくれました」
俺は目の前に座っている副社長に、心からの感謝を込めてにっこりと笑った。
「春樹、頼む。悠希に……ちゃんと会って別れを告げてやってくれ。
前世でガレイル王子が正気を失いかけた時、ソラタは卑怯にも自分の想いを遂げた。だが、今回は、どうやって慰めたらいいか、どうやって生きてもらったらいいのか分からない。
また突然ラルカンドを、春樹を失うなんて、悠希には耐えられないだろう。
・・・悠希は、決して私に甘えてはこないと思う」
きっと副社長は、再び悠希先輩が狂いそうになるのが怖いんだろう。
幸せにしたくても前世の記憶があるから、同じ結果になることを恐れているに違いない。
「何を言ってるんですか? どんなに抵抗されても抱けばいいんです。愛していると何回も何回も言えばいいんです。疲れ果てて悠希先輩が眠るまで……俺の分まで……抱きしめて……愛してくれるまで、ずっと……ずっと傍にいてください」
なんだよ! 俺は泣く気なんてなかったのに、悠希先輩が泣く姿を想像したじゃないか!
俺は胸が苦しくなり、泣きながら副社長に手を伸ばした。
副社長は俺の手を取ると、立ち上がって俺を抱きしめてくれた。副社長の肩も震えているから、きっと泣いているのだろう。
「もしも、先輩の前期試験が終わる8月6日㈪まで、俺に意識があって動けたら、帰ってきて欲しいと連絡します。悠希先輩が帰るのは8日の予定だけど、俺の口から別れを告げます」
副社長の腕の中でちょっとだけ泣いたら落ち着き、俺は不確定な約束をした。
「それでもいい。リゼットルのライブの夜は、伯と過ごすんだろう?」
「その予定です。24日は伯の誕生日だから、プレゼントを渡さなきゃいけないんです。前回は、俺が倒れて病院に運ばれたから一緒に過ごせなかったし・・・きっといろいろ期待してるんだろうな伯」
「そりゃそうだろう。でも、無理はだめだ。私も今回は悠希と一緒にライブを見るよ。悠希はラルカンドの映像担当だからな」
落ち着いた様子の俺を見て、副社長はゆっくりと俺の体から離れていく。
副社長の温もりが離れる寸前、俺は副社長の頬にキスをしていた。それは無意識にでた行動で自分でも驚いたけど、感謝のキスってことにしておこう。
副社長をエレベーターまで見送って、点滴スタンドをゴロゴロと移動させながら病室に戻っていると、突然目の前が真っ暗になり、そのまま意識を失った。
◇◇ 村上 啓太 ◇◇
14日㈯の昼に春樹が倒れて、もう3日が経過した。
14日は光希姉ちゃんがすっ飛んで帰り付き添い、15日㈰は真兄ちゃんが付き添って、おじさんとおばさんは、日中ずっと病院に居た。
だから俺と原条は少しだけ春樹の顔を見て、約束通りビデオ録画して帰った。
どうして急にって納得できなかったが、おばさんから「6月の時点で生きているのが奇跡に近かったのよ」って聞かされ、俺は愕然とし初めて恐怖心を抱いた。
でも、あんなに元気そうだった。春樹は笑ってた。普通に会話もしてたし、俺と原条と勉強だってしてたんだ。そんなこと……信じられないよ。
今日17日(火)、俺は正式にサッカー部を辞めた。
部長という責任ある立場にいたけど、信用や信頼を失うことになっても、俺は春樹の側にいると決めた。たとえ土下座してでも、これ以上部活なんてしていられなかった。
「春樹、目を覚ませ。引き出しの中にあったノートを見たぞ。【やりたいことリスト6】に書いたことを遣らなきゃ! 俺とリゼットルのライブに行くんだろう? 今週末だぞ春樹。伯との約束を果たしてやれ!」
点滴の漏れた跡が痛々しい右手を摩りながら、俺は春樹に話し掛ける。
呼吸は安定してるし、表情も穏やかだ。ただ眠っているだけだと信じて、俺は春樹の耳に買ったばかりのヘッドホンをセットして、ベストアルバム【真実】を流していく。
「起きろ春樹。明日は野上監督も来るってさ。まだ歌える。まだ歌わなきゃいけないんだろう!」
泣きそうになる弱い自分を隠すように、冷蔵庫からさっき買ってきたアイスを取り出し、スプーンで掬って食べ始める。
「それ、俺の好きなアイス……俺も食べる」
少し弱弱しいけど、間違いなく春樹の声が聞こえた。
俺は飛び上がって歓喜の声を上げたいのを我慢し、冷静な振りしてゆっくりと視線を春樹に向けた。
「これは俺様のアイスだ。どうしても食べたいならア~ンしてみろ」
俺はアイスを春樹に見せびらかすように差し出して、一口分の量をスプーンに載せた。
3
お気に入りに追加
142
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
王様の恋
うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」
突然王に言われた一言。
王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。
ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。
※エセ王国
※エセファンタジー
※惚れ薬
※異世界トリップ表現が少しあります
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる