前世の僕は、いつまでも君を想う

杵築しゅん

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78 親友と副社長

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「春樹の親友である君たちに、ラルカンドの撮影をお願いしたい。なに、ちょっとしたアルバイトだと思ってくれたらいい。勉強している場面、食事をしている場面、薬を飲んでいたり点滴していたり、苦しんでいる姿も含めて全てを、記録として残して欲しい」

 副社長は手提げ袋から2つの黒いキャリングケースを取り出し、テーブルの上に置いた。ケースの中には最新の4Kデジタルビデオカメラが入っていて、有無を言わせず二人にそれを渡していく。
 1つは黒、もう1つはダークブラウン。手のひらに乗る軽量タイプで、バッテリーとバッテリーチャージャーまでセットになっていた。

「いったい何の為にですか?」

訳が分からない状態でビデオカメラを渡された啓太が、怪訝な顔をして質問する。

「一つは素のラルカンドをファンに知ってもらうため。
 そしてもう一つは・・・伯と悠希のためだ。
 何も知らされず、突然春樹を失うことになる二人が哀れだからだ。
 親友の君たちはどうだ? 何も知らされず春樹がいなくなって、納得できるか?
 私が恨まれるのは仕方ない。だが、きっと君たちも恨まれるぞ。
 何故、どうして知らせてくれなかったんだと責められだろう」

副社長は、啓太に向かって厳しい口調で答え、そして逆に問う。
 整った顔のイケメンが真剣な眼差しで話すと、かなり威圧感がある。
 啓太も原条も、返す言葉が見つからなくて下を向いてしまう。

「春樹、何を他人事のような顔をしている。君は誰の涙も見なくて済むだろうが、ここに居る二人は、悲嘆にくれ絶望する伯と悠希、そしてリゼットルのメンバーを直視せざるを得ないんだぞ」

「・・・ごめん。本当にごめん」

 副社長の言葉に、頭では分かっていたつもりだったけど、改めて伯と悠希先輩の悲しむ姿を想像し、ずしんと心に重しがのる。

 ……絶望・・・そうかもしれない。まさかの二度目だから。

 二人の願いは、俺が側で元気に笑っていることだもんな・・・こんな裏切りは、こんな酷い裏切りはないよな。

「春樹、元気な今の内に、二人にビデオレターを残しておけ。俺が撮ってやる」

「そうだな啓太。二人が恨まれるのは嫌だな。
 すみません副社長。俺は本当に自分勝手でした。……でも、俺が泣きたくないんです。
 死にたくないとか……未練を残したくないとか……ずっと伯と悠希先輩と一緒に生きていたいって……す……すがりたくないんです。
 啓太、原条……迷惑掛ける…………ごめん」

 死にたくないとか、未練を残したくないって言葉を口にすると、どうしても感情的になってしまう。泣きたくないのに、泣くつもりなんてないのに涙が出る。

「迷惑じゃない! 俺は好きで此処に居るんだ。俺の前で泣くのは、笑っているのと同じだ。俺に気を使うな!」

啓太は涙を必死に堪え、ビデオカメラをテーブルに置き、隣に座る俺の右手をぎゅっと握ってきた。

「俺だって、我慢するなよ春樹。笑ったり泣いたり、それが友達ってもんだろう? しかも親友なんだからさ」

原条もビデオカメラを置いて、涙を零しながら俺の左手をぎゅっと握ってくれる。

 ……ありがとう。ごめん。重荷を背負わせるけど、よろしくお願いします。


「啓太くん、原条くん、これ22日のリゼットルのライブのチケットと、新幹線のチケットだ。すまないが、春樹を東京まで連れてきてくれ。ホテルも用意してある。春樹、何が何でも22日のライブに来いよ。1曲でいいから歌ってやれ」

「はい副社長。ライブ出演の約束は、絶対に守ります」

 結局、副社長のお願いという建て前の指示を、啓太も原条も了承し、俺の闘病生活を記録し、リゼットルのライブに同行することになった。
 啓太とは、元々一緒に行くと決めていたので問題ない。
 副社長がホテルに帰った後、俺たちは最新式のビデオカメラで、何故か自己紹介を撮影し、啓太は俺の幼少期からの恥ずかしい話を暴露し、原条は学校での零れ話を笑いながら暴露した。



 次の日の午前、俺はベッドを起こして座り、痛み止めの点滴を受けながら副社長と話をする。
 朝イチで、野上監督が俺のドキュメンタリーを撮りたがっていると聞き驚いた。
 野上監督は、これまで特定の個人に興味を持ったことなどなく、ドキュメンタリーを撮ろうと思ったこともなかったらしい。

 昨年、映画と共に【離れたくない】が大ヒットした。そして【離れたくない】は音楽部門でいろいろな賞を取っていた。
 大賞なるものも受賞していたが、作詞作曲をした俺も、同時に受賞していたにも拘わらず、一切メディアに出なかった。
 その後もヒット曲を出したのに、徹底してシークレット活動を続けた。そんなプロは殆ど居なかったし、高校生であることも野上監督の興味を惹いたとのこと。

「私と野上監督とは、かれこれ10年の付き合いになる。
 春樹の見舞いに来る前、野上監督は自分自身と一つの賭けをした。
 春樹に、もうやり切ったと思っているかと質問し、やり切ったと答えたら撮影しないが、春樹の答えが野上監督の心に響けば、自分が直接カメラを握ると決めていた。

 私は今、とても後悔している。春樹に何もしてやれていないことを。
 なのに春樹は、悠希を逢わせてくれて、ソラタとガレイル王子のわだかまりを解いてくれた。今では、泣きながら目覚めることは殆どなくなった。
 副社長としてではなく、九竜惺としてもっと話したかったし、ラルカンドと春樹をもっと知りたかった。
 だから、野上監督の欲は、私の欲でもある。知りたい、忘れたくない、たくさんの人にラルカンドの曲を覚えていて欲しい。ラルカンドの才能を・・・すまない」

九竜副社長は言葉に詰まり、応接セットの椅子から立ち上がり、右手で目を押さえ顔を窓の外に向けた。
 
  ……この人を泣かせるなんて思ってなかった。

 少しして、副社長は俺のベッドに腰掛け、何かを言おうとして、苦しそうに俯き黙ってしまった。

「いいえ、俺は副社長からたくさんのプレゼントを貰っていますよ。
 俺の曲を世に出してくれて、ヒットさせてくれた。
 伯との思い出も作れたし、俺の一番の心残りである悠希先輩を、幸せにすると約束してくれた。
 そして、高校生の俺を甘えさせてくれました」

俺は目の前に座っている副社長に、心からの感謝を込めてにっこりと笑った。

「春樹、頼む。悠希に……ちゃんと会って別れを告げてやってくれ。
 前世でガレイル王子が正気を失いかけた時、ソラタは卑怯にも自分の想いを遂げた。だが、今回は、どうやって慰めたらいいか、どうやって生きてもらったらいいのか分からない。
 また突然ラルカンドを、春樹を失うなんて、悠希には耐えられないだろう。
 ・・・悠希は、決して私に甘えてはこないと思う」

 きっと副社長は、再び悠希先輩が狂いそうになるのが怖いんだろう。
 幸せにしたくても前世の記憶があるから、同じ結果になることを恐れているに違いない。

「何を言ってるんですか? どんなに抵抗されても抱けばいいんです。愛していると何回も何回も言えばいいんです。疲れ果てて悠希先輩が眠るまで……俺の分まで……抱きしめて……愛してくれるまで、ずっと……ずっと傍にいてください」 

 なんだよ! 俺は泣く気なんてなかったのに、悠希先輩が泣く姿を想像したじゃないか!
 俺は胸が苦しくなり、泣きながら副社長に手を伸ばした。
 副社長は俺の手を取ると、立ち上がって俺を抱きしめてくれた。副社長の肩も震えているから、きっと泣いているのだろう。

「もしも、先輩の前期試験が終わる8月6日㈪まで、俺に意識があって動けたら、帰ってきて欲しいと連絡します。悠希先輩が帰るのは8日の予定だけど、俺の口から別れを告げます」

副社長の腕の中でちょっとだけ泣いたら落ち着き、俺は不確定な約束をした。

「それでもいい。リゼットルのライブの夜は、伯と過ごすんだろう?」

「その予定です。24日は伯の誕生日だから、プレゼントを渡さなきゃいけないんです。前回は、俺が倒れて病院に運ばれたから一緒に過ごせなかったし・・・きっといろいろ期待してるんだろうな伯」

「そりゃそうだろう。でも、無理はだめだ。私も今回は悠希と一緒にライブを見るよ。悠希はラルカンドの映像担当だからな」

 落ち着いた様子の俺を見て、副社長はゆっくりと俺の体から離れていく。
 副社長の温もりが離れる寸前、俺は副社長の頬にキスをしていた。それは無意識にでた行動で自分でも驚いたけど、感謝のキスってことにしておこう。

 副社長をエレベーターまで見送って、点滴スタンドをゴロゴロと移動させながら病室に戻っていると、突然目の前が真っ暗になり、そのまま意識を失った。



◇◇ 村上 啓太 ◇◇

 14日㈯の昼に春樹が倒れて、もう3日が経過した。
 14日は光希姉ちゃんがすっ飛んで帰り付き添い、15日㈰は真兄ちゃんが付き添って、おじさんとおばさんは、日中ずっと病院に居た。
 だから俺と原条は少しだけ春樹の顔を見て、約束通りビデオ録画して帰った。

 どうして急にって納得できなかったが、おばさんから「6月の時点で生きているのが奇跡に近かったのよ」って聞かされ、俺は愕然とし初めて恐怖心を抱いた。
 でも、あんなに元気そうだった。春樹は笑ってた。普通に会話もしてたし、俺と原条と勉強だってしてたんだ。そんなこと……信じられないよ。


 今日17日(火)、俺は正式にサッカー部を辞めた。
 部長という責任ある立場にいたけど、信用や信頼を失うことになっても、俺は春樹の側にいると決めた。たとえ土下座してでも、これ以上部活なんてしていられなかった。

「春樹、目を覚ませ。引き出しの中にあったノートを見たぞ。【やりたいことリスト6】に書いたことを遣らなきゃ! 俺とリゼットルのライブに行くんだろう? 今週末だぞ春樹。伯との約束を果たしてやれ!」

 点滴の漏れた跡が痛々しい右手を摩りながら、俺は春樹に話し掛ける。
 呼吸は安定してるし、表情も穏やかだ。ただ眠っているだけだと信じて、俺は春樹の耳に買ったばかりのヘッドホンをセットして、ベストアルバム【真実】を流していく。

「起きろ春樹。明日は野上監督も来るってさ。まだ歌える。まだ歌わなきゃいけないんだろう!」

 泣きそうになる弱い自分を隠すように、冷蔵庫からさっき買ってきたアイスを取り出し、スプーンで掬って食べ始める。

「それ、俺の好きなアイス……俺も食べる」

 少し弱弱しいけど、間違いなく春樹の声が聞こえた。
 俺は飛び上がって歓喜の声を上げたいのを我慢し、冷静な振りしてゆっくりと視線を春樹に向けた。

「これは俺様のアイスだ。どうしても食べたいならア~ンしてみろ」

俺はアイスを春樹に見せびらかすように差し出して、一口分の量をスプーンに載せた。
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