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65 ゴールデンウィーク(4)

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 翌朝、俺はとても不思議な気持ちで夜明け前に目が覚めた。

 今朝見た夢の中で、ラルカンドは笑っていた。
 いつものように海を見つめて、潮風と戯れるように歌いながら・・・
 そのメロディーは、昨日俺が作った【セレナーデ】に似ていて、でも、どこか違っていて懐かしい感じがした。

 夢の中のラルカンドは、歌いながら砂浜に降りると、落ちていた貝殻を集めて、その中から一番きれいな虹色の貝殻だけをポケットに入れた。そして寄宿舎に持ち帰ると、落ち葉が美しい並木道のベンチの上にそっと置いた。
 そこはエイブが好きな場所で、よく二人で来てたわいもないお喋りをしていた。

 見知らぬ学生たちが、ベンチの前を走って通りすぎていく。あの腕章は1年生のはずだけど、何故だか見たことのない学生だった。
 暫くすると、落ち葉を踏みしめながらエイブがやって来た。
 とても悲しそうな顔をして、ベンチに腰を下ろすと大きな溜め息を吐いた。

 ……あれ、エイブが上級生の腕章をしている。

「ラルカンド、すまない。俺も必ず直ぐ側に行くから……ごめん」

 エイブはそう呟くと、両手で顔を覆って泣き始めた。
 直ぐ側にラルカンドが居るのに、まるでエイブには見えていないみたいだ。
 冷たい晩秋の風が突然吹いてきて、落ち葉がヒラリと1枚舞い上がって、ベンチの上に落ちてきた。
 エイブはその黄色い落ち葉に視線を向け、落ち葉をゆっくりと手に取ると、その下に隠れていた貝殻に気付いた。

「ああラルカンド、会いに来てくれたんだね。とうとう戦争が始まったんだ。校長は俺を近衛騎士団に推薦するらしいけど、俺は王宮ではなく戦地に行ける部隊を希望するよ」

エイブは貝殻に向かって話し掛け、大事そうに胸ポケットに入れてから涙を拭いた。

「もしもまた出会えたら、今度は絶対に守ってみせる。そしてひとつになろうラルカンド」

 エイブは立ち上がると、まるでラルカンドに誓うように胸ポケットに手をあてた。

 ……ああ、これって、ラルカンドが死んだ後の光景だ。

 夢の中で、俺は第三者的にラルカンドとエイブを見ていた。
 前世の夢なのに、俺はそこに存在していない人間で、知るはずのない時間を覗いていた。
 そういえば、ラルカンドはよく浜辺で貝殻を拾っていた。
「綺麗だと思わない?」ってラルカンドは自慢気にエイブに見せるけど、あまり興味なさそうに「そうか?」って素っ気なくいつも答えていた。


 これまで見ていた前世の夢は、記憶を思い出している感じだったのに、今見た夢は違っていた。
 いったい何だったのだろうかと首を捻りながら、隣で寝息をたてている伯の寝顔を見て、俺はまた眠りに落ちた。
 
 
  
 抱き合うようにして眠った俺たちは、予想以上に早い時間に寝たから、朝6時には起きて朝食の準備を始めた。
 やたらと伯が俺にキスしてきて、ちょっと鬱陶しいとか思ったけど、それは決して言葉に出さないようにして、「お皿を出して」とか「ドレッシングをかけてね」とか言って仕事を振ることで回避した。
 だって、作業が直ぐに中断するから面倒くさくなるんだよ。仕方ないよな。

 この甘々でデレデレな伯の嬉しそうな顔を見ると、俺まで嬉しくなるから不思議だ。きっとこれが恋なんだろうなって思うと、俺もつい笑顔になってしまう。

 今朝はお互い、笑顔でモーニング珈琲を飲むことが出来たなって思って、まるで乙女のようなことを考えている自分に赤面する。
 初めてのセックスに失敗した1月のホテルでは、こんな朝を迎えられるかどうか心配だったけど、あれから伯は、一度もと言っていいくらいにエイブを出さない。
 いつも俺を春樹と呼んで、決してラルカンドとは呼ばない。そう言えば、副社長もソラタ先輩を出さなくなった。

 ……う~ん、悠希先輩が何か言ったのかな?


「ねえ伯、ラルカンドが死んだ後、多分秋の終わり頃だと思うんだけど、騎士学校の並木道のベンチで、七色の貝殻を拾わなかった?」

 俺は食器を荒いながら、今朝の夢の確認をしてみる。

「えっ? 騎士学校の並木道のベンチ? う~ん覚えてないなぁ。でも、確か戦地に行った時、隊服の胸ポケットに七色の貝殻を入れていた気がする」

 俺が洗った食器を拭きながら、何故か戦地に貝殻を持参していたと答えた。
 ラルカンドが亡くなってからの記憶は曖昧な部分が多くて、早くラルカンドの側に行きたいと願っていたことは覚えているんだけどと、伯はちょっと寂しそうに笑った。

「どんなに寂しくても悲しくても、自分から死を選ぶのだけはダメ! 寿命がくるまで精一杯生きなきゃ許さないからな」

「分かってる。春樹とひとつになれた俺は無敵だ。きっと100歳まで生きられる」

 伯は明るく笑って、また俺の頬にキスをした。



 朝食後はリビングで、直ぐに曲作りに取り掛かった。
 俺は午前の目標を、曲を完成させて、伯が歌えるように譜面に起し、ギターのコードを付けていくことにした。
 午後からは、伯に【セレナーデ】の演奏が出来るように練習してもらい、夕食後に一緒に歌ったり、伯に気持ちを込めて歌ってもらう予定。なんだか楽しみになってきた。

 午前9時、椎木さんにおはようの挨拶をして、俺たちは中二階のスタジオに籠る。
 時々じゃれ合ってイチャイチャするけど、曲作りを始めた俺は集中していく。自分の世界に入り込んで、伯が同じ部屋に居ることさえ忘れそうになる。
 昼食時間になっても、まだ間奏の部分が出来ていなかったので、楽しく語りかけようとする伯の話にも何処か上の空で、伯は諦めたように食事をしていく。

 やっぱり伯が演奏できるところまでは無理で、きちんとフルに歌って録画するのを、明日の午前に持ち越すことにした。そう決めると気持ちにゆとりが出来て、夕方から伯との会話時間も増えていった。
 伯は早々に自分の曲作りを諦め、作詞を後回しにして、メロディーラインだけを仕上げていた。

 日中降り続いた雨も、夕飯前には小降りになっていたが、今夜は天体観測は出来そうにない。
 夕食のメインはお刺身と天ぷらで、天然もののお魚は美味しかった。
 別荘で豪華な食事って、高校生には、いや、庶民には贅沢過ぎるけど、もう二度と経験できないかもしれないから、有難く満喫させていただく。

 ……副社長、椎木さん、贅沢な時間と経験をありがとうございます。



 夕食後、腹ごなしに俺たちは、スタジオでこれまでに作ってきた曲を歌って録画することにした。
 歌うのは【絡んだ糸】と【旋風】を伯が。【友へ】と【オレンジの曇】を二人で。【繰り返す想い】と【負けないと誓った夜】を俺が歌う。
 恋人としての甘い時も幸せだけど、大好きな歌を一緒に歌う時間も幸せだ。

「ライブで一人で歌えるようにと社長から指示が出たから、俺は【オレンジの雲】を歌うことにした。春樹と二人で歌う曲だったけど、この曲だと、春樹と一緒に歌ってるような気がして勇気が出る」

歌い終わって録画を止めたところで、伯がちょと恥ずかしそうにそう言った。

「ありがとう伯。きっと【オレンジの雲】はアルバムにも入らないから、伯がライブで歌ってくれるのはとても嬉しいよ」

 俺は本当に嬉しくて、お礼の意味も込めて伯の頬にキスをした。
 すると伯も直ぐに、俺の唇にキスをお返ししてきた。
 段々とキスが深くなり、激しくなっていく。俺を見詰める伯の視線が、男として俺を絡めていく。

 ……ここからは大人の時間だ。分かってるよ伯。そんなに煽らないで。


「先にシャワーするね。今夜は自分で頑張ってみる。ちょっと時間が掛かるかもしれないけどいい?」

 俺はシャワーで洗浄して、自分で少し解してみるから、一人でお風呂に入りたいと夕飯前にお願いしておいた。その方が緊張しなくて済みそうだから。
 伯は一緒にお風呂に入りたがったけど、分かったと言って頷いてくれた。


 エイブは、本当にラルカンドとひとつになりたかったんだと、今朝の夢でよく分かった。
 エイブと伯の願いは叶ったけど、残り時間はあまり残っていない。
 せめて伯が満足できるよう、今という時間を大事にしよう。

 ……愛し合うことは、もう怖くない。

 たとえ今以上に寂しくなっても、辛くなっても、俺が愛した時間は伯に残せる。
 きっと今夜はもっと上手くいく。俺も自分の枷をはずして、貪欲なくらいに求めてみよう。
 大好きな伯が、俺を満足させられたんだと自信が持てるよう愛し合おう。

 薬は用意してある。だから大丈夫。
 今夜は逃げないで、伯とエイブの思いを、心と体に刻もう。
 俺は悠希先輩を副社長に託し、伯を選んだ。
 だから、愛してるって言葉と体で伝えよう。俺が居なくなっても、伯の中にいい思い出として残るように。
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