前世の僕は、いつまでも君を想う

杵築しゅん

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62 ゴールデンウィーク(1)

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 4月20日(金)【限界突破】を歌うシンガーは、セルシュさんに決まった。
 セルシュさんは、元ダンスアイドルグループに所属していた女性で年齢は26歳。解散後はソロで活動しており、歌唱力は申し分ない。
 今年ヒット曲を出せなければ、引退するかどうかの崖っぷちらしく、ソウエイミュージックの部長が最後のチャンスを与えたとかなんとか・・・

「ラルカンド先生、どうぞよろしくお願いいたします。しっかりボイストレーニングをして、頂けたチャンスに必ず報いてみせます。私は先生の大ファンで、本当に、本当に嬉しいです。ありがとうございます」

セルシュさんはとても嬉しそうに微笑みながら、気合の入った挨拶をしてきた。
 美人とか可愛いという雰囲気ではなく、女性らしいというよりショートカットで男性系?という感じの独特のオーラを持っている。モデル体型でスタイリッシュに服を着こなし、芯の強そうな感じが【限界突破】に似合っている気がして、俺も「頑張ってください」と期待を込めて握手を交わした。



 2週連続で金曜・土曜と学校を休んでいる俺の頭に、休学という文字が浮かぶ。でも、成績さえ気にしなければ済む問題だと思い直す。
 学校よりアルバムを優先させたんだから、批判されることは分かっていた。
 クラスメートはこんな俺を応援してくれてるけど、青虫騒動以来目立ってしまった俺は、「カッコつけ」「生意気」「サボり魔」と、いろいろ陰で悪く言われている。
 原条は、音楽業界でプロとして活躍し、学校でも成績優秀者クラスの7組に在籍しているから、僻みや嫉みの感情で言うだけだ。気にするなと言って励ましてくれる。

 考えてみれば、スポーツで国際大会に出場し欠席している学生より、勝ち負けがないだけ気分的にも楽だし、期待を背負って頑張らなくていい分、俺は恵まれている。
 俺のメンタルは鋼で出来ている訳ではない。ガラスのようにもろくも美しくもない。目指すとしたら真っ直ぐ伸びる竹のように、風に逆らわず折れることもなく、しなやかでありたい。

 自己満足? いいじゃん。大いに結構!
 だって人生なんて、裏もあれば表もある。アップとダウンを繰り返しながら生きるしかない。難しいけど、自分の不運を恨んだり、誰かのせいにはしたくない。
 他者に選択を任せるから、結果に満足できない時は誰かのせいにする。自分で選択した人生なら、自分の責任だ。上手くいかないことばかりでも、いつかきっといいこともある。俺はそう信じて生きていたい。
 命を選択できなくても、自分で決めれることはまだ、まだ沢山ある。

 ……もう後悔したくないと思う前世の記憶があったから、俺は前を向いていられる。そうじゃなかったら、めそめそ泣いていたかもしれない。絶望していたかもしれない。弱くてヘタレのままだっただろう。
 ……幸運は、降ってくることもあるけど、掴みたいと思うところから始まる。

 大都会東京で、人の流れを見つめながら、最近そんなことをよく考える。
 きっと自分で自分を戒めたり、励ましているんだろうけど、揺らぎそうになる弱さを隠して、マイナス思考にならないように自己防衛しているんだ。

 ……最後まで笑っていられるだろうか?

 少し遅めのランチを、ソウエイミュージックビルの近くのカフェレストランでとりながら、ついあれこれと考えてしまう。

「春樹、さっきから何をぼ~っとしてるんだ? コーヒーが冷めるぞ。
 ゴールデンウイークは、私の別荘で伯と過ごせるように手配した。管理人もいるから食事の心配もない。スタジオとして使える部屋も用意した。
 古い別荘だが景色だけは自慢できる。管理人は夕食の用意をしたら帰るので、まあ、夜は二人きっりで過ごせる。
 あくまでも仕事だからな。曲作りを忘れないように。
 私の車で送り迎えするから、ギターは必ず持っていけ。
 それから、曲が出来たら自撮りで録画しておいてくれ。機材搬入はこちらでする。ああ、曲作りの様子も録画しておいてくれ。DVDで使うかもしれない」

九竜副社長が心配そうに俺の顔を見ながら、ゴールデンウイークのことを説明してくれる。

「イチャイチャし過ぎないよう気を付けて、頑張って曲を作ります。本当にありがとうございます。俺のために……いえ、俺と伯のためにいろいろと」

「このままじゃ伯が可哀想だろう。リベンジさせてやれ。恋人として、楽しい時間を過ごしてくれたらそれでいい。きっと、曲作りにも役に立つ」

 副社長は笑いながら、伯にリベンジさせてやれと言う。俺の病気のことを考えて、いろいろと手を尽くしてくれる副社長には、感謝の気持ちでいっぱいだ。
 初めての夜を失敗したと、伯は自分で副社長に言ったらしい。まあ俺も悠希先輩に話したし、今更恥ずかしがっている時間もないから、副社長の破格のご厚意に甘えることにした。
 お金ならあるけど、俺も伯も人目に付くわけにもいかないから、勝手にホテルに泊まるのは危険だ。副社長の申し出は本当に有り難かった。



 4月25日、悠希先輩が気合に気合を入れて作った、ラルカンドのオフィシャルチャンネルが公開された。
 今回解禁となったのは、第1回歌うクリスマス会の時に歌った【離れたくない】の半分くらいと、【友へ】のフルコーラスの2曲の映像で、スポットライトが体に当っていないから、ほとんど顔が分からないように仕上げてあった。
 まだまだアマチュアの域を越えていない下手な歌で恥ずかしいけど、やると決めたからには、1日一回は自分でも見て、視聴回数を上げていかねば。

 ここからは、自分の知り合いに気付かれる危険度が上がってしまうけど、リゼットルと同じように何事もなかったかのように生活するしかない。
 だから当日も、普通に学校で授業を受け、普通に部活に参加した。



 心配していた身バレするようなこともなく、日々は過ぎていく。
 ゴールデンウイークに突入し、前半は編曲家の先生との打ち合わせをして、曲全体のイメージを創り上げる。
 俺の曲は、既に楽曲提供されているものが多いので、変更箇所だけを担当するベテランの相澤先生と、まだ未発表の曲をお願いする御園生信也先生という、二人の編曲家が担当してくれる。

 相澤先生は、ギターの弾き語りに合わせた曲調に編曲してくれて、既に何曲か完成している。御園生先生は、高校生らしく格好良い感じの曲に編曲してくれるらしい。
 弾き語りのライブDVDも出るので、アルバムの方はカラオケのようにバリバリの演奏で歌うことになっている。
 御園生先生はまだ29歳だけど、数々のヒット曲を手掛けている売れっ子編曲家で、本当は忙しくて無理だと断られたんだけど、副社長が全力を尽くして口説いたらしい。どんな手を使ったのかは教えてくれない。

「初めまして御園生先生。ラルカンドの四ノ宮春樹です。今回は無理なお願いをきいていただき、本当にありがとうございました」

俺は少しでも好印象になればいいなと思いながら、真面目に挨拶をする。 
 一見何処にでも居そうなお兄さんだけど、ちょっと神経質そうな気がする。オシャレ的には、副社長と対極にあると断言してもいいくらい、全く構わないタイプのようで、濃紺のジーパンにブルーのトレーナーだった。

「よろしくねラルカンド君。君の曲は僕も好きだよ。ところでさ、九竜副社長から聞いたんだけど、君は青い髪の毛をしてるんだってね。良かったら見せて」

 唐突に御園生先生は髪色の話をされ、見せろと仰った。ちょっとビックリだ。
 ここで気分を害されてはいけないので、俺は笑顔でいいですよと言ってカツラをとり、ついでにカラコンも外した。

「え~っ!本当に青いんだ。しかも瞳まで? 青って自然の色じゃないよね」
「はい、髪も瞳も突然変異ですから。俺は生粋の日本人なんですけど」
「俺さ、青色フェチなんだよ。ほう……本当に髪の1本1本に色がついてるね。これは、神様のお導きだろうか? なんか運命を感じるよ」

 御園生先生は俺の髪の毛を確認し、瞳をまじまじと覗き込んで、感動したようにパーッと明るい顔になり、力強く握手をしてきた。
 大好きな声優さんのサイン会で、サインを貰った時の姉の興奮した顔を思い出し、俺はその勢いにちょっと引いた。

「ああ、なんだか凄くインスピレーションが湧いてきた。うん!いい感じだ。じゃあねラルカンド君。出来上がりを楽しみにしててね~」

挨拶したばかりで、こちらの希望も何も伝えてなかったのに、御園生先生は上機嫌で手を振りながら帰っていった。

「いったい今のは、何だったんでしょうか副社長?」
「何って、ヤル気に火がついて、ガンガン編曲するぞってことだろうが」
「えっ? そうなんですか?」
「どうやら気に入られたみたいだな。業界の中でも御園生先生は、天才肌で仕事を選ぶと有名なんだ。青色フェチで良かったな」

 結局編曲は、御園生先生に全面的に任せることになった。
 副社長曰く、売れっ子作詞作曲家ラルカンド・フォースと、超売れっ子編曲家御園生信也のコラボは、凄い話題を呼ぶだろうとのこと。
 俺としては、出来上がりを楽しみに待つしかない。



 そして迎えたゴールデンウイーク後半の3日、泊めてもらっていた副社長の家を出て、午前8時に事務所で伯と合流し、副社長の車で別荘へと出発した。
 目的地は鎌倉。稲村ケ崎の近くの高台にある建物で、副社長が祖父から相続した別荘らしい。年に数回しか使わないとのこと。なんて勿体ないんだ!

 渋滞がなければ2時間で到着できる場所だけど、流石はゴールデンウイーク。鶴岡八幡宮辺りから車が全く動かない。
 でも大変なのは副社長だけで、後部座席の俺と伯はルンルンだ。
 副社長の音楽の趣味は俺たちとも合うので、車内で流れる軽快なポップスや映画音楽で、気分は上々ノリノリでドライブを楽しんでいる。

「伯、伯、海だ!太平洋が見えるよ」
「本当だ春樹、やっぱ瀬戸内海とは違うな」
「お前ら、小学生の遠足かぁ? はしゃぎ過ぎだ」

 由比ヶ浜海水浴場を左手に見ながら大騒ぎする俺たちに、副社長が疲れたように文句を言うけど、お構いなしで窓の外を見る。
 近くのホテルで少し遅めの昼食を食べることになり、和食の店でちょうど空いたばかりの個室が取れたので、人目を気にせずゆっくりと海の幸を堪能した。

「ご馳走様です副社長。こんな贅沢、学生だけでは味わえませんでした」
「そうだな伯。お金があっても、俺たちじゃ個室なんか案内して貰えないな」

満腹のお腹を摩りながら、俺は副社長に贅沢体験のお礼を言う。
 休日だというのに、今日も副社長は完全武装のスーツ姿だ。漂っているオーラだけでも、絶対に金持ちに見えると思う。俺と伯だって、気合を入れて買ったお揃いのブランドのシャツを着てるけど、きっと副社長のスーツとは桁がひとつ違うだろう。

「イケメンで金持ちって、反則だよなぁ春樹?」
「まあ、カッコイイから許す。俺じゃあ10年経っても副社長みたいにはなれない」
「フン! こういうのは普段からの行いが大事なんだ。その点悠希は合格だな」
「王子と比べられてもなあ春樹。俺たち一般庶民だもんな」
「まあ確かに。悠希先輩なら副社長の隣が似合うでしょうね。でも、まだ隣は譲りませんよ」 

お世辞でもなんでもなく、副社長の隣は悠希先輩の方がしっくりくる。だからって、隣はまだ俺のものだ。
 ふと見ると、伯が窓の外を見て拗ねている。言葉では束縛しないけど、伯は直ぐ態度に出してしまう。それでもきっと、我慢させてることの方が多いだろう。だから叱れないし、甘くなってしまう。

「ほら伯、ガムでも食べろ。はい、ア~ン」

俺はガムの紙をとって、伯の口にガムを入れて機嫌を取る。初めてのア~ンに伯の顔が緩んでいく。

「は~っ、疲れる」
「あれ、副社長もア~ンしますか?」

俺は笑いながら、副社長に後部座席からガムを渡す。

「ほら、見えてきたぞ。あれだ。坂の上のグレーの建物だ」

坂の上に視線を向けると、他の家より一段高い所に、グレーでお洒落な平屋?の建物が見えてきた。
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