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61 春の夜

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 ◇◇ 春樹 ◇◇

 長いキスに息が上がる。
 甘くて切なくて、体がとけそうになる。
 きっと経験値の差だと思うが、悠希先輩のリードにどんどん流されていく。
 体が自然に反応し、気持ちよくて本能的に続きを求めてしまう。

 ……いったい何処で止めたらいいんだ? 体も心も先を急ぐように余裕がなくなっていく。ダメだ!快感に流されてはダメだ!この先は今じゃない。

「春樹、せめて手で、俺の手で春樹がイクところまで続けさせて」

そう言いながら、悠希先輩の手が下半身に伸びてくる。
 

「あぁ……もうこれ以上……は……ダ、ダメです」
「ダメなの? こんなに感じてるのに? このままじゃ辛いだろう春樹」

 体験したことのない快感で体が疼いていく。はあ・・と息を吐きながら、なんとか快感を逃がそうとするけど、快感と温もりを手放したくないと思ってしまう。

 《 ズキン 》

 先輩がズボンを脱がせたところで、俺は急に激しい頭痛に襲われた。
 反射的に体を捻りながら、両手で頭を抱える。あまりの痛みに「う~っ」と唸ってしまう。

「どうした春樹、大丈夫か? 無理させてごめん。頭が痛いのか?」

 俺の様子が普通じゃないと思った先輩は、俺の体の上から飛び退き、心配そうに顔を覗き込んでくる。

「す、すみません先輩、水を……水をください」

 先輩が慌てて水を汲みに行ったのを見て、俺は痛む頭を抱えながら部屋の電気を点ける。鞄の中から痛み止めの薬を出し、急いで口の中に入れた。水なしでも飲める薬なので、薬を飲んだことは先輩には気付かれないだろう。

「ほら水だ。飲めるか春樹?」
「うっ……だい……大丈夫です。はあ・・・」
 俺は震える手でコップを受け取って、ゆっくり少しずつ水を飲んでいく。

「顔色が悪い。横になれ春樹。もしかして体調が悪かった?」
「いいえ、心配掛けてすみません。きっと、興奮し過ぎたんです。少ししたらきっと良くなります」
「布団を敷いてくる・・・心配だから俺の、俺の部屋でもいいか?」
「先輩のベッドでいいですよ。ダブルでしょう?」
「あ、ああ、そうだけど、一緒に寝て大丈夫か? もちろん何もしないと誓う」
「痛っ!ふぅ・・・もう少しここで、手を握っていてください」

 俺は痛みを堪えながら、先輩に甘えてみる。慰めていたはずなのに、いつの間にか甘えている自分が情けない。
 情けないけど、体験したことのない激痛に、全くゆとりなんてない。まるでタイムリミットが近付いてきたような恐怖心を初めて味わった。

 ……大丈夫。まだ時間はある。だけど今日だけ甘えさせてください悠希先輩。甘えるのはこれで最後にして、明日からまた強くあれるよう頑張りますから。


 翌朝目を覚ました俺は、隣で眠っている先輩を見て、ほんわかと幸せを感じる。
 頭痛はすっかり治まっていて、安心してふ~っと息を吐く。まだ布団の中にいたい気持ちを振り払い、「先輩、朝ですよ」と言って先輩を起こす。

「先輩、ちゃんと眠れましたか? 俺が甘えたせいで睡眠不足じゃないですか?」
「確かに春樹のことは心配だったけど、まさか自分のベッドで春樹と眠れるなんて、もう二度とないかもしれないから、充分に堪能させてもらったよ」
「はい? いったい何をどう堪能したんですか?」
「春樹の寝顔を見て、寝息を確かめて、時々手を握って・・・フフ、あとは秘密だ」
「・・・ちょっと変態っぽいですよ。あっ!もう8時過ぎてる。遅刻する!」

 俺は慌ててトイレに入り、伯に定時連絡をする。普通は8時前にするので心配してるかも知れない。
 伯に心の中でいろいろと謝りながら、頭痛は辛かったけど、あそこで止まって良かったと安堵する。そして反省も込めて伯と会う約束を入れた。
 ずるい自分のこの気持を、今は後悔したり反省する時間はない。移り気な訳ではなく、二人とも好きだから、何かをしてあげたい気持を我慢したくない。

 きっと俺は中途半端で、悠希先輩も伯も傷付ける。俺が側に居て元気で笑って過ごしてくれたらいいと、二人は心から願ってくれるけど、俺はその願いを叶えることができない。
 だからせめて、出来るだけ長く病気のことを秘密にして、二人に笑顔だけ見せていたい。そして、自分の想いを曲にして残したい。



 
 3年生になってもクラスメートはほぼ変わらない。
 基本的に7組は難関大学を目指す者が多いので、成績が落ちるとクラスも変えられてしまう。なんとか3年も7組に残れたけど、良かったのか悪かったのか分からない。模試も多いし授業時間も普通のクラスより長い。
 休みがちな俺は、どんどんクラスの皆に置いて行かれそうだ。勉強時間も欲しいけど、曲を作る時間も欲しい。欲張れば寝る時間がなくなる。

 昼休み、学校の年間スケジュール表を見ながら、7月以降の予定を考える。
 7月開始ドラマの最終回は9月だ。今後ドラマの主題歌の話は断って、自分のアルバムの曲作りを優先しよう。今優先すべきはやっぱりアルバムだ。
 当面の目標を決めたところで、学校行事とアルバム進行を確認して思わず溜息が出た。6月16・17日の文化祭だけは休みたくないけど、仕事が忙しい時期と重なる。

「おい春樹、何を溜息ついてんだよ。忙しいのは分かるけど、そんなに駆け足で頑張らなくても、アイドルじゃないんだし若さが売りじゃないだろう?」
「えっ? まだ5年くらいはアイドルでもいけると思うけど?」

 原条が心配するほどの大きな溜息をついてたらしい俺は、一番多く接することになる友人に、妙な心配を掛けないよう真顔でアイドルでもいけると言っておく。
 俺と原条は、いつも昼食時間を有効に使って勉強をしている。原条は現役で医学部に入学する気だし、俺は休んだ分の遅れを原条のノートで取り戻している。
 今日は3年生初日の授業だから、俺はスケジュール調整をして、原条は電子手帳で苦手な英単語の暗記に精を出している。

 ……きっとこんな時間も、大事な思い出になっていくのだろう。



 放課後、俺はお婆様のお見舞いに寄ってから、先輩のスタジオに行った。
 少しずつ回復してきたお婆様の様子に二人で安心し、最終電車の時間ギリギリまで、少しでも良いPVを作ろうと頑張った。【限界突破】は声量が必要な曲だけど、前より自分も声が出せるようになっている。
 伯たちリゼットルも、俺の作った【旋風】の練習を本格的に始めたようで、伯は俺以上に勉強する時間がないとラインでぼやいていた。
 優等生の伯は、きっと勉強も手を抜きたくないんだろう。そんな頑張る伯がいるから、俺も頑張ろうと思えて無理をしてしまうのかもしれない。



 4月13日㈮、ベストアルバムの制作と、【限界突破】の契約のために、午後5時の新幹線で東京に向かう。夕方から東京に向かうのは久し振りだ。
 グリーン車で駅弁を食べながら、今日も歌詞を書いていく。アルバムに入れる新曲のイメージだけでも作っておかなければ間に合わない。
 ベストアルバムは基本的にスタジオ収録だから、今回は17日㈫まで学校を休むことになる。カラオケのようにバックの音が出来ている曲から、声を入れていかねばならない。その音に合わせて歌えるよう、今回は4日間の訓練?日程がとってある。
 ゴールデンウイークもきっちり仕事が入っているけど、副社長のご厚意で、伯と2泊3日の仕事を兼ねた旅行が組んである。名目上は曲作りになっている。だから、それまでは伯とのお泊まりはない。

「わざわざ迎えに来ていただき、ありがとうございます副社長」
「ちゃんとホテルを取れと言いたいところだが、打合せの時間は必要だ」
「えへへ、あの毛布で寝るとぐっすり眠れるんです。楽しみだなぁ」
「あれから体調はどうだ?」
「ぼちぼち頭痛が始まったくらいですね。薬が効いてるから大丈夫です」

 俺は副社長に東京駅まで迎えに来てもらって、今夜もホテル九竜に泊まる。あの、人をダメにするフカフカ毛布は俺のものだ。

「副社長【限界突破】はOKが出たんですよね。誰が歌うんですか?」
「ああ、それがまだ決まってない。私は君でも行けるんじゃないかと思っている」
「えっ? いやいや、あの曲は音域も広いし声量が要ります。女性が歌うことを想定して作った曲ですよ」

 いつものように九竜副社長がとんでもないことを言い出した。
 俺的にはヒットしそうな曲だから、絶対に上手い女性ひとに歌って欲しい。俺が歌うとイメージが違ってくる。

「それに、ドラマの最終回は9月ですよ副社長」
「分かってる。10月以降のドラマ主題歌の依頼も2つきてる。今なら絶対に売れるから、事務所的には儲けられる時に儲けておきたい」
「鬼畜ですねぇ・・・俺、受験生なんですけど」
「そうだったか? フッ、実はシンガーの候補が2人いて、どっちも歌いたいと譲らない。現時点でソウエイミュージックが決めかねている。それだけラルカンド・フォースの曲は人気が高いんだ」

 九竜副社長は困ったことだと言いながら、いっそ作者の俺が決めるのがいいんじゃないかと無責任な発言をする。恨まれるのは俺じゃん!絶対に嫌だ。
 出会った頃には想像もできなかったくらい、俺は今、九竜副社長と普通に話している。ある時はミュージシャンと上司、ある時は友人のように、またある時は、人生の先輩と後輩として接することが出来ている。

 前世に縛られなければ身構えなくていいし、生粋の末っ子気質の俺にとって、数少ない本音で甘えられる大人である。

「そう言えば、悠希先輩とご両親は、あまり上手くいっていないみたいです。先輩が内に抱えている孤独は、結構深いと思います。先日お婆様が倒れて、命が危なかったんですが、もしもお婆様に何かあり、俺が……俺が逝ってしまったら、先輩は一人ぼっちになってしまいます。副社長、絶対に悠希先輩を独りにしないでくださいね」

 今夜、車の中で流れている曲は、ミドルテンポのジャズだ。軽過ぎず明る過ぎず、それでいて優しく懐かしい感じの曲が多い。だから暗くなりがちな話でも、シリアスにならずに済んでいる。やっぱり音楽の力って凄い。

「私の誓いをもう忘れたのか? 俺が絶対に悠希を幸せにすると言っただろうが」
「そうでしたね。信じてますよ。でも、鬱陶しいくらいに好きだ!愛してる!って言わないと、先輩は信じてくれませんよ……きっと」
「・・・そ、そうか」

 先日の夜、暗い部屋の中で膝を抱えるようにして、孤独と戦っていた先輩を思い出した。強くて優しい先輩が泣くなんて……余程寂しかったに違いない。
 これから先、自分は先輩の側にずっと居ることは出来ないのだと、あの激痛に思い知らされた。好きなのに、愛しているのに、俺では先輩を守れない。圧倒的に力が足りない。虚しいとか、悔しさとか、なんで? どうして?って考えたら辛くなる。
 出来なければ託すしかない。そう決めていたから俺は伯を選んだ。

「でも、俺が生きている間は渡しませんから」
「ああ、知ってる。でも、伯にもチャンスを与えてやれよ。あれは等身大の高校生だから、急には大人になれないぞ」
「ふう……もっと時間があったらなあ・・・九竜副社長、悠希先輩だけでなく、伯のこと、リゼットルのこともお願いします」

 九竜副社長は呆れたように溜息をつき、春樹はもっと自分のことを考えろと言った。
 マンションに到着したのは午後11時。仕事は明日にしてもう寝ることにする。
 なんと、書斎になっていた部屋に、俺用のベッドが用意してあった。よし勝った!
 フカフカ毛布にくるまった途端、俺は幸せな気持ちで直ぐ眠りに落ちていった。 
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