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58 九竜副社長と中川悠希

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 ◇◇ 九竜副社長 ◇◇

 春樹を駅まで送って事務所に到着すると、直ぐに悠希に連絡を入れた。
 内容は、ラルカンドのベストアルバム発売に関しての契約についてである。
 直ぐに返信があり、午後には事務所に来れるという。

「お世話になります九竜副社長。ラルカンドのベストアルバム発売って、どういうことでしょうか? それは春樹が望んだことですか?」

 ミーティングルームの椅子に座って開口一番、悠希は疑るような視線を私に向け質問してきた。

「これが、昨日交わした契約書だ。発売予定は7月4日㈬で、ちょうど3カ月後になる。ベストアルバムは、DVDなしのベストアルバムと、DVDを4曲付けた限定盤を作る。この4曲はこれから撮るが、別にラルカンドの弾き語りDVDを発売する。本来ならライブやフェスの映像になるところだが、ラルカンドがライブをしたのは、君のスタジオだけなので、それを使わせて貰おうと思っている」

今後の予定を説明しながら、春樹と交わした契約書を取出し悠希の前に置く。

「確かに春樹のサインですが・・・あの春樹がベストアルバム? 昨日はリゼットルのライブで、こっちに来るとは聞いていましたが、いったい何時、この契約をしたのでしょう?」

まだ春樹から連絡が来ていないようで、悠希は契約の経緯を質問する。

「昨夜、私の自宅マンションで。春樹はそのまま私のマンションに泊まった」
「はあ? 春樹が泊まった?」

 突然悠希の表情が剣吞なものに変わり、椅子から立ち上がる。
 が、思い直したように直ぐに座り直すあたり、流石だと思ってしまう。
 悠希とは、こうして2人きりで会ったことがなかった。確かに初めて会った時から警戒されていたが、こうも面と向かって敵意を向けられると、悠希を想う身としては、正直複雑な気分になる。

「勘違いのないように言っておくが、泊まりたいと言ったのは春樹だ。君が私を男として信用していないのは仕方ないにして、春樹を信じてないのか?」

「信じていますよ。だが貴方と春樹では、経験も生きてきた年月も違う。春樹はバカみたいに純粋だから、心配になるのは当たり前でしょう?」

 春樹に全てを捧げている感じの悠希であれば、そして前世のソラタを知り尽くしているガレイル王子であれば、心配して当然だということだろう。

「私の現世での目標は、ガレイル王子ではなく、中川悠希を、九竜惺として堂々と愛することなのに、愛する君に嫌われることをするほど、愚者ではないつもりだ。それに私は副社長として、ラルカンドの才能に惚れ込んでいる」

怒気の籠った悠希の瞳を真っ直ぐ見て、私は自分の気持ちをストレートに言う。

「フッ、俺は春樹以外、愛するつもりなどない」

自信たっぷりに、全く迷いもせず悠希は即答した。

「もちろん分かっています。だからこそ、私の出来る最大限で、シンガーソングライターとしてラルカンドを世に出すのです。ただ、誤解のないように言いますが、私も悠希と同じように、春樹自身と作詞作曲家ラルカンド・フォース、そしてシンガーソングライターとしてのラルカンドを守りたいと思っています。そのために私は、あなた方より早く生まれ変わったのですから」

「呼び捨て?」

従者としてのソラタから、名前を呼び捨てで呼ばれたことに、悠希の中のガレイル王子が眉を寄せる。

「気に障るなら、悠希君と呼べばいいかな? それとも仕事上の付き合いの時は、中川さんの方がいいだろうか? 私はソラタとしての記憶を封印し、今後あなたとは副社長として接するつもりだ。個人的に九竜惺として会話する時は、悠希と呼び捨てにさせてもらう」

 愛する人を支えて守るという意味では、前世と何ら変わることもないが、前世と現世では、力と社会的立場が全く違う。だから前世のように同じ年でもなければ従者でもないと、はっきりと立ち位置の違いを示しておかねばならない。

「なるほど。それならば、今後は中川さんと呼んでいただきましょう」

挑戦的に微笑みながら、今後私とは個人的に話すつもりなどないと、ガレイル王子らしい言い回しで返事を返してきた。
 それでこそ、私が愛した王子であり、これから愛していく悠希だ。そのプライドの高さ、他に媚びることも屈することもない気高さが、私には堪らない。

 そこからは、ラルカンドのアルバムを最高のものにするための話し合いになった。

 もしかしてと考えていたが、私と悠希は感覚や価値観が似ていた。
 悠希の提案するアイデアは、既に私が考えていたものが多いし、私の提案についても、反論することは少ない。だから、あっという間に4時間が過ぎ、とても充実した内容の話し合いができた。
 
 ……ああ、なんて幸せなんだ。空虚で無色だった私の恋愛感情が、一気に悠希の色に染まっていく。


「それでは、申し訳ありませんが、新曲のPVの方を急ぎでお願いします。大学の方は大丈夫ですか?」

「春樹は来年、同じ大学に来る予定ですから、急いで卒業する必要もありませんし、学費も自分で稼いでますから、文句を言う者もいないでしょう」

「なるほど。来年は同じ大学に・・・」
「では失礼します。ああ、春樹が同席する時は、悠希と呼んでいただいても構いません」

今日初めて見せる笑顔でそう言って、悠希は部屋を出ていった。 

「は~っ、あの笑顔は心臓にくるな」

纏めた資料や予定表を片付けながら、私は深く息を吐き一人呟く。
 そして来年の悠希の大学生活を想い、また溜息をついた。



◇◇ 中川 悠希 ◇◇ 

 ナロウズ音楽事務所の帰り道、俺は知らぬ間に笑っていた。
 ラルカンドのベストアルバム発売は、予想よりかなり早かったが、春樹が承諾したのであれば問題ない。
 まあ、春樹が泊めて欲しいと頼むくらい、あの副社長を信用している様子には驚いたが、あの瞳は噓を吐いてはいなさそうだった。

 それにしても、こうも意見が合うとは意外だった。
 考えてみれば前世のソラタは、王子に個人的な意見を言うことなどなかった。着ている服や食べ物の好みなどは、いつも一緒に居れば見えてくるが、自分の感情を表に出すことなど、皆無だったかもしれない。
 あのポーカーフェイスは変わらないが、無駄のない会話運びや段取りの仕方も、俺のペースに合っている。だから、話していて疲れることがない。
 まるで自分の意見を先読みするかのように、会話をリードされてしまった。
 なんだか悔しい気もするが、これが年の差というものなのだろうか。

 前世のソラタは、最後まで王子を好きだとも愛しているとも言わなかった。言えなかったというのが正しいのかもしれない。
 それを言うことは主に対して不敬であり、従者としてあってはならないことだったはずだ。
 王子とて、ソラタの気持ちに全く気付いていなかった訳ではない。
 それなのに、抱いている時も、抱かれている時も、王子はソラタの名を呼ばなかったし、虚ろで空っぽの心で快楽だけを求めていた。
 どれほど優しく抱かれようと、どれほど尽くされようと、王子はソラタの気持ちを完全に無視した。そしてある日突然、主従関係以外の全てを拒絶した。

 ……それでも、それでもまた、私を愛すというのか? 今度は堂々と愛すと宣言までして。

 先日あれだけ前世を封印しろと2人に対して言ったのに、自分が一番実践できていないのかもしれない。
 ソラタを許すと言った言葉は嘘ではないし、あれから自分自身のことも許そうと努力している。
 今は、前世のラルカンドのためにも、現世の春樹のためにも、持てる力の全てを捧げることで、自分が幸せだと感じられる。
 きっと・・・九竜 惺も同じ気持ちなのだろう。中川悠希と春樹に全力を注ぐことで、気持ちが満たされているに違いない。

 ……私が春樹と結ばれることがないように、九竜 惺もまた、私と結ばれることはないだろう。一見、不毛の愛のように見えて、お互い、前世に比べれば幸せ過ぎるくらいだ。

 春樹が自分の側で生きている内は、もう二度と、間違っても他者の手をとるつもりはない。
 
 大学の予定とアルバム作成の予定を確認しながら、念のため春樹にも確認のラインを送っておく。

《悠希》 副社長からベストアルバムの話を聞いたけど本当?
《春樹》 お疲れさまです。本当です。
《悠希》 急にどうして? 何かあった?
《春樹》 夏休み豪華なハワイ旅行に家族と行くので、稼がなきゃ。
《悠希》 既に大学資金も旅行資金も充分あるだろう。
《春樹》 副社長に説得されて、少し予定より早くなっただけです。
《悠希》 了解。新曲のPV撮るために帰るから、歌えるようになったら連絡よろしく。
《春樹》 はい。早目に連絡します。

 そういえば、アルバムタイトルの【真実】って、どういう意味だろう?
 副社長も詳しくは聞いてないと言っていたけど、やけに重い感じだな。
 おっと、こうしてはいられない!撮りためたPVの画像と音を確認しなきゃいけない。


 あれから5日後の夕方、春樹から珍しく電話が掛かってきた。

「もしもし悠希先輩、落ち着いて聞いてください。お婆様が倒れました。今、救急車を呼んだので、一緒に病院に行きます。意識はありませんが、呼吸は安定してます。病院に到着したら、また連絡します」

「えっ、お婆様が!分かった。直ぐに帰る。入院や手術が必要なら、家族にも連絡するので、随時様子を知らせてくれ」

 春樹の緊迫した声に、スマホを持つ手が震える。
 ちょうど駅のホームに居たので、急いで東京駅に向かうホームへと移動する。時計を見たら午後5時過ぎ。ギリギリ最終の新幹線に乗れる時間だ。
 焦る気持ちをなんとか抑えて、母にラインで連絡を入れる。
 母は不動産会社の副社長としてバリバリ働いているから、きっと最終の新幹線には間に合わないだろう。案の定、ラインの既読がつかない。
 東京駅で新幹線のホームへと走り、なんとか最終の新幹線に飛び乗って、ドアの前で母に電話を掛けた。

「もしもし母さん、お婆様が倒れたらしい。俺はなんとか最終の新幹線に乗ったから、明日の朝一で戻ってくれる?」

「えっ、倒れたの? 明日は大事な会議があるから帰れないわよ。命の危険があるようなら連絡して。もしもの時は、明日の最終の飛行機をとるから。大事なければ、悠希一人でなんとか出来るでしょう?」

「ああ……そうだね。忙しいところごめん。病院で状況が分かったら、ラインするよ」

 分かってはいたが、母はこういう人だ。お陰で焦る気持ちや不安が、違う意味で冷めていく。祖父が倒れた時もそうだったし、亡くなった時も通夜には間に合わなかった。そして葬儀が終わると、父や弟と一緒に直ぐに東京に帰ってしまった。
 あの時、俺はお婆様があまりにも可哀想で、母の分までお婆様を大切にしようと心から思った。
 落ち込む気持ちを振り払い、空いている席を探して車内を移動していると、春樹からラインが入った。

《春樹》 病院は家のすぐ近くの総合病院です。今、検査をしているので、まだ病状が分かりません。
《悠希》 最終の新幹線に乗れた。到着は23時を過ぎると思う。悪いけど、病院にずっと居ることができる?
《春樹》 大丈夫です。もう家には連絡しました。俺の心配は要りません。先輩は大丈夫ですか?
《悠希》 ありがとう春樹。春樹が家に寄ってくれて助かった。

 俺は春樹の優しさに、思わず泣きそうになった。  
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