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55 春の訪れ

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 2月も後半に入り、仕事が忙しくなってきた。
【神秘の扉】の録音や、依頼を受けて作った曲の契約や、提供するアーティストさんとの顔合わせ等、毎週のようにバタバタと東京に行った。
 あまりにも学校を休むので、他のクラスの奴らが、さぼっているんじゃないかと言い出した。プロとして休んでいるのなら、仕事内容を明らかにした方がいいとクラスメートも言い始めた。

 ラルカンドだとバレないようにするため、悠希先輩と九竜副社長の提案で、既に受けている仕事の内2つを、本名に変更してもらうよう手を打った。
 ニュース番組のオープニング曲が3月から、4月からは、テレビドラマの中で流れる間奏曲を本名に変更した。どちらも創英テレビなので融通が利いた。
 

「なあなあ原条、お前は知ってるんだろう春樹の仕事が何なのか?」
「ああ、まあな。春樹は音楽の仕事をしてる。デジ部の映画音楽も全て春樹がやってるし、アイツの才能はプロレベルだと思う」
「音楽の仕事ってどんな仕事だよ? 春樹はリゼットルと友達だから、もしかしてバンドとかやってるのか?」

質問しているのはクラスメートの植田で、質問されているのは原条である。

「はあ? あのヘタレの春樹がバンド? ないわぁ。俺に訊くより本人に訊けよ。今日は学校に来るって言ってたぞ」

原条は面倒くさそうに首を横に振り、本人に訊けと言って廊下に出た。
 春樹がリゼットルの友達だとバレてから妙に注目されるようになったので、親友の原条に探りを入れてくる者が増えていた。
 黙っているのもそろそろ限界だぞと春樹にラインしたら、今日こそ学校でクラスメートに説明すると返信があったので、原条は自分から詳しいことは言わないし、絶対に言えないと重々理解していた。

「おはよう春樹!なあなあ、原条が春樹は音楽関係の仕事をしてるって言ってたけど本当? 学校を休んでまでしてるってことはプロってことだろう?」

クラスで唯一俺と同じくらいの身長の植田が、数人の女子を引き連れニコニコしながら俺の机を取り囲み質問してきた。これは逃がさないぞということだな。

「おはよう植田。ああそうだよ。昨年から休んでいたのも音楽の仕事だったけど、やっと今年から名前を出して貰えるようになった。お金は貰ってても、せめて名前くらい出るようにならないと、恥ずかしくて言えないじゃん。ほら、これお土産」

俺は創英テレビで買った、色々なテレビ番組のファイルを、これ見よがしな創英テレビの紙袋から取り出し、クラスの人数分の枚数を机の上に置いた。

「キャー!やだ~、創英テレビのアニメファイル!こ、これ、貰っていいの?」
「うんいいよ。ただし、一人一枚だけだぞ」

女子の悲鳴にも近い声を聞きつけて、他の奴らもわらわらと集まってくる。一瞬でファイル争奪戦が始まった。遅れて教室に入ってきた者は、残り物確定である。

「ちょっと春樹君、音楽の仕事って、テレビ局に関係してるの?」

クラス委員で真面目な中野さんが、お笑い番組のファイルを嬉しそうに手に持って、キラキラした瞳で訊いてきた。

「そうなんだ。俺もようやくヘタレを返上する時が来たのだ。はっはっは! 明日、3月1日から創英テレビのニュース番組のオープニングに、俺の作った曲が流れることになった。4月から始まるドラマの間奏曲の仕事も決まった。これで俺もプロらしくなった。だから皆の者、写真は勝手に撮らないように!」

俺はわざと胸を張り、凄いだろうと自慢してみる。俺のキャラじゃないけど、このくらいしとけば、ラルカンドとは結び付かないだろう。
 それから担任が教室に来るまでの間「有名人に会ったことある?」とか「どのくらい稼いでるんだ?」とか「リゼットルとは音楽仲間なの?」とか「歌手デビューするの?」とか色々な質問攻めにあった。
 リゼットルとは一緒に切磋琢磨する関係だと答え、デビューについては、四ノ宮春樹は作詞作曲専門だと答えておいた。うん、嘘ではない。


 翌日は3月1日で卒業式だった。
 悠希先輩が卒業するのは、デジ部にとって宝を失うようなものだが、笑顔で送り出さねばならない。
 昨年は全国大会入賞という華やかな成績を収めたので、部長だった悠希先輩は、優秀卒業生に選ばれ校長から表彰された。
 学生服姿の先輩は、これで見納めかと思うと寂しい気持ちになる。
 同時に、来年自分が出席するはずの卒業式を思い、胸がズシリと重くなった。

 ……だめだ、前だけを向いていこう! 大丈夫。まだ時間はある。


 デジ部の卒業生を送る会は先週終えているので、今夜は久し振りに悠希先輩のスタジオに7人が集合して、卒業を祝う会をする。
 残念ながら伯は東京だけど、悠希先輩がまた機材を増やし、パソコンにカメラを取り付け、伯も画面で参加する。触れられないけど、姿も見えるし声も聴ける。

「お疲れ様、卒業式はどうだった?」
「おう、春樹もお疲れ。卒業式は普通に粛々と終わったな。卒業式は・・・」

俺の質問に、一俊先輩が大きな溜息をつく。

「式が終わってからが大変だったよ。この前テレビに出たし、雑誌にも出たから、クラスメートはもちろんのことながら、他のクラスの奴もサインとか握手とか……兎に角もみくちゃにされた。それから、一緒に写真攻撃が激しくて大変だった」

蒼空先輩が、学ランのボタンを全部クラスの女子に取られたと自慢?しながら、芸能人の大変さを身に染みたと疲れたように話した。

「うちの学校も大変だったけど、何故かクラスメートがガッチリ防御してくれたんで、写真は3年生だけOKということになったが、卒業式中のスポーツ表彰で壇上に上がった時、賞状を貰って学生の方を振り向いたら、全員か?と思うとくらいの奴が、俺にスマホを向けてた。あれは、めちゃくちゃ怖かったわ」

祥也先輩の学校はスポーツ学科があるから、スポーツ表彰者が多いのだが、自分の時だけシャッター音が体育館内に響き渡り、引きつりながらもガッツと根性で笑ったと自慢した。

「でもまあ、忘れられない卒業式になったよ。応援してくれる仲間や後輩に囲まれ、先生たちにも頑張れと応援されたら、頑張るしかない」
「そうだな一俊。頑張るリゼットルの姿を見てもらおう。なあ、祥也」
「当然だ。先ずは7日に発売されるアルバムだな。7月はアニメの2部も待ってる。止まってる時間はない」

リゼットルの3人は不敵に笑いながら、頑張ろうぜと気持ちを引き締め合う。

「先輩方、大学も頑張ってくださいよ。留年なんかしたら、解散ですからね。頼みますよ!」

伯はパソコン画面から、遣る気の先輩3人に、勉強もしろとダメ出しをする。

 そこからは伯と暫し別れて客間に移動し、ケータリングと悠希先輩のお婆様の手料理を食べる。
 賑やかなことが好きなお婆様は、ちらし寿司と具だくさん汁を作ってくださった。
 今月20日には悠希先輩は東京に行ってしまう。だからお婆様はどこか寂しそうだ。
 一人ぼっちになるお婆様が寂しくないよう、俺は時間が取れる時はスタジオに寄って、お婆様に話し掛けたり体調を訊いて先輩に報告することになっている。
 スタジオに入る玄関のような勝手口の合鍵も持っているし、スタジオの鍵も持っているので、お婆様に何かあれば俺が駆け付ける予定だ。
 何度も泊まったりしている俺は、有難いことに、悠希先輩と同じように可愛がって貰っている。

 食後はスタジオで音楽の話やこれからのことで盛り上がり、午後9時にはお開きになった。
 2年生は明日も学校だし、午後11時過ぎには俺の曲がニュース番組のオープニングで流れるので、リアルタイムで見るために啓太と一緒に電車で帰った。
 家に帰ると両親が、嬉しそうにテレビの前でスタンバイしていた。
 兄貴は今年から就職で、県内の高校で教師になる。先日から卒業旅行に行って留守である。
 姉貴は大学生活をエンジョイしつつ、バイトが忙しくて帰ってこない。
 夏休みには、俺の稼いだお金で、家族をハワイに招待することにしているので、姉貴は小遣い稼ぎに精を出している。どんだけ小遣いが必要なのだろうか?

 

 平和に日々は過ぎてゆき、いつの間にか景色は春色に変わっていた。
 俺は学校でプロの音楽家だと認識されるようになり、近寄ってこようとする学生には、必殺人見知りを発動し、派手な外見はさておき、地味に目立たないように生活している……と思う。
 3月からは髪を染めてもいいと許可が出て、瞳もカラコンがOKになった。髪はカツラを被ることにして、カラコンは・・・黒に近い濃い青にした。
 テレビに名前が出るようになったので、下手に騒がれてはいけないと、学校というより生徒指導の安浦が許可してくれた。

 3月で副部長を降りることにしているデジ部は、全員から名前だけでもいいから辞めないでとお願いされ、音楽制作だけ協力することで許してもらった。
 原条は医学部の受験のため、文化祭が終わるまで部長をすることになり、春休みの間に次年度の計画をしっかり立てることにした。



 春休みに入って、時々軽い頭痛を感じるようになったが、できるだけ薬は飲まないように我慢し、曲作りに専念する。
 目標は夏休みまでに5曲だ。依頼は50件以上きているが、お金を稼ぐことより、いい曲を、自分が納得できる曲を作りたいと事務所には伝えてある。
 これまでに作った曲は16曲くらいで、楽曲提供したのは12曲だった思う。
 基本的に全ての曲を、悠希先輩が録画して事務所に送っているけど、まだ発表していない曲もある。

 ……欲を出せばきりがない。学校にも行きたいけど、もっとしっかりと曲が作りたい。何を優先して行うかは、その時の状況で違ってくると思うので、一番やりたいことを遣ろう。

 3月25日、九竜副社長から大事な話があるからと呼び出しがあった。
 ラルカンドのオフィシャルサイトを作ることについてと、CDの発売についてとメールに書いてあった。
 CDの発売?
 社長は【神秘の扉】のCDを出したいと言っていたが、きちんと断っていたのに、いったいどういうことだろう?

**** 
 現世の俺たちは後悔したくない。
 君の希望を叶えるためにも、王子とエイブには、頑張らざるを得ない脅しが必要だと思う。
 前向きに頑張って生きる君の姿を、2人にも多くの人にも見てもらいたい。
 君の歌で、たくさんの人を元気にしたり、笑顔にしてみないか?
 君にはその力がある。ラルカンド・フォースの曲には、人を感動させる力がある。
 私のためにも、最善を尽くさせて欲しい。
****

 メールの最後に添えられたメッセージ?を見て、俺は首を捻る。
 言いたいことは分かる。でも、脅しは必要なのだろうか? 俺の希望を叶えるって何だろうか? 私のためにもってどういうことだろう?

 3月27日、17歳になったばかりの俺の時間は、予想外の展開で動き始める。   
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