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54 九竜 惺 決断する

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 1月28日、中川悠希・・・王子からメールがきた。何故彼から?
 年末に春樹のPVの専属契約をした時に、一応アドレスは名刺に書いておいたが、まさか私個人のアドレスに連絡があるなんて・・・
 嫌な予感と期待する気持ちで鼓動が早くなる。
 冷静にならねばと深呼吸してメールを開くと、そこには意外なことが書かれていた。

 ソラタである 九竜惺 様 

 ラルカンドに関する重要な話がある。
 春樹には内緒で、エイブである伯と一緒に時間を取って欲しい。
 既に学校は休みになっているので、そちらの時間に合わせる。
 今度こそ、私は後悔したくない。


 どういうことだろう?
 春樹に何かあったのだろうか? まさか病気が悪化したのか?
 それよりも、王子は、いや悠希は私の正体を春樹に聞いたのだろうか?

 あれこれと考えてみるが何の結論も出ず、直ぐに【リゼットル】の予定を確認し、伯に連絡を入れた。
 伯にも連絡があったようで、前世のことで大事な話があるので、九竜副社長と一緒に時間を取れと言われたそうだ。
 スケジュールを調整し、2月3日㈮の午後5時、リゼットルのために借りているマンションで会うことに決定した。
 あのマンションで生活するのは、リーダーの一俊と蒼空の二人だが、昨日大きな仕事を終え一週間の休みに入り帰郷した。
 29日のアニソンミニフェスに初出場したり、雑誌の取材、アルバムの収録と忙しかったが、なんとか形になってきたので休みを与えた。


 そして2月3日、約束の時間10分前にマンションに到着しインターホンを押すと、中から伯がカギを開けた。

「お疲れさまです副社長、悠希先輩は、雪の影響で新幹線が徐行し、30分くらい遅れるみたいです」
「そうか、ところで伯、君は私の前世が誰なのか、春樹から聞いているか?」
「えっ? 前世ですか?……それって、もしかして・・・いいえ、俺は春樹から何も聞いていません」

伯は本当に知らなかったようで、大きく目を見開き驚いた顔で私を見た。

「私の前世は、ソラタ・サクラメントだ」
「ええっ! ソ、ソラタ先輩なんですか! あの?」
「あのって何だ! 確かに前世の私たちは良好な関係ではなかった。ある意味、共に大きな罪を犯した同士ではある。だが私は、王子である悠希とは、ソラタとして会ったことがない。なのに、その悠希からソラタとして呼び出された。ラルカンドについて重要な話があると」
「ラルカンドについて……?」

 伯の顔色はたちまち悪くなっていく。何かをじっと考え、落ち着かない様子で顔を触りながら、「なんで」と呟き黙ってしまった。
 ソラタである私とエイブは、互いの恋情のために大事な想い人を裏切り、後悔してもしきれない過ちを前世で犯した。忘れたくても忘れられず、泣きながら目を覚ましている。
  
「伯、何か心当たりはあるか? 春樹ではなく、ラルカンドに関して」

私は何かあった様子の伯を見て問い質す。
 そう言えば先月、春樹は東京に来た。そして伯と一緒だった。ホテルを予約したのは自分だったことを思い出し、厳しい視線を伯に向けた。

「いや、でも・・・確かに失敗したけど、どうして悠希先輩に、選りにもよって悠希先輩に話したのか? は~っ」

伯は疲れたように大きな溜息を吐き、頭を抱えた。そして、ショックを受けたような表情のまま、何があったのかを話し始めた。

「はあ? バスルームに逃げ込まれた? 伯、いやエイブ、お前は男同士の経験がなかったのか?」

「あ、ありませんよ。確かに結婚はしましたが、俺はラルカンド以外の者を愛せなかったんです。でも、まさかエイブが、あんなだとは思わなかったんです。確かに、エイブの想いを遂げさせてやろうとした俺が悪いんですが・・・そんな顔で俺を見ないでください。俺だって傷付いたんです。大事な初めてで失敗したことに」

「ああ、すまない。そうだな。男としてそれは辛いな」

私は謝りながら、本当にエイブとラルカンドは結ばれていなかったのだと知り、複雑な気持ちになった。もう少しで自分が春樹の初めてを奪うところだったと、己のしでかしたことに冷や汗をかく。

 ……まさか、あの時のことを、春樹が話したのか? そうだとしたら私は……

 それから伯は、きちんと仲直りし、今後のことを話し合ったと言った。

「春樹は、悠希先輩に話したんだ。だから先輩は・・・」

 自分と春樹の初めての夜、それも失敗した話を、ライバルである悠希にされたことが相当ショックな様子の伯を見て、私は掛ける言葉を考える。

「伯、誰だって初めての時は上手くいかない。私は現世で女を愛せない。男同士の経験値としてはまあ……いろいろ助言は出来ると思う。お前には次があるんだろう?」

「はい、そのはずですが、ちょっと自信がなくなりました。春樹は俺を選んでくれたけど、悠希先輩は俺と違って大人なんです。悔しいけど、本当に春樹を大事にしてくれます。う~ん、でもあの悠希先輩が、俺の失敗談ごときで呼び出しを掛けるだろうか? 春樹ではなく、ラルカンドに関しての呼び出しですよね。いったい何だろう」

伯は不安そうな表情のまま、悠希のことを分析しながら首を捻る。
 昨年の夏の高校生とは思えない落ち着きと、年末の契約の時の堂々とした態度を思い出すと、完璧主義者だった王子と悠希の姿が重なる。



 そんなこんなの話をしていると、悠希がマンションにやって来た。
 ソラタとして向き合うのは初めてで、否が応でも緊張する。

「九竜副社長、お忙しいところ時間を取っていただき感謝します」

悠希はきちんと姿勢を正し、他人行儀な感じで挨拶をする。

「いや、ラルカンドに関する重要なことなら、春樹にとっても重要なことだろうから、遠慮せずに話して欲しい。協力できることは手を貸そう」

心の動揺を悟られないよう、できるだけ無表情で挨拶を返す。
 用意しておいた珈琲を淹れてテーブルの上に置き、私は最後に席に着いた。つい前世と同じように、悠希王子にお茶を出してしまう。

「本題に入る前に、伯、一言謝っておく。俺は春樹から先日のことを聞いた。だが、そのことは、今回の話とは関係ない。春樹が俺に話したのは、俺が同じ失敗をしないよう苦言を呈したに過ぎない」

「うっ・・・分かった。俺は春樹に、嫌われなければそれでいい。いや違う、俺を好きでいてくれればいいんだ。だから許す」

伯は少し赤くなりながらも、悠希に向かってはっきり許すと言った。

「では本題に入る。これを聞いてくれ。事前に言っておくが、俺は春樹との会話を時々録音している。もちろん春樹の了承を得たうえでだ」

そう言いながら、悠希は小型のボイスレコーダーをポケットから取り出し、コトリとテーブルの上に置いた。それは安物ではなく、かなり高性能な物だった。
 再生された悠希と春樹との会話は、「春樹と逆の立場で考えれば、春樹が俺のことをガレイル王子としか呼んでくれなかったら、確かに辛いな」という話題から始まっていた。 
 途中から二人の会話は、完全にラルカンドとガレイル王子の会話に変わっていく。

「ガレイル王子、私は貴方を守れたことを、騎士として幸せだったと思っています。****死にゆく瞬間、私は笑っていました。****どうか幸せに生きてと、愛する人たちに伝えられなかった。****私は信じていたんです。きっと、私の死を乗り越え、頑張って前向きに生きてくれると。
 私の願いは叶えられることはなかった。エイブは自ら死地を求めて戦地へ行き、王子は私が死んだことで、死ぬまで自分の行いを責めて廃人のように生きた。****強くてご立派なエイブや、高貴な王子さまにとって、取るに足らないことだったのだと……生まれ変わった私は知ってしまった。

 騎士としての責務を果たし、守るために死んだのに****王子の護衛から外したから死んだのだと思い込んだ。****私が懸命に努力した日々さえ無視し****逃げた。
 私の死を、なぜ無駄死にしてしまったのですか!どうして、何故、あなた方は頑張って生きようとしなかったのです!****私は現世で、あなた方がどう生きたのかを知り、本当の【絶望】を味わった。
 その絶望を、絶望だと気付いていない四ノ宮春樹は、自分を傷つけることで、今度こそ……今世こそあなた方に、幸せに生きて頑張って欲しいと望むだろう。
 私は祈りたい。二度と同じ絶望を、私や春樹が味わうことがないうようにと」

 その後、春樹が倒れて、悠希が慌てて声を掛けているところで録音は終わっていた。

「絶望・・・そんな! 俺は現世でもラルカンドを絶望させたのか!」

伯は、いやエイブは立ち上がり、ラルカンドの話にショックを受け、泣きそうな顔で叫んだ。

「違うエイブ! お前は何を聴いていたんだ! 
 前世のラルカンドは絶望などしていなかった。
 生まれ変わった春樹が、俺やお前や九竜副社長から聞いた話で、自分の死後、俺たちが前向きに頑張って生きなかったと知り、春樹の中のラルカンドが絶望したんだ。
 九竜副社長、貴方は春樹に、前世のことを話したんでしょう? 俺が、ガレイル王子がどう生きたのか、何を考えて死んでいったのかを」

「ああ、話した。まさか現世で、もう一度貴方に、ガレイル王子に会えるなんて思っていなかったからな。そうか、絶望・・・きっとそうだろう」

私は力なくそう言って、何度もこの会話を再生して聞いたであろう悠希を想像し、胸が痛くなった。
 同時に春樹の病気のことを考え、絶望という言葉の意味と、そうだと気付いていない春樹、という言葉の意味を解釈しようとし、ゴクリとつばを飲み込んだ。

 春樹は自分がいつ逝くか分からないと言っていた。でも、あの時の春樹は絶望などしていなかった。前向きに生きようとしていた。今だってそうだろう。
 ラルカンドという人間は前向きだった。懸命に生きて悔いなく逝った。春樹も同じ考え方をしていた。
 だから、もう未練を残したくない。愛し合うことは怖いけど逃げない。そして、今度こそエイブと王子を幸せにしたいと言っていた。

 だがやがて、その時が来たらどうなんだろう?
 あれだけの才能を持ち、これからを期待され、恋人がいて仲間もいるのだ。未練を残さずなんて、そんな残酷なことが、春樹にも我等にもできるのだろうか?
 ラルカンドの言う絶望が、自分の死後、愛する人が前向きに頑張って生きなかったことであるなら、現世でまた、我々はそれを試されるのだろうか?

 ……分からない。どうしてそこまでして幸せを願う? 自分の幸せはどうするんだ。

「ここからは、ガレイルとして話させてもらう。
 ラルカンドに対し罪を償うならば、我々は根底から考え方を変えねばならない。 
 ラルカンドの死を殉職と認め、自分のせいで死なせたなどと、思いあがった感情は捨てるべきだ。
 責務を果たし騎士として逝ったラルカンドに感謝し、後悔すべき部分を改めねばならない。
 我々は、ラルカンドという人物を、全く理解していなかった。
 エイブ、ラルカンドを絶望させたお前に、春樹は無意識に抵抗があるのだと思う。
 だから、エイブおのれを封じ込め表に出すな。お前はエイブではなく伯だ。

 俺にも同じことが言えるし、ソラタだって同じだ。
 現世を前向きに頑張って生るしか、ラルカンドの絶望を解く方法はない。
 だからソラタ、私は……お前を許す。お前の手を取った私を許し、私を抱いたお前を許す。
 私は……ラルカンドと春……春樹を、もう……不幸にしたくない。
 自分が……幸せになら……ならなければ、ラルカンドも春樹も幸せになれない」

ガレイル王子は、途中から涙を零しながら、最後は震える声で語り終えた。

 ……私を許す? ご自分を許すと仰るのですか? 本当に? そんなことがあるのですか? こんな日がくるなんて・・・ラルカンド……君は、王子の心を救うのだな。そして私も許し、本当に王子を、いや悠希を託すのだな。

 伯も泣いていたし、私も泣いていた。
 泣いているガレイル王子を抱きしめたいソラタの思いを封じ込め、これからは、九竜 惺として、堂々と中川悠希を愛していくと春樹に誓おう。

 そして、シンガーソングライターとして生きるラルカンドの姿を残すため、春樹を世に出すことを決断した。
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