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53 春樹への誓いと残り時間
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俺はこれからの先輩の将来を考えて、伯には申し訳ないけど、自分達の体験を悠希先輩に話すことにした。
「もしも悠希先輩が俺を抱くとしたら、ガレイル王子として抱きたいですか? それとも悠希としてですか?」
「もちろん俺だよ……って言いたいけど、どうなんだろう? その時がこないと分からないけど、今の話を聞いたら、嫌われたくない俺は、絶対に春樹の名前を呼び、悠希として抱くだろうな」
ちょっと困ったような顔をした悠希先輩は、「だが、伯の気持ちが分からない訳ではない」と付け加えた。
そこから俺は、伯と出した結論というか答えを、悠希先輩にゆっくりと話していく。
「春樹と逆の立場で考えれば、春樹が俺のことをガレイル王子としか呼んでくれなかったら、確かに辛いかな。
今、現世で生きている俺が、ありったけの想いで抱いているのに、好きですガレイル王子って囁かれたら、悲しいかもしれない。
俺は春樹を、純粋に四ノ宮春樹という後輩を好きになったんだ。前世がラルカンドだから好きになったんじゃない。
ラルカンドだと知って、確かに焦がれるほどに想いは強くなったけど。
前世に拘らず生きる……か。・・・簡単なようで難しい。
どうしても、前世の記憶が邪魔することだってある。前世で自分が犯した罪とか、自分や誰かを許せないという思念を振り払うのは、相当な努力がいるだろう」
何かを思い出した感じの先輩の顔は、少し強張っている。ぎゅっと強く握られた手が、潔癖で自分に厳しかったガレイル王子の姿に重なる。
そして俺は、次第に頭の中に霞がかかってくるような感覚に襲われ始める。
「ガレイル王子、ラルカンドは、王子が他の誰かを抱いても抱かれても、絶対に嫌いになったりしません。
だからもう、自分を許してあげてください。
今のガレイル王子は、まるでラルカンドのせいで不幸になっている。
そんなの、そんなの僕は嫌です!それじゃあ僕は幸せになることが出来ません」
あれ……? ラルカンド?
なんだこれ?……意識が……意識が遠くなっていく。
「違う!そうじゃない。ラルカンドは何も悪くない。私が勝手に自分を許せないだけだ」
叫びながら立ち上がった悠希先輩は、完全にガレイル王子になっていた。
辛そうに顔を歪め、まるで泣きそうな目をしたガレイル王子を、俺の中のラルカンドが、立ち上がって突然抱きしめた。
「ラルカンド?」
驚いた顔をして目を見開いたままのガレイル王子を、ぎゅっと強く抱きしめ直し、俺の中のラルカンドは、怖いくらいに冷めた表情をして、ゆっくりと身体を離した。
「ガレイル王子、私は貴方を守れたことを、騎士として幸せだったと思っています。
いつもエイブや王子に守られてきた私が、敬愛する王子の役に立てた。
死にゆく瞬間、私は笑っていました。
ただ、どうか幸せに生きてと、愛する人たちに伝えられなかった。
でも、私は信じていたんです。きっと、私の死を乗り越え、頑張って前向きに生きてくれると。
なのに、私の願いは叶えられることはなかった。
エイブは自ら死地を求めて戦地へ行き、王子は私が死んだことで、死ぬまで自分の行いを責めて廃人のように生きた。
騎士としての誇りを懸けた戦いで、私の放った矢が、敵兵を幾人か倒したことなど、強くてご立派なエイブや、高貴な王子さまにとって、取るに足らないことだったのだと……生まれ変わった私は知ってしまった。
騎士としての責務を果たし、守るために死んだのに、あなた方は、私の死を殉職だと認めなかった。
私を守られるべき弱い存在で、王子の護衛から外したから死んだのだと思い込んだ。
騎士になるなるため、私が懸命に努力した日々さえ無視し、あなた方は、自分を責めることに逃げた。
私の死を・・・なぜ無駄死にしてしまったのですか!
どうして、何故、あなた方は頑張って生きようとしなかったのです!
生まれ変わったことによって、私は現世で、あなた方がどう生きたのかを知り、本当の【絶望】を味わった。
その絶望を、絶望だと気付いていない四ノ宮春樹は、自分を傷つけることで、今度こそ・・・今世こそあなた方に、幸せに生きて頑張って欲しいと望むだろう。
私は祈りたい。二度と同じ絶望を、私や春樹が味わうことがないうようにと」
完全にラルカンドの意識に支配された俺は、それだけ言うとパタリと倒れた。
「ラルカンド? えっ? 春樹、どうした春樹、大丈夫か、目を覚ませ」
◇◇ 中川 悠希 ◇◇
倒れた春樹を抱きしめて、俺は完全にパニックになった。
俺たちが、ラルカンドを絶望させた? ラルカンドを無駄死にした?
自分を傷付けることで、今度こそ皆の幸せを願う? いったいどういうことだ?
春樹が倒れて10分が経過した頃、ようやく冷静になり啓太のスマホに連絡した。
初めてこのスタジオに来た時も、春樹は気を失ったことがある。あの時は10分足らずだったが、今回は10分経っても目覚める気配がない。
確か春樹は、前世の記憶が混濁すると、めまいを起こしたり倒れたりすると言っていた。
電話に出た啓太は、呼吸の乱れや苦しそうな気配がないなら、救急車は呼ばずに暫く様子をみて、30分経っても目覚めなければ、家族に知らせると言った。
「春樹大丈夫か? 悠希先輩、春樹は目を覚ましましたか?」
20分後、突然スタジオのドアが開き、啓太が叫びながら飛び込んできた。
「いや、まだだ。どうやって来たんだ啓太?」
家に居るものだと思っていた啓太は、サッカー部のジャージの上下の上に、山見高校と書かれたパーカーを着て、息を切らしながら春樹に駆け寄る。
今日は試合で、ちょうど学校にバスで帰り着いたところに俺から連絡があり、ミーティングを放り投げ、自転車を飛ばしてやって来たと説明した。
「いったいどういう状況で倒れたんですか? 正直に答えてください!」
啓太は俺を軽く睨みながら、春樹の容態を確認する。生まれた時からの親友は、まるで春樹を守るナイトのようだ。
春樹が倒れる前に話していた会話の内容を、俺は正直に話していく。
「クッソ伯のヤツ!だから悠希先輩にしろと言ったんだ。は~っ・・・なんで俺の親友は、こんなに手が掛かるんだよ」
啓太は特大の溜息をつきながら、春樹の手を大事そうにそっと握る。
それから話しが倒れる直前の内容になると、う~んと唸って、これまでの春樹の様子からでは【絶望】というキーワードは見当たらないと啓太は言った。
「でも、倒れた原因は、完全にラルカンドになったからで間違いないでしょう。イケメン副社長に会った時も、眩暈がして倒れそうだったと言ってたから」
「九竜副社長と会った時?」
「あっ!今の話は忘れてください悠希先輩。でも良かった。再発したのかと思った」
啓太は取って付けたように、自分の発言を取り消した。
やっぱりそうか。九竜副社長はソラタなんだな。春樹はハッキリと言わなかったけど、今日の会話の端々に、それらしいヒントは隠れていた。
「再発? それって中学の時に手術したやつか?」
「ええ、良性だったんですけど、今も定期的に病院に通ってます。確か今は半年に1回だったかな。今年から1年に1回になるだろうと言ってました。本当に脳の影響なら、こんな顔色してません。だから・・・心配は要らないと思います」
「そうか、良かった。
春樹ごめんな。本当に申し訳ないラルカンド。
私の考えが間違っていた。現世で君を、絶望するほど苦しめていたなんて、全く考えも及ばなかった私は……本当に愚か者だ。
それでも、それでも皆の幸せを願ってくれるなんて、申し訳なさと、幸福な気持ちでいっぱいだ。
私からエイブである伯と、ソラタである九竜副社長に話をする。
もしかしたら、君は自分が話した内容を覚えていないかもしれない。だから、これは私に与えられた使命なのだと思う。
決して前世の君の死を、無駄にしないと誓うよ」
俺は涙を堪えて、寝ている春樹の前に跪くと、右手を胸の前に置き、前世の騎士と同じように誓約した。
結局春樹が目覚めたのは1時間後で、やっぱりラルカンドとして話した内容は覚えていなかった。
大丈夫だと言い張る春樹を、啓太と一緒にタクシーに乗せ、明日は日曜だからゆっくり休めと言い聞かせた。
そして俺は、伯と九竜副社長に、ラルカンドについて重要な話があるから、時間を取って欲しいと連絡を入れた。
覚悟を決め、俺はソラタである九竜副社長と向き合うことにした。
◇◇ 沢木 拓郎 ◇◇
1月30日㈪、春樹君から急に予約希望が入ったと聞き、私は言い知れぬ不安な気持ちになった。
前回の検査では特別変わった様子もなかったので、次は半年後でいいだろうと3月に予約しておいたはずだ。……どうしたのだろうか?
今週は既に予約はいっぱいだったが、無理矢理2月3日の最後に検査をねじ込んだ。
最近ブレイクしている【アルブート】という名のアイドルグループが歌う、【今夜こそ君と】の作詞作曲も確かラルカンド・フォースだった。
素晴らしい才能と数々の活躍を、私は自分の息子のように、弟のように思い喜んでいた。
四ノ宮春樹という患者は、とても不思議な患者だった。
年齢にそぐわない落ち着きと、常に自分よりも家族や友人を想う言動に、随分と達観していると驚かされた。
彼は自分の病気を知った時、それは熱心に勉強し、病気に真摯に立ち向かっていた。中学生という若さからなのかとも思ったが、彼の学ぶ意欲に医者として、どこまで教えたらいいのか戸惑ったほどだ。
再発とは断定できない腫瘍を発見したのは、術後1年が経ったばかりの夏だった。
前回の手術では、良性の腫瘍だと診断されたが、今回の腫瘍は、悪性だとか良性だとかが問題ではなく、できた場所が問題だった。
願わくば、進行していませんように。どうか彼に与えられる残り時間が、少しでも長くありますようにと、私は神に願った。
今の医術では、もう神に祈ることしかできない現状に、医師として情けない想いで胸が苦しくなる。
そして迎えた2月3日、祈るような気持ちで、私は検査室から送られてくる画像を待った。今日は春樹君よりも先に、画像を確認しなければと思ったのだ。
「もしも悠希先輩が俺を抱くとしたら、ガレイル王子として抱きたいですか? それとも悠希としてですか?」
「もちろん俺だよ……って言いたいけど、どうなんだろう? その時がこないと分からないけど、今の話を聞いたら、嫌われたくない俺は、絶対に春樹の名前を呼び、悠希として抱くだろうな」
ちょっと困ったような顔をした悠希先輩は、「だが、伯の気持ちが分からない訳ではない」と付け加えた。
そこから俺は、伯と出した結論というか答えを、悠希先輩にゆっくりと話していく。
「春樹と逆の立場で考えれば、春樹が俺のことをガレイル王子としか呼んでくれなかったら、確かに辛いかな。
今、現世で生きている俺が、ありったけの想いで抱いているのに、好きですガレイル王子って囁かれたら、悲しいかもしれない。
俺は春樹を、純粋に四ノ宮春樹という後輩を好きになったんだ。前世がラルカンドだから好きになったんじゃない。
ラルカンドだと知って、確かに焦がれるほどに想いは強くなったけど。
前世に拘らず生きる……か。・・・簡単なようで難しい。
どうしても、前世の記憶が邪魔することだってある。前世で自分が犯した罪とか、自分や誰かを許せないという思念を振り払うのは、相当な努力がいるだろう」
何かを思い出した感じの先輩の顔は、少し強張っている。ぎゅっと強く握られた手が、潔癖で自分に厳しかったガレイル王子の姿に重なる。
そして俺は、次第に頭の中に霞がかかってくるような感覚に襲われ始める。
「ガレイル王子、ラルカンドは、王子が他の誰かを抱いても抱かれても、絶対に嫌いになったりしません。
だからもう、自分を許してあげてください。
今のガレイル王子は、まるでラルカンドのせいで不幸になっている。
そんなの、そんなの僕は嫌です!それじゃあ僕は幸せになることが出来ません」
あれ……? ラルカンド?
なんだこれ?……意識が……意識が遠くなっていく。
「違う!そうじゃない。ラルカンドは何も悪くない。私が勝手に自分を許せないだけだ」
叫びながら立ち上がった悠希先輩は、完全にガレイル王子になっていた。
辛そうに顔を歪め、まるで泣きそうな目をしたガレイル王子を、俺の中のラルカンドが、立ち上がって突然抱きしめた。
「ラルカンド?」
驚いた顔をして目を見開いたままのガレイル王子を、ぎゅっと強く抱きしめ直し、俺の中のラルカンドは、怖いくらいに冷めた表情をして、ゆっくりと身体を離した。
「ガレイル王子、私は貴方を守れたことを、騎士として幸せだったと思っています。
いつもエイブや王子に守られてきた私が、敬愛する王子の役に立てた。
死にゆく瞬間、私は笑っていました。
ただ、どうか幸せに生きてと、愛する人たちに伝えられなかった。
でも、私は信じていたんです。きっと、私の死を乗り越え、頑張って前向きに生きてくれると。
なのに、私の願いは叶えられることはなかった。
エイブは自ら死地を求めて戦地へ行き、王子は私が死んだことで、死ぬまで自分の行いを責めて廃人のように生きた。
騎士としての誇りを懸けた戦いで、私の放った矢が、敵兵を幾人か倒したことなど、強くてご立派なエイブや、高貴な王子さまにとって、取るに足らないことだったのだと……生まれ変わった私は知ってしまった。
騎士としての責務を果たし、守るために死んだのに、あなた方は、私の死を殉職だと認めなかった。
私を守られるべき弱い存在で、王子の護衛から外したから死んだのだと思い込んだ。
騎士になるなるため、私が懸命に努力した日々さえ無視し、あなた方は、自分を責めることに逃げた。
私の死を・・・なぜ無駄死にしてしまったのですか!
どうして、何故、あなた方は頑張って生きようとしなかったのです!
生まれ変わったことによって、私は現世で、あなた方がどう生きたのかを知り、本当の【絶望】を味わった。
その絶望を、絶望だと気付いていない四ノ宮春樹は、自分を傷つけることで、今度こそ・・・今世こそあなた方に、幸せに生きて頑張って欲しいと望むだろう。
私は祈りたい。二度と同じ絶望を、私や春樹が味わうことがないうようにと」
完全にラルカンドの意識に支配された俺は、それだけ言うとパタリと倒れた。
「ラルカンド? えっ? 春樹、どうした春樹、大丈夫か、目を覚ませ」
◇◇ 中川 悠希 ◇◇
倒れた春樹を抱きしめて、俺は完全にパニックになった。
俺たちが、ラルカンドを絶望させた? ラルカンドを無駄死にした?
自分を傷付けることで、今度こそ皆の幸せを願う? いったいどういうことだ?
春樹が倒れて10分が経過した頃、ようやく冷静になり啓太のスマホに連絡した。
初めてこのスタジオに来た時も、春樹は気を失ったことがある。あの時は10分足らずだったが、今回は10分経っても目覚める気配がない。
確か春樹は、前世の記憶が混濁すると、めまいを起こしたり倒れたりすると言っていた。
電話に出た啓太は、呼吸の乱れや苦しそうな気配がないなら、救急車は呼ばずに暫く様子をみて、30分経っても目覚めなければ、家族に知らせると言った。
「春樹大丈夫か? 悠希先輩、春樹は目を覚ましましたか?」
20分後、突然スタジオのドアが開き、啓太が叫びながら飛び込んできた。
「いや、まだだ。どうやって来たんだ啓太?」
家に居るものだと思っていた啓太は、サッカー部のジャージの上下の上に、山見高校と書かれたパーカーを着て、息を切らしながら春樹に駆け寄る。
今日は試合で、ちょうど学校にバスで帰り着いたところに俺から連絡があり、ミーティングを放り投げ、自転車を飛ばしてやって来たと説明した。
「いったいどういう状況で倒れたんですか? 正直に答えてください!」
啓太は俺を軽く睨みながら、春樹の容態を確認する。生まれた時からの親友は、まるで春樹を守るナイトのようだ。
春樹が倒れる前に話していた会話の内容を、俺は正直に話していく。
「クッソ伯のヤツ!だから悠希先輩にしろと言ったんだ。は~っ・・・なんで俺の親友は、こんなに手が掛かるんだよ」
啓太は特大の溜息をつきながら、春樹の手を大事そうにそっと握る。
それから話しが倒れる直前の内容になると、う~んと唸って、これまでの春樹の様子からでは【絶望】というキーワードは見当たらないと啓太は言った。
「でも、倒れた原因は、完全にラルカンドになったからで間違いないでしょう。イケメン副社長に会った時も、眩暈がして倒れそうだったと言ってたから」
「九竜副社長と会った時?」
「あっ!今の話は忘れてください悠希先輩。でも良かった。再発したのかと思った」
啓太は取って付けたように、自分の発言を取り消した。
やっぱりそうか。九竜副社長はソラタなんだな。春樹はハッキリと言わなかったけど、今日の会話の端々に、それらしいヒントは隠れていた。
「再発? それって中学の時に手術したやつか?」
「ええ、良性だったんですけど、今も定期的に病院に通ってます。確か今は半年に1回だったかな。今年から1年に1回になるだろうと言ってました。本当に脳の影響なら、こんな顔色してません。だから・・・心配は要らないと思います」
「そうか、良かった。
春樹ごめんな。本当に申し訳ないラルカンド。
私の考えが間違っていた。現世で君を、絶望するほど苦しめていたなんて、全く考えも及ばなかった私は……本当に愚か者だ。
それでも、それでも皆の幸せを願ってくれるなんて、申し訳なさと、幸福な気持ちでいっぱいだ。
私からエイブである伯と、ソラタである九竜副社長に話をする。
もしかしたら、君は自分が話した内容を覚えていないかもしれない。だから、これは私に与えられた使命なのだと思う。
決して前世の君の死を、無駄にしないと誓うよ」
俺は涙を堪えて、寝ている春樹の前に跪くと、右手を胸の前に置き、前世の騎士と同じように誓約した。
結局春樹が目覚めたのは1時間後で、やっぱりラルカンドとして話した内容は覚えていなかった。
大丈夫だと言い張る春樹を、啓太と一緒にタクシーに乗せ、明日は日曜だからゆっくり休めと言い聞かせた。
そして俺は、伯と九竜副社長に、ラルカンドについて重要な話があるから、時間を取って欲しいと連絡を入れた。
覚悟を決め、俺はソラタである九竜副社長と向き合うことにした。
◇◇ 沢木 拓郎 ◇◇
1月30日㈪、春樹君から急に予約希望が入ったと聞き、私は言い知れぬ不安な気持ちになった。
前回の検査では特別変わった様子もなかったので、次は半年後でいいだろうと3月に予約しておいたはずだ。……どうしたのだろうか?
今週は既に予約はいっぱいだったが、無理矢理2月3日の最後に検査をねじ込んだ。
最近ブレイクしている【アルブート】という名のアイドルグループが歌う、【今夜こそ君と】の作詞作曲も確かラルカンド・フォースだった。
素晴らしい才能と数々の活躍を、私は自分の息子のように、弟のように思い喜んでいた。
四ノ宮春樹という患者は、とても不思議な患者だった。
年齢にそぐわない落ち着きと、常に自分よりも家族や友人を想う言動に、随分と達観していると驚かされた。
彼は自分の病気を知った時、それは熱心に勉強し、病気に真摯に立ち向かっていた。中学生という若さからなのかとも思ったが、彼の学ぶ意欲に医者として、どこまで教えたらいいのか戸惑ったほどだ。
再発とは断定できない腫瘍を発見したのは、術後1年が経ったばかりの夏だった。
前回の手術では、良性の腫瘍だと診断されたが、今回の腫瘍は、悪性だとか良性だとかが問題ではなく、できた場所が問題だった。
願わくば、進行していませんように。どうか彼に与えられる残り時間が、少しでも長くありますようにと、私は神に願った。
今の医術では、もう神に祈ることしかできない現状に、医師として情けない想いで胸が苦しくなる。
そして迎えた2月3日、祈るような気持ちで、私は検査室から送られてくる画像を待った。今日は春樹君よりも先に、画像を確認しなければと思ったのだ。
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