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50 混乱する心
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部屋に入るとカーテンを閉めて、俺はカツラと眼鏡を外した。
鏡の前で髪を整えていると、伯が後ろから抱きしめてきた。
「ああ、幸せだな~」と緩んだ顔を俺の肩に載せて、鏡に映る俺に笑いかける。
「テレビでも見る?」って俺が聴くと、「一緒に風呂に入りたい」と、鏡に映る伯は真剣な顔をして言う。
急に緊張して心臓がドキドキするが、そんな顔をして抱きしめられても困る。
「ご飯を食べたばかりだから、もう少し後にしよう。まだお腹が苦しい」
「そ、そうだな。じゃあ、9時くらいならいい?」
ちょうど午後8時を指している時計を見ながら、伯は確認するように訊いてくる。
「別に、一緒に入らなくても・・・俺は一人でゆっくり入りたいけど……」
「でも、一緒の方がいいと思う。・・・春樹は嫌?」
「う~ん、嫌っていうか、もう一つグレードの高い部屋なら独立型のバスだけど、この部屋はそうじゃないから、一緒に入りたいなら、次は伯が予約して、その時に一緒に入ろう」
俺がそう言うと、確認してなかったバスルームのドアを開け、「そうだな」と凄く残念そうな顔をして、伯は返事を返した。
……はじめてが、狭いバスタブっていうのは違う気がする。他に意味があるのか?
気を取り直しテレビをつけて、二人でソファーに座って寛ぐ。
座った途端に俺の手を握って、伯が嬉しそうにニヤニヤするから、おかしくなって俺は笑ってしまう。
せっかくだから伯に体を寄せて、甘える態勢でテレビを見る。
今夜は偶然にも俺の好きな警察捜査の特別番組があり、しっかり見入っていたが、伯は時々チラチラと時計を見て落ち着かない。このゆとりのなさはなんだろう……
初めてのお泊りで緊張する高校生か? いや、初めてのセックスに緊張する男? いやいや、早くイチャイチャしたいだけの気がする。
は~っ、優等生の伯に、ムードとか、さり気無くとかを期待しても無駄だ。女子とだって付き合ったことがないし、期待する気持ちが大き過ぎて、いっぱいいっぱいなのは仕方ないか。
いや、待てよ。伯は前世では結婚して子供を作ったって言ってた。たとえ義務で結婚した相手だったとしても、することはしたはずだよな・・・?
「春樹、9時になったけど、どっちが先に風呂に入る?」
「えっ? 俺はもう少しテレビが見たいから、伯が先に入ればいいよ」
9時ジャストに風呂の話をふってきた伯に、俺は全く緊張もせずに答える。
「分かった。じゃあ先に入る」と言って、伯はホテルのパジャマと着替えを持ってバスルームに向かった。
……なんだろうか、こんな時に溜息をつく俺って、抱かれたいと期待している恋人じゃない気がしてきた。頭では分かってるんだけど、・・・ベッドに入ったら、その気になるのかな?
警察官が犯人の家のインターホンを押して、犯人の男が玄関のドアを開けたのと同じタイミングで、伯がバスルームのドアを開けて出てきた。
「春樹、あがったぞ。風呂に入れよ」
「うん、もうちょっと待って!今いいとこなんだよ。ちょうど警察官が犯人を逮捕するところだから、あと5分か10分したら入る」
番組の一番の山場で声を掛けられた俺は、テレビ画面を見ながら返事した。
だから、伯がちょっと不機嫌な顔をしていたことには気付かなかった。
10分後、まだ番組は続いていたが、俺は切りのいいところで立ち上がり、カバンから着替えを取り出し、バスルームに向かう。途中、髪を乾かしている伯にチラリと視線を向けると、手櫛で髪を整えていた。
……うん、やっぱり伯はカッコイイや。
出来るだけ緊張しないように、俺はゆっくりと鼻歌なんかを歌いながらシャワーを浴びる。
……ん? 待てよ。男同士のセックスって、事前準備が何か必要だったっけ?
ことここに至って、俺は自分に事前準備が全くできていなかったことに気付き、大丈夫だろうかと不安になってきた。
前世も現世も男同士で恋愛してるけど、俺にはどちらの時代にもセックスの経験がなかった。しかも、ハッキリ言って知識もない。なんとなくすることは分かっているのだが、自分から積極的に勉強しようと思ったこともなかった。
きっと伯のことだから、ネットなんかで予習しているに違いない・・・たぶん、そうだよな? 必要な物とか準備してるよな?
急に心配になってきたけど、いつまでもバスルームに居るわけにもいかず、持参したパジャマを着てバスルームから出る。俺は背が低いし瘦せ型なので、ホテルの男性用のパジャマでは大き過ぎるから、いつもマイパジャマを持参している。
髪を乾かそうとすると、伯が冷たいミネラルウォーターを持って来てくれた。そして、髪を乾かす俺の姿を、隣で嬉しそうにじっと見ている。
「落ち着かないから夜景でも見てろよ!」と俺が文句を言うと、「夜景より春樹を見ていたい」と、恥ずかし気もなく言う。
俺はハーッとあきらめの息を吐きながら、急ぎめで髪を乾かしていった。
乾かし終えてドライヤーを置くと、伯は待ちきれなかったのか、俺の腕を掴んで大きな窓の前に連れていき、部屋の明かりを消してカーテンを開けた。
「綺麗だね」
「そうだな春樹。こんな素敵な夜が迎えられて、俺は本当に嬉しい。だから頼む。今度こそ逃げないでくれ」
伯は切なそうな声で言いながら、後ろから俺を強く抱きしめる。
俺の首筋に唇を這わせながら、耳元で「抱きたい」と熱く囁く。
ぞくりと体が反応し、俺は思わず体に力が入る。
「なあ伯、今度こそって、お前の前に居る俺はラルカンドなのか? それとも春樹なのか?」
「う~ん、もちろん春樹だけど、欲しくて堪らないのはエイブで、抱き合いたいのは伯である俺だ。どれほどこの日を焦がれて待っていたか、ラルカンドなら分かるはずだ。春樹だって、俺を求めてくれたんだろう?」
伯の手が、パジャマの上着の下から入ってきて、次第に胸の辺りをまさぐり始める。同時に伯の熱い吐息が俺の耳を刺激する。
春樹である俺は、段々と体が熱を帯びてくるが、ラルカンドである俺は、頭が冷静さを保とうとする。
伯が俺の体の向きを変えて、正面に向かせると同時にキスをしてくる。
始めから深いキスで、伯の舌が俺の舌を捉えて絡めてくる。
「ンンッ、ま、待って」
「待てない!」
逃げようとする俺の体を強引に引き寄せ、もう一度強く抱きしめてから、伯は俺の手を取ってベッドへと連れて行こうとする。
俺は抵抗するように「待って!カーテンを閉めるから」と声を出し、体を引っ張られながらも手を伸ばしてカーテンを閉めようとする。
すると伯は、俺を握っている手に力を込め、逃がさないぞという感じで視線を向けて、自分でさっさとカーテンを閉めた。
逃げ場のなくなった俺は、まだ冷静なラルカンドの思考を残したまま、ベッドに押し倒された。
「春樹、好きだ。愛してる。俺を受け入れてくれ。頼む」
伯は俺が戸惑っていると感じたのか、愛していると言いながら懇願してくる。
そのあまりにも切なそうな、悲哀さえ感じさせる、心の中の叫びにも似た囁きを聞き、俺はゆっくりと体の力を抜いた。
「俺も、俺だって好きだよ伯。でも、俺は全く経験がないんだ。だから・・・」
「本当に? あの夜、悠希先輩に抱かれたんじゃないのか?」
だから、ゆっくりお願いと頼もうとしたら、伯は悠希先輩の名前を出してきた。
「はあ? 抱かれてないよ。キ、キスはしたけど・・・」って、俺は段々小さな声になりながらも、正直に本当のことを伝える。
「俺より先にキスしたんだ・・・本当に抱かれてない?」
伯はパジャマの上から体を触りながら、怒ったような口調で問い質す。
「抱かれてないよ!なんだよ、なんで今、悠希先輩の名前を言うんだよ!」
伯の手の動きに体は反応するけど、悠希先輩の名前を聞いた俺の心は混乱する。
あの夜の悠希先輩とのキスの最中、掛かってきた電話の発信相手を見た時、伯に対して感じたように、悠希先輩に対して罪悪感が芽生えてくる。
だけど伯の手は止まらない。
パジャマの上着のボタンを外しながら、ズボンも脱がせ始める。
「あっ!」と俺は声を出し、思わず逃げようとする。
暗がりの中では、俺の混乱している表情は伯には分からない。
俺の下半身を触りながら再びキスを始めると、伯の舌が強引に俺の口をこじ開け、息ができないくらいにキスは激しくなる。
俺の頭は混乱したままで、伯の動きに感情がついていかない。
伯は焦ったように自分のパジャマ脱ぎ捨て、ハアと熱い息を漏らしながら、俺の着ているものを全て脱がせると自分の下着も脱ぎ、全裸になったところで、俺を強く抱きしめてくる。
だけど俺は心と体がちぐはぐになり、両腕を伯の背中に回せない。
「ラルカンド、いや春樹、今夜は俺だけを見てくれ!俺に触れて、俺を感じて、お前も感じてくれ!」
心から懇願してくる伯の声は、伯であって伯ではなく、ほとんどエイブだ。伯は俺のことを《お前》とは呼ばない。
……分かったよエイブ。そんなにラルカンドが抱きたいなら抱けばいい。
零れた涙を自分で拭いてから、俺は体の力を抜き、エイブに身を任せた。
エイブは一旦俺の体を離し照明を点けて、明るさを次第に落として、一番暗くしたところで止め、「さあ、抱かせてくれラルカンド」と言って、サイドテーブルの上の小さなボトルを手に取った。
その笑い方も言い方も、もう俺にはエイブにしか見えなかった。
今の自分はラルカンドなのだと、俺は懸命に自己暗示を掛けていく。
鏡の前で髪を整えていると、伯が後ろから抱きしめてきた。
「ああ、幸せだな~」と緩んだ顔を俺の肩に載せて、鏡に映る俺に笑いかける。
「テレビでも見る?」って俺が聴くと、「一緒に風呂に入りたい」と、鏡に映る伯は真剣な顔をして言う。
急に緊張して心臓がドキドキするが、そんな顔をして抱きしめられても困る。
「ご飯を食べたばかりだから、もう少し後にしよう。まだお腹が苦しい」
「そ、そうだな。じゃあ、9時くらいならいい?」
ちょうど午後8時を指している時計を見ながら、伯は確認するように訊いてくる。
「別に、一緒に入らなくても・・・俺は一人でゆっくり入りたいけど……」
「でも、一緒の方がいいと思う。・・・春樹は嫌?」
「う~ん、嫌っていうか、もう一つグレードの高い部屋なら独立型のバスだけど、この部屋はそうじゃないから、一緒に入りたいなら、次は伯が予約して、その時に一緒に入ろう」
俺がそう言うと、確認してなかったバスルームのドアを開け、「そうだな」と凄く残念そうな顔をして、伯は返事を返した。
……はじめてが、狭いバスタブっていうのは違う気がする。他に意味があるのか?
気を取り直しテレビをつけて、二人でソファーに座って寛ぐ。
座った途端に俺の手を握って、伯が嬉しそうにニヤニヤするから、おかしくなって俺は笑ってしまう。
せっかくだから伯に体を寄せて、甘える態勢でテレビを見る。
今夜は偶然にも俺の好きな警察捜査の特別番組があり、しっかり見入っていたが、伯は時々チラチラと時計を見て落ち着かない。このゆとりのなさはなんだろう……
初めてのお泊りで緊張する高校生か? いや、初めてのセックスに緊張する男? いやいや、早くイチャイチャしたいだけの気がする。
は~っ、優等生の伯に、ムードとか、さり気無くとかを期待しても無駄だ。女子とだって付き合ったことがないし、期待する気持ちが大き過ぎて、いっぱいいっぱいなのは仕方ないか。
いや、待てよ。伯は前世では結婚して子供を作ったって言ってた。たとえ義務で結婚した相手だったとしても、することはしたはずだよな・・・?
「春樹、9時になったけど、どっちが先に風呂に入る?」
「えっ? 俺はもう少しテレビが見たいから、伯が先に入ればいいよ」
9時ジャストに風呂の話をふってきた伯に、俺は全く緊張もせずに答える。
「分かった。じゃあ先に入る」と言って、伯はホテルのパジャマと着替えを持ってバスルームに向かった。
……なんだろうか、こんな時に溜息をつく俺って、抱かれたいと期待している恋人じゃない気がしてきた。頭では分かってるんだけど、・・・ベッドに入ったら、その気になるのかな?
警察官が犯人の家のインターホンを押して、犯人の男が玄関のドアを開けたのと同じタイミングで、伯がバスルームのドアを開けて出てきた。
「春樹、あがったぞ。風呂に入れよ」
「うん、もうちょっと待って!今いいとこなんだよ。ちょうど警察官が犯人を逮捕するところだから、あと5分か10分したら入る」
番組の一番の山場で声を掛けられた俺は、テレビ画面を見ながら返事した。
だから、伯がちょっと不機嫌な顔をしていたことには気付かなかった。
10分後、まだ番組は続いていたが、俺は切りのいいところで立ち上がり、カバンから着替えを取り出し、バスルームに向かう。途中、髪を乾かしている伯にチラリと視線を向けると、手櫛で髪を整えていた。
……うん、やっぱり伯はカッコイイや。
出来るだけ緊張しないように、俺はゆっくりと鼻歌なんかを歌いながらシャワーを浴びる。
……ん? 待てよ。男同士のセックスって、事前準備が何か必要だったっけ?
ことここに至って、俺は自分に事前準備が全くできていなかったことに気付き、大丈夫だろうかと不安になってきた。
前世も現世も男同士で恋愛してるけど、俺にはどちらの時代にもセックスの経験がなかった。しかも、ハッキリ言って知識もない。なんとなくすることは分かっているのだが、自分から積極的に勉強しようと思ったこともなかった。
きっと伯のことだから、ネットなんかで予習しているに違いない・・・たぶん、そうだよな? 必要な物とか準備してるよな?
急に心配になってきたけど、いつまでもバスルームに居るわけにもいかず、持参したパジャマを着てバスルームから出る。俺は背が低いし瘦せ型なので、ホテルの男性用のパジャマでは大き過ぎるから、いつもマイパジャマを持参している。
髪を乾かそうとすると、伯が冷たいミネラルウォーターを持って来てくれた。そして、髪を乾かす俺の姿を、隣で嬉しそうにじっと見ている。
「落ち着かないから夜景でも見てろよ!」と俺が文句を言うと、「夜景より春樹を見ていたい」と、恥ずかし気もなく言う。
俺はハーッとあきらめの息を吐きながら、急ぎめで髪を乾かしていった。
乾かし終えてドライヤーを置くと、伯は待ちきれなかったのか、俺の腕を掴んで大きな窓の前に連れていき、部屋の明かりを消してカーテンを開けた。
「綺麗だね」
「そうだな春樹。こんな素敵な夜が迎えられて、俺は本当に嬉しい。だから頼む。今度こそ逃げないでくれ」
伯は切なそうな声で言いながら、後ろから俺を強く抱きしめる。
俺の首筋に唇を這わせながら、耳元で「抱きたい」と熱く囁く。
ぞくりと体が反応し、俺は思わず体に力が入る。
「なあ伯、今度こそって、お前の前に居る俺はラルカンドなのか? それとも春樹なのか?」
「う~ん、もちろん春樹だけど、欲しくて堪らないのはエイブで、抱き合いたいのは伯である俺だ。どれほどこの日を焦がれて待っていたか、ラルカンドなら分かるはずだ。春樹だって、俺を求めてくれたんだろう?」
伯の手が、パジャマの上着の下から入ってきて、次第に胸の辺りをまさぐり始める。同時に伯の熱い吐息が俺の耳を刺激する。
春樹である俺は、段々と体が熱を帯びてくるが、ラルカンドである俺は、頭が冷静さを保とうとする。
伯が俺の体の向きを変えて、正面に向かせると同時にキスをしてくる。
始めから深いキスで、伯の舌が俺の舌を捉えて絡めてくる。
「ンンッ、ま、待って」
「待てない!」
逃げようとする俺の体を強引に引き寄せ、もう一度強く抱きしめてから、伯は俺の手を取ってベッドへと連れて行こうとする。
俺は抵抗するように「待って!カーテンを閉めるから」と声を出し、体を引っ張られながらも手を伸ばしてカーテンを閉めようとする。
すると伯は、俺を握っている手に力を込め、逃がさないぞという感じで視線を向けて、自分でさっさとカーテンを閉めた。
逃げ場のなくなった俺は、まだ冷静なラルカンドの思考を残したまま、ベッドに押し倒された。
「春樹、好きだ。愛してる。俺を受け入れてくれ。頼む」
伯は俺が戸惑っていると感じたのか、愛していると言いながら懇願してくる。
そのあまりにも切なそうな、悲哀さえ感じさせる、心の中の叫びにも似た囁きを聞き、俺はゆっくりと体の力を抜いた。
「俺も、俺だって好きだよ伯。でも、俺は全く経験がないんだ。だから・・・」
「本当に? あの夜、悠希先輩に抱かれたんじゃないのか?」
だから、ゆっくりお願いと頼もうとしたら、伯は悠希先輩の名前を出してきた。
「はあ? 抱かれてないよ。キ、キスはしたけど・・・」って、俺は段々小さな声になりながらも、正直に本当のことを伝える。
「俺より先にキスしたんだ・・・本当に抱かれてない?」
伯はパジャマの上から体を触りながら、怒ったような口調で問い質す。
「抱かれてないよ!なんだよ、なんで今、悠希先輩の名前を言うんだよ!」
伯の手の動きに体は反応するけど、悠希先輩の名前を聞いた俺の心は混乱する。
あの夜の悠希先輩とのキスの最中、掛かってきた電話の発信相手を見た時、伯に対して感じたように、悠希先輩に対して罪悪感が芽生えてくる。
だけど伯の手は止まらない。
パジャマの上着のボタンを外しながら、ズボンも脱がせ始める。
「あっ!」と俺は声を出し、思わず逃げようとする。
暗がりの中では、俺の混乱している表情は伯には分からない。
俺の下半身を触りながら再びキスを始めると、伯の舌が強引に俺の口をこじ開け、息ができないくらいにキスは激しくなる。
俺の頭は混乱したままで、伯の動きに感情がついていかない。
伯は焦ったように自分のパジャマ脱ぎ捨て、ハアと熱い息を漏らしながら、俺の着ているものを全て脱がせると自分の下着も脱ぎ、全裸になったところで、俺を強く抱きしめてくる。
だけど俺は心と体がちぐはぐになり、両腕を伯の背中に回せない。
「ラルカンド、いや春樹、今夜は俺だけを見てくれ!俺に触れて、俺を感じて、お前も感じてくれ!」
心から懇願してくる伯の声は、伯であって伯ではなく、ほとんどエイブだ。伯は俺のことを《お前》とは呼ばない。
……分かったよエイブ。そんなにラルカンドが抱きたいなら抱けばいい。
零れた涙を自分で拭いてから、俺は体の力を抜き、エイブに身を任せた。
エイブは一旦俺の体を離し照明を点けて、明るさを次第に落として、一番暗くしたところで止め、「さあ、抱かせてくれラルカンド」と言って、サイドテーブルの上の小さなボトルを手に取った。
その笑い方も言い方も、もう俺にはエイブにしか見えなかった。
今の自分はラルカンドなのだと、俺は懸命に自己暗示を掛けていく。
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