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48 ホワイトクリスマス(2)
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「皆さんこんばんは。挨拶代わりに、この曲を聞いてください。踊りたくなったらどうぞ」
俺はそう言うと、恥ずかしい気持ちなんて吹き飛ばして、もう人前で歌うことは二度とないだろうと思う【今夜こそ君と】を歌い始める。
今夜の俺は、自分の全力を尽くすつもりだ。
来年も歌うクリスマス会に参加できるかどうか分からない。だから、出し惜しみせずノリノリの全開でいく。時間は有限だから。
**** ♪
好きなんだ! 今すぐ君を抱きしめたい!愛してるって言ってくれ!
もう限界なんだよ分かるだろう? その瞳その唇 俺のものだと頷いてくれ。
**** ♪
たった今見たばかりのドラマの主題歌を、なりきって意味深に歌う俺に、啓太は呆れた顔をし、伯は隣りの一俊先輩にウリウリと肘でこずかれている。祥也先輩はサビの部分のダンスを立ち上がって踊り始め、悠希先輩と蒼空先輩は大笑いをしている。原条は訳が分からない・・・という顔をして目を見開いている。
「改めまして、ラルカンドのクリスマスライブへようこそ。
この曲を作ったのは、夏休みにオープンキャンパスへ行った帰りだったと思います。残念ながらソウエイミュージックに売ってしまったので、俺が人前で歌うのは今日限りになると思います。
作者の想像を超えて、完全にアイドルの歌う曲になってしまいましたが、どうせ俺は踊れないヘタレなので後悔はしていません。
俺にとってもこの1年は、驚きと怒濤のような日々の連続でした。
ミカさんに提供した【離れたくない】が映画の主題歌になり、有線チャートで年間トップになったのにはビックリです。ミカさんの歌唱力のお陰です。
ミユウさんに提供した【恋の音を聴いた朝】がドラマの主題歌になったり、昨日最終回だったドラマ《パラレルワールド》の主題歌【繰り返す想い】を、再びミカさんが歌ってくれたり・・・知らない間にラルカンド・フォースという名前が売れていました。
でも、俺にとって最も嬉しかったこと、それは、友人4人が俺の作った曲でデビューしてくれたことです。ありがとうリゼットルのみんな」
俺は満面の笑みでリゼットルの4人を見てお礼を言う。
「礼を言うのは俺たちだよ春……ラルカンド。俺たちを導いてくれてありがとう」
リーダーの一俊先輩が真顔でありがとうと返してくれ、他のメンバーも「ありがとう」「サンキュー!」と声を掛けてくれる。
「そして、俺をメンタル面で支えてくれる啓太。クラスメートで俺を側で助けてくれる原条。スタジオやPV製作など、全力で俺を応援してくれる悠希先輩。みんなありがとう。
そんな皆に、感謝を込めて歌います。どうぞ聴いてください【繰り返す想い】」
**** ♪
どんなに離れても あなたを見付けられる。
この手を伸ばして 今度こそ離れない。
暗闇せまる雑踏で、見えるあなたの残像。 旅の始まりは・・・
**** ♪
【繰り返す想い】は、原作本を読んで作った曲なので、ストーリーの進展に沿った歌詞になっている。意外とハードな曲なので歌唱力が必要だが、俺は俺の歌い方で歌えばいい。
やっと状況が呑み込めた感じの原条が、キラキラした視線を俺に向けて、一生懸命に拍手をしてくれる。他のメンバーも気合の入った拍手をしてくれる。
「たくさんの拍手をありがとうございます。
次は、未発表の曲を2曲歌いたいと思います。この2曲は誰にも提供するつもりはないので、いつか自分がアルバムを出す……なんてことがあった時に、発表するかもしれません。
【旅立ちの空】と【負けないと誓った夜】です。聴いてください」
【旅立ちの空】は卒業をテーマにしている曲で、いつか何処かの学校が卒業式で歌ってくれたらいいなあ・・・と、俺にしては夢見て作った曲だ。
【負けないと誓った夜】は、春休みにミユウさんのレコーディングにお邪魔して、九竜副社長といろいろとあった次の日に、帰りの新幹線の中で作った曲である。
歌い終わって客席を見ると、何故か伯が泣いていた。
いったい何処に泣く要素があったのだろうか?
この時の俺は、転校するため一人で旅立たねばならない伯が、俺と別れるのが辛いけど、我慢して頑張ろうと決心していた心境に、曲の歌詞がピッタリきて、泣いてしまったのだとは分からなかった。
「え~っ……泣くほど感動していただけたようで、ありがとうございます。
【旅立ちの空】は、卒業式をイメージして作った曲で、【負けないと誓った夜】は、弱い自分を奮い起こすための曲です。
リゼットルの【頑張る君へ】と同じように、応援ソングになればいいなと思います。
次は、伯と作った曲を一緒に歌おうと思っていたけど、泣いてるからパスして、去年も歌った【友へ】を歌います。悠希先輩も啓太も歌えるだろう?俺の隣で一緒に歌おう!」
夏休みの後半、リゼットルが留守の間、俺は悠希先輩と啓太と一緒に、このスタジオで【友へ】をよく歌っていた。
悠希先輩は自分のギターを取り出し、椅子を移動して俺の隣でスタンバイし、啓太も恥ずかしそうに椅子を持って移動してくる。
その様子を見ていた伯が、凄く悔しそうな顔をして俺を見る。いやいやお前とは、お互いの家で時々練習してるじゃん……フウッ
そして【友へ】を歌い始めると、一俊先輩が途中から即興でドラムを入れてくれた。
始めは恥ずかしがっていた啓太もノリノリで歌い始め、悠希先輩はギターの腕を上げていた。
いつもは観ているだけの2人も、参加できて嬉しそうで、客席のみんなも手拍子で盛り上げてくれ、俺も歌っていて楽しかった。
「泣き止んだか伯?」
「当然だ。で、俺はどの曲を歌えばいい?」
ようやく復活した伯が、やる気で立ち上がる。俺の恋人なら隣で歌えなきゃダメだろうやっぱり!
「じゃあ、【オレンジの雲】で」
俺はそう言うと自分のギターを伯に渡し、俺は悠希先輩のギターを借りる。
二人を好きな俺としては、悠希先輩のギターを伯が使うのは違う気がしてそうした。
【オレンジの雲】は、俺の病気が発覚して、呆然と駅で座っていた時、会いたいと思っていた伯に、偶然出会って嬉しかったこと、名前で呼び合えるようになった時の喜びを歌詞にして、曲は二人で考えて作った作品だった。
あの時伯は、夕日を浴びてオレンジ色に染まっていたんだ。
**** ♪
絶望の後の希望は オレンジ色で俺を包んでいく
出逢いの奇跡を信じて 彷徨う街は音のない世界
見上げる空は心を映して 笑っているの 泣いてるの
**** ♪
巡り合う奇跡をオレンジ色に例えたバラード調で、それぞれのパートとハモル部分があって、完全にデュエット曲になっている。
「お前たち、いや伯、そんな歌を作ったんなら言えよ!アルバムに入れたらいいじゃん」
「いや、でも一俊先輩、この曲は、俺とラルカンドが歌う曲だから・・・」
「まあ、いいんじゃないか。俺も今度、二人で歌う曲を作ってもらおうっと」
アルバムの曲作りで苦労している一俊先輩が、そんな隠し玉があるなら言えよ!と文句を言うが、こういう時だけ心臓が強い伯が、あっさりと拒否する。
そして悠希先輩が、ちゃっかりとデュエットのおねだりをしてくる。
うん、いつもの俺たちの日常会話だ。いやいやいや、今夜はクリスマスライブだ!このままではいかん!
「コホン、それでは最後の曲になります。
この曲は、来年の4月から放送が開始される、《世界の秘宝》という30分番組のテーマソングとしてオファーがあり作った曲ですが、まだ決定している訳ではありません。世界中の美しい自然や奇跡の瞬間を紹介する番組なので、選んでもらえたら嬉しいなと思っています。
讃美歌風の曲で、メロディーは難しくないから、沢山の人に歌ってもらえたらいいなと思います。それでは聴いてください。【神秘の扉】」
この曲は、美しい音のアルペジオを連続して使い、もの悲しくも神々しいイメージで作ったつもりだけど、それは自分の思い込みかもしれない。
歌い終わって皆を見ると、何だかぼんやりとしている……? 拍手は?
何処か変だったかな? もしかして外してた?
すると、悠希先輩が立ち上がって拍手をし始め、他のメンバーも立ち上がって拍手をしてくれた。
……これは、いい意味でのスタンディングオベーション?
「ええ~っ、今夜のライブは如何でしたでしょうか? 楽しんでいただけたのなら嬉しいです。来年も頑張ってたくさん曲を作れたらいいなと思います。最後までお聴きいただき、ありがとうございました」
俺は立ち上がり、ギターを置いてゆっくりと頭を下げた。
何だかいつもと雰囲気が違うんだけど・・・アンコールはなしでいいの?
「はる、いやラルカンド、今の曲をもう一度聴きたいんだが、いい?」
「蒼空先輩、それはアンコールでしょうか? 俺、ちゃんと歌えてませんでしたか?」
どうもみんなの反応が悪い。やっぱり俺が歌うのには無理があったかな……
「そうじゃないよ。これまでに聞いたことのない感じの曲で、あまりにもラルカンドの声に合っていたから、ちょっと驚いたんだ。ラルカンドの高音って、凄くきれいだったんだな。もちろんアンコールだ!」
一俊先輩がそうじゃないと手を振りながら、珍しく真面目な顔でそんなことを言う。
慌てたように皆が、手拍子しながらアンコールをかけ始める。
中学時代、俺は合唱で鍛えたから、ゆっくりした曲を歌う時は気合の入った腹式呼吸になる。
「ラルカンドは中学時代、女子のパートを歌えたから。声変わりをしたはずなのに、珍しいと先生も驚いてたし」
啓太が俺の中学時代のことをバラしながら、久々に気合の入った高音を聴いたと言う。
「え~っ、それではアンコール?にお応えして、【離れたくない】と【神秘の扉】を歌います。歌える方は一緒に唄いましょう」
【離れたくない】は、何故かしんみりしちゃうので、ひとりで歌いたくない。
やっと場に慣れた原条が、この曲なら歌えると、一緒に唄ってくれる。啓太も伯も、全員が歌い始める。なんだか合唱みたいになっているけど凄く楽しい。
最後に【神秘の扉】をひとりで歌って、クリスマスライブは終了した。
そして午前零時、お決まりのように悠希先輩がケーキをスタジオに運んできた。
本日のケーキは、8種類のショートケーキだ。でも、1個500円は下らない高級ケーキであることは、見ただけで分かった。ケーキは悠希先輩の奢りである。
俺はコーヒーメーカーで挽きたてのコーヒーを人数分淹れて、ケーキ選抜じゃんけん大会に参加する。
「おーい、やっぱり雪だぞ!こりゃあ積もるかもな」と、蒼空先輩が窓の外を見て叫んだので、全員がじゃんけんを終え窓の外を見るために集まる。
祥也先輩の提案で、ケーキを食べる前に全員でホワイトクリスマスを歌った。
やっぱり雰囲気を楽しむことも大事だよな。全員が自分の好きなクリスマスソングを歌ったりして、夜は更けていった。
最後にもう一度ジュースで「メリークリスマス!」と乾杯して、楽しかった歌うクリスマス会は終了し、午前2時くらいに布団に入った。
明け方、こっそりと全員の枕元に、マフラーと手袋がラッピングされた袋をメッセージカードを添えて置いておいた。俺と伯と悠希先輩は同じブランドで、伯と悠希先輩とは色違い、他の5人は違うブランドになっている。
……いつもありがとう。楽しい思い出が増えて、俺は本当に幸せだ。
俺はそう言うと、恥ずかしい気持ちなんて吹き飛ばして、もう人前で歌うことは二度とないだろうと思う【今夜こそ君と】を歌い始める。
今夜の俺は、自分の全力を尽くすつもりだ。
来年も歌うクリスマス会に参加できるかどうか分からない。だから、出し惜しみせずノリノリの全開でいく。時間は有限だから。
**** ♪
好きなんだ! 今すぐ君を抱きしめたい!愛してるって言ってくれ!
もう限界なんだよ分かるだろう? その瞳その唇 俺のものだと頷いてくれ。
**** ♪
たった今見たばかりのドラマの主題歌を、なりきって意味深に歌う俺に、啓太は呆れた顔をし、伯は隣りの一俊先輩にウリウリと肘でこずかれている。祥也先輩はサビの部分のダンスを立ち上がって踊り始め、悠希先輩と蒼空先輩は大笑いをしている。原条は訳が分からない・・・という顔をして目を見開いている。
「改めまして、ラルカンドのクリスマスライブへようこそ。
この曲を作ったのは、夏休みにオープンキャンパスへ行った帰りだったと思います。残念ながらソウエイミュージックに売ってしまったので、俺が人前で歌うのは今日限りになると思います。
作者の想像を超えて、完全にアイドルの歌う曲になってしまいましたが、どうせ俺は踊れないヘタレなので後悔はしていません。
俺にとってもこの1年は、驚きと怒濤のような日々の連続でした。
ミカさんに提供した【離れたくない】が映画の主題歌になり、有線チャートで年間トップになったのにはビックリです。ミカさんの歌唱力のお陰です。
ミユウさんに提供した【恋の音を聴いた朝】がドラマの主題歌になったり、昨日最終回だったドラマ《パラレルワールド》の主題歌【繰り返す想い】を、再びミカさんが歌ってくれたり・・・知らない間にラルカンド・フォースという名前が売れていました。
でも、俺にとって最も嬉しかったこと、それは、友人4人が俺の作った曲でデビューしてくれたことです。ありがとうリゼットルのみんな」
俺は満面の笑みでリゼットルの4人を見てお礼を言う。
「礼を言うのは俺たちだよ春……ラルカンド。俺たちを導いてくれてありがとう」
リーダーの一俊先輩が真顔でありがとうと返してくれ、他のメンバーも「ありがとう」「サンキュー!」と声を掛けてくれる。
「そして、俺をメンタル面で支えてくれる啓太。クラスメートで俺を側で助けてくれる原条。スタジオやPV製作など、全力で俺を応援してくれる悠希先輩。みんなありがとう。
そんな皆に、感謝を込めて歌います。どうぞ聴いてください【繰り返す想い】」
**** ♪
どんなに離れても あなたを見付けられる。
この手を伸ばして 今度こそ離れない。
暗闇せまる雑踏で、見えるあなたの残像。 旅の始まりは・・・
**** ♪
【繰り返す想い】は、原作本を読んで作った曲なので、ストーリーの進展に沿った歌詞になっている。意外とハードな曲なので歌唱力が必要だが、俺は俺の歌い方で歌えばいい。
やっと状況が呑み込めた感じの原条が、キラキラした視線を俺に向けて、一生懸命に拍手をしてくれる。他のメンバーも気合の入った拍手をしてくれる。
「たくさんの拍手をありがとうございます。
次は、未発表の曲を2曲歌いたいと思います。この2曲は誰にも提供するつもりはないので、いつか自分がアルバムを出す……なんてことがあった時に、発表するかもしれません。
【旅立ちの空】と【負けないと誓った夜】です。聴いてください」
【旅立ちの空】は卒業をテーマにしている曲で、いつか何処かの学校が卒業式で歌ってくれたらいいなあ・・・と、俺にしては夢見て作った曲だ。
【負けないと誓った夜】は、春休みにミユウさんのレコーディングにお邪魔して、九竜副社長といろいろとあった次の日に、帰りの新幹線の中で作った曲である。
歌い終わって客席を見ると、何故か伯が泣いていた。
いったい何処に泣く要素があったのだろうか?
この時の俺は、転校するため一人で旅立たねばならない伯が、俺と別れるのが辛いけど、我慢して頑張ろうと決心していた心境に、曲の歌詞がピッタリきて、泣いてしまったのだとは分からなかった。
「え~っ……泣くほど感動していただけたようで、ありがとうございます。
【旅立ちの空】は、卒業式をイメージして作った曲で、【負けないと誓った夜】は、弱い自分を奮い起こすための曲です。
リゼットルの【頑張る君へ】と同じように、応援ソングになればいいなと思います。
次は、伯と作った曲を一緒に歌おうと思っていたけど、泣いてるからパスして、去年も歌った【友へ】を歌います。悠希先輩も啓太も歌えるだろう?俺の隣で一緒に歌おう!」
夏休みの後半、リゼットルが留守の間、俺は悠希先輩と啓太と一緒に、このスタジオで【友へ】をよく歌っていた。
悠希先輩は自分のギターを取り出し、椅子を移動して俺の隣でスタンバイし、啓太も恥ずかしそうに椅子を持って移動してくる。
その様子を見ていた伯が、凄く悔しそうな顔をして俺を見る。いやいやお前とは、お互いの家で時々練習してるじゃん……フウッ
そして【友へ】を歌い始めると、一俊先輩が途中から即興でドラムを入れてくれた。
始めは恥ずかしがっていた啓太もノリノリで歌い始め、悠希先輩はギターの腕を上げていた。
いつもは観ているだけの2人も、参加できて嬉しそうで、客席のみんなも手拍子で盛り上げてくれ、俺も歌っていて楽しかった。
「泣き止んだか伯?」
「当然だ。で、俺はどの曲を歌えばいい?」
ようやく復活した伯が、やる気で立ち上がる。俺の恋人なら隣で歌えなきゃダメだろうやっぱり!
「じゃあ、【オレンジの雲】で」
俺はそう言うと自分のギターを伯に渡し、俺は悠希先輩のギターを借りる。
二人を好きな俺としては、悠希先輩のギターを伯が使うのは違う気がしてそうした。
【オレンジの雲】は、俺の病気が発覚して、呆然と駅で座っていた時、会いたいと思っていた伯に、偶然出会って嬉しかったこと、名前で呼び合えるようになった時の喜びを歌詞にして、曲は二人で考えて作った作品だった。
あの時伯は、夕日を浴びてオレンジ色に染まっていたんだ。
**** ♪
絶望の後の希望は オレンジ色で俺を包んでいく
出逢いの奇跡を信じて 彷徨う街は音のない世界
見上げる空は心を映して 笑っているの 泣いてるの
**** ♪
巡り合う奇跡をオレンジ色に例えたバラード調で、それぞれのパートとハモル部分があって、完全にデュエット曲になっている。
「お前たち、いや伯、そんな歌を作ったんなら言えよ!アルバムに入れたらいいじゃん」
「いや、でも一俊先輩、この曲は、俺とラルカンドが歌う曲だから・・・」
「まあ、いいんじゃないか。俺も今度、二人で歌う曲を作ってもらおうっと」
アルバムの曲作りで苦労している一俊先輩が、そんな隠し玉があるなら言えよ!と文句を言うが、こういう時だけ心臓が強い伯が、あっさりと拒否する。
そして悠希先輩が、ちゃっかりとデュエットのおねだりをしてくる。
うん、いつもの俺たちの日常会話だ。いやいやいや、今夜はクリスマスライブだ!このままではいかん!
「コホン、それでは最後の曲になります。
この曲は、来年の4月から放送が開始される、《世界の秘宝》という30分番組のテーマソングとしてオファーがあり作った曲ですが、まだ決定している訳ではありません。世界中の美しい自然や奇跡の瞬間を紹介する番組なので、選んでもらえたら嬉しいなと思っています。
讃美歌風の曲で、メロディーは難しくないから、沢山の人に歌ってもらえたらいいなと思います。それでは聴いてください。【神秘の扉】」
この曲は、美しい音のアルペジオを連続して使い、もの悲しくも神々しいイメージで作ったつもりだけど、それは自分の思い込みかもしれない。
歌い終わって皆を見ると、何だかぼんやりとしている……? 拍手は?
何処か変だったかな? もしかして外してた?
すると、悠希先輩が立ち上がって拍手をし始め、他のメンバーも立ち上がって拍手をしてくれた。
……これは、いい意味でのスタンディングオベーション?
「ええ~っ、今夜のライブは如何でしたでしょうか? 楽しんでいただけたのなら嬉しいです。来年も頑張ってたくさん曲を作れたらいいなと思います。最後までお聴きいただき、ありがとうございました」
俺は立ち上がり、ギターを置いてゆっくりと頭を下げた。
何だかいつもと雰囲気が違うんだけど・・・アンコールはなしでいいの?
「はる、いやラルカンド、今の曲をもう一度聴きたいんだが、いい?」
「蒼空先輩、それはアンコールでしょうか? 俺、ちゃんと歌えてませんでしたか?」
どうもみんなの反応が悪い。やっぱり俺が歌うのには無理があったかな……
「そうじゃないよ。これまでに聞いたことのない感じの曲で、あまりにもラルカンドの声に合っていたから、ちょっと驚いたんだ。ラルカンドの高音って、凄くきれいだったんだな。もちろんアンコールだ!」
一俊先輩がそうじゃないと手を振りながら、珍しく真面目な顔でそんなことを言う。
慌てたように皆が、手拍子しながらアンコールをかけ始める。
中学時代、俺は合唱で鍛えたから、ゆっくりした曲を歌う時は気合の入った腹式呼吸になる。
「ラルカンドは中学時代、女子のパートを歌えたから。声変わりをしたはずなのに、珍しいと先生も驚いてたし」
啓太が俺の中学時代のことをバラしながら、久々に気合の入った高音を聴いたと言う。
「え~っ、それではアンコール?にお応えして、【離れたくない】と【神秘の扉】を歌います。歌える方は一緒に唄いましょう」
【離れたくない】は、何故かしんみりしちゃうので、ひとりで歌いたくない。
やっと場に慣れた原条が、この曲なら歌えると、一緒に唄ってくれる。啓太も伯も、全員が歌い始める。なんだか合唱みたいになっているけど凄く楽しい。
最後に【神秘の扉】をひとりで歌って、クリスマスライブは終了した。
そして午前零時、お決まりのように悠希先輩がケーキをスタジオに運んできた。
本日のケーキは、8種類のショートケーキだ。でも、1個500円は下らない高級ケーキであることは、見ただけで分かった。ケーキは悠希先輩の奢りである。
俺はコーヒーメーカーで挽きたてのコーヒーを人数分淹れて、ケーキ選抜じゃんけん大会に参加する。
「おーい、やっぱり雪だぞ!こりゃあ積もるかもな」と、蒼空先輩が窓の外を見て叫んだので、全員がじゃんけんを終え窓の外を見るために集まる。
祥也先輩の提案で、ケーキを食べる前に全員でホワイトクリスマスを歌った。
やっぱり雰囲気を楽しむことも大事だよな。全員が自分の好きなクリスマスソングを歌ったりして、夜は更けていった。
最後にもう一度ジュースで「メリークリスマス!」と乾杯して、楽しかった歌うクリスマス会は終了し、午前2時くらいに布団に入った。
明け方、こっそりと全員の枕元に、マフラーと手袋がラッピングされた袋をメッセージカードを添えて置いておいた。俺と伯と悠希先輩は同じブランドで、伯と悠希先輩とは色違い、他の5人は違うブランドになっている。
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