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44 嵐の前
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◇◇ ガレイル王子と側近ソラタの記憶 ◇◇
「わたくし、本当に迷惑していますの。婚約者であるリゼットン伯爵家のご子息エイブ様に、ゴミ虫がすり寄って来て、お優しいエイブ様は打ち捨てられないご様子なの」
胸元を強調した赤いドレスに身を包み、真っ赤な口紅で塗られた口元を、黒と赤の羽の扇で隠すように扇ぎながら話すのは、王都に住む伯爵令嬢セシリア・デイルトン16歳である。
「あら、では婚約者の方がご執心という噂は真実ではないのですね」
右隣で同じように黄緑色の扇を口元にあて、伯爵令嬢セシリアの友人と思われる女性が、興味津々といった様子で確認する。
「もちろんですわ。このわたくしが婚約者ですのよ。エイブ様が男娼のような男に好かれて困っていると、お義母様から聞きましたから間違いありません。先日の騎士学校の競技会で、わたくし、我慢ができずゴミ虫に直接注意しておきましたわ。二度と近寄るな!騎士学校を辞めてしまえとね。ホホホ」
「確か、噂のお相手は子爵家のご子息だったかしら」
今度は左隣に立っていた噂好きそうな女性が、探るような視線を向けて質問する。
「ええ、身の程を知らない田舎者よ。次男だから家も継げないでしょう。だからエイブ様にすり寄ってくるの。エイブ様の将来に傷がつくのではと……わたくし心配だわ」
「でもセシリア様、騎士学校在学中のことですから、そのように目くじらを立てなくても問題はないでしょう? 私の上の兄だって、フフ、可愛がっていた方が居らしたようでしてよ。相手は男なのですから、妻の座は揺らぎませんわ」
濃いブルーのドレスを着て、目の前の3人より落ち着いた感じの女性が、セシリアに向かって余裕の態度で微笑みながら言った。
「まあサーシャ様、わたくし、男でも許せないものは許せませんわ!」
「あまり騒がれると嫉妬ではなく、自分が愛されてないのが不満だと思われましてよ」
サクラメント侯爵令嬢サーシャ16歳は、女学院の同期生であるセシリアに、みっともない!と苦言を呈した。もちろん上品に微笑んだままで。
サーシャはガレイル王子の側近ソラタの妹である。そして第二王子の婚約者だった。名門サクラメント侯爵家の令嬢らしく、王宮主催の夜会で話す内容ではないと、高位貴族の令嬢として意見したのだった。
「嫌だわ、第二王子バトラム様(21歳)は、多くの女性と浮き名を流していると有名じゃない。愛されていないのはサーシャ様の方だわ」
立ち去っていくサーシャの後ろ姿が視線から消えたところで、セシリアは悪態をつく。
そして怒りのボルテージを上げ、婚約者に付き纏うラルカンドのことと、第二王子の醜聞を盛りに盛って広めていった。
サクラメント侯爵家は、長年王族の側近を排出している名門である。
様々な人脈を持ち、諜報活動をさせている傘下の貴族家も多い。
サクラメント家の人間は、幼い頃から情報収集の重要性を叩き込まれ、有用な情報を王族に伝える役目を負っていた。
ソラタの妹サーシャは、先日の夜会での出来事と、伯爵令嬢セシリアが流している噂の数々について、兄であるソラタに報告していた。
ソラタは迷ったが、セシリアが流している悪意ある噂の半分が、第二王子に関するものであり、ラルカンドに関する内容も真実とは程遠いものであったので、ガレイル王子に報告することにした。
「ほう、それは愉快だ。そこまで愚かな悪女であれば、軍閥のリゼットン伯爵家の嫁としては相応しくなかろう。ラルカンドが、私のお気に入りであることは気にならなかったようだ。当て馬に……兄上の部下をお借りしよう。私が妹のように可愛がっているサーシャの前に、2度と立つことがないように」
ガレイル王子は、人前では決して見せない冷たい表情で笑って言った。
ソラタの妹サーシャは、王都でも有名な美人である。本来はガレイルの婚約者になる予定だったが、兄バトラム王子が見初めて、強引に自分の婚約者にしたくらいだ。
くだらない女の嫉妬で、王子やその婚約者を貶める行為は、昔からよくあることではある。しかし、その女がラルカンドのことを悪く言うのは許せないガレイルだった。
今夜は王妃の誕生日を祝うパーティーである。
爵位を持つ夫婦は勿論のこと、王妃の意向で男爵家以上の独身男女(15歳以上)も招待されていた。
婚約者がいる男女も漏れなく招待されており、騎士学校の学生も、今夜は正装をして出席している。
エイブは第一王子である皇太子殿下の警護として駆り出され、ラルカンドは祖父から警護を頼まれ、祖父の後ろで控えていた。
「わたくしの婚約者は、騎士学校の剣術大会で、決勝戦までいきましたの。本日は、皇太子殿下の護衛を任された、とても優秀な方ですの。ですが……あちらに居る、穢らわしい男につきまとわれていて、本当に困ったこと」
今夜もよく回る舌で、セシリアは婚約者であるエイブの自慢をしつつ、徹底的にラルカンドを卑しめにかかっていた。
「あらセシリアさん、殿方であれだけ美しい容貌をされてれば、男でも女でも声くらいは掛けてみたくなるのではなくて?」
妖艶な美しさと完璧なプロポーションを持つ、伯爵令嬢アイーダ18歳が、女学院の後輩であるセシリアに声を掛けた。
「えっ?い、嫌ですわアイーダ様、わたくしは、逞しくて男らしい殿方の方が良いと思っていますの」
完璧な美しさを持つアイーダが隣に並び、セシリアは一瞬嫌な顔をした。が、アイーダの隣にいる逞しい男性をチラリと見て思わず頬を染めた。
「そう?それならば素敵な方を紹介して差し上げますわ。こちら、本日私の護衛騎士をしているホードリック様。とても優秀な方で、近衛部隊に勤務され、普段は第二王子の護衛をされているエリートでしてよ」
「アイーダ様、少し褒め過ぎです。このように可憐で美しい女性を紹介いただけるのは、男として光栄ですが、私の理想のような素晴らしい女性に、婚約者が居ない……なんてことはないでしょう?」
ホードリック20歳は、セシリアの前で軽く跪き右手にキスをして、残念そうに言いながらも、瞳はセシリアをずっと熱く見つめたままである。
「まあ!例え婚約者がいようとも、理想の女性に出会ったら、奪ってでも想いを遂げるのが男ではなくて?」
「えっ!奪っても良いのですかセシリア様を?本気にしますよ」
「あらあら、貴方が女性に対して本気になることがあるのかしら?」
「失礼な!これ程素敵な方に、出会ったことがなかっただけですよアイーダ様」
「あ、あの……わたくし……そのように思われても困りますわ」
全く困っている顔には見えないセシリアは、まんざらでもない様子で、ホードリックを上目遣いで見て媚びを売る。
「男は星の数ほどいるわ。魅力的な貴女を悲しませる男なんて捨てれば?」
去り際にアイーダは、セシリアの耳元で囁いた。仕上げは完璧である。
アイーダは、サクラメント侯爵家の傘下に位置する伯爵家の令嬢であり、女であることを活かした様々な仕事をこなしていた。本人はこの仕事をとても気に入っている。
そしてホードリックは、「1時間後にバラ園でお待ちしています」と書いた紙を、セシリアにそっと握らせた。
ぼ~っとしているセシリアの元に、ガレイル王子が側近のソラタと、ある伯爵を連れてやって来た。
「ガレイル王子、この女性がエイブの婚約者セシリアさんです。妹の同期生だと聞いております」
突然目の前に王子が現れ、側近から自分を紹介されたセシリアは、すっかり舞い上がっていた。王子の方から話し掛けてくることなんて、本来ならあり得ないことである。自意識過剰のセシリアは、王子まで自分のことを……と、つい自惚れてしまった。
「フッ、婚約者の評判を平気で貶めている女とはお前か? 自分の婚約者を男に取られたと触れ回っていると聞いたが」
「えっ?・・・」
全く予想もしていなかったことを言われたセシリアは、驚いて目を見開き10秒ばかり固まってから、礼をとっていなかった非礼に気付き慌てて礼をとった。
「いいえ、取られただなんて・・・違います。相手が勝手に言い寄っているだけで、エイブ様は迷惑されているのです」
「いったい誰に言い寄られているって?」
「あ、あの男です。青い髪のあの……公爵様の後ろに立っている男娼のような……」
男娼のような汚らわしい男ですと言い掛けて、王子の視線が自分を睨んでいるような気がして、セシリアはそれ以上言葉を続けられなかった。
「男娼?ほう・・・リゼットン伯爵、そなたの子息の婚約者は、面白いことを言う。軍閥のリゼットン家に嫁ぐ者が、その頂点に位置するフォース公爵家を敵に回すとは、なかなか度胸のある娘のようだ。あの者が卒業したら、私の側近にと考えていたのだが……リゼットン伯爵、その方も婚約者と同じ考えか?」
ガレイル王子はチラリと後を振り返り、エイブの父親であるリゼットン伯爵を見て、凍るような視線を向けた。
エイブの両親は、息子がラルカンドに執着していることを知り、偶然にも失礼な婚約者と同じ日に、息子と一緒に居たラルカンドを見付け、騎士学校を辞めろと脅していたのだった。
当然のことながら、ラルカンドが田舎の子爵家の次男であると知っていて、圧力をかけたのである。
貴族の世界なんて、そんな理不尽なことが平気でまかり通るところだった。
「えっ? フォース公爵家を敵に回すとは、いったいどうして・・・あの者は子爵家の・・・ガレイル王子の側近・・・」
何が何だか分からないリゼットン伯爵だが、ガレイル王子が不機嫌であることは理解できた。そして、何故だかフォース公爵家を敵に回す可能性があるらしい。たちまち顔色は悪くなり、息子の婚約者であるセシリアに、「いったい何をした!」と問い質すような視線を向けた。
「ラルカンドの母君は、フォース公爵家正室のご令嬢だ。
親の反対を押し切って子爵家に嫁いだが、この度、騎士学校の競技会を見学された公爵は、見事弓部門で優勝した可愛い孫の優秀さを知り、先日正式に公爵家の養子に迎えたいと、王宮に申請を出された。
子供の居なかった次男が病で倒れたので、領地を任せたいとの申し出があり、王様が受理された。
フォース公爵家は、この国を守る四大公爵家のひとつであり、軍を束ねる名門だったと思うが、リゼットン伯爵家は、軍の仕事を辞退するつもりなのだな?」
「ええっ!め、滅相もございません。この婚約は直ぐに破棄いたします。息子には、ラルカンド様にご迷惑を掛けないよう、よく言ってきかせます。どうか、どうかこのことは、フォース公爵様には内密に、内密に願います」
リゼットン伯爵は土下座したい気持ちでいっぱいだったが、公の場でそんなことはできない。なんとか膝をつき頭を深く下げると、冷や汗をタラタラと流しながら懇願した。
そんなことがあってから四週間後、女学院では新しい噂が囁かれ始めた。
公爵家の子息に無礼を働き、婚約破棄されたセシリアが、第二王子の護衛騎士に色仕掛けで迫り、こっぴどく振られた後、伯爵家から追放されたとか、自領の騎士の家に無理矢理嫁がされたとか、それはそれは酷い言われようだった。
常日頃から、友人を平気でお貶めるような暴言を吐いていたセシリアには、同情する者もなく、優良物件であるエイブの婚約者の座が空いたことを、にっこりと笑って喜ぶ者も多かったと、サクラメント侯爵家のサーシャは、尊敬する兄ソラタに報告した。
****
リゼットルのファンが、悪意で書き込んだツイッターのことを話し合った夜、ガレイル王子である悠希と、ソラタである九竜副社長は、偶然にも同じ前世の記憶の夢を見て目覚めた。
そして目覚めた悠希は、ニヤリと微笑んで「ラルカンドを陥れる悪女は、徹底的に懲らしめるべきだな」と呟いた。
ほぼ同じ時刻、「ガレイル王子である悠希が、黙っているはずがない」と九竜副社長は呟き、やり過ぎないよう注意してくれと、春樹にメールを送った。
そのメールを見た春樹は「何を?」と困ったように首を捻った。
「わたくし、本当に迷惑していますの。婚約者であるリゼットン伯爵家のご子息エイブ様に、ゴミ虫がすり寄って来て、お優しいエイブ様は打ち捨てられないご様子なの」
胸元を強調した赤いドレスに身を包み、真っ赤な口紅で塗られた口元を、黒と赤の羽の扇で隠すように扇ぎながら話すのは、王都に住む伯爵令嬢セシリア・デイルトン16歳である。
「あら、では婚約者の方がご執心という噂は真実ではないのですね」
右隣で同じように黄緑色の扇を口元にあて、伯爵令嬢セシリアの友人と思われる女性が、興味津々といった様子で確認する。
「もちろんですわ。このわたくしが婚約者ですのよ。エイブ様が男娼のような男に好かれて困っていると、お義母様から聞きましたから間違いありません。先日の騎士学校の競技会で、わたくし、我慢ができずゴミ虫に直接注意しておきましたわ。二度と近寄るな!騎士学校を辞めてしまえとね。ホホホ」
「確か、噂のお相手は子爵家のご子息だったかしら」
今度は左隣に立っていた噂好きそうな女性が、探るような視線を向けて質問する。
「ええ、身の程を知らない田舎者よ。次男だから家も継げないでしょう。だからエイブ様にすり寄ってくるの。エイブ様の将来に傷がつくのではと……わたくし心配だわ」
「でもセシリア様、騎士学校在学中のことですから、そのように目くじらを立てなくても問題はないでしょう? 私の上の兄だって、フフ、可愛がっていた方が居らしたようでしてよ。相手は男なのですから、妻の座は揺らぎませんわ」
濃いブルーのドレスを着て、目の前の3人より落ち着いた感じの女性が、セシリアに向かって余裕の態度で微笑みながら言った。
「まあサーシャ様、わたくし、男でも許せないものは許せませんわ!」
「あまり騒がれると嫉妬ではなく、自分が愛されてないのが不満だと思われましてよ」
サクラメント侯爵令嬢サーシャ16歳は、女学院の同期生であるセシリアに、みっともない!と苦言を呈した。もちろん上品に微笑んだままで。
サーシャはガレイル王子の側近ソラタの妹である。そして第二王子の婚約者だった。名門サクラメント侯爵家の令嬢らしく、王宮主催の夜会で話す内容ではないと、高位貴族の令嬢として意見したのだった。
「嫌だわ、第二王子バトラム様(21歳)は、多くの女性と浮き名を流していると有名じゃない。愛されていないのはサーシャ様の方だわ」
立ち去っていくサーシャの後ろ姿が視線から消えたところで、セシリアは悪態をつく。
そして怒りのボルテージを上げ、婚約者に付き纏うラルカンドのことと、第二王子の醜聞を盛りに盛って広めていった。
サクラメント侯爵家は、長年王族の側近を排出している名門である。
様々な人脈を持ち、諜報活動をさせている傘下の貴族家も多い。
サクラメント家の人間は、幼い頃から情報収集の重要性を叩き込まれ、有用な情報を王族に伝える役目を負っていた。
ソラタの妹サーシャは、先日の夜会での出来事と、伯爵令嬢セシリアが流している噂の数々について、兄であるソラタに報告していた。
ソラタは迷ったが、セシリアが流している悪意ある噂の半分が、第二王子に関するものであり、ラルカンドに関する内容も真実とは程遠いものであったので、ガレイル王子に報告することにした。
「ほう、それは愉快だ。そこまで愚かな悪女であれば、軍閥のリゼットン伯爵家の嫁としては相応しくなかろう。ラルカンドが、私のお気に入りであることは気にならなかったようだ。当て馬に……兄上の部下をお借りしよう。私が妹のように可愛がっているサーシャの前に、2度と立つことがないように」
ガレイル王子は、人前では決して見せない冷たい表情で笑って言った。
ソラタの妹サーシャは、王都でも有名な美人である。本来はガレイルの婚約者になる予定だったが、兄バトラム王子が見初めて、強引に自分の婚約者にしたくらいだ。
くだらない女の嫉妬で、王子やその婚約者を貶める行為は、昔からよくあることではある。しかし、その女がラルカンドのことを悪く言うのは許せないガレイルだった。
今夜は王妃の誕生日を祝うパーティーである。
爵位を持つ夫婦は勿論のこと、王妃の意向で男爵家以上の独身男女(15歳以上)も招待されていた。
婚約者がいる男女も漏れなく招待されており、騎士学校の学生も、今夜は正装をして出席している。
エイブは第一王子である皇太子殿下の警護として駆り出され、ラルカンドは祖父から警護を頼まれ、祖父の後ろで控えていた。
「わたくしの婚約者は、騎士学校の剣術大会で、決勝戦までいきましたの。本日は、皇太子殿下の護衛を任された、とても優秀な方ですの。ですが……あちらに居る、穢らわしい男につきまとわれていて、本当に困ったこと」
今夜もよく回る舌で、セシリアは婚約者であるエイブの自慢をしつつ、徹底的にラルカンドを卑しめにかかっていた。
「あらセシリアさん、殿方であれだけ美しい容貌をされてれば、男でも女でも声くらいは掛けてみたくなるのではなくて?」
妖艶な美しさと完璧なプロポーションを持つ、伯爵令嬢アイーダ18歳が、女学院の後輩であるセシリアに声を掛けた。
「えっ?い、嫌ですわアイーダ様、わたくしは、逞しくて男らしい殿方の方が良いと思っていますの」
完璧な美しさを持つアイーダが隣に並び、セシリアは一瞬嫌な顔をした。が、アイーダの隣にいる逞しい男性をチラリと見て思わず頬を染めた。
「そう?それならば素敵な方を紹介して差し上げますわ。こちら、本日私の護衛騎士をしているホードリック様。とても優秀な方で、近衛部隊に勤務され、普段は第二王子の護衛をされているエリートでしてよ」
「アイーダ様、少し褒め過ぎです。このように可憐で美しい女性を紹介いただけるのは、男として光栄ですが、私の理想のような素晴らしい女性に、婚約者が居ない……なんてことはないでしょう?」
ホードリック20歳は、セシリアの前で軽く跪き右手にキスをして、残念そうに言いながらも、瞳はセシリアをずっと熱く見つめたままである。
「まあ!例え婚約者がいようとも、理想の女性に出会ったら、奪ってでも想いを遂げるのが男ではなくて?」
「えっ!奪っても良いのですかセシリア様を?本気にしますよ」
「あらあら、貴方が女性に対して本気になることがあるのかしら?」
「失礼な!これ程素敵な方に、出会ったことがなかっただけですよアイーダ様」
「あ、あの……わたくし……そのように思われても困りますわ」
全く困っている顔には見えないセシリアは、まんざらでもない様子で、ホードリックを上目遣いで見て媚びを売る。
「男は星の数ほどいるわ。魅力的な貴女を悲しませる男なんて捨てれば?」
去り際にアイーダは、セシリアの耳元で囁いた。仕上げは完璧である。
アイーダは、サクラメント侯爵家の傘下に位置する伯爵家の令嬢であり、女であることを活かした様々な仕事をこなしていた。本人はこの仕事をとても気に入っている。
そしてホードリックは、「1時間後にバラ園でお待ちしています」と書いた紙を、セシリアにそっと握らせた。
ぼ~っとしているセシリアの元に、ガレイル王子が側近のソラタと、ある伯爵を連れてやって来た。
「ガレイル王子、この女性がエイブの婚約者セシリアさんです。妹の同期生だと聞いております」
突然目の前に王子が現れ、側近から自分を紹介されたセシリアは、すっかり舞い上がっていた。王子の方から話し掛けてくることなんて、本来ならあり得ないことである。自意識過剰のセシリアは、王子まで自分のことを……と、つい自惚れてしまった。
「フッ、婚約者の評判を平気で貶めている女とはお前か? 自分の婚約者を男に取られたと触れ回っていると聞いたが」
「えっ?・・・」
全く予想もしていなかったことを言われたセシリアは、驚いて目を見開き10秒ばかり固まってから、礼をとっていなかった非礼に気付き慌てて礼をとった。
「いいえ、取られただなんて・・・違います。相手が勝手に言い寄っているだけで、エイブ様は迷惑されているのです」
「いったい誰に言い寄られているって?」
「あ、あの男です。青い髪のあの……公爵様の後ろに立っている男娼のような……」
男娼のような汚らわしい男ですと言い掛けて、王子の視線が自分を睨んでいるような気がして、セシリアはそれ以上言葉を続けられなかった。
「男娼?ほう・・・リゼットン伯爵、そなたの子息の婚約者は、面白いことを言う。軍閥のリゼットン家に嫁ぐ者が、その頂点に位置するフォース公爵家を敵に回すとは、なかなか度胸のある娘のようだ。あの者が卒業したら、私の側近にと考えていたのだが……リゼットン伯爵、その方も婚約者と同じ考えか?」
ガレイル王子はチラリと後を振り返り、エイブの父親であるリゼットン伯爵を見て、凍るような視線を向けた。
エイブの両親は、息子がラルカンドに執着していることを知り、偶然にも失礼な婚約者と同じ日に、息子と一緒に居たラルカンドを見付け、騎士学校を辞めろと脅していたのだった。
当然のことながら、ラルカンドが田舎の子爵家の次男であると知っていて、圧力をかけたのである。
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「えっ? フォース公爵家を敵に回すとは、いったいどうして・・・あの者は子爵家の・・・ガレイル王子の側近・・・」
何が何だか分からないリゼットン伯爵だが、ガレイル王子が不機嫌であることは理解できた。そして、何故だかフォース公爵家を敵に回す可能性があるらしい。たちまち顔色は悪くなり、息子の婚約者であるセシリアに、「いったい何をした!」と問い質すような視線を向けた。
「ラルカンドの母君は、フォース公爵家正室のご令嬢だ。
親の反対を押し切って子爵家に嫁いだが、この度、騎士学校の競技会を見学された公爵は、見事弓部門で優勝した可愛い孫の優秀さを知り、先日正式に公爵家の養子に迎えたいと、王宮に申請を出された。
子供の居なかった次男が病で倒れたので、領地を任せたいとの申し出があり、王様が受理された。
フォース公爵家は、この国を守る四大公爵家のひとつであり、軍を束ねる名門だったと思うが、リゼットン伯爵家は、軍の仕事を辞退するつもりなのだな?」
「ええっ!め、滅相もございません。この婚約は直ぐに破棄いたします。息子には、ラルカンド様にご迷惑を掛けないよう、よく言ってきかせます。どうか、どうかこのことは、フォース公爵様には内密に、内密に願います」
リゼットン伯爵は土下座したい気持ちでいっぱいだったが、公の場でそんなことはできない。なんとか膝をつき頭を深く下げると、冷や汗をタラタラと流しながら懇願した。
そんなことがあってから四週間後、女学院では新しい噂が囁かれ始めた。
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常日頃から、友人を平気でお貶めるような暴言を吐いていたセシリアには、同情する者もなく、優良物件であるエイブの婚約者の座が空いたことを、にっこりと笑って喜ぶ者も多かったと、サクラメント侯爵家のサーシャは、尊敬する兄ソラタに報告した。
****
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そして目覚めた悠希は、ニヤリと微笑んで「ラルカンドを陥れる悪女は、徹底的に懲らしめるべきだな」と呟いた。
ほぼ同じ時刻、「ガレイル王子である悠希が、黙っているはずがない」と九竜副社長は呟き、やり過ぎないよう注意してくれと、春樹にメールを送った。
そのメールを見た春樹は「何を?」と困ったように首を捻った。
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