前世の僕は、いつまでも君を想う

杵築しゅん

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43 曇りのち雨

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 副社長と、前回ガレイル王子の話をしたのは春休みの時だった。
 夏休みに悠希先輩には会わせたが、ガレイル王子だとは言っていない。
 あれから半年近く、よく頑張った方だと思う。そこはやっぱり大人だからなのか、ガレイル王子に嫌われたくないという思いからなのか、どちらにしても、もう限界なのだろう。

「前回お会いした8月以降、ガレイル王子の夢を見ましたか? そして、何か変化がありましたか」

 実際に悠希先輩に会っているのだから、絶対夢に変化があったはずだ。

「・・・君は、全てをお見通しっていう訳なのか?」
「いいえ、経験値でお話ししているんです。同じ前世の記憶を持つ者と会うと、それが好きな人物であればあるほど、より鮮明な夢を見るようになります」

俺はわざとにやりと笑って見せる。今の言葉で気付くはずだ。

「俺はエイブである伯に会ってから、一気に死ぬ場面まで見ましたから」
「伯がエイブだったのか・・・ん?好きな人物に会うと鮮明な夢を見る?」

伯がエイブだと気付いていなかった様子の副社長は、ちょっと驚いた顔をしたが、俺の言葉を思い出しながら目を細めて、その意味するところを導き出そうとする。

「もう本当は分かっているんでしょう副社長?」
「クッ……やはりそうなのか!春樹を、まるで自分のパートナーのように振る舞っていた態度は、当然のことだったと・・・中川悠希、あの青年が王子……」

思い当たることがあったようで、副社長は悠希先輩の名前を口にして、何かを考え込むように黙ってしまった。

「悠希先輩は同じ高校の3年生で、昨日東京の大学に合格したようです。
 副社長が悠希先輩の経歴を辿れなかったのは、先輩がお爺様の家に養子に入ったからです。先輩の実家は、確か不動産業とか保険とか通信系などの会社を経営している山村という家だったと思います」

「山村?……もしかして山村ホールディングか?・・・それは確かに辿れないな。あそこはセキュリティー対策の会社も持っている。しかし、まさか高校生だったとは」

 山村ホールディングはある意味名門で、関東で古くから不動産業を営み、都内に自社ビルをいくつも持っている。駅前の再開発などで業績を伸ばし、本社ビルは創英テレビの向かいに在ったはずだ。
 春樹がお金に困っていないと言っていたが、養子に出た中川家も名門で、調べた範囲で分かったのは、元藩主の姻戚で大地主であり、学校法人野上学園の経営や、地元の銀行の大株主だったと、副社長は色々と納得しながら、愛しい人の経歴を知り唸った。

「成る程、ガレイル王子に相応しい生まれだ。高校生というのは意外だったな。でも、どう考えても私は警戒されていたように思うが、名乗っても大丈夫なのか?」

「ええ、もうバリバリに警戒してましたよ。副社長に何もされてないだろうなって、凄く心配されました。フッ、もちろん俺は何も話してませんが。名乗るのはまだ止めておいた方がいいでしょう。俺のPVの仕事を正式に発注すれば、仕事として二人で会えるでしょう? 春には都内の大学に通うんだし」

これ以上、悠希先輩に警戒されるような真似はできませんよねって、俺はにっこりと脅しておく。

「君は……本当に前世とは別人のようだな。でも、あれだけ君を大事にしている様子の王子を、どうして私に託そうとする?何故、王子の前から去る必要があるんだ。どうして私の背中を押すような真似をする」

 相変わらず質問というか尋問というか、この人はなんで他人を信用できないんだろう? 用心深いと言えばそうだろうが、側近というか従者だった記憶が、探るような言い方しかできない人間にしてしまったのかな……

「その話の前に、副社長は悠希先輩を好きですか? 前世の影響を受けていれば、その想いに抗えないはずですが?」

「ああ、あの日会って以来、毎日のように王子の夢を見て、何故か彼の、中川悠希と名乗った青年のことばかり考えるようになった。
 始めは、春樹とはどういう関係なのかと気になったが、何度もあの時の挑むような表情が頭に浮かび、いったい自分はどうしたのだろうかと不安になった。
 しかし最近、春樹が最も頼れる存在だとメールに書いていたことなどから、もしかしたらと考え始めてはいた。
 しかも、あのスタジオの所有者だ。君を、エイブである伯ごと受け入れたというガレイル王子なら、君たちの直ぐ側に居るはずだ。
 これまでのPVもスタジオの機材も、春樹を想う王子だからこそ、無償であそこまでできたのだろう」

 副社長は薄ら笑いを浮かべて、今更隠してもしょうがないという感じで、思っていたことを吐き出していく。

「そうです。悠希先輩は本当に大事にしてくれています。付き合っている伯よりも、学校や部活が同じな分、一緒にいることが長いし、大学だって、俺が行きたいと思った大学を選んでくれました。決して無理強いすることもなく、俺の気持ちを尊重し、手を差し伸べてくれています」

「だったら、それなら何故、去ろうとする? 側に居ればいいじゃないか? どうして私に任せようとするんだ!」

 どうしても納得がいかない様子の副社長が、再度そのことを訊いてきた。

「何故? 本当に何故なんでしょう? 何故俺は、去らねばならないのでしょう。
 去りたいとは全く思っていないのに。
 伯とだって、現世でもまだ結ばれていない。デートだってほとんどしてないのになあ・・・
 運命って何なんでしょう? 望めば変えられるんでしょうか?
 エイブである伯の望みも、ガレイル王子である悠希先輩の望みも、僕が側で、元気で笑って過ごすことなんですよ。
 20代も30代も、一緒に居たいですよね。一緒に音楽の話をして、歌ったり曲を作ったりしていたいですよ僕も。
 悠希先輩の夢は、ずっと僕……俺のPVを撮り続けることらしいです。

 でもね、俺は頭に爆弾を抱えていて、いつ前世と同じように逝くか分からないんです。検査を受ける度、転移してないか腫瘍が大きくなってないか……祈りながら画像を見るんです。
 俺だって、前世をやり直す機会を与えられ、懸命に努力して、エイブとガレイル王子を今度こそ幸せにしたいんです。
 曲作りという才能を与えられ、音楽という絆で繋がり、いつまでもいつまでも、一緒に生きていたいんです。

 でも、だけど、俺、予感がするんです。高校を卒業するのは難しいだろうなって。
 はぁ~っ・・・ラルカンドが思い残したこと……そ、それは、さようならが、い、言えなかったことと、ふうぅ、僕がいなくなっても、幸せに、どうか、し、幸せに暮らしてって、伝えられなかったこと……ことだったから、今度は、きっと、うぅっ……」

 それ以上、俺は言葉が続けられなかった。
 泣くつもりなんてなかった。絶対に泣かないと決めていた。なのに・・・

「春樹・・・」

 九竜副社長は俺の名前を呼ぶと、立ち上がって俺の隣まで来て、テーブルに肘をついて泣いている俺の背中を、そっと包むように抱いた。

「ど、どうして……また……」

 俺の泣き声と涙につられたように、背中に感じる温もりと一緒に、副社長の嗚咽が聞こえてくる。



 俺が泣き止んで落ち着いたところで、副社長は沢山の質問をしてきた。
 病院は何処の病院だ? 医者の名前は? 手術は出来ないのか? 海外で手術が可能なら、事務所もお金を出してもいいとか、病気のことを悠希先輩や伯は知っているのかとか、怖いくらいに真剣な顔をして訊いてきた。

「俺は最後まで、周りの人に病気のことを言うつもりはありません。来年には、悠希先輩も伯も、リゼットルのメンバーも東京に居ます。
 動けなくなるまでは、出来るだけ東京に会いに行きます。いよいよ無理だってなったら、帰ってきてもらうかもしれませんが、できれば、野上監督の映画【空の色と海の色】みたいに、別れは手紙とか、曲とか、そんな感じで……泣かれたくないんです。
 もう未練を残したくない。
 だから、愛し合うことが怖い。でも、逃げちゃダメっだってラルカンドが言うんです」

 涙はもう出なかった。目の前にいるのが大人の副社長だから、つい油断して泣いちゃったけど、俺は強くなると自分に誓ったのだから。
 通っている病院が大学病院で、国内でも有名な名医だということも伝え、無駄な手術はしたくないことも伝え、残りの時間で、たくさんの曲を作りたいから、最後までよろしくお願いしますと、俺は頑張って笑顔で言った。  
 副社長は何とも言えない顔をしていたが、「分かった、安心して曲を作れ」と言ってくれた。

 帰りの車の中で「どんなことがあっても、俺が悠希を幸せにする!」と九竜副社長は俺に誓ってくれた。
 その言葉を聴けただけで、俺は話して良かったと思えた。



 バタバタと時間が過ぎていく中、リゼットルのファンが始めたツイッターで、とんでもない噂が流れていることを知ったのは11月も終わりに近付いた、期末試験の真っ最中だった。

****
《@あーちゃん》  私の大事な彼に近付く、寄生虫のような青虫は、デビューした彼に取り入ろうと、男のくせにベタベタして迫っている。気持ち悪い!近付くな!
《リゼットル命っ子》 何々それ、大事な彼ってメンバーの人?
《@あーちゃん》  そうだよ。ベース担当。大事な彼なんだ。
《べーちゃん》  リゼットルって何処の県民?
《@あーちゃん》  最寄り駅は新山駅だよ。超進学校に通ってる2年生。
《みーこ》    それ、言ってもいいの?シークレットじゃないの?
《@あーちゃん》  うん、私は特別だから。
《ぴるもん》   それで、その青虫って何?
《@あーちゃん》  彼の学校の近くの私立N学園に通っているチャラ男で、髪の毛を青く染めて、目もカラコンで青くしてるバカ。女みたいにベタベタして、きっと自分も芸能人になりたくて、彼を利用しようとしてる。彼は凄く迷惑そうにしてるけど、優しいから強く言えないのかも。
《べーちゃん》  いるよね、そういう奴。へーっ、何処の高校か分かっちゃった。ほかのメンバーも同じ学校?
《@あーちゃん》  学校名は言わないでね。リーダーは同じ学校だよ。
《サクサク》   その青虫、もはや害虫?殺虫剤が必要だね。
《るいるい》   やだ~!それってホモ?リゼットルに近付くな!
《@あーちゃん》  そうなの。彼に悪い噂が立ったら困る。他のメンバーも迷惑だって困ってるの。迷惑だって言えない彼がかわいそう。誰か止めて!

 そのツイッターを見付けた事務所が、直ぐにリゼットルのメンバー全員に連絡を入れてきた。
 事務所は青虫と言われている人物が、ラルカンドだと分かっているが、ラルカンドは卒業するまでシークレットだと決まっている。だから、双方の関係を表には出せない。
 正体をばらしたり、あることないこと書き込んだり、勝手に彼女を名乗ったり、色々と想定されていたが、まさかリゼットルにとって、デビューのきっかけを作り曲を提供してくれた、ラルカンドが攻撃されることは想定していなかった。

「これって、伯の近くに居る女の仕業だよな」(一俊)
「ああ、駅の名前と進学校で、高校の特定は可能だ一俊」(祥也)
「伯、心当たりは?」(蒼空)
「う~ん、そう言えば、本屋から春樹と一緒に俺の家に帰る途中、中学の後輩の女の子と会った。昔、蒼空先輩の家でピアノ習ってた。中学の時に告白されたけど、ちゃんと断った」

 伯は心当たりの女のことを上げる。
 そう言えば5月頃に、本屋の帰りに出会った女の子から、凄く睨まれた記憶があると俺は思い出したが、どんな顔だったか全く覚えていない。

「完全に逆恨みだな。自分は振られたのに、男と楽しそうにしてることが許せなかったんだろう」
「だけど悠希先輩、なんで伯がリゼットルのベースだって分かったんだろう?」(啓太)

 急遽悠希先輩のスタジオに集合した、全員の視線が伯に向く。伯は凄く困った顔をして「母親か妹かもしれない」と申し訳なさそうに呟いた。
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