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38 意外な展開
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初めての伯とのキスは、前世のエイブのキスと全く同じで、なんだか何百回も経験しているみたいな錯覚を起こしたが、同時に妙な安心感もあった。
伯に抱き締められるだけで落ち着くし、愛されている実感が湧く。
そんなキスの余韻も残る5月3日、俺と伯と悠希先輩と一俊先輩は、4人で今日から封切りになる野上監督の映画【空の色と海の色】を観に行く。
3月の時点で映画のタイトルは【色と糸】だったが、ぎりぎりで今回のタイトルに変更になっていた。
啓太と蒼空先輩はサッカー部の遠征で、祥也先輩はアーチェリー選抜選手の合宿に出掛け留守だった。
座席は悠希先輩が予約してくれて、真ん中後方の席に4人並んで座った。
俺の左隣が悠希先輩で、右隣が伯、その隣が一俊先輩の順で座ったので「両手に花だな春樹」と一俊先輩にからかわれてしまった。
俺の作った【離れたくない】が映画の挿入歌になっているので、エンディングロールまできっちりと観る予定だ。
ゴールデンウイーク前から映画の宣伝で少しだけ曲が流れており、新堂ミカ復帰の曲ということで話題も呼んでいたようだ。なんと、映画館で限定盤のCDが発売されていて、びっくりした。
なんで知らなかったんだ?と皆に訊かれたが、俺は何も聞かされていなかった……と思う。折角なので映画限定盤を買った。普通のCDは、きちんと発売日の今日、本屋に予約を入れてある。
映画のストーリーは、春に余命宣告された主人公が、残りの人生を悔いなく生きるため、ずっと好きだった先輩に告白し、友達として付き合い始める。
始めはただの友達として付き合い始めた2人は、次第に心が通い合い、秋には恋人の関係に進展していた。
先に大学を卒業する先輩は、クリスマスに主人公の女性に誕生石の入ったブレスレットをプレゼントする。
そして仲良く初詣に行った後、主人公は自分の故郷の実家に戻る。
病院に入院した主人公は、病室から見える青い海を眺めながら、長い長い手紙を書き始める。
あなたに初めて会ったのは、サークルの勧誘で声を掛けられた時でした。という文章で始まり、最後の1枚目の冒頭に、ずっと言えなかったけど、私は大学を辞めて、ワーキングホリデーで海外に行きます。長年の夢が叶い旅立つことを言い出せなくてごめんなさい。どんなに辛いことがあっても、あなたの笑顔と素敵な思い出があれば、泣かずに頑張れそうです。
わがままな私を許さなくてもいいです。仕事頑張ってね。元気でいてください。
ありがとう。さようなら。
何度も書き直しながら、主人公の女性は涙を流す。
ふと窓の外に目を向けると、日暮れが迫った灰色の海に、ちらちらと白い雪が落ちてくる。
封筒に便箋を入れて封をして、残された1枚の便箋を、大切そうにそっと手帳の中に挟んだ。
……愛しています。愛しています。私を愛してくれて本当にありがとう。
春が来て、入社式を終えた彼氏は、上空の飛行機を見上げ「綺麗な青空だ。元気で頑張ってるか?」と呟いて、映画は終わる。
俺は溢れて止まらない涙を、伯に借りたハンドタオルで懸命に拭く。
……ストーリーが、あまりにも身につまされて胸が痛い。俺はこんな風に皆の前から去れるだろうか?死を悟られず、見送られることもなく、静かに逝けるだろうか?高校を卒業していたら可能かもしれない。
「春樹大丈夫か?そんなに泣いたら、涙が枯れるぞ」(悠希先輩)
「ほら、ティッシュも使え」と言って、伯がティッシュをリュックから取り出して渡してくれる。
「伯が啓太みたいだ」と言って、一俊先輩がからかうけど、俺の涙はなかなか止まらない。
俺はなんとか席を立ち、映画館の隣のカフェに移動する。アイスココアを飲んだところで、ようやく落ち着いて「ふ~っ」と長い息を吐いた。
「まあ、確かにあれは泣けるな。でも、せっかくのラストシーンで、春樹がずっと泣いてるから、ゆっくり【離れたくない】が聞けなかったぞ」
一俊先輩がアイスコーヒーの氷をつつきながら、あきれたように文句を言う。
「すみません一俊先輩、俺はエンドロールが全然見れませんでした」
「大丈夫だ春樹。俺はちゃんと見た。新堂ミカの名前と曲名と、作詞作曲ラルカンド・フォースって、間違いなく流れてた」
「ありがとうございます悠希先輩。俺はもう一度この映画を観る勇気がないので、DVDが発売されたら買って確認します」
俺は悠希先輩に、なんとか作り笑顔を向けてお礼を言う。
「春樹、本当に涙もろいな……」と、伯は心配そうにもう一度俺の顔を見る。
そこから皆で、余命宣告を受けたら何がしたいかという話になった。
話を振ったのは悠希先輩だった。
俺はたくさんの曲を残したいと答え、伯は頑張ってフェスに出場したいと答え、一俊先輩はオリコンで1位を取ると言った。悠希先輩は、これからも春樹の歌う姿を映像に残したいと言って微笑んだ。
意外とみんなの夢は小さかった。というか、実現可能な気がする。
一俊先輩と悠希先輩とは新山駅で別れて、俺と伯は本屋に予約したCDを取りに行った。
今日は伯の家にお邪魔して、伯の部屋でミカさんのCDをじっくりと聴く。
映画限定盤は、映画のシーンがDVDで流れるが、普通の方はミカさんが春夏秋冬のシーンの中で歌っていた。透き通る歌声で声量があるなんて、本当に羨まし過ぎると俺は思う。
ふと、映画のことを思い出し、俺はずっと訊きたかったことを伯に質問する。
俺の命だって、突然終わりがくるかもしれない。だから、知りたいことは訊いておかねばならない。
「なあ伯、エイブはラルカンドが死んだ後、ちゃんと騎士学校を卒業した?結婚して子供を作って幸せに暮らした?」
「えっ? は、春樹は……ど、どこまで思い出したんだ?」
伯は明らかに動揺した感じで、恐怖の混じったような顔で逆に質問してきた。
「伯、俺が、ラルカンドが死んだのは、エイブのせいでもソラタ先輩のせいでも、ガレイル王子のせいでもない。あれは戦争だったんだ。
悪いのは隣国の斥候部隊の兵士であり、ラルカンドは自分の責任を果たしただけだ。
ラルカンドは、あそこで死んだことを後悔していない。そして誰も恨んでいない。
ラルカンドが思い残したこと、それは……エイブにさようならが言えなかったこと。ガレイル王子のこと。それから……エイブとひとつになれなかったこと。最も大切な願い……どうか幸せに生きてねという想いを、伝えられなかったことだ」
「でも、やっぱり俺の独占欲と嫉妬心が、ラルカンドを死に追いやった。そ、それは紛れもない事実だ。例えラルカンドが恨んでいなくても、俺は自分が許せない。
だからエイブは今度こそ、今度は間違えないように独占せず束縛せず、ラルカンドを、春樹を大事にして、俺より先に逝かせないように守るため、生まれ変わってきたんだ。
確かに一つにはなりたい。でもそれよりも、春樹には元気で生きて、俺の側で笑っていて欲しい。
きっと、悠希先輩も、ガレイル王子も同じ気持ちだろう。
あの方は、ずっと苦しまれていたはずだ。俺よりも長く生きた王子は、きっと結婚しなかったと思う。
俺は、エイブは親に逆らえず、愛のない結婚をして、相手が妊娠したと知って戦場へ逃げた。
自分が果たすべき役割を果たしたら、家からも結婚相手からも逃げた。自由に死を選ぶため、激戦地へ志願し最前線で戦った。
ラルカンドを失ったエイブは・・・ずっと死に場所を求めていた」
目の前に居るのは伯ではなくエイブだった。
現世で生きているはずなのに、伯は前世の自分が許せなくて、きっと泣きながら目を覚ましてきたのだろう。
「泣くなよ伯。ここに居るのはエイブじゃなくて伯だ。伯は伯の生き方で俺を支えてくれればいいじゃん。そして、俺の願いを叶えてくれよ。自分で死を選ばず、笑って幸せに生きるってっさ。そうじゃないと、俺はまた生まれ変わらなきゃならない」
自分の想いを吐き出して、我慢できずに膝を抱えて泣き出した伯を、俺は優しく抱きしめる。
抱きしめながら、やっぱりエイブは幸せになれなかったんだと分かり悲しくなった。
だから、今度も同じことにならないよう、俺はしっかりと脅しておく。
笑って幸せに生きろと。
もう俺は生まれ変わりたくない。また皆より先に逝くなんて堪えられない。
俺と伯は互いの想いを吐き出したことで、これからの生き方を確認し合った。
これからもずっと、隣で笑って生きていこう……幸せになろうと。
……生きている間はねって、俺は心の中で付け足した。
5月も終わろうとしていた頃、思い掛けない事態が起こった。
新堂ミカさんの【離れたくない】が、オリコンチャートのトップ10に入ってきたのだ。
ゆうせんのリクエストもどんどん増えているらしく、事務所にはラルカンドに対する問い合わせが入り始めた。
映画の成功も相まって、まだまだCDは売上を伸ばしているそうだ。
来月末には、映画のヒットとミカさんのヒットを祝って、野上監督がパーティーを開くようで、何故か俺も招待されるらしい。
そして6月に入り【離れたくない】は、オリコン3位に入っていた。
6月3日、女優でシンガーのミユウさんから連絡(メール)がきた。
7月14日から始まる某テレビ局の夜ドラの主役に決まり、主題歌に【恋の音を聴いた朝】が決定したと。
ドラマのタイトルが【恋の音】というらしい。びっくりだ。
「今度こそ、一緒にご飯食べようね」というメッセージも添えられていた。
なんだかとんとん拍子に物事が進んでいく。
伯たちリゼットルの方も準備が整い、6月20日からアニメ【あの日の夕焼けを忘れない】の予告編が流れ始める。
7月に豪華声優陣によるトークショーも行われるようで、話題のアニメとして多方面で紹介されている。
俺には、作詞作曲の依頼が入ってくるようになった。
本当にプロになったんだと、ようやく実感が湧いてくるが、今俺はそれどころではない。
6月18・19日は、野上学園の文化祭である。
デジ部副部長の俺は、毎日午後8時まで映画制作に追われてへとへとである。
当然スクールバスの最終便には乗れないが、伯が悠希先輩のスタジオで練習しながら待ってくれているので、文化祭が終わるまで暫く電車で帰る。
妥協を許さない鬼部長の指導を乗り切り、なんとか文化祭用の映画が出来上がった。努力の甲斐があり、当日は大盛況だった。
今回の作品の中の音楽は、全て俺が担当した。
なんと今回の作品は、3年の先輩が書いた台本で、クラスメートの中に宇宙人が混じっていて、気付いたら半分の学生が宇宙人により洗脳されていくという、SFとホラーの入り混じった感じの映画だった。
ホラーなんだけど笑えるという、中川悠希ワールドが炸裂し、観客を笑いの渦に巻き込んでいた。
もちろん、俺の作った効果音や流れている音楽が、より作品を盛り上げたと自負している。
ようやく文化祭が終わった振替休日、俺は約束通り新堂ミカさんのCDと、ミユウさんのアルバムを持って、大学病院の沢木先生に会いに行った。
伯に抱き締められるだけで落ち着くし、愛されている実感が湧く。
そんなキスの余韻も残る5月3日、俺と伯と悠希先輩と一俊先輩は、4人で今日から封切りになる野上監督の映画【空の色と海の色】を観に行く。
3月の時点で映画のタイトルは【色と糸】だったが、ぎりぎりで今回のタイトルに変更になっていた。
啓太と蒼空先輩はサッカー部の遠征で、祥也先輩はアーチェリー選抜選手の合宿に出掛け留守だった。
座席は悠希先輩が予約してくれて、真ん中後方の席に4人並んで座った。
俺の左隣が悠希先輩で、右隣が伯、その隣が一俊先輩の順で座ったので「両手に花だな春樹」と一俊先輩にからかわれてしまった。
俺の作った【離れたくない】が映画の挿入歌になっているので、エンディングロールまできっちりと観る予定だ。
ゴールデンウイーク前から映画の宣伝で少しだけ曲が流れており、新堂ミカ復帰の曲ということで話題も呼んでいたようだ。なんと、映画館で限定盤のCDが発売されていて、びっくりした。
なんで知らなかったんだ?と皆に訊かれたが、俺は何も聞かされていなかった……と思う。折角なので映画限定盤を買った。普通のCDは、きちんと発売日の今日、本屋に予約を入れてある。
映画のストーリーは、春に余命宣告された主人公が、残りの人生を悔いなく生きるため、ずっと好きだった先輩に告白し、友達として付き合い始める。
始めはただの友達として付き合い始めた2人は、次第に心が通い合い、秋には恋人の関係に進展していた。
先に大学を卒業する先輩は、クリスマスに主人公の女性に誕生石の入ったブレスレットをプレゼントする。
そして仲良く初詣に行った後、主人公は自分の故郷の実家に戻る。
病院に入院した主人公は、病室から見える青い海を眺めながら、長い長い手紙を書き始める。
あなたに初めて会ったのは、サークルの勧誘で声を掛けられた時でした。という文章で始まり、最後の1枚目の冒頭に、ずっと言えなかったけど、私は大学を辞めて、ワーキングホリデーで海外に行きます。長年の夢が叶い旅立つことを言い出せなくてごめんなさい。どんなに辛いことがあっても、あなたの笑顔と素敵な思い出があれば、泣かずに頑張れそうです。
わがままな私を許さなくてもいいです。仕事頑張ってね。元気でいてください。
ありがとう。さようなら。
何度も書き直しながら、主人公の女性は涙を流す。
ふと窓の外に目を向けると、日暮れが迫った灰色の海に、ちらちらと白い雪が落ちてくる。
封筒に便箋を入れて封をして、残された1枚の便箋を、大切そうにそっと手帳の中に挟んだ。
……愛しています。愛しています。私を愛してくれて本当にありがとう。
春が来て、入社式を終えた彼氏は、上空の飛行機を見上げ「綺麗な青空だ。元気で頑張ってるか?」と呟いて、映画は終わる。
俺は溢れて止まらない涙を、伯に借りたハンドタオルで懸命に拭く。
……ストーリーが、あまりにも身につまされて胸が痛い。俺はこんな風に皆の前から去れるだろうか?死を悟られず、見送られることもなく、静かに逝けるだろうか?高校を卒業していたら可能かもしれない。
「春樹大丈夫か?そんなに泣いたら、涙が枯れるぞ」(悠希先輩)
「ほら、ティッシュも使え」と言って、伯がティッシュをリュックから取り出して渡してくれる。
「伯が啓太みたいだ」と言って、一俊先輩がからかうけど、俺の涙はなかなか止まらない。
俺はなんとか席を立ち、映画館の隣のカフェに移動する。アイスココアを飲んだところで、ようやく落ち着いて「ふ~っ」と長い息を吐いた。
「まあ、確かにあれは泣けるな。でも、せっかくのラストシーンで、春樹がずっと泣いてるから、ゆっくり【離れたくない】が聞けなかったぞ」
一俊先輩がアイスコーヒーの氷をつつきながら、あきれたように文句を言う。
「すみません一俊先輩、俺はエンドロールが全然見れませんでした」
「大丈夫だ春樹。俺はちゃんと見た。新堂ミカの名前と曲名と、作詞作曲ラルカンド・フォースって、間違いなく流れてた」
「ありがとうございます悠希先輩。俺はもう一度この映画を観る勇気がないので、DVDが発売されたら買って確認します」
俺は悠希先輩に、なんとか作り笑顔を向けてお礼を言う。
「春樹、本当に涙もろいな……」と、伯は心配そうにもう一度俺の顔を見る。
そこから皆で、余命宣告を受けたら何がしたいかという話になった。
話を振ったのは悠希先輩だった。
俺はたくさんの曲を残したいと答え、伯は頑張ってフェスに出場したいと答え、一俊先輩はオリコンで1位を取ると言った。悠希先輩は、これからも春樹の歌う姿を映像に残したいと言って微笑んだ。
意外とみんなの夢は小さかった。というか、実現可能な気がする。
一俊先輩と悠希先輩とは新山駅で別れて、俺と伯は本屋に予約したCDを取りに行った。
今日は伯の家にお邪魔して、伯の部屋でミカさんのCDをじっくりと聴く。
映画限定盤は、映画のシーンがDVDで流れるが、普通の方はミカさんが春夏秋冬のシーンの中で歌っていた。透き通る歌声で声量があるなんて、本当に羨まし過ぎると俺は思う。
ふと、映画のことを思い出し、俺はずっと訊きたかったことを伯に質問する。
俺の命だって、突然終わりがくるかもしれない。だから、知りたいことは訊いておかねばならない。
「なあ伯、エイブはラルカンドが死んだ後、ちゃんと騎士学校を卒業した?結婚して子供を作って幸せに暮らした?」
「えっ? は、春樹は……ど、どこまで思い出したんだ?」
伯は明らかに動揺した感じで、恐怖の混じったような顔で逆に質問してきた。
「伯、俺が、ラルカンドが死んだのは、エイブのせいでもソラタ先輩のせいでも、ガレイル王子のせいでもない。あれは戦争だったんだ。
悪いのは隣国の斥候部隊の兵士であり、ラルカンドは自分の責任を果たしただけだ。
ラルカンドは、あそこで死んだことを後悔していない。そして誰も恨んでいない。
ラルカンドが思い残したこと、それは……エイブにさようならが言えなかったこと。ガレイル王子のこと。それから……エイブとひとつになれなかったこと。最も大切な願い……どうか幸せに生きてねという想いを、伝えられなかったことだ」
「でも、やっぱり俺の独占欲と嫉妬心が、ラルカンドを死に追いやった。そ、それは紛れもない事実だ。例えラルカンドが恨んでいなくても、俺は自分が許せない。
だからエイブは今度こそ、今度は間違えないように独占せず束縛せず、ラルカンドを、春樹を大事にして、俺より先に逝かせないように守るため、生まれ変わってきたんだ。
確かに一つにはなりたい。でもそれよりも、春樹には元気で生きて、俺の側で笑っていて欲しい。
きっと、悠希先輩も、ガレイル王子も同じ気持ちだろう。
あの方は、ずっと苦しまれていたはずだ。俺よりも長く生きた王子は、きっと結婚しなかったと思う。
俺は、エイブは親に逆らえず、愛のない結婚をして、相手が妊娠したと知って戦場へ逃げた。
自分が果たすべき役割を果たしたら、家からも結婚相手からも逃げた。自由に死を選ぶため、激戦地へ志願し最前線で戦った。
ラルカンドを失ったエイブは・・・ずっと死に場所を求めていた」
目の前に居るのは伯ではなくエイブだった。
現世で生きているはずなのに、伯は前世の自分が許せなくて、きっと泣きながら目を覚ましてきたのだろう。
「泣くなよ伯。ここに居るのはエイブじゃなくて伯だ。伯は伯の生き方で俺を支えてくれればいいじゃん。そして、俺の願いを叶えてくれよ。自分で死を選ばず、笑って幸せに生きるってっさ。そうじゃないと、俺はまた生まれ変わらなきゃならない」
自分の想いを吐き出して、我慢できずに膝を抱えて泣き出した伯を、俺は優しく抱きしめる。
抱きしめながら、やっぱりエイブは幸せになれなかったんだと分かり悲しくなった。
だから、今度も同じことにならないよう、俺はしっかりと脅しておく。
笑って幸せに生きろと。
もう俺は生まれ変わりたくない。また皆より先に逝くなんて堪えられない。
俺と伯は互いの想いを吐き出したことで、これからの生き方を確認し合った。
これからもずっと、隣で笑って生きていこう……幸せになろうと。
……生きている間はねって、俺は心の中で付け足した。
5月も終わろうとしていた頃、思い掛けない事態が起こった。
新堂ミカさんの【離れたくない】が、オリコンチャートのトップ10に入ってきたのだ。
ゆうせんのリクエストもどんどん増えているらしく、事務所にはラルカンドに対する問い合わせが入り始めた。
映画の成功も相まって、まだまだCDは売上を伸ばしているそうだ。
来月末には、映画のヒットとミカさんのヒットを祝って、野上監督がパーティーを開くようで、何故か俺も招待されるらしい。
そして6月に入り【離れたくない】は、オリコン3位に入っていた。
6月3日、女優でシンガーのミユウさんから連絡(メール)がきた。
7月14日から始まる某テレビ局の夜ドラの主役に決まり、主題歌に【恋の音を聴いた朝】が決定したと。
ドラマのタイトルが【恋の音】というらしい。びっくりだ。
「今度こそ、一緒にご飯食べようね」というメッセージも添えられていた。
なんだかとんとん拍子に物事が進んでいく。
伯たちリゼットルの方も準備が整い、6月20日からアニメ【あの日の夕焼けを忘れない】の予告編が流れ始める。
7月に豪華声優陣によるトークショーも行われるようで、話題のアニメとして多方面で紹介されている。
俺には、作詞作曲の依頼が入ってくるようになった。
本当にプロになったんだと、ようやく実感が湧いてくるが、今俺はそれどころではない。
6月18・19日は、野上学園の文化祭である。
デジ部副部長の俺は、毎日午後8時まで映画制作に追われてへとへとである。
当然スクールバスの最終便には乗れないが、伯が悠希先輩のスタジオで練習しながら待ってくれているので、文化祭が終わるまで暫く電車で帰る。
妥協を許さない鬼部長の指導を乗り切り、なんとか文化祭用の映画が出来上がった。努力の甲斐があり、当日は大盛況だった。
今回の作品の中の音楽は、全て俺が担当した。
なんと今回の作品は、3年の先輩が書いた台本で、クラスメートの中に宇宙人が混じっていて、気付いたら半分の学生が宇宙人により洗脳されていくという、SFとホラーの入り混じった感じの映画だった。
ホラーなんだけど笑えるという、中川悠希ワールドが炸裂し、観客を笑いの渦に巻き込んでいた。
もちろん、俺の作った効果音や流れている音楽が、より作品を盛り上げたと自負している。
ようやく文化祭が終わった振替休日、俺は約束通り新堂ミカさんのCDと、ミユウさんのアルバムを持って、大学病院の沢木先生に会いに行った。
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