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35 九竜 惺 覚醒する(2)
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時計を見ると時刻は午後5時を過ぎたところで、私はまだこの少年を帰してはいけないような気がして、上の階にある自分の家に誘うことにした。
「春樹、これからの活動について話したいことがある。時間はあるか?」
「はい、大丈夫です。チェックインしてないので、ホテルに時間変更の連絡を入れます。・・・時間は、何時にすればいいですか?」
「ああ、余裕を持って20時くらいでいいだろう」
私の言葉を聞いて、春樹はスマホを操作して時間の変更をする。
先程の余裕の笑顔の意味を、私はどうしても確かめたい。まだ何かを隠しているに違いない。
今度は私が会話をリードする。
会計を済ませた私は、春樹と一緒にエレベーターに乗り、居住スペースのフロントで降りて、マンションのエレベーターに乗り替え最上階のボタンを押した。
「あれ、上にカフェでもあるんですか?」
「フッ、黙って付いて来ればいい。邪魔者は入らない場所だ」
上に住居があることを言ってなかったので、春樹は不思議そうな顔で私を見上げ、「やっぱりガレイル王子のことが気になりますか?」と、さっきと同じ薄ら笑いで聞いてきた。
身長が低いせいか上目遣いで誘われているような、何かを挑まれているような錯覚を起こす。
……なんだこいつは!前世のラルカンドとは全く性格が違う。どこかびくびくしてエイブに守られていたのに、現世のラルカンドは別人のようだ。
「ガレイル王子のことを知っているのか? いや、会ったのか?」
私は自分の動揺を悟られないよう、感情のこもらない声で平静を装って訊く。
「どうでしょう……私の問いに答えてくれたら、出せる情報があるかも知れません」
……こいつ! 私と取引をしようとでも言うのか? 自分の売込み……いや、目的はなんだ?
エレベーターのドアが開くと、はやる気持ちを抑えてゆっくりと歩き、自室の前で顔認証とカードキー使ってドアを開けた。
私は自分の家に他人を入れるのが嫌いで、事務所の人間も連れて来たことはない。家族でさえこの空間に招いたことはない。なのに、どうしてなのか、自分の感情が抑えられない。
ガレイル王子に会いたいという想いが強くなり過ぎて、こんな少年相手に行動が自制できないとは、私も……かなり前世に振り回されているようだ。
玄関で靴を脱いで廊下を歩き始めたところで、私は我慢できなくなった。
「ガレイル王子は、お前の側に、もしかして側に現れたのか?」
私は春樹の右腕を取り、そのまま壁に押し付けると、体を密着させて問い質す。
もう余裕がないとか言っていられない。
冷静沈着、冷酷な男、感情の読めない男と言われてきたこの私が、こうも感情をさらけ出すなんて、自分でも信じられない。私を知っている者がこの場にいたら、絶対に驚くだろう。
「九竜副社長、い、痛いです。離してください」
ガレイル王子が愛しても愛しても手に入れることが出来なかった男が、今、私の目の前にいる。あの頃と変わらない、脅えた瞳で私を見ている。
悔しいとか腹立たしいとか、いろんな感情が一気に噴き出してきて、気付いたら春樹の唇を無理矢理奪っていた。
驚いて抵抗するする春樹を左腕で抱き寄せ、右手で顎を固定し強引に口を開いて舌を入れる。
……こいつを汚してやりたい! 王子に愛され、エイブに大事に守られていたこいつを、私が生涯得られなかったものを与えられていたこの男を、王子に会う前に汚してやる!
「どうしてお前なんだ!」と、思わず口から言葉がこぼれる。
春樹が抵抗して私の腕から逃れようとすればするほど、私の体は熱くなっていく。
現世の私は女を抱けない。女を好きだと思ったこともない。
かといって、抱いても抱かれても、心から好きになった男もいない。
これほど興奮して高ぶったこともない。
「うっ……離し……止めろ!」と抵抗する春樹の腕を掴んで、抱きかかえるように引き摺りながらリビングに移動し、寝室のドアを乱暴に開け、春樹をベッドに放り投げた。
再びキスをしようと春樹の体に体重をかけたその時、「俺を抱いたら、ガレイル王子は貴方を許さない!」と、春樹は私を睨みながら言った。
その瞬間、私の中の熱は、氷水を掛けられたかのように一気に冷めた。
冷めただけではなく、恐怖の感情に体が震えるような気さえする。
……王子が私を許さない・・・また同じ過ちを犯すところだった。王子の絶望に付け込んで抱かれた私は、王子を一生後悔させた。今度こそ、私は王子を幸せにすると誓ったのに……なんということを! 王子の望みは、ラルカンドを守り必要とされることだったじゃないか!
春樹の上からの体を離し、私はゆっくりとベッドから降りる。
そして冷静になった頭で、春樹に手を差し出し「すまない」とわびた。
春樹は私の手は取らず、自分で体を起こすと「は~っ」と深く息を吐きだした。
春樹はフラフラと歩いてリビングのソファーに座ると「お水……お水をください」と頭を抱えながら言った。
私は直ぐに浄水器から水を出しグラスに注ぐと、春樹の前に差し出し、もう一度「すまなかった」と謝罪した。
ここに居るのは前世のラルカンドの記憶を持っていても、四ノ宮春樹という別の人間だ。ここまで余裕がなくなるとは……
冷静に考えると、私は自分の事務所のタレントに、手を出そうとしたのだ。なんということを。
春樹と同じソファーの端に座り、私は両手で自分の頭を抱えた。
「教えてくださいソラタ先輩。ラルカンドが死んだ後、貴方は王子を守りきりましたか? 王子が現世に転生していたら、それはきっと、叶わぬ想いを抱いたまま、後悔して逝ったからですよ。今の貴方に、ガレイル王子を守れますか?」
春樹は真剣な顔で、私の瞳を真っ直ぐ見て問い質してくる。
たった今、王子の好きだったラルカンドを抱こうとした私に、何が言えるだろうか……言える資格があるのだろうか?
「今度こそ、今度こそ私は、あの方を……ガレイル王子を幸せにしたかった。欲張らず、王子の幸せだけを考えて生き直すと……そう決心した……はずだった」
一回りも年の違う高校生に、私は包み隠さず本音を口にした。
何故だろう?どうして春樹の前では、私はこうも自分を偽れないのだろう。
「僕が、ラルカンドが死んだ後、王子はどうなりましたか? 悲しみましたか? 元気に過ごせましたか? 自分のせいだと自分を責めて苦しみませんでしたか?
教えてください。嘘偽りない真実を。
前世のラルカンドは、ガレイル王子を好きだった。だけど、その想いを伝えられなかった。そして、優柔不断な態度でエイブを苦しめた。
僕たちは、最後まで結ばれることはなかったんです。ラルカンドは、エイブを愛しながら抱かれることを躊躇した」
「はっ? 抱かれてない・・・?
王子は死ぬまで君を、ラルカンドだけを想っていた。
ラルカンドが死んだ後、王子は自分が生き残ったことが許せないと苦しまれた。食事もとらず、絶望のあまり半狂乱になった」
信じられない告白に、私は思わず目を見開いた。ラルカンドも王子に好意を抱いていることは薄々分かっていたが、まさかエイブに抱かれていなかったとは驚きだ。
「それで、ソラタ先輩はどうしたんです? どうやって王子を守ったんです?」
「守った?……あれは……守ったのか……? いや、そうじゃない。私は、王子が狂いそうになるのを利用して、自分の想いを遂げた卑怯者だ」
自分で自分の行いを卑怯者だと言ったことで、何かがストンと心に落ちてきた。そして意図せず涙が零れる。
前世のソラタはずっと苦しかった。卑怯な自分が許せなかった。でも、それを認めたくなかった。
だが認めてしまえば、こうして誰かの前で懺悔してしまうと、大きな重しが取れたように心が軽くなっていく。例えそれが、一番知られたくない相手であるラルカンドだったとしても。
……そうだ。私は卑怯者だ。王子の愛する人を死に追いやり、王子の愛を欲しがった卑怯者なんだ。
「それでも、王子は生きてくれた。貴方が自分を差し出したから、王子は狂わなかった」
「そんな綺麗ごとじゃない! 王子は死ぬまで……私との行為を後悔されていた。ラルカンドを殺した私の手を取ったご自分を、ずっと責め続けられたんだ。私の……私の罪は重い。決して……守った訳ではない」
どうして私は泣きながら、ライバルであり憎んでいた相手に、こんなことを言っているのだろう? もう訳が分からない。でも、止めることができない。
「ソラタ先輩、先輩も王子も間違っていますよ。確かにラルカンドは王子の護衛から外された。
それは王子に僕を近付けたくないエイブと先輩が考えたことでしたが、そもそも、僕が死んだのは隣国の斥候部隊に攻撃されたからでしょう?
戦争なんですから、自分が任された隊で最大限の働きをするのは当然のことです。王子を守る役に立てたんですから、僕はあそこで死んだことに関しては、何も後悔してません。
むしろ、まるで殺したかのように思われていることの方が心外です。
そうでしたか、やっぱり。
それで現世のエイブは俺を束縛するのを怖がり、ガレイル王子は、僕をエイブに譲ったんですね」
「ん? 今のはどういう意味だ?」
私は目を細めて、今の言葉の真意を探ろうと質問する。
「ねえ九竜副社長、もしも現世にガレイル王子が居て、やっぱりラルカンドである俺のことを愛してくれて、俺もその気持ちに応えて王子を愛したとします。
現世の俺は欲張りなので、エイブも王子も両方を愛して、王子が望むように俺はできるだけ王子を必要とします。
エイブとは恋人として付き合うので、王子には申し訳ないけど、心だけ捧げることにします。
王子の望みが、自分を必要として欲しい、自分の側で元気で笑っていて欲しいというものであったとして……俺が、俺がまた突然いなくなったら、その時は九竜副社長、貴方は王子を守れますか?
現世の貴方は、俺の大事な、大事な先輩を任せられる男ですか?」
「それはどういう意味だ? 王子は、ガレイル王子は既に君の側にいるのか? 突然いなくなるとはどういうことだ?」
私は鼓動が激しくなり、思わずシャツの胸の辺りをギュッと掴む。そして立ち上がり春樹の前に立つ。
「訊いているのは俺です。俺の質問にきちんと答えてください。貴方の回答によって、必要な情報を提供しましょう。でも、回答が失格だったら、俺は掴んだ仕事を放棄してでも、貴方に先輩を会わせることはないでしょう」
春樹は私の顔を睨むように見ながら、回答しろと迫る。
おそらく王子は春樹の側に居る。今の話は現状を言っているに違いない。
俺の大事な先輩という言葉が、頭の中で何度もループする。
だが、今重要なのはそこではない。私は春樹の問いに正しく答える必要があるのだ。
「春樹、これからの活動について話したいことがある。時間はあるか?」
「はい、大丈夫です。チェックインしてないので、ホテルに時間変更の連絡を入れます。・・・時間は、何時にすればいいですか?」
「ああ、余裕を持って20時くらいでいいだろう」
私の言葉を聞いて、春樹はスマホを操作して時間の変更をする。
先程の余裕の笑顔の意味を、私はどうしても確かめたい。まだ何かを隠しているに違いない。
今度は私が会話をリードする。
会計を済ませた私は、春樹と一緒にエレベーターに乗り、居住スペースのフロントで降りて、マンションのエレベーターに乗り替え最上階のボタンを押した。
「あれ、上にカフェでもあるんですか?」
「フッ、黙って付いて来ればいい。邪魔者は入らない場所だ」
上に住居があることを言ってなかったので、春樹は不思議そうな顔で私を見上げ、「やっぱりガレイル王子のことが気になりますか?」と、さっきと同じ薄ら笑いで聞いてきた。
身長が低いせいか上目遣いで誘われているような、何かを挑まれているような錯覚を起こす。
……なんだこいつは!前世のラルカンドとは全く性格が違う。どこかびくびくしてエイブに守られていたのに、現世のラルカンドは別人のようだ。
「ガレイル王子のことを知っているのか? いや、会ったのか?」
私は自分の動揺を悟られないよう、感情のこもらない声で平静を装って訊く。
「どうでしょう……私の問いに答えてくれたら、出せる情報があるかも知れません」
……こいつ! 私と取引をしようとでも言うのか? 自分の売込み……いや、目的はなんだ?
エレベーターのドアが開くと、はやる気持ちを抑えてゆっくりと歩き、自室の前で顔認証とカードキー使ってドアを開けた。
私は自分の家に他人を入れるのが嫌いで、事務所の人間も連れて来たことはない。家族でさえこの空間に招いたことはない。なのに、どうしてなのか、自分の感情が抑えられない。
ガレイル王子に会いたいという想いが強くなり過ぎて、こんな少年相手に行動が自制できないとは、私も……かなり前世に振り回されているようだ。
玄関で靴を脱いで廊下を歩き始めたところで、私は我慢できなくなった。
「ガレイル王子は、お前の側に、もしかして側に現れたのか?」
私は春樹の右腕を取り、そのまま壁に押し付けると、体を密着させて問い質す。
もう余裕がないとか言っていられない。
冷静沈着、冷酷な男、感情の読めない男と言われてきたこの私が、こうも感情をさらけ出すなんて、自分でも信じられない。私を知っている者がこの場にいたら、絶対に驚くだろう。
「九竜副社長、い、痛いです。離してください」
ガレイル王子が愛しても愛しても手に入れることが出来なかった男が、今、私の目の前にいる。あの頃と変わらない、脅えた瞳で私を見ている。
悔しいとか腹立たしいとか、いろんな感情が一気に噴き出してきて、気付いたら春樹の唇を無理矢理奪っていた。
驚いて抵抗するする春樹を左腕で抱き寄せ、右手で顎を固定し強引に口を開いて舌を入れる。
……こいつを汚してやりたい! 王子に愛され、エイブに大事に守られていたこいつを、私が生涯得られなかったものを与えられていたこの男を、王子に会う前に汚してやる!
「どうしてお前なんだ!」と、思わず口から言葉がこぼれる。
春樹が抵抗して私の腕から逃れようとすればするほど、私の体は熱くなっていく。
現世の私は女を抱けない。女を好きだと思ったこともない。
かといって、抱いても抱かれても、心から好きになった男もいない。
これほど興奮して高ぶったこともない。
「うっ……離し……止めろ!」と抵抗する春樹の腕を掴んで、抱きかかえるように引き摺りながらリビングに移動し、寝室のドアを乱暴に開け、春樹をベッドに放り投げた。
再びキスをしようと春樹の体に体重をかけたその時、「俺を抱いたら、ガレイル王子は貴方を許さない!」と、春樹は私を睨みながら言った。
その瞬間、私の中の熱は、氷水を掛けられたかのように一気に冷めた。
冷めただけではなく、恐怖の感情に体が震えるような気さえする。
……王子が私を許さない・・・また同じ過ちを犯すところだった。王子の絶望に付け込んで抱かれた私は、王子を一生後悔させた。今度こそ、私は王子を幸せにすると誓ったのに……なんということを! 王子の望みは、ラルカンドを守り必要とされることだったじゃないか!
春樹の上からの体を離し、私はゆっくりとベッドから降りる。
そして冷静になった頭で、春樹に手を差し出し「すまない」とわびた。
春樹は私の手は取らず、自分で体を起こすと「は~っ」と深く息を吐きだした。
春樹はフラフラと歩いてリビングのソファーに座ると「お水……お水をください」と頭を抱えながら言った。
私は直ぐに浄水器から水を出しグラスに注ぐと、春樹の前に差し出し、もう一度「すまなかった」と謝罪した。
ここに居るのは前世のラルカンドの記憶を持っていても、四ノ宮春樹という別の人間だ。ここまで余裕がなくなるとは……
冷静に考えると、私は自分の事務所のタレントに、手を出そうとしたのだ。なんということを。
春樹と同じソファーの端に座り、私は両手で自分の頭を抱えた。
「教えてくださいソラタ先輩。ラルカンドが死んだ後、貴方は王子を守りきりましたか? 王子が現世に転生していたら、それはきっと、叶わぬ想いを抱いたまま、後悔して逝ったからですよ。今の貴方に、ガレイル王子を守れますか?」
春樹は真剣な顔で、私の瞳を真っ直ぐ見て問い質してくる。
たった今、王子の好きだったラルカンドを抱こうとした私に、何が言えるだろうか……言える資格があるのだろうか?
「今度こそ、今度こそ私は、あの方を……ガレイル王子を幸せにしたかった。欲張らず、王子の幸せだけを考えて生き直すと……そう決心した……はずだった」
一回りも年の違う高校生に、私は包み隠さず本音を口にした。
何故だろう?どうして春樹の前では、私はこうも自分を偽れないのだろう。
「僕が、ラルカンドが死んだ後、王子はどうなりましたか? 悲しみましたか? 元気に過ごせましたか? 自分のせいだと自分を責めて苦しみませんでしたか?
教えてください。嘘偽りない真実を。
前世のラルカンドは、ガレイル王子を好きだった。だけど、その想いを伝えられなかった。そして、優柔不断な態度でエイブを苦しめた。
僕たちは、最後まで結ばれることはなかったんです。ラルカンドは、エイブを愛しながら抱かれることを躊躇した」
「はっ? 抱かれてない・・・?
王子は死ぬまで君を、ラルカンドだけを想っていた。
ラルカンドが死んだ後、王子は自分が生き残ったことが許せないと苦しまれた。食事もとらず、絶望のあまり半狂乱になった」
信じられない告白に、私は思わず目を見開いた。ラルカンドも王子に好意を抱いていることは薄々分かっていたが、まさかエイブに抱かれていなかったとは驚きだ。
「それで、ソラタ先輩はどうしたんです? どうやって王子を守ったんです?」
「守った?……あれは……守ったのか……? いや、そうじゃない。私は、王子が狂いそうになるのを利用して、自分の想いを遂げた卑怯者だ」
自分で自分の行いを卑怯者だと言ったことで、何かがストンと心に落ちてきた。そして意図せず涙が零れる。
前世のソラタはずっと苦しかった。卑怯な自分が許せなかった。でも、それを認めたくなかった。
だが認めてしまえば、こうして誰かの前で懺悔してしまうと、大きな重しが取れたように心が軽くなっていく。例えそれが、一番知られたくない相手であるラルカンドだったとしても。
……そうだ。私は卑怯者だ。王子の愛する人を死に追いやり、王子の愛を欲しがった卑怯者なんだ。
「それでも、王子は生きてくれた。貴方が自分を差し出したから、王子は狂わなかった」
「そんな綺麗ごとじゃない! 王子は死ぬまで……私との行為を後悔されていた。ラルカンドを殺した私の手を取ったご自分を、ずっと責め続けられたんだ。私の……私の罪は重い。決して……守った訳ではない」
どうして私は泣きながら、ライバルであり憎んでいた相手に、こんなことを言っているのだろう? もう訳が分からない。でも、止めることができない。
「ソラタ先輩、先輩も王子も間違っていますよ。確かにラルカンドは王子の護衛から外された。
それは王子に僕を近付けたくないエイブと先輩が考えたことでしたが、そもそも、僕が死んだのは隣国の斥候部隊に攻撃されたからでしょう?
戦争なんですから、自分が任された隊で最大限の働きをするのは当然のことです。王子を守る役に立てたんですから、僕はあそこで死んだことに関しては、何も後悔してません。
むしろ、まるで殺したかのように思われていることの方が心外です。
そうでしたか、やっぱり。
それで現世のエイブは俺を束縛するのを怖がり、ガレイル王子は、僕をエイブに譲ったんですね」
「ん? 今のはどういう意味だ?」
私は目を細めて、今の言葉の真意を探ろうと質問する。
「ねえ九竜副社長、もしも現世にガレイル王子が居て、やっぱりラルカンドである俺のことを愛してくれて、俺もその気持ちに応えて王子を愛したとします。
現世の俺は欲張りなので、エイブも王子も両方を愛して、王子が望むように俺はできるだけ王子を必要とします。
エイブとは恋人として付き合うので、王子には申し訳ないけど、心だけ捧げることにします。
王子の望みが、自分を必要として欲しい、自分の側で元気で笑っていて欲しいというものであったとして……俺が、俺がまた突然いなくなったら、その時は九竜副社長、貴方は王子を守れますか?
現世の貴方は、俺の大事な、大事な先輩を任せられる男ですか?」
「それはどういう意味だ? 王子は、ガレイル王子は既に君の側にいるのか? 突然いなくなるとはどういうことだ?」
私は鼓動が激しくなり、思わずシャツの胸の辺りをギュッと掴む。そして立ち上がり春樹の前に立つ。
「訊いているのは俺です。俺の質問にきちんと答えてください。貴方の回答によって、必要な情報を提供しましょう。でも、回答が失格だったら、俺は掴んだ仕事を放棄してでも、貴方に先輩を会わせることはないでしょう」
春樹は私の顔を睨むように見ながら、回答しろと迫る。
おそらく王子は春樹の側に居る。今の話は現状を言っているに違いない。
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