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32 プロ契約

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 困惑する蒼空先輩、一俊先輩、祥也先輩に、啓太は俺たちの前世について話し始めた。

「それじゃあ、春樹の前世がラルカンドで、悠希がガレイル王子で1つ年上、そして伯がエイブという同じ騎士学校の同級生……ってことでいいんだな啓太?」
「蒼空先輩、詳しいことは当人たちから聴いてください。俺は、春樹から聞いた範囲でしか知りませんから」

啓太はそう言いながら、視線を悠希先輩に向けた。

「俺は第3王子という立場で騎士学校に居た。そして、新入生のラルカンドを気に入り可愛がっていた。
 ラルカンドは、男好きする容姿のせいで、自分より身分の高い上級生から無理矢理迫られていた。その様子を心配したガレイル王子は、できるだけ守ろうとしたが、結局、その男どもから守ったのはエイブだった。
 エイブに守られ始めたラルカンドを、ガレイル王子は好きだと気付いて、ラルカンドに打ち明けたが、ラルカンドに断られた。それでも諦められず、ガレイル王子は愛して欲しいと願い、ラルカンドを想い続けた。
 ガレイル王子は、・・・ラルカンドに必要とされたかったんだ。
 だから現世の俺は、同じ失敗をしないように、春樹に必要とされる存在になろうと努力している」

悠希先輩は、自分の前世であるガレイル王子について、簡単に説明した。

「俺は、エイブは、始めからラルカンドを好きな訳ではなかったが、途中から好きになり付き合い始めた。
 ラルカンドを傷付けようとする奴等を剣で捩じ伏せ、近付く者は王子であろうと許さなかった。ラルカンドの気持ちよりも、独占欲や嫉妬心に支配され、エイブはとことんラルカンドを束縛した。
 そして、ラルカンドを孤立させ不幸にした。
 だから現世の俺は、春樹を束縛してはいけない・・・俺だけでは守れないし、春樹を苦しめたくない。エイブは、いつもラルカンドを泣かせていた・・・
 でも俺は、春樹が好きだという思いに抗えない。束縛できなくても、どうしても付き合いたいんだ」

伯は辛そうに顔を歪めると、泣きそうな顔をして下を向いた後、俺の瞳を真っ直ぐ見て、すがるように付き合いたいと懇願する。

「俺たちは、どうして生まれ変わって、いや、どうして前世の記憶に苦しまなくちゃいけないんだろうって、初めて夢を見た日から考えていた。
 きっと何か意味があるんだろうと思いながらも、本当にガレイル王子やエイブに逢えるとは思っていなかった。でも、はっきりと覚醒した今なら分かる。
 伯と会う度に涙が零れたのも、ラルカンドがエイブに会いたかったからだ。会いたくて会いたくて、やっと巡り会えて流した嬉し涙だったんだ。
 その夜に見た夢で、ずっと分からなかった恋人の名前がエイブだと知った。

 悠希先輩のスタジオに初めて行った時、先輩の発した言葉がガレイル王子の言葉に重なり、俺は眩暈を起こし倒れた。そして、やっぱりその夜、ガレイル王子が夢に出てきた。
 前世の俺は、エイブが好きで、でも、ずっとガレイル王子のことを気にしていた。
 何が心残りで、何を叶えたくて現世で出会ったのか、……どうすることが正しいのかは分からない。
 でも、もう後悔したくない。だから、ずるいと分かっていて、俺は2人を好きだという想いを偽らないことにした」

 言い終わった俺は、いつの間にか零れた涙を手で拭きながら、信じられないかも知れないけど、毎朝泣きながら寝覚める俺たちは、現世でも苦しんでいると付け加えた。
 俺たち3人が話したのは客観的に見た前世の自分であって、本当の思いとか激しさとか時代背景などは語っていない。
 夢を見始めた頃は、夢の中の主人公の、愚かさ、自分勝手さ、未熟さ、弱さなど、未完成な若さ故の過ちを、嫌というほど冷静に観てしまった。そして後から、それが己の前世であると気付き覚醒した時、タイムラグがある分、愕然とし、反省し、失望し、恐怖を覚えた。・・・そんなことは、第三者に語っても仕方ない。

「にわかには信じ難いが、春樹が伯を見て涙を流していたのは覚えてる。伯が前世がどうこうと言っていた記憶もあるし、ラルカンドに執着していたのも事実だ」

蒼空先輩がこれまでのことを思い出しながら、少し納得したような感じで頷く。

「まあ、悠希の春樹に対する過保護振りは、金銭的にも物質的にも、常識の範囲を越えていると思っていたが、前世が王子で、現世も金に困ってないところを考えると、妙に納得するものはあるな」

一俊先輩が、やっぱりあのスタジオは春樹のためか……と言いながら、伯に同情めいた視線を向ける。

「まあ、伯の不安は理解できる。悠希は学校も同じだし、部活も同じだ。でも、実際にどうなんだ春樹? お前は同時に2人と付き合うのか?」

「いいえ祥也先輩。付き合うのは伯だけです。悠希先輩を苦しめると分かっていますが、伯が束縛しなければ、悠希先輩にはこれからも俺のサポートをお願いします。結局、伯も苦しむことになると思います。俺も、いろんな感情に押し潰されそうになると思うけど、俺たちは……もう止まることができない運命です」

俺の話を真剣な顔で聞いている悠希先輩と伯は、俺に同意するように何度か頷く。

「そんなに難しく考えなくていいよ。前世の俺は、ラルカンドと一緒に居ることさえできず、何もしてやれなかった。それを思えば、今は幸せなんだ」
「悠希って、もしかしてM気質?」
「言うなあ蒼空、そうかもな。春樹と伯が仲良くしてても、春樹が元気で笑っていればいいと心から思う。でも、伯と別れたら、俺はその日に春樹を抱くけど」

どこか挑むような視線を伯に向け、悠希先輩はニヤリと笑う。

 ……悠希先輩、皆の前で、抱くとか言うのは止めてください。俺たち男同士なんですよ! 皆が引きますから。

「そんな日はこないと思いますが……悠希先輩、本当にいいんですね?」
「ああ、春樹の気持ちは、きっと変わらない」

互いに火花を散らしながら微笑んでいる2人に、俺はどういうリアクションをとっていいのか分からない。
 確かに、悠希先輩を想う気持ちは変わらないという自信はある。
 問題は、俺を睨んでいる啓太だ。怖すぎる!

「春樹……本当にいいんだな? 伯、春樹を泣かしたら、悠希先輩より先に俺が殴る。それから、お前ら芸能活動する自覚が足りないぞ! 特に伯! ラルカンドのスキャンダルになるような行動は慎め! 春樹も流されるな。付き合っていると、絶対に悟られるな」

啓太が俺と伯を……いや、特に伯を睨みながら、脅しをかけてくる。

「そうだな、プロデビューが決まったんだから、くれぐれも自重しろよ、伯」

蒼空先輩が伯の肩をパシンと叩いて、自重しろと注意するけど、俺と付き合うことになった伯を、応援するように笑いながらの注意だった。

「あっ! やばい。早く帰って親に説明しなきゃ。11日って直ぐじゃん!」

急に我に返った感じで祥也先輩が叫んだ。確かにのんびりしている時間はない。
 いろいろあったプロデビュー祝賀会?だったけど、急遽解散してこれからの準備をすることになった。



 2月11日、蒼空先輩は薬局経営者であり音楽家の父親と、伯は専業主婦の母親と、一俊先輩は公務員の父親と、祥也先輩は両親共に仕事だったので1人で契約に向かった。
 今後の活動の説明を受け、忙しくなる時期、収入に関する取り決め等を確認し、契約書や同意書にサインした。
 ちなみに、蒼空先輩には編曲者として印税が入ることになった。

 バンドの名前は、伯の前世の名前から【リゼットン】か【リゼットル】と付けられる予定である。
 契約の時には九竜副社長は同席しておらず、社長が対応したらしい。
 九竜副社長がバンドの名前を知ったら、どんな顔をするのだろうかと想像し、次に会うのがちょっと楽しみになった。


 月末には学年末試験があり、付き合い始めたとはいえ、俺と伯は相変わらずラインのやり取りしかできていなかったが、俺から送信するラインの写真は、川や山などの景色の写真が増えた。
 声を聞くと会いたくなって辛いから、2人で会うのは春休みまで我慢しようと決めた。
 でも、毎週のように悠希先輩のスタジオに集合し、伯たちのバンドは練習する。俺は新しい曲を作っていく。
 何故か監視役のように啓太もやって来て、休日は一緒に電車で帰った。完全にバス通にしたので、休日に乗る電車はなんだか新鮮だった。


 3月に入って、俺は家族にこれ迄の決定事項を夕飯の時に伝えることにした。
 【離れたくない】の楽曲提供のシンガーが、新堂ミカさんであることは言っていたが、映画の主題歌になることは言ってなかった。
 折角だから、姉貴の合格祝いの席で発表しようと、ずっと待っていたのだ。

「それでは、光希みきの大学合格を祝して乾杯!」と、父さんが嬉しそうにシャンパングラスを掲げた。
 母さんも姉貴も兄貴も、もちろん俺も笑顔で、みんなとグラスを合わせる。うちの家族、全員酒には弱いのでノンアルコールだ。泡が出てるから雰囲気でOKである。
 両親から御守りとして誕生石のネックレス、兄貴は旅行券5万円をお祝いとして姉貴にプレゼントしていく。

「姉ちゃん、俺からはこれね。プレミアものだから大事にしてよ。換金禁止だから」
「えぇ?……プレゼントはマンガ本なの?……しかも新品じゃないよね?どういうこと?」

みんなで回し読みし、ちょっとくたびれた感じの【あの日の夕焼けを忘れない】7巻を見て、姉貴は不服そうな視線を俺に向けて文句を言う。

「そのマンガ、7月からアニメになるって知ってた?」
「当たり前じゃん! 私を誰だと思っているの? 創英テレビでしょう?」
「そうそう。まあ、背表紙の裏を見てよ。3巻までサインが入ってるから」

俺の言葉を受けて、姉貴は1巻の背表紙を捲る。そこには俺のサインがしてある。
 作詞・作曲 ラルカンド・フォース と。サインを考えるのが大変だった。
 そして、2巻の背表紙を捲ると、【リゼットル】のバンド名のサインが、3巻目には、俺と伯たちのバンド全員のサインと、【絡んだ糸】と曲名が書いてあった。

「はあ? どういうこと? この【リゼットル】て何?」
「分かんない? 主題歌である【絡んだ糸】を歌うバンドの名前だけど」
「えっ?・・・ええぇ~っ! そ、それじゃあ、春樹の曲が主題歌になるの? ア、アニソン? うっそ~! 信じらんない。でかした弟よ! なんて素敵なプレゼントなの! それで、この【リゼットル】ってバンドの皆さんは、し、知り合いなの?」

ガバッと抱きついてきた姉貴は、既にテンションMAXである。ちょっと怖いくらいに、ギラギラした瞳で俺に質問してくる。
 先日スタジオで練習していた時の動画を、特別に姉貴に見せてやる。
 俺が撮ったので、どうしても伯の登場回数が多いのは不可抗力である。
 全員私服で、お洒落に決めている。それなりに格好いいと思う。九竜副社長も、バンドの実力よりもルックスが気に入っていた雰囲気だったし、蒼空先輩は中性的な魅力があり、一俊先輩は知的でクールビューティな雰囲気、祥也先輩は一見チャラそうだけどカッコいい。伯は真面目な優等生風である。それぞれ個性的でイケメンだ。

 俺のスマホを覗き込んでキャーキャー騒いでいる姉貴が、動画を自分のスマホに転送してくれと頼んできたが、このバンドも受験が終わるまでシークレット活動だからと説明し、なんとか許してもらった。
 この日俺は、姉貴の自慢の弟という地位を獲得した。

 感動冷めやらぬところで、俺の作った【離れたくない】が、野上監督の映画【色と糸】の主題歌になることも発表し、父さんと母さんがビックリして固まった。
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