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31 伯の決心
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翌日、折角なので俺は創英テレビを見学しに行った。
初めてのテレビ局、姉貴の好きなアニメのグッズを買い込み、啓太たちにもお土産を買って、土曜の夕方家に帰り着いた。
今夜は悠希先輩、啓太も一緒に蒼空先輩の家に集合することになっている。
俺はお土産とコミック7巻を携えて、午後6時に蒼空先輩の家に到着した。
「蒼空先輩、今日の試合どうでした?」
「残念ながら1ー2で負けた。またベスト8止まりだ。ぎりぎりシードを守ったが、5月のインハイ予選までにもっと鍛え直さなきゃな」
洗い立ての髪を拭きながら出迎えてくれた蒼空先輩は、悔しそうに言いながら、手に持っていたお土産の袋を俺から奪って、地下室まで先導してくれる。
地下のスタジオには、既に一俊先輩と祥也先輩と伯が到着していて、試合のあった啓太と部活のあった悠希先輩はまだ来てなかった。
1週間前の夜から、伯とはラインもしていなかったが、目が合った途端、伯は俺から視線を逸らした。
ズキリと胸が痛くなるが、今夜は伯とのことは置いといて、バンドのこれからについて話し合わなくちゃいけない。
土産の入った紙袋から、テレビ局で買ったファイルと饅頭とクッキーを取り出し、祥也先輩が饅頭の箱を開封しに掛かる。一俊先輩は俺のリュックから、【あの日の夕焼けを忘れない】のコミックを取り出し、「凝った演出だな」と笑いながら、早速1巻から読み始める。
何で信じてくれないんだ?って首を捻りながら、原作が載っているネット小説のアプリを開いて、蒼空先輩と伯に絶対に読んでおいてねと頼む。当然だが、俺は原作の小説を明日買いに行く予定だ。
原作を読んで作った曲じゃないから、本当に【絡んだ糸】が合うのかという不安はある。コミックを読んだ感じでは、合っているような気もするが、この作品のファンはどう思うのだろうか。
そうこうしていると、来る途中で悠希先輩を駅に迎えに行った啓太が、悠希先輩を連れてやって来た。
俺としてはお祝いムードで豪華な夕食!って思ったんだけど、買い出し担当の啓太が買ってきたのは、フライドチキンとハンバーガーだった。チキンが付いているだけ、いつもより豪華な気はする。
全員が揃ったところで、俺は今回の契約のことを皆に報告する。
「映画の主題歌か……なんか凄いことになってないか?」(一俊先輩)
「全員で映画を観に行こう!」(蒼空先輩)
「シンガーが 新堂ミカ ってところが良いじゃん」(祥也先輩)
「スクリーンからラルカンドの曲が流れたら、俺は泣く自信がある」(啓太)
「野上監督の作品次第だけど、間違いなくラブストーリーだな」(悠希先輩)
「なんか春樹が遠く感じる……」(伯)
「なんで? 別にプロとして活動しても、生活は変わらないじゃん。伯たちだって、8月にはCD発売予定だぞ。7月からオンエアーだけど、6月から宣伝用のPVが流れる。今回は4人の顔出しは無しだから、発売するCDの表紙もアニメになると思う」
全然信じていない6人に、俺はこれからの予定をざっと告げて、現実を見るように仕向ける。これだけ言えば信じるだろう。
「はい、これ制作部長の名刺。それから九竜副社長が、11日に契約したいから家族と一緒に来れるか聞いてくれって。急だけど月末だと期末試験が始まるし、3月じゃ遅いらしい。事務所から火曜には書類が届くはずだけど、もう日にちもない」
「ええぇ~っ!!本当の話だったのか?」
仲良くハモりながら全員が驚きの声をあげた。
……遅いよ! ずっと言ってるじゃん!
「ああ、それからバンド名を変えて欲しいって。似た感じのバンドがあるらしい」
「それは問題ない。名前は適当に付けたから」(一俊先輩)
「ちょっと待て! デビュー? 部活は続けられるのか?」(蒼空先輩)
「おいおい、全く覚悟ができてなかったのか?」(悠希先輩)
「いや、そういう訳じゃないけど、あの演奏で選ばれるとは思わなかった」
リーダーである一俊先輩が、喜んでいいのかどうか分からないという微妙な顔をして、申し訳なさそうに悠希先輩に答える。
「ここはひとまず乾杯だろう。俺は腹が減った。これからのことは食べてから考えよう。乾杯の音頭はチャンスをくれた悠希先輩でお願いします」
チキンのいい匂いに堪えられなくなった啓太が、戸惑っている皆を黙らせ、用意してあったコーラを大きめのプラカップに注ぎ始める。
「それでは、ご指名を頂きましたので、乾杯の音頭をとらせていただきます。春樹の楽曲提供契約と、空色パラダイスのプロデビュー決定を祝して乾杯!」
「乾杯!」
悠希先輩の乾杯の音頭でコーラを一口飲むと、食欲の方が勝りガツガツと全員がチキンとハンバーガーを食べていく。蒼空先輩が啓太のポテトを横から摘まみ、啓太がガウガウと吠えたりして、だんだん和やかな雰囲気に落ち着く。
空腹が収まったところで、今度はアニメの話と今後の話に移行していく。
「俺は【あの日の夕焼けを忘れない】の原作小説も読んでるし、コミカライズされたものもネットで読んでいる。きっとアニメはコミックの3巻か4巻くらいまでだと思うから、春樹の【絡んだ糸】は、話の内容に合っていると思う。
正直俺は、この作品のファンなんで、主題歌が歌えて嬉しいよ。
部活も大事だけど、アーチェリーで飯が食える訳ではない。大学に行ってもアーチェリーは遣りたいとは思うが、今はこのチャンスを大事にしたい。
優先順位をつけるなら、プロデビューが一番だ」
最後のポテトを食べ終わった祥也先輩が、原作を読んでいたと衝撃?の告白をし、さっきまで部活をどうしようと狼狽えていたけど、満腹になったところで部活よりプロデビューを優先させるという前向きな発言をする。
祥也先輩の話を聞いて、一俊先輩も同意するように頷く。
「まあ俺も、プロサッカー選手に成りたいという夢はあったが、そもそも、俺は芸大か音大志望だ。でも、今俺は副主将だから、5月のインハイ予選までは責任がある。啓太、お前が6月から副主将を受けてくれ。どうせ3年が引退したら、次はお前が主将だ」
「蒼空先輩、俺じゃまだ副主将は無理ですよ。早目に引退するかどうかは、契約して予定を見てから決めてください。それより、受験どうするんですか? デビューしたら東京近郊で生活した方がいいんじゃないんですか?」
啓太は攻撃の要である蒼空先輩が抜けるのは、かなり痛いと言いながらも、受験と卒業後の心配をする。
「できれば全員、AO(自己推薦)か学校推薦で早目に合格したいな。俺は元々東京の私立狙いだから問題ない」(一俊先輩)
「俺もメディア関係の学部のある大学にAOで合格したい。関東か関西か悩むところだな」(悠希先輩)
「アーチェリーをするなら、確実に行ける大学は関東にあるが、自力で行ける大学となると……芸能活動してますってことで入れる大学はないかなあ?」(祥也先輩)
「頑張って稼げば、経済系とか芸術系とか行ける大学はあるさ。俺もAOを狙う。最低でも校長推薦だが、それだと11月くらいまで掛かる。とにかく夏が勝負だ」
蒼空先輩が、某マンモス大学なら、アーチェリーの成績と、デビューしてることを全面に出せば、芸術学部で合格できるんじゃないかと祥也先輩に言いながら、直ぐにスマホでAO入試があるかどうかをチェックする。
「俺はどうしたらいいんだろう?」
取り残された感じの伯が、盛り上がっている4人の先輩にポツリと溢した。
「う~ん、もしもプロ活動が順調なら、伯も東京に行く方がいいだろう。転校することになるが、お前は勉強が出来るから、大学も付いてる附属高校がいいだろう」
どんどん話が進んで行く中、蒼空先輩が伯の方を見て冷静な意見を言う。一緒に練習をしなくちゃいけないから、離れているのは難しいと。
「春樹は? 春樹はどうするんだ? 春樹だって東京の方が活動しやすいだろ?」
「俺? う~ん……俺の中では転校する選択肢はないかな。病院にも通ってるし、俺は地味に曲を作って、時々東京に行くくらいが理想だよ、伯」
やっと話し掛けてきた伯に、俺は笑顔を向けて答えた。
「それなら、春樹、俺と付き合ってくれ。離れていても安心できるように」
突然真顔で、伯が付き合って欲しいと告白というかお願いをしてきた。
「おいこら! 何を考えてる伯。現世でも束縛する気か!」
直ぐに啓太が突っ込みを入れるが、伯は全く動じることなく、真っ直ぐに俺を見たまま視線を逸らさない。
……ここで、ここで言うのか伯? そんなに俺はお前を追い詰めたのか?
当然全員の視線が俺と伯に集まる。
やっと言ったのかと生暖かい視線を送る蒼空先輩と一俊先輩。
「お前、余裕が無さすぎるぞ!」と叱るのは祥也先輩。
伯を睨み付けたままの啓太は、「この際だから、ハッキリしろ春樹」と俺の答えを促してくる。
悠希先輩は、俺と伯から視線を外し、食べた物の後片付けを始める。
「伯の気持ちは分かった。俺も伯が好きだ。・・・だけど、俺は悠希先輩も好きだ。それが受け入れられるなら、現世でもう一度付き合ってもいい」
俺も嘘偽りのない気持ちで伯を見て、悠希先輩にも視線を向けて答える。
可笑しいことを言っていると分かっているけど、もう自分の気持ちを偽らないと決めたから、正直な気持ちを伝える。
「分かってる。俺たちは、後悔しないために人生をやり直している。俺は大丈夫。前世とは違う。悠希先輩はいいんですか、それで」
伯はゆっくりと悠希先輩に視線を向けて問う。自分が春樹と付き合っても良いのかと。
「ああ、クリスマスの時に決心はできている。俺は、伯を好きな春樹を、お前ごと受け入れると決めている。もう失いたくないという思いは、お前と同じだ」
今まで見たどの先輩の表情より大人の顔で、伯ごと受け入れると挑むような視線を伯に向け、悠希先輩は全員に向かって宣言する。
「いや、ちょっと待てよ・・・それって、どういうことだ?」(一俊先輩)
「前世とか現世ってなんだ? もう一度付き合うって……」(祥也先輩)
「春樹は2人と付き合うのか? いったいどうなっているんだ啓太? お前は何か知ってるんだな。俺たちにも分かるように説明しろ!」
蒼空先輩は俺と伯と悠希先輩と啓太を順に見回しながら、啓太に向かって命令した。
初めてのテレビ局、姉貴の好きなアニメのグッズを買い込み、啓太たちにもお土産を買って、土曜の夕方家に帰り着いた。
今夜は悠希先輩、啓太も一緒に蒼空先輩の家に集合することになっている。
俺はお土産とコミック7巻を携えて、午後6時に蒼空先輩の家に到着した。
「蒼空先輩、今日の試合どうでした?」
「残念ながら1ー2で負けた。またベスト8止まりだ。ぎりぎりシードを守ったが、5月のインハイ予選までにもっと鍛え直さなきゃな」
洗い立ての髪を拭きながら出迎えてくれた蒼空先輩は、悔しそうに言いながら、手に持っていたお土産の袋を俺から奪って、地下室まで先導してくれる。
地下のスタジオには、既に一俊先輩と祥也先輩と伯が到着していて、試合のあった啓太と部活のあった悠希先輩はまだ来てなかった。
1週間前の夜から、伯とはラインもしていなかったが、目が合った途端、伯は俺から視線を逸らした。
ズキリと胸が痛くなるが、今夜は伯とのことは置いといて、バンドのこれからについて話し合わなくちゃいけない。
土産の入った紙袋から、テレビ局で買ったファイルと饅頭とクッキーを取り出し、祥也先輩が饅頭の箱を開封しに掛かる。一俊先輩は俺のリュックから、【あの日の夕焼けを忘れない】のコミックを取り出し、「凝った演出だな」と笑いながら、早速1巻から読み始める。
何で信じてくれないんだ?って首を捻りながら、原作が載っているネット小説のアプリを開いて、蒼空先輩と伯に絶対に読んでおいてねと頼む。当然だが、俺は原作の小説を明日買いに行く予定だ。
原作を読んで作った曲じゃないから、本当に【絡んだ糸】が合うのかという不安はある。コミックを読んだ感じでは、合っているような気もするが、この作品のファンはどう思うのだろうか。
そうこうしていると、来る途中で悠希先輩を駅に迎えに行った啓太が、悠希先輩を連れてやって来た。
俺としてはお祝いムードで豪華な夕食!って思ったんだけど、買い出し担当の啓太が買ってきたのは、フライドチキンとハンバーガーだった。チキンが付いているだけ、いつもより豪華な気はする。
全員が揃ったところで、俺は今回の契約のことを皆に報告する。
「映画の主題歌か……なんか凄いことになってないか?」(一俊先輩)
「全員で映画を観に行こう!」(蒼空先輩)
「シンガーが 新堂ミカ ってところが良いじゃん」(祥也先輩)
「スクリーンからラルカンドの曲が流れたら、俺は泣く自信がある」(啓太)
「野上監督の作品次第だけど、間違いなくラブストーリーだな」(悠希先輩)
「なんか春樹が遠く感じる……」(伯)
「なんで? 別にプロとして活動しても、生活は変わらないじゃん。伯たちだって、8月にはCD発売予定だぞ。7月からオンエアーだけど、6月から宣伝用のPVが流れる。今回は4人の顔出しは無しだから、発売するCDの表紙もアニメになると思う」
全然信じていない6人に、俺はこれからの予定をざっと告げて、現実を見るように仕向ける。これだけ言えば信じるだろう。
「はい、これ制作部長の名刺。それから九竜副社長が、11日に契約したいから家族と一緒に来れるか聞いてくれって。急だけど月末だと期末試験が始まるし、3月じゃ遅いらしい。事務所から火曜には書類が届くはずだけど、もう日にちもない」
「ええぇ~っ!!本当の話だったのか?」
仲良くハモりながら全員が驚きの声をあげた。
……遅いよ! ずっと言ってるじゃん!
「ああ、それからバンド名を変えて欲しいって。似た感じのバンドがあるらしい」
「それは問題ない。名前は適当に付けたから」(一俊先輩)
「ちょっと待て! デビュー? 部活は続けられるのか?」(蒼空先輩)
「おいおい、全く覚悟ができてなかったのか?」(悠希先輩)
「いや、そういう訳じゃないけど、あの演奏で選ばれるとは思わなかった」
リーダーである一俊先輩が、喜んでいいのかどうか分からないという微妙な顔をして、申し訳なさそうに悠希先輩に答える。
「ここはひとまず乾杯だろう。俺は腹が減った。これからのことは食べてから考えよう。乾杯の音頭はチャンスをくれた悠希先輩でお願いします」
チキンのいい匂いに堪えられなくなった啓太が、戸惑っている皆を黙らせ、用意してあったコーラを大きめのプラカップに注ぎ始める。
「それでは、ご指名を頂きましたので、乾杯の音頭をとらせていただきます。春樹の楽曲提供契約と、空色パラダイスのプロデビュー決定を祝して乾杯!」
「乾杯!」
悠希先輩の乾杯の音頭でコーラを一口飲むと、食欲の方が勝りガツガツと全員がチキンとハンバーガーを食べていく。蒼空先輩が啓太のポテトを横から摘まみ、啓太がガウガウと吠えたりして、だんだん和やかな雰囲気に落ち着く。
空腹が収まったところで、今度はアニメの話と今後の話に移行していく。
「俺は【あの日の夕焼けを忘れない】の原作小説も読んでるし、コミカライズされたものもネットで読んでいる。きっとアニメはコミックの3巻か4巻くらいまでだと思うから、春樹の【絡んだ糸】は、話の内容に合っていると思う。
正直俺は、この作品のファンなんで、主題歌が歌えて嬉しいよ。
部活も大事だけど、アーチェリーで飯が食える訳ではない。大学に行ってもアーチェリーは遣りたいとは思うが、今はこのチャンスを大事にしたい。
優先順位をつけるなら、プロデビューが一番だ」
最後のポテトを食べ終わった祥也先輩が、原作を読んでいたと衝撃?の告白をし、さっきまで部活をどうしようと狼狽えていたけど、満腹になったところで部活よりプロデビューを優先させるという前向きな発言をする。
祥也先輩の話を聞いて、一俊先輩も同意するように頷く。
「まあ俺も、プロサッカー選手に成りたいという夢はあったが、そもそも、俺は芸大か音大志望だ。でも、今俺は副主将だから、5月のインハイ予選までは責任がある。啓太、お前が6月から副主将を受けてくれ。どうせ3年が引退したら、次はお前が主将だ」
「蒼空先輩、俺じゃまだ副主将は無理ですよ。早目に引退するかどうかは、契約して予定を見てから決めてください。それより、受験どうするんですか? デビューしたら東京近郊で生活した方がいいんじゃないんですか?」
啓太は攻撃の要である蒼空先輩が抜けるのは、かなり痛いと言いながらも、受験と卒業後の心配をする。
「できれば全員、AO(自己推薦)か学校推薦で早目に合格したいな。俺は元々東京の私立狙いだから問題ない」(一俊先輩)
「俺もメディア関係の学部のある大学にAOで合格したい。関東か関西か悩むところだな」(悠希先輩)
「アーチェリーをするなら、確実に行ける大学は関東にあるが、自力で行ける大学となると……芸能活動してますってことで入れる大学はないかなあ?」(祥也先輩)
「頑張って稼げば、経済系とか芸術系とか行ける大学はあるさ。俺もAOを狙う。最低でも校長推薦だが、それだと11月くらいまで掛かる。とにかく夏が勝負だ」
蒼空先輩が、某マンモス大学なら、アーチェリーの成績と、デビューしてることを全面に出せば、芸術学部で合格できるんじゃないかと祥也先輩に言いながら、直ぐにスマホでAO入試があるかどうかをチェックする。
「俺はどうしたらいいんだろう?」
取り残された感じの伯が、盛り上がっている4人の先輩にポツリと溢した。
「う~ん、もしもプロ活動が順調なら、伯も東京に行く方がいいだろう。転校することになるが、お前は勉強が出来るから、大学も付いてる附属高校がいいだろう」
どんどん話が進んで行く中、蒼空先輩が伯の方を見て冷静な意見を言う。一緒に練習をしなくちゃいけないから、離れているのは難しいと。
「春樹は? 春樹はどうするんだ? 春樹だって東京の方が活動しやすいだろ?」
「俺? う~ん……俺の中では転校する選択肢はないかな。病院にも通ってるし、俺は地味に曲を作って、時々東京に行くくらいが理想だよ、伯」
やっと話し掛けてきた伯に、俺は笑顔を向けて答えた。
「それなら、春樹、俺と付き合ってくれ。離れていても安心できるように」
突然真顔で、伯が付き合って欲しいと告白というかお願いをしてきた。
「おいこら! 何を考えてる伯。現世でも束縛する気か!」
直ぐに啓太が突っ込みを入れるが、伯は全く動じることなく、真っ直ぐに俺を見たまま視線を逸らさない。
……ここで、ここで言うのか伯? そんなに俺はお前を追い詰めたのか?
当然全員の視線が俺と伯に集まる。
やっと言ったのかと生暖かい視線を送る蒼空先輩と一俊先輩。
「お前、余裕が無さすぎるぞ!」と叱るのは祥也先輩。
伯を睨み付けたままの啓太は、「この際だから、ハッキリしろ春樹」と俺の答えを促してくる。
悠希先輩は、俺と伯から視線を外し、食べた物の後片付けを始める。
「伯の気持ちは分かった。俺も伯が好きだ。・・・だけど、俺は悠希先輩も好きだ。それが受け入れられるなら、現世でもう一度付き合ってもいい」
俺も嘘偽りのない気持ちで伯を見て、悠希先輩にも視線を向けて答える。
可笑しいことを言っていると分かっているけど、もう自分の気持ちを偽らないと決めたから、正直な気持ちを伝える。
「分かってる。俺たちは、後悔しないために人生をやり直している。俺は大丈夫。前世とは違う。悠希先輩はいいんですか、それで」
伯はゆっくりと悠希先輩に視線を向けて問う。自分が春樹と付き合っても良いのかと。
「ああ、クリスマスの時に決心はできている。俺は、伯を好きな春樹を、お前ごと受け入れると決めている。もう失いたくないという思いは、お前と同じだ」
今まで見たどの先輩の表情より大人の顔で、伯ごと受け入れると挑むような視線を伯に向け、悠希先輩は全員に向かって宣言する。
「いや、ちょっと待てよ・・・それって、どういうことだ?」(一俊先輩)
「前世とか現世ってなんだ? もう一度付き合うって……」(祥也先輩)
「春樹は2人と付き合うのか? いったいどうなっているんだ啓太? お前は何か知ってるんだな。俺たちにも分かるように説明しろ!」
蒼空先輩は俺と伯と悠希先輩と啓太を順に見回しながら、啓太に向かって命令した。
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