前世の僕は、いつまでも君を想う

杵築しゅん

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26 クリスマス(1)

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 授賞パーティーを無事に済ませた俺は、次の日、プロとして契約をした。
 受賞曲である【絡んだ糸】は、来年には誰かに楽曲を提供する方向で決まった。
 もしも、バンドでもいいのなら、知り合いのバンドを紹介したいとも伝えておいた。

【ナロウズ音楽事務所】からは、シンガーソングライターとしてデビューしないかと何度も薦められたが、高校生であるうちは、絶対に無理だと言って断った。
【離れたくない】については、既に楽曲提供したいシンガーがいるということで、本契約となれば、また東京へ行くことになる。
 買い取りの話も出たが、俺は細々とでもいいから、印税が入る方がいいと希望した。

 前世の記憶で見たソラタ先輩のことを確かめたかったが、契約の時に九竜副社長とは会えなかった。
 もしもあの人がソラタ先輩で、前世に覚醒していれば、俺の名前に興味を持ったはずだ。渡された名刺には、他の受賞者には書いてなかった、副社長の携帯番号が手書きで記入してあったから、連絡してこいと言うことかもしれない。
 本当にソラタ先輩なら、ガレイル王子の側近だったから、悠希先輩に会いたいのではないだろうか。
 ソラタ先輩は、ガレイル王子の部下で側近だったけど……きっと王子が好きだったんだと思う。だからこそ、ラルカンドを嫌っていたように思う。

 ……会わせてあげたい。選ぶのは九竜副社長だけど、きっと、会いたがってる。そんな気がする。


 東京から帰った翌日、デジ部の出品作品が1次予選を通過し、本選に残ったと顧問から聞かされた。
 期末試験週間で部活は休みに入っていたが、部員全員が部室に集合し万歳した。
 悠希部長と伊藤元副部長が、12月11日の本選発表に行くことになった。

 残念ながら、デジ部最大のイベントは入賞を逃したが、本選まで残れただけでも大金星だったから、9月末で引退していた3年生全員を呼んで、皆で打ち上げ会をした。


 期末試験もデジ部の打ち上げも終わり、俺は悠希先輩とこれからのことをじっくりと話し合った。
 でも、ソラタ先輩のことは、どうしても言い出せなかった。俺の記憶が途絶えている18歳以降、みんながどういう人生を送ったのかが分からなかったからだ。
 試しに、「そう言えば、ガレイル王子には、ソラタ先輩っていう側近が居ましたよね?」って訊いたら、「……ああ」って、なんとなく気まずそうな返事しか返ってこなかったので、暫く保留にしておくことにする。
 それに何故か、ソラタ先輩だけ年齢が違う。もしかしたら、他にも違う年齢で同じ前世の記憶を持っている者が居るのかもしれない。


 あれから伯とは、時々ラインで写真を送り合ったり、たわいもない会話をしている。
 電話したり会ったりしたら、きっと好きだという気持ちが溢れ出してしまう。
 だから、せめてクリスマスまで、悠希先輩との時間を大事にしたいと思う。
 悠希先輩は、伯が俺のことをラルカンドだと分かるまででいいと、それまでの時間だけで充分に幸せだ……なんて真顔で俺に言うから、俺は自分の気持ちをどうしたら良いのか分からなくなった。

 悠希先輩との時間は、部活の先輩と後輩であり、俺のプロデューサーであり、そして大切な友達で、決して恋人同士のような甘い関係ではない。でも、大事な人だ。
 伯とだって、恋人になりたい訳ではない。好きだけど、俺は欲張りだから、どっちも失いたくない。
 それに、伯が男の俺と付き合いたいと思うかどうかも分からない。


「春樹、明日24日の金曜は、午後5時集合でいいんだな?」
「はい、悠希先輩。本当にいいんですか? 伯のバンド全員と啓太まで呼んでも」
「もうケータリングも注文したし、お婆様は旅行で居ないから、少々騒いでも問題ない。その代わり、朝食はパンとコーヒーだけだ」
「それにしても、ドラムまでレンタルするなんて・・・お金、かかりましたよね?」

 明日の準備をしながら、スタジオの中にセッティングされている、ドラム一式とその他の機材を見て、俺はハ~ッと溜め息を吐いた。
 俺が我が儘で、伯のバンドの演奏を録画して【ナロウズ音楽事務所】に送りたいなんて言ったもんだから、悠希先輩はドラムや機材をレンタルしてくれた。

「俺としては、伯のバンドのボーカルとして春樹が歌う、【絡んだ糸】を録画することが目的だから、別に構わない。それに、このスタジオは、元々ビジネス目的で作られているから、収入と経費を計上しなくちゃいけない。だから、クリスマス会で徴収する1人2,000円が、スタジオレンタル代だな」 

 悠希先輩はお爺様の遺産を引き継いだ際、定期的な収入を得ているから、確定申告をしている。スタジオは先輩の職場的な扱いになっているそうで、実際、今後は伯たちに安く貸してもいいと言っている。
 俺がプロとして活動を始めて収入を得るようになったら、俺にも有料で貸すと笑って言っていた。




 学校は午前で終わり、冬休みに突入した。
 いよいよ今日は、クリスマス会の日だ。俺にとっては緊張の夜となる。でもこれからはラルカンドとして、伯のバンドのみんなと音楽の話ができるので、それはとても楽しみなことでもある。

 午後5時少し前、啓太の案内で伯のバンドメンバー4人がやって来た。
 最近夜が物騒だからと、悠希先輩の家は門より中に入ると、庭に泥棒避けの明かりがつく。だから、暗くなった時間でも、玄関やスタジオまでの道が明るく照らされ、家もライトアップされる感じでよく見える。当然、警備会社が取り付けた監視カメラも作動中である。
 
「な、なんだこれ! 想像以上にデカイ門だな」(一俊先輩)
「こんな和風な屋敷に、本当にスタジオがあるのか?」(祥也先輩)
「金持ちだとは思っていたが、これは家柄も普通じゃないな」(蒼空先輩)
「伯、お前は飯食ったら帰れ」(啓太)
「啓太、なんでそこまで俺を警戒するんだ? 春樹とはただの友達じゃないか!」
「明日もそう言っていたら、警戒を解いてやる」

 門を潜りながら5人は、わいわいガヤガヤ言いながらやって来た。
 俺は悠希先輩と一緒に、本当の玄関方で皆を出迎える。

「いらっしゃい。今日はみんなに素敵なプレゼントを用意してるから、きっと楽しんでもらえると思うよ。さあどうぞ」

悠希先輩が、人数分の高級そうなスリッパを出して、笑顔で上がるように言う。

「ほら、だから言っただろう。絶対に銭湯に寄ってから来た方がいいって」
「確かに、これは部活帰りの汚れた足じゃ、申し訳なくて上がれないところだった」

啓太が蒼空先輩に嘘じゃなかっただろうと言っている。どうやら、悠希先輩の家に来る前に、皆で銭湯に寄ってきたようで、全員が納得したように頷いた。
 確かに、俺も初めて正面玄関から入った時は、何処の武家屋敷?って思ったもんな。
 先ずは、全員が泊まる部屋に案内する。
 そこは、前に啓太や俺が泊まった部屋よりも広い12畳の和室で、俺は既に布団を敷いておいた。布団の数は6組で、悠希先輩は自分の寝室で寝るらしい。

 荷物を置いたところで、次はいよいよスタジオに案内する。

「なんじゃこりゃ! 本当にスタジオじゃん」(蒼空先輩)
「なんで、どうしてドラムが有るんだ?」(一俊先輩)
「だからギター持ってこいって言ったのか?」(祥也先輩)
「これがクリスマスプレゼント? 凄すぎてびっくりだよ」(伯)
「悠希先輩、もしかして、ドラム買ったんですか?」(啓太)
「まさか。俺はドラムは叩けないよ。明日までレンタルしてる。フフ、当然有料だけど、もしも、このスタジオを今後使いたいなら、中古のドラムを買ってもいいけど?」
「「「「ええぇーっ! 本当に?」」」」

バンド4人の声が仲良くハモった。そして、信じられないという顔を悠希先輩に向けて「い、いくら? 使用料っていくら?」って、一俊先輩がキラキラした瞳で質問する。

「みんなが使ってるスタジオより少し安くしとくよ。ただ、俺が居る時じゃないと無理だけど。映像も撮れるからPVだって作れる。もちろん有料だけどな」

悠希先輩が一俊先輩にウインクをしながら映像も作れると言うと、4人は暫くポカンとして、その後「まじかー!」と叫んで手を取り合って喜んだ。

「早速今夜か明日撮ってやるよ。お試しだから今回はタダでいいよ」
「悠希さまと呼んでもいいだろうか?」(一俊先輩)
「それは、俺の腕を見てからにした方がいいよ。パーティーの前に、音だけ合わせておけば? それとも1曲くらい演奏してからにする? 今夜は、歌うクリスマス会だって言っただろう?」
「悠希先輩、こんな贅沢なクリスマス会をして貰っていいんですか?」
「啓太、全ては春樹を喜ばすためだ。なんの問題もない」
「なるほど・・・」

 なんか悠希先輩が変なことを言って、何故か啓太が納得してる。そこは突っ込めよ!と思ったが、本当のことなので黙っておく。
 結局、一曲だけ演奏して夕飯を食べることにした。
 その一曲は、思っていた通りラルカンドの【青い彼方】だった。俺は嬉しくて涙が出そうなのを堪えて、【空色パラダイス】の4人に拍手を送った。


 一曲演奏して、食事の準備をしていた部屋に行くと、並んでいる豪華なクリスマス用のオードブルに「なんじゃこりゃ!」と言って啓太たちが驚いた。
 どう見ても1人5,000円以上はする料理を見て、これでは会費が安過ぎると恐縮し、皆が追加を払うと言い出した。
「これには訳があるんだよ」と意味あり気に悠希先輩は微笑んで、追加料金を断った。

 全員ジュースで乾杯して、ガツガツとご馳走を食べていく。
 俺は保温鍋の中のクリームシチューをつぎながら、「ところで、ラルカンドの【絡んだ糸】は練習したの?」と聞いてみる。

「ああ、まだ下手だけど、なんとか形になってきたところだな」
「じゃあ蒼空先輩、先輩の歌の後で、俺にもボーカルをさせてくれませんか? 俺もあれから、ギターと歌の練習したんで、クリスマスプレゼントってことで、特別にボーカルを譲ってください」

俺は勇気を出して、この日のために用意していた台詞で切り出した。
 悠希先輩が、俺の方を見てウンと頷いて、頑張れって応援してくれる。

「おっ! とうとう春樹はうちのバンドに入る気になったんだな。よし、入団テスト……いやバンドテスト……ん? メンバーテストをしてやろう。歌の後は、ギターも弾いてくれるんだろう?」

「はい、一俊先輩。メンバーには入れませんが、俺からのクリスマスプレゼントです。だから、歌った後で絶対に怒らないでくださいね」

「大丈夫、下手でも怒らないよ春樹。一緒に演奏できて俺は嬉しいよ」と、伯が嬉しそうに笑顔を向けて俺に言った。
 俺は急に緊張してきて、胸が一杯で凄いご馳走があまり食べられなくなった。もったいないので、残った物は明日の朝食の時に食べることにして、他の余った料理と一緒に冷蔵庫に入れておく。
 俺と悠希先輩と啓太が後片付けをしている間に、伯たちは【絡んだ糸】を練習してくると言って、先にスタジオに戻っていった。

「いよいよだな春樹。頑張れよ。お前はもうプロなんだから」
「啓太、あんまりプレッシャーをかけるな。大丈夫、春樹は歌うことが好きだから」

啓太が右肩に、悠希先輩は左肩に手を置いて、励ましの言葉を俺にくれた。
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