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24 結果発表
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本日、二話更新しています。先に 23 一次審査と新曲 をお読みください。
11月に入って、俺は会えない伯のことを想うことが増えた。
時々2人で繋いだラインに、伯は写真を送ってくる。それが前世でラルカンドが好きだった、夕焼けの写真だったり、変わった雲の写真だったりして、俺は記憶が入り交じって混乱しつつも、伯の写真を見て胸が熱くなる。
お返しには自分の家で飼っている、パグの写真を送ることが多い。本当はエイブが好きだった川や海の写真を送りたいけど、それだとラルカンドだとバレてしまうかもしれない。
……ずっと友達でいようと決めたのに、会いたい、声が聞きたいと思ってしまう。
今朝も夢を見たが、出てきたのはエイブではなく伯だった。
一緒に俺が作った曲を歌っている夢で、その曲は、これまで作ったどの曲でもなく、聞いたこともない曲だった。
不思議な気持ちで目覚めた俺は、忘れないよう直ぐにその曲をノートに書き留めた。
【離れたくない】を夜に歌うと、不思議と前世ではなく現世の夢を見る。そして、伯に会いたくなって切なくなる。
11日、今日はいよいよ【うたクリエーター 新人部門 君もプロを目指そう】の審査結果発表だ。
結果は正午発表で、サイトを開けば確認できるが、授業中なので直ぐには見れない。
もしも入賞していたら、メールが届くようになっている。だからメールが来たら、1回だけ光るようにセッティングしてある。もちろん回りに気付かれないよう、表面は伏せておいて、少しだけ明かりが見えるように置いている。
11時58分くらいからドキドキしながら、教室の時計と机の中を交互に見てしまう。もう授業なんて頭に入ってこない。
そして正午ピッタリに、机の中でスマホが光った。
鼓動は激しくなり、ゴクリと唾を呑み込む。呼吸も乱れてしまうが、今は授業中なので、深呼吸をして落ち着け!と自分に言い聞かせる。
確認したくて堪らない気持ちをなんとか押さえて、午前の授業が終るまで待つ。
待っている間が長くて、もしかしたら運営からのメールではなく、友達かもしれないとか、誤作動で光ったのかも知れないと、マイナス思考になってしまう。
そして、終了のチャイムが鳴った。なのに先生の話が終らない。待っている1分、2分が長くて、早く終われよ!とつい心の中で叫んでしまう。
結局4分オーバーして終了し、俺は震える手でスマホを机の中から取り出した……と同時に、悠希先輩が教室に駆け込んできて「やったな!」と声を掛けてきた。
先輩は自分のスマホを俺の目の前に差し出して、作詞作曲部門の入賞者の画面を見せてくれた。
入賞は3名で、大賞が1人、金賞が2人なのだが、ラルカンドは作詞部門と、作曲部門の両方で金賞を受賞していた。
そして、悠希先輩が画面をスライドさせると、シンガーソングライター部門で、【絡んだ糸】が銀賞に入っていた。
……うそ、信じられない・・・これは夢だろうか?
シンガーソングライター部門は、大賞が1人、金賞が2人、銀賞が3人の計6人が入賞できるようになっていて、【絡んだ糸】は6位でなんとか銀賞に入賞できた。
教室内で騒ぐと不味いから、急いで売店に行きカツサンドとカフェオレを買って、悠希先輩と一緒に部室に駆け込んだ。
「おめでとう春樹! まさかのトリプル受賞だ!」
「信じられないです先輩。本当に、本当に入賞したなんて……」と言いながら、俺は自分のスマホに来たメールを急いで開く。
発信者は【ナロウズ音楽事務所】で、入賞者の皆さんへ、という見出しだった。
その画面を見て、本当に入賞したんだと実感し、嬉しさが込み上げてきた。
メールの内容は、授賞式の日程、賞金の受け取り、今後の活動やプロ契約について等が簡単に書かれており、詳細は書面で知らせると書いてあった。
よく見たら啓太からラインで、おめでとうとお祝いするメッセージが届いていた。
直ぐに啓太にありがとうと返信し、2日後の土曜日にお祝いすることを決めた。
興奮しながら昼食を終えた頃【ナロウズ音楽事務所】から、もう1通新しいメールが届いた。
その内容は、11月にアップしたばかりの新曲【離れたくない】の動画配信を、できるだけ早くストップして欲しいというお願いだった。
どうしてだろう?と思いながら、先輩と作ったラルカンドのチャンネルを開くと、昨日までの視聴者数が、午後から倍以上になっていた。【絡んだ糸】の視聴者数よりも増えていてビックリした。
「ああぁ……やっぱりか。【離れたくない】はいい曲だから、押さえ込みにきたんだ。【青い彼方】も【絡んだ糸】もコンテストに出品したから、権利はコンテストの運営にあるけど、【離れたくない】は関係ない。でも、一緒に押さえておきたいんだろう」
先輩はニヤリと笑うと、絶対にプロになれと言われるぞと言い出した。
ここは【ナロウズ音楽事務所】の指示に従い、アップを中断すべきだろうと先輩が言うので、そうすることにする。でも、元々アップしてくれたのは悠希先輩なので、俺では作業ができない。帰宅してから先輩にお願いすることにした。
「悠希先輩、月曜から修学旅行でしょう? 準備は大丈夫なんですか?」
「ああ、アメリカは3度目だし、土産はお婆様とデジ部と春樹と啓太の分だけだから、スーツケースも小さめでOKなんだ」
そう言えば小学生と中学生の時、アメリカに行ったと言っていたような……やっぱ金持ちは違う。
来年の夏は、家族でヨーロッパに行く予定だとも言っていたが、来年は受験生じゃないのか?と心配になるが、悠希先輩なら推薦で楽々と合格するような気がする。
「問題は、今回の出品を家族に秘密にしていたことだな。さすがに打ち明けないと、表彰式にも行けないし、これからの活動についても相談が必要だぞ」
悠希先輩は心配そうに俺を見て、自分が勝手に出品したんだから、一緒に親に説明しようかと言ってくれた。
「いえ、大丈夫です。うちの家族は全員音楽好きだし、入賞自体は喜んでくれると思います。それに、もしもプロとして活動するとしても、俺は作品を作るだけで表には出ないと言えば、応援してくれる……ような気がします」
確かにもしかしたらと期待はしていたが、本当に入賞できるとは思っていなかった。だから、家族に話すのはちょっと勇気が要る。俺は大丈夫ですと先輩に言いながら、ハハハと作り笑いをした。
家族に話すにしても、詳細が音楽事務所から届いてみないと、なんとも判断が難しい。
確かに運営の要項には、作詞作曲部門で金賞を受賞したら、プロになれる可能性が高い……みたいなことは書いてあったが、俺の実力が本当にプロとして通用するのかは分からない。
……とりあえず、賞金は将来の入院費のために貯金しておこう。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったので、「部活の時にまた」と言って、俺は先輩と別れて教室へと戻った。
明日は学校を休んで病院に行くんだったと思い出した俺は、入賞したことを家族に打ち明けるのは、明日の検査結果を聞いてからにした方がいいだろうと思い直した。
もしも病状が悪化していたら、絶対にプロ活動を止められるだろう。
俺は急に暗い気持ちになり、隣の席の原条に「顔色が悪いぞ、大丈夫か?」と心配されてしまった。
不安になると、どんどんマイナス思考になってしまう。
……ダメだ! せっかく入賞したんだ。プラス思考でいくって、後悔しない人生を送るって決めただろう! 前だけを見るんだ。
なんだか急に伯に会いたくなった。
再発が分かって途方に暮れた時、無性に伯に会いたくなって駅で呆然としていたら、偶然伯に会ったことを思い出す。友達になって、名前呼びを始めたのはあの日だった。夏休み前の夕方だったなぁって思い出していたら、原条が俺の名前を呼んだ。「おい、春樹、先生が名前を呼んでるぞ!」って。
へっ?って我に返って前を見たら、いい笑顔の数学教師が、早く前に出て解答しろと待っていた。
どの問題かも分からない俺は、原条に問題を教えて貰いながら、渋々前に出ていく。
なんとか予習をしていた問題だったので事なきを得たが、「なんだ四ノ宮、彼女のことでも考えていたのか?」とからかわれてしまった。
彼女のことじゃないよ、彼氏だよ!とは口に出さず、「違いますよ」とにっこり笑って答えておいた。
翌日、俺は大学病院で検査を受けた。
担当医の沢木先生とは、お互いに隠し事をしないという約束をしていた。
緊張しながら一緒に画像を見る。
「良かった。腫瘍の大きさに変化はない。他の場所にも転移は見られない。まだ油断はできないが、お母さんには心配ないと伝えて……いや、変化なしと伝えておくよ」
「ありがとうございます沢木先生。安心して遣りたいことに挑戦できます」
俺は安堵したのと同時に将来が開けたような気がして、優しい笑顔の沢木先生に、笑顔でお礼を言った。
「ほう、遣りたいことが見付かったのかい?」
「はい、音楽の道へ進みたいと思っているんです」
「これは意外だね。音大に進むと言うことかい?」
「いいえ、実はとあるコンテストに入賞したことで、現役高校生としてプロへの道が開かれたんです。俺でも何かを残せるかも知れません。もしも、もしも俺の作った曲が発売されたら、沢木先生に一番に持ってきます。・・・ああ、まだ家族には話してないので、秘密にしておいてください」
俺はにっこりと微笑んで、約束とお願いをした。
先生は「おめでとう。その日が早くくるといいな」と言って、コンテストの入賞を祝ってくれた。本当にいい先生に出会えて良かった。
病院から帰ったら、【ナロウズ音楽事務所】から郵便が届いていた。
検査結果が良かったのと相まって、気分が一気に上昇する。先日夢の中で歌っていた曲を口ずさみながら、ハサミで封を切っていく。
表彰式は11月20日(土)の午後6時からで、7時から立食パーティーが行われる。
学校は昼までだから、そのまま新幹線に乗って……ギリギリかな? 余裕を持てば早退の方がいいだろう。期末試験の発表日だから、休みたくはない。
つらつらと予定を考えながら、すっかり自分が行くつもりでいるけど、悠希先輩と啓太は、確か欠席しろと言っていたような・・・でも、送られてきた書類を読むと、今後の契約について21日(日)に話し合うと書かれている。プロとして活動するなら、自分が行かなくてはならない。
夕食時間、まずは母さんが俺の検査結果の報告をする。
うちの家族は、大事な話は夕食時間にするという変わった決まりがあった。
良い報告なら楽しい団欒になるが、悪い話なら食事が不味くなり、どんよりと暗い夕食になってしまう。そこで俺は、良い話は食事前、悪い話は食事が終る頃にすべきだと、再発が分かった時の食事会で泣きながら訴え、それもそうだと了承された。
あれから、食後に話があるんだけど……と切り出すと、悪い話だと皆は身構える。でも、今日は良い話をするつもりで構えていたのに、俺の検査結果に安堵した家族が、「ほらみろ、心配ないと俺は言っただろう」(兄貴)とか「これで安心して大学に行ける」(姉貴)と騒ぎだしたので、俺のコンテストの話は食後になってしまった。
11月に入って、俺は会えない伯のことを想うことが増えた。
時々2人で繋いだラインに、伯は写真を送ってくる。それが前世でラルカンドが好きだった、夕焼けの写真だったり、変わった雲の写真だったりして、俺は記憶が入り交じって混乱しつつも、伯の写真を見て胸が熱くなる。
お返しには自分の家で飼っている、パグの写真を送ることが多い。本当はエイブが好きだった川や海の写真を送りたいけど、それだとラルカンドだとバレてしまうかもしれない。
……ずっと友達でいようと決めたのに、会いたい、声が聞きたいと思ってしまう。
今朝も夢を見たが、出てきたのはエイブではなく伯だった。
一緒に俺が作った曲を歌っている夢で、その曲は、これまで作ったどの曲でもなく、聞いたこともない曲だった。
不思議な気持ちで目覚めた俺は、忘れないよう直ぐにその曲をノートに書き留めた。
【離れたくない】を夜に歌うと、不思議と前世ではなく現世の夢を見る。そして、伯に会いたくなって切なくなる。
11日、今日はいよいよ【うたクリエーター 新人部門 君もプロを目指そう】の審査結果発表だ。
結果は正午発表で、サイトを開けば確認できるが、授業中なので直ぐには見れない。
もしも入賞していたら、メールが届くようになっている。だからメールが来たら、1回だけ光るようにセッティングしてある。もちろん回りに気付かれないよう、表面は伏せておいて、少しだけ明かりが見えるように置いている。
11時58分くらいからドキドキしながら、教室の時計と机の中を交互に見てしまう。もう授業なんて頭に入ってこない。
そして正午ピッタリに、机の中でスマホが光った。
鼓動は激しくなり、ゴクリと唾を呑み込む。呼吸も乱れてしまうが、今は授業中なので、深呼吸をして落ち着け!と自分に言い聞かせる。
確認したくて堪らない気持ちをなんとか押さえて、午前の授業が終るまで待つ。
待っている間が長くて、もしかしたら運営からのメールではなく、友達かもしれないとか、誤作動で光ったのかも知れないと、マイナス思考になってしまう。
そして、終了のチャイムが鳴った。なのに先生の話が終らない。待っている1分、2分が長くて、早く終われよ!とつい心の中で叫んでしまう。
結局4分オーバーして終了し、俺は震える手でスマホを机の中から取り出した……と同時に、悠希先輩が教室に駆け込んできて「やったな!」と声を掛けてきた。
先輩は自分のスマホを俺の目の前に差し出して、作詞作曲部門の入賞者の画面を見せてくれた。
入賞は3名で、大賞が1人、金賞が2人なのだが、ラルカンドは作詞部門と、作曲部門の両方で金賞を受賞していた。
そして、悠希先輩が画面をスライドさせると、シンガーソングライター部門で、【絡んだ糸】が銀賞に入っていた。
……うそ、信じられない・・・これは夢だろうか?
シンガーソングライター部門は、大賞が1人、金賞が2人、銀賞が3人の計6人が入賞できるようになっていて、【絡んだ糸】は6位でなんとか銀賞に入賞できた。
教室内で騒ぐと不味いから、急いで売店に行きカツサンドとカフェオレを買って、悠希先輩と一緒に部室に駆け込んだ。
「おめでとう春樹! まさかのトリプル受賞だ!」
「信じられないです先輩。本当に、本当に入賞したなんて……」と言いながら、俺は自分のスマホに来たメールを急いで開く。
発信者は【ナロウズ音楽事務所】で、入賞者の皆さんへ、という見出しだった。
その画面を見て、本当に入賞したんだと実感し、嬉しさが込み上げてきた。
メールの内容は、授賞式の日程、賞金の受け取り、今後の活動やプロ契約について等が簡単に書かれており、詳細は書面で知らせると書いてあった。
よく見たら啓太からラインで、おめでとうとお祝いするメッセージが届いていた。
直ぐに啓太にありがとうと返信し、2日後の土曜日にお祝いすることを決めた。
興奮しながら昼食を終えた頃【ナロウズ音楽事務所】から、もう1通新しいメールが届いた。
その内容は、11月にアップしたばかりの新曲【離れたくない】の動画配信を、できるだけ早くストップして欲しいというお願いだった。
どうしてだろう?と思いながら、先輩と作ったラルカンドのチャンネルを開くと、昨日までの視聴者数が、午後から倍以上になっていた。【絡んだ糸】の視聴者数よりも増えていてビックリした。
「ああぁ……やっぱりか。【離れたくない】はいい曲だから、押さえ込みにきたんだ。【青い彼方】も【絡んだ糸】もコンテストに出品したから、権利はコンテストの運営にあるけど、【離れたくない】は関係ない。でも、一緒に押さえておきたいんだろう」
先輩はニヤリと笑うと、絶対にプロになれと言われるぞと言い出した。
ここは【ナロウズ音楽事務所】の指示に従い、アップを中断すべきだろうと先輩が言うので、そうすることにする。でも、元々アップしてくれたのは悠希先輩なので、俺では作業ができない。帰宅してから先輩にお願いすることにした。
「悠希先輩、月曜から修学旅行でしょう? 準備は大丈夫なんですか?」
「ああ、アメリカは3度目だし、土産はお婆様とデジ部と春樹と啓太の分だけだから、スーツケースも小さめでOKなんだ」
そう言えば小学生と中学生の時、アメリカに行ったと言っていたような……やっぱ金持ちは違う。
来年の夏は、家族でヨーロッパに行く予定だとも言っていたが、来年は受験生じゃないのか?と心配になるが、悠希先輩なら推薦で楽々と合格するような気がする。
「問題は、今回の出品を家族に秘密にしていたことだな。さすがに打ち明けないと、表彰式にも行けないし、これからの活動についても相談が必要だぞ」
悠希先輩は心配そうに俺を見て、自分が勝手に出品したんだから、一緒に親に説明しようかと言ってくれた。
「いえ、大丈夫です。うちの家族は全員音楽好きだし、入賞自体は喜んでくれると思います。それに、もしもプロとして活動するとしても、俺は作品を作るだけで表には出ないと言えば、応援してくれる……ような気がします」
確かにもしかしたらと期待はしていたが、本当に入賞できるとは思っていなかった。だから、家族に話すのはちょっと勇気が要る。俺は大丈夫ですと先輩に言いながら、ハハハと作り笑いをした。
家族に話すにしても、詳細が音楽事務所から届いてみないと、なんとも判断が難しい。
確かに運営の要項には、作詞作曲部門で金賞を受賞したら、プロになれる可能性が高い……みたいなことは書いてあったが、俺の実力が本当にプロとして通用するのかは分からない。
……とりあえず、賞金は将来の入院費のために貯金しておこう。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったので、「部活の時にまた」と言って、俺は先輩と別れて教室へと戻った。
明日は学校を休んで病院に行くんだったと思い出した俺は、入賞したことを家族に打ち明けるのは、明日の検査結果を聞いてからにした方がいいだろうと思い直した。
もしも病状が悪化していたら、絶対にプロ活動を止められるだろう。
俺は急に暗い気持ちになり、隣の席の原条に「顔色が悪いぞ、大丈夫か?」と心配されてしまった。
不安になると、どんどんマイナス思考になってしまう。
……ダメだ! せっかく入賞したんだ。プラス思考でいくって、後悔しない人生を送るって決めただろう! 前だけを見るんだ。
なんだか急に伯に会いたくなった。
再発が分かって途方に暮れた時、無性に伯に会いたくなって駅で呆然としていたら、偶然伯に会ったことを思い出す。友達になって、名前呼びを始めたのはあの日だった。夏休み前の夕方だったなぁって思い出していたら、原条が俺の名前を呼んだ。「おい、春樹、先生が名前を呼んでるぞ!」って。
へっ?って我に返って前を見たら、いい笑顔の数学教師が、早く前に出て解答しろと待っていた。
どの問題かも分からない俺は、原条に問題を教えて貰いながら、渋々前に出ていく。
なんとか予習をしていた問題だったので事なきを得たが、「なんだ四ノ宮、彼女のことでも考えていたのか?」とからかわれてしまった。
彼女のことじゃないよ、彼氏だよ!とは口に出さず、「違いますよ」とにっこり笑って答えておいた。
翌日、俺は大学病院で検査を受けた。
担当医の沢木先生とは、お互いに隠し事をしないという約束をしていた。
緊張しながら一緒に画像を見る。
「良かった。腫瘍の大きさに変化はない。他の場所にも転移は見られない。まだ油断はできないが、お母さんには心配ないと伝えて……いや、変化なしと伝えておくよ」
「ありがとうございます沢木先生。安心して遣りたいことに挑戦できます」
俺は安堵したのと同時に将来が開けたような気がして、優しい笑顔の沢木先生に、笑顔でお礼を言った。
「ほう、遣りたいことが見付かったのかい?」
「はい、音楽の道へ進みたいと思っているんです」
「これは意外だね。音大に進むと言うことかい?」
「いいえ、実はとあるコンテストに入賞したことで、現役高校生としてプロへの道が開かれたんです。俺でも何かを残せるかも知れません。もしも、もしも俺の作った曲が発売されたら、沢木先生に一番に持ってきます。・・・ああ、まだ家族には話してないので、秘密にしておいてください」
俺はにっこりと微笑んで、約束とお願いをした。
先生は「おめでとう。その日が早くくるといいな」と言って、コンテストの入賞を祝ってくれた。本当にいい先生に出会えて良かった。
病院から帰ったら、【ナロウズ音楽事務所】から郵便が届いていた。
検査結果が良かったのと相まって、気分が一気に上昇する。先日夢の中で歌っていた曲を口ずさみながら、ハサミで封を切っていく。
表彰式は11月20日(土)の午後6時からで、7時から立食パーティーが行われる。
学校は昼までだから、そのまま新幹線に乗って……ギリギリかな? 余裕を持てば早退の方がいいだろう。期末試験の発表日だから、休みたくはない。
つらつらと予定を考えながら、すっかり自分が行くつもりでいるけど、悠希先輩と啓太は、確か欠席しろと言っていたような・・・でも、送られてきた書類を読むと、今後の契約について21日(日)に話し合うと書かれている。プロとして活動するなら、自分が行かなくてはならない。
夕食時間、まずは母さんが俺の検査結果の報告をする。
うちの家族は、大事な話は夕食時間にするという変わった決まりがあった。
良い報告なら楽しい団欒になるが、悪い話なら食事が不味くなり、どんよりと暗い夕食になってしまう。そこで俺は、良い話は食事前、悪い話は食事が終る頃にすべきだと、再発が分かった時の食事会で泣きながら訴え、それもそうだと了承された。
あれから、食後に話があるんだけど……と切り出すと、悪い話だと皆は身構える。でも、今日は良い話をするつもりで構えていたのに、俺の検査結果に安堵した家族が、「ほらみろ、心配ないと俺は言っただろう」(兄貴)とか「これで安心して大学に行ける」(姉貴)と騒ぎだしたので、俺のコンテストの話は食後になってしまった。
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