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22 疑惑

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◇◇ 村上 啓太 ◇◇

 まさか春樹があんなに変化するなんて……
 絶対に何かあったはずだ。
 悠希先輩……やっぱりアイツはガレイル王子に違いない。
 春樹の前世の記憶では、ガレイル王子はラルカンドが好きで告白し、ずっと自分を見てくれと懇願していたはず。でも、ラルカンドを見守り、無理矢理抱いたりはしなかったと春樹は言っていた。

 油断した。
 前世と現世は違う可能性が高いと思っていたのに、春樹が手を伸ばしてこない限りは手を出さないと、文化祭の時に俺に約束めいたことを言っていたのに。
 ヘタレの春樹の歌を表に出してくれて、全面的に協力してくれていたのに……財力も含めてアイツは春樹のためなら何でもしてくれるヤツだと思ったのに……
 生き生きと楽しそうに歌作りをしていた春樹を・・・くそっ!

 いや待て、春樹は悠希先輩は紳士だからと言っていた。
 落ち着け! 俺が狼狽えたら春樹が不安になる。
 前世に関わることなら、皆の前では何も言わないはずだ。春樹は自分をシンガーソングライターのラルカンドであることを秘密にしている。
 2人きりになったら、真相を聞き出せばいい。
 大丈夫だ。写真の春樹は笑っていた。あれは作り笑いの顔じゃなかった。

 あれだけ外見が変化したら、こんな田舎じゃ目立ちすぎる。
 偶然というか必然というか、春樹はバス通に変えたから、学校内以外では人目に触れない。これが電車だったら、多くの者の視線に曝され、一目で春樹だと認識されてしまう。それはあまりにも危険だ。
 コンテストで入賞でもして個人情報が表に出れば、好奇な目で春樹を追い掛けるような輩が現れる。

 ……春樹には耐えられない。外見の変化だけでもギリギリだ。有り得ないとは思うが、入賞した時の対策が必要だ。悠希先輩が、アイツが本当に信用できるヤツなら、連絡をとる必要がある。

 俺は今後のことを考えながら自転車を飛ばした。蒼空先輩の家は隣の中学校校区なので、自転車で30分もあれば到着する。できれば春樹より先に到着したいが、無理かもしれない。

 蒼空先輩の家は大きかった。敷地も広いし、シャッター付きのガレージがある時点で、一般ピープルではない気がする。母親や父親の音楽教室が1階部分に在るから、余計に大きく感じる。
 外の門で呼び鈴を鳴らすと、玄関から蒼空先輩が迎えに出てくれた。

「はあ、地下室? そんなものまで有るんですか?」
「当たり前だ。こんな住宅街でバンドの練習なんかできないだろう。広くはないから我慢しろ。春樹は少し前に来たぞ」

地下室に驚いている俺の手を引っ張りながら、蒼空先輩が階段を下りていく。
 悠希先輩の家のスタジオもあれだが、蒼空先輩の家も金持ち小市民だ。
 地下室のドアを開けると、春樹を皆が囲んでいた。

「啓太、春樹は本当に日本人か?」

一俊先輩が春樹の髪を触りながら質問してきた。

「勿論ですよ。春樹の家とは家族ぐるみの付き合いだし、赤ん坊の時からの付き合いですから。はいそこ、触らない! 事務所を通して抗議しますよ」

俺は一俊先輩の手を払い除けて、春樹を自分の方に向かせて引き寄せる。

「徹底した過保護振りだな。俺達まで警戒範囲内なのかよ!」

一俊先輩がぶつぶつ文句を言っているが、俺はそれどころではない。春樹の状態をきちんと確かめるまでは、決して気を抜くことなどできない。

「春樹、2人になったらゆっくり話そう」と俺は春樹の耳元で言って、全身をまじまじと観察する。
 髪と瞳以外に変化は見られないが、「どっか痛いところはないか?」と訊きながら、春樹をくるりと1周回してチェックする。

「なんともないよ。朝、鏡を見たらこうなってた。ご飯も高級料亭並みだったし、庭の日本庭園は綺麗だった。今度啓太も連れてこいって悠希先輩が言ってた」

いつも通りの口調で話す春樹を見て、俺はようやく肩の力を抜いた。
 もしも何かあれば、春樹は上手く装ったりできない。どうやら悠希先輩は、本当に紳士的な努力をしたようだ。

「いや、話には聞いてたが、啓太の過保護は度が過ぎてやしないか? まるで自分の彼女……じゃなかった、彼氏みたいだぞ。お前たちって、そういう仲なのか?」

完全にからかっているのか、疑っているのか分からない口調で祥也先輩が聴いてきた。

「はあ? 祥也先輩、西川高校では、幼馴染みを心配するとパートナー的に見られるんですか? それとも先輩の目が腐ってるんですか?」

俺にとっては当たり前の行動だが、他人から見たらそう見えるのか?と困惑しながらも、俺は超不機嫌な顔をして祥也先輩を睨んだ。

「だから言ったじゃないか! 啓太の春樹への愛は、恋人以上親未満だって。そこら辺の恋人より過保護なんだよ。そう思うだろう伯?」
「そうですね蒼空先輩。俺なんて完全に敵視されてる感が半端ないですよ。はぁ~っ」

伯のヤツがこれ見よがしに溜め息ついて、春樹を愛おしそうに見つめる。くそっ!

「啓太は保育園の時からこんな感じですよ。俺がぽやぽやしてるから、危なくなったらサッとやって来て助けてくれるんです。家族よりも家族らしくて、俺をきちんと叱ってくれる師匠みたいな存在です。啓太が居なかったら、俺は怪しい奴に拐われてたし、変態野郎に乱暴されてた。誰よりも俺のことを知っていて、誰よりも俺のことを心配してくれてます」

「は~っ、早く大人になれ春樹。卒業して大学に行ったら、俺は今のようにお前を守ってやれなくなるんだ」

 春樹は俺の隣で、俺のことを師匠みたいな存在だと言いながら、嬉しそうににまにま笑っている。その笑顔は可愛いが、そうじゃない! 俺が心配しなくてもいいように、もっと自分を大事にして、気を付けろって言ってるだろうが!と、春樹の肩を両手で掴んで、心の中で叱りながら俺は溜め息をついた。

「こりゃ、先は長いな蒼空」
「うるさいぞ一俊!」

俺と春樹の会話を聞きながら、何でか一俊先輩が蒼空先輩を慰めて……いや、からかっている。きっと俺が春樹が心配で、サッカーに集中できないと思われているのだろう。


 とりあえず少しだけ安心して、これからの春樹のことを話し合う。
 やはり俺と同じように、電車通学は危険だと全員から止められた。学校内の好奇の目には曝されるだろうが、それも1ヶ月くらいの間だろうということになり、とにかく春樹は堂々としていればいいと、皆の意見が纏まった。
 落ち着いたところで、買い出してあったおにぎりや唐揚げや肉まんを食べる。

「なあ啓太、ところでお前、楽器の演奏は?」
「俺ですか? 全くダメです。俺は運動専門なんで」
「じゃあ春樹は? 何か弾ける?」
「そうですねぇ……上手くはないけど、ピアノとかギターは少し弾けます一俊先輩」
「えっ、ギター弾けんの? バンドに興味は?」
「いやいや、そんなバンドで演奏できるレベルじゃないです。それに俺は人前が苦手なヘタレなんで」
「いっそのことバンドに入って、ヘタレを克服し、その新しい容姿を活かすのもアリじゃないか?歌は? ちょっと歌ってみ」

 やばい! 一俊先輩の目が本気だ。メンバー増やしたいって蒼空先輩が言ってたもんな。祥也先輩が部活で忙しいから、ギターがもう1人欲しいって・・・歌ったら一発で春樹がラルカンドだとバレる。

「春樹は歌は無理です。なあ春樹?」
「は、はい。歌に自信は全くありません」

俺は春樹に目配せをして、なんとか切り抜けろと指示を出す。

「じゃあギターでいいや。バンドには無理に誘わないから、ちょっと音だけ貰える? ピアノやってたら大丈夫だろう? 今度ラルカンドの【絡んだ糸】を練習するんだけど、ギターのアレンジが面倒で、主旋律だけでもとって貰えると助かる。春樹もラルカンドの歌は知ってるだろう?」

「えっ、は、はい。何度か聴いたことはありますが……」

 自分の曲を振られた春樹が、目茶苦茶動揺してる。危ない。これはよくない傾向だ。

 ……頑張れ春樹! 蒼空先輩に押し切られるな!

「春樹のギターを聴いてみたいな。1度でいいから、春樹と一緒にラルカンドの曲を演奏してみたい。ダメか?」

伯のヤツがニコニコしながら、部屋の中にあったフォークギターを持ってくる。なんやかんやコイツは押しが強い。

 ……おい伯! いい加減にしろよお前! なんで今、そんなことを言い出すんだよ。お前は黙ってろよ! ギターなんて持ってくるな!

「は、春樹、そろそろ帰らなくていいのか?」
「うん大丈夫。遅くなるって家に連絡しといたから」

……そうじゃないだろう! バレるって。絶対にバレるぞお前!

 人の気も知らないで、春樹は困った顔をしながらも、伯の顔を見て赤くなっている。勘弁してくれ。

「伯はさ、ラルカンドにラブなんだぜ。そんでラルカンドに会ってみたいらしい」
「な、なんで? なんで伯はそう思うんだ?」

 祥也先輩の言葉を聞いて、春樹の顔色が変わった。きっと他の者には分からないくらいの変化だが、俺の目は誤魔化せない。春樹の代わりに俺が伯に質問する。

「う~ん……とにかく会ってみたいんだ。俺はラルカンドのファンなんだと思う。それに、どうしてその名前を付けたのか訊いてみたい」

 ……やっぱり伯が、コイツがエイブなのか?

 春樹に視線を向けると、春樹は伯から視線を逸らして、何かを真剣に考えるように一点を見ている。

 ……おかしい。春樹のこの顔は、何かを確信したような顔だ。春樹は伯をエイブだとは気付いていなかったはずなのに、やっぱり悠希先輩の家で何かあったんだ。
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