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 悠希先輩の視線がなんだか怖い。
 俺は本当のことを言うべきなのだろうか?
 俺の作る歌は、前世の記憶に基づいているんだから、歌の主人公は男だ。
 今回の【絡んだ糸】なんて、ぶっちゃければ男の三角関係の詩な訳で、何処にも乙女心なんて入ってない。

「さっきも言いましたが、俺には恋愛経験がないんで、男とか女とかじゃなくて、恋人という定義で作っています。だから、男女でも同性でも恋人同士であれば、こんな感じかなと思って作りました」

「ふ~ん、そう。じゃあ質問の仕方を変える。春樹の恋愛対象は、女に限られるのか?それとも男もアリなのか?」

悠希先輩はにやりと黒く微笑んで、俺の瞳から視線を外さないまま、新たな質問を繰り出してくる。

「何度も言いますが、俺にはまだ経験が無いので・・・」
「分かった。嫌な奴は最初っから否定するし、有り得ないと言うもんだ。でも春樹は否定しなかった。……と言うことは、生理的には男もアリだということだな」
「・・・・・」

 悠希先輩は俺の言い訳のような言葉を遮り、勝手に自分の中で結論を出したのか、男もアリなんだと決めつけた。
 俺は違うとも、そんなことないとも言えず、反論することができなかった。
 心の中を見透かされているようで、俺は堪らなくなって視線を逸らしてしまった。
 逃げるように視線を逸らした俺の隣で、悠希先輩がにやりと嬉しそうに微笑んでいたことに、当然俺は気付くことはなかった。

「春樹の感情が分かったから、男女を特定しない方向で画像を作る。男とか女じゃなくて恋人……うん、なかなかいい言葉だ。ちなみに俺も、否定しない派だ」

そう言いながら悠希先輩は楽しそうに笑って、気が合うな……と付け加えた。


 うちの学校は夏休みの間も盆期間以外は補講があるから、休みのようで休みではない。だから部活も午後からバッチリ活動をする。
 午後4時には切り上げるので、その後の2時間は悠希先輩のスタジオに籠る。
 2曲目はもっと工夫をしたいと悠希先輩が言うので、2人でバックの画像をどうするか考えたり、歌い方やギターの弾き方まで指導が入った。
 映像バカの先輩はこだわりが強くて妥協をしない。
 出来上がってからも、何度も修正をする。どうやったら俺がカッコよく見えるか、どの角度がいいのかと試行錯誤した結果、盆前にようやく【絡んだ糸】をアップした。

 2曲目をアップした時点で、1曲目の【青い彼方】は視聴回数が1万回を越えていて、8月15日の中間発表で、投票ポイント数でベスト10にランクインしていた。


 盆を過ぎた頃、今回のコンテストが少しずつ学生たちの間で話題になり始めていた。
《 うたクリエーター 君もプロを目指そう! 》というナロウズ音楽事務所主催のコンテストなのだが、話題を呼んでいる原因があった。
 ある人気マンガが、1月からアニメになると公表され、その主題歌がこのコンテストから選ばれると、雑誌上で発表されたからだ。
 応募部門が8月から1つ増えて4つになった。
 作詞・作曲・シンガーソングライターの3つに、アニメ主題歌部門が加わった。

 悠希先輩は、始めから話題作りのために、1ヶ月遅れて部門を増やしたのだろうと言っている。先輩はナロウズ音楽事務所のバックには、某テレビ局が付いていると知っていたらしく、確かに1月から放映されるアニメは、そのテレビ局だった。
 そのせいか、アニソンの応募数が急激に増えた。でも同時に、シンガーソングライター部門の視聴者も増えることになり、【青い彼方】も【絡んだ糸】も、急激に視聴回数を増やしていった。
 視聴者の持ちポイントは10ポイントで、アニソン部門には最高で5ポイントしか投票できなかったので、シンガーソングライター部門にもおこぼれがきた。

 ちなみに作詞・作曲部門は別括りのポイント制で、興味の湧いた作品をクリックするだけで1ポイント入る。好きな作品があれば、10でも50でもクリックできるという、よく分からない方式がとられていた。
 まあ、歌詞だけをゆっくり見てくれる人や、曲だけをじっくり聴いてくれる人は少ないからだろう。

 俺は別に入賞を狙っているわけではない。だから、【青い彼方】のポイントが10位に入って驚いたが、まだ中間発表であり、これからまだまだ応募作品がアップされるので、30位に入ればいいなと、ちょっとだけ欲を出してみる。
 たくさんの人が俺の歌を聴いてくれているという現実が、俺の未来を明るく照らしてくれた。
 何かを残したいと思う俺の夢が、思わぬ形で叶えられていくのは本当に嬉しい。
 悠希先輩には本当に感謝している。


 そして夏休みもあと2日というところで、【絡んだ糸】が【青い彼方】を抜いていた。
 【絡んだ糸】は、結構激しく感情をぶつけている曲で、歌い方も男っぽい。
 啓太に指摘されたので、中学の同級生にバレないように、声も男らしく……できるだけ俺的にワイルドに歌った。
 悠希先輩は【青い彼方】の声の方が好きだと言っていたが、啓太は【絡んだ糸】の方が万人受けすると言っている。



「おい春樹、9月4・5日の文化祭はどっちに来る?4日の土曜は午前中は授業だろう?俺は4日の午後はクラスの出し物当番があって、5日はサッカー部の屋台当番がある。時間が取れないかも知れない……。5日の午後1時半から自由行動だけど、めぼしい物は無くなってる。体育館は5日の午後は、演劇部が最終演目で、午後3時で終了だったと思う」

18時18分に山見駅から電車に乗ってきた啓太が、俺の姿を見付けると嬉しそうにやって来て、週末に開催される山見高校の文化祭の話をする。
 明日からは部活も練習が休みになり、文化祭の準備のため帰る電車も午後8時を過ぎるし、朝も1本早い電車で行くから暫く会えなくなるので、来る日を決めてくれとお願いされた。

「やあ春樹、俺たちのバンドは4日土曜の午後5時くらいだぞ。最後の枠だから忘れずに来いよ!なあ啓太、お前はちょっと心が狭いぞ。春樹は俺たちのバンドの応援に来るんだよなぁ?伯と約束したんだろう?」

スポーツバッグを背中に回し、啓太のこめかみを後ろから両手でグリグリしながら、蒼空先輩が声を掛けてきた。
 いつもと同じ車両には、大体いつもと同じ人間が乗ってくる。そのメンバーの中に、啓太の尊敬するサッカー部の蒼空先輩がいる。

「チッ!余計なことを……」とグリグリしている蒼空先輩の手を払いながら、啓太は舌打ちし、振り返って蒼空先輩を睨み付けた。

「はい、絶対に応援に、いえ、声援を送りに行きます蒼空先輩。ということで、山見祭は4日の土曜にする。ああ、土曜なら、デジ部の悠希先輩も一緒に行くと思う。最初に啓太のクラスに行くよ」

俺は相変わらず仲良しな先輩後輩を微笑ましく見ながら、蒼空先輩に返事を返した。

 8月に入って、俺の部活終わりと、伯のギター教室が終わる時間が重なり、帰りの電車で4回くらい出会った。前よりずっと仲良くなったことで、伯が俺の話題を蒼空先輩にも話したらしく、俺のことを春樹と呼んでくれるようになった。
 啓太は相変わらず伯のことが気に入らないみたいだけど、蒼空先輩たちのバンドのことは応援している。

 結局啓太とは、土曜の午後5時前に体育館で待ち合わせることにした。



◇◇ 中川 悠希 ◇◇

 今日は春樹と他校の文化祭デートである。
 あまりのうきうき度で、午前の授業など全く頭に入ってこない。
 制服で行くのは嫌なので、授業が終わり次第、春樹を俺の部屋に連行する予定だ。
 実は、春樹に似合いそうなシャツを先日見付けて、勝手にネットで買ってしまった。ついでだからボトムも揃えてある。
 知っている者がいれば、俺と春樹の服が同じブランドのものだと分かるだろう。でも、普通の学生では手を出さない高級ブランドだと思うので、気付く者がいるかどうか……

「先輩、俺は制服で充分です。それに服なんて貰えません!」

……フムフム、予想通りの展開だな。

「じゃあ捨てる。サイズを間違えて注文したんだけど、特売のセール商品だから返品もできないし……弟は着ないブランドだし……春樹の好みじゃないなら、無理に着なくていいよ」

……俺は春樹から服を取り上げ、入っていた袋に無造作に放り込み、用意しておいた市の指定ごみ袋に入れようとする。

「えっ?捨てる?新品なのに?・・・信じられない。着ます。頂きます。ありがとうございます悠希先輩」

……そうだろう、そうだろう。それでこそ春樹だ。ペアブランドで初デートゲットだ。

 見たこともないブランドの服だけど、特売のセール商品ならいいかとブツブツ言いながら、春樹が着替え始める。
 今日の部屋はスタジオではなく寝室の方だ。スタジオと違って、自分の部屋に初めて好きな人を連れてきたワクワクどきどき感を味わいながら、俺も着替え始める。

……ああ、下着姿の春樹が……ヤバい。ちょっとくる。

 俺のことなんて意識していない春樹は、恥ずかしがる様子もなく着替えていく。
 こっちを見てないのをいいことに、俺は春樹の体を(下着姿だけど)ガン見する。しまった!録画しておけば・・・いやいや、それは犯罪だ。
 思っていた以上に線が細い。色も白いから、髪が長かったら女装もアリだ。
 足首が細いから、余計に華奢に見える。強く抱き締めたら折れるかも知れないなどと、俺はほんの数分間幸せな妄想をする。

 前世の俺は、ラルカンドの着替えを何度か見たことがあった。
 同じ学校の寄宿舎に住んでいたのだから当然ではあるが、残念なことに王子だったガレイルは、自室に風呂があった。だから、ラルカンドの裸を見たことはなかった。
 騎士服に着替える時や、他の練習着に着替える時に、チラリと、本当にチラリと見るだけだった。

 男ばかりの寄宿舎では、男同士で付き合うことも珍しくはなく、入校して直ぐに、ラルカンドは数人からアタックされていた。
 無理矢理迫ろうとする上級生に怯えていたラルカンドを守るため、ガレイル王子は頻繁にラルカンドに声を掛け、自分のお気に入りだと周囲に知らしめることでラルカンドを守っていた。
 さすがに王子のお気に入りに、強引に手を出す者はいなかった。でも、ガレイル王子との関係が、ただの友人関係のようだと分かってから、王子の見えないところで迫る者が現れた。  
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