前世の僕は、いつまでも君を想う

杵築しゅん

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11 絡んだ糸

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 今夜は恒例の流星群観察だ。
 街頭や家の明かりの少ない場所を求めて、近所の神社まで自転車で出掛けた。
 石段の途中に座った途端、含みのある声で啓太が聴いてきた。

「それで、俺に何を隠してるんだ春樹」
「えっ?何言ってるんだよ啓太……俺、何も隠してないし」
「フン、じゃあ、俺の目を見てもう一度言ってみろ」

啓太は絶対に逃がさないという感じで、いつものように俺の顔を覗き込んだ。でも暗いから表情なんて見えてないはず。

「え~っ……本当に何もかく……」
「春樹!」

語気の強い声で俺の話を遮り、啓太が俺の右腕を突然掴んだ。

「お前は去年も同じことを言った。でも、結局頭の手術をした。俺に嘘をつくな春樹!お前の全然大丈夫とか全く問題なしは当てにならないと知っている。お前が俺に嘘をついていることはお見通しだ」

「痛いよ啓太。分かった、分かったから手を離せ。実は俺……歌を作ってネットにアップした。しかもコンテストに出品してる。驚いたことに、視聴回数が5,000回を越えている」

俺は考えていた言い訳を言い始める。病院の検査結果じゃなくて、隠していたのはコンテストに出品したことであると。

「はあ?ヘタレのお前が自分の歌をネットにアップしただと?」
「うん、ビックリだろう。もしも視聴回数が1,000に届かなかったら、絶対に秘密にしておく予定だったんだけど、5,000を越えたら次の曲もアップすることになっている」

滅茶苦茶疑っている啓太に、コンテストのサイトの画像を出してみせる。

「な、何これ・・・どこのプロに頼んだんだよ。金持ってるなお前」
「そんな金なんか無いことは、啓太が1番知ってるだろう?これはデジ部の部長が作ってくれたんだよ。先輩は自宅にスタジオ持ってるって言っただろう?あの先輩が、自分の映像技術力を試したいと言うから、協力するために出品したんだって」

スマホの画面をガン見している啓太が、信じられないとか、確かにお前の声だとか、誰か分からないところがヘタレのお前らしいと何度も呟く。
 俺だって信じられんわ!いきなり5,000越えとか有り得ないし。まあ、先輩の映像力のお陰が85%くらいだろうけど・・・

「これって……ラルカンドとエイブのことを歌ってるのか?それとも春樹の……」

3回目の再生を終えた啓太は、急にテンションの下がった声で質問する。

「もちろん前世の記憶の2人を歌ったんだよ。お、俺はまだ……恋なんかしたことないって、誰よりも啓太が知ってるだろう?」

「・・・いや、もしかしたら夏木……いや、何でもない!でもさ、この映像のイメージって……お前、デジ部の部長に前世のことを教えたのか?」

「いや、全然教えてないよ。だからビックリして、画像を見た時、思わず涙が出た。確かにラルカンドって名前に驚いてたけど、まさか部長も前世の記憶持ちだったりして……んな訳ないけどさ。以前部長に、中世のヨーロッパの街並みとか騎士に興味があると言ってたから、部長がチョイスしてくれたんだと思う」

 自分の映像を隣でまじまじと見られていることが堪らなく恥ずかしくなり、俺はスマホの電源を切った。途端に啓太が自分のスマホをスッと取り出して、コンテストのサイトを開く。

「啓太、恥ずかしいから止めろ!星、今夜は星を観に来たんだから、俺の歌のことは忘れろ!でないと帰るからな!」

俺はプリプリと怒って、帰るぞと脅しをかける。よし、形勢逆転だ。
 が、安心したのも束の間、なんで今まで隠していたのかと怒られ始めた。おかしい……どうしてこうなった?

「春樹、お前はシンガーに成りたいのか?」

「まさか、……そんなんじゃないよ。ただ、歌を作りたかったんだ。人前で歌うのなんて絶対に無理!部長にも素顔を出さないことを条件にしてるから。確かにシンガーソングライター部門にもエントリーしてるけど、それは部長のためだよ。俺は作詞作曲部門の方が本命だから」

「じゃあ、次の曲も顔を出すな。おかしなファンでもできたら困るのはお前だぞ。まあ、名前がラルカンドじゃあ、誰だか分からないだろうし、お前は路上とか学祭にも出てないから安心だけど、中学の同級生はどうだろう……?次の曲は、もう少し男らしい感じでいけ!春樹のちょっと甘い声は独特だからさ」

心配性で過保護な啓太が、いろいろと注文というか命令を出してくる。
 だけど止めろとか、恥ずかしいとか、否定する言葉は全く出てこないので、歌うことは大丈夫みたいだ。

「分かった約束する。よし、星を観よう」

なんとか病院の話題を出さなくて済んだ。大事な隠し事は、他の大それた隠し事の陰に隠すことができた。
 月末の検査入院は、親戚の家に泊まりに行くという言い訳で大丈夫だろう。
 何があっても親友の啓太にだけは知られたくない。過保護な啓太が知ったら、親以上に悲しむだろうと予想できる。俺は啓太を泣かせたくない。

 それから俺たちは懸命に夜空を見上げた。
 こうして星空を眺めていると心が落ち着く。ちっぽけな自分があれこれもがいても、宇宙規模で考えたら些細なことだと思えてくる。
 だけど少しだけ、もがいてみたい。
 できれば何かを残したい。俺が生きていた心を残したい。そして誰かに伝えたい。
 俺のことなんか知らなくてもいい。どんな顔で何をしているかなんて関係ない。
 たった1人でもいいから、俺の作った歌で元気になったり、楽しくなって欲しい。俺の想いに共感してくれる人がいたら嬉しい。それだけでいい。

 結局それから2時間頑張ったけど、流れ星は5つしか確認できなかった。
 でも、こうやって一緒に星を見る友達が居るって、幸せなことだ。

「啓太、いつもありがとう。これからもずっとずっとよろしくな」
「なんだ急に?……しょうがない、世話してやるよ。でも、俺は北海道大学希望だから、高校までだぞ。お前も北海道についてくるなら考えるが……そういえば春樹は大学どうするんだ?」
「う~ん、最近デジ部の影響か芸大系もいいかなって思い始めた。音楽とか映像とか……でも、具体的にはまだ決めてないよ。3年生の5月くらいには決めるよ」

俺はゆっくり考えるよと言って、わざとのんびりしている感じを出しておく。
 大学に行けるかどうかは分からないけど、来年はオープンキャンパスに行ってみよう。気分だけでも大学生になれるかもしれない。




 7月29日、俺は大学病院に検査入院をした。入院と言っても1泊だけど。
 そしてやっぱりというか、案の定というか、結果は良くなかった。
 先生と俺の事前の打ち合わせがあったからなのかは分からないが、両親には大きくなったりしなければ、絶対に手術をした方がいいとは言われなかった。
 腫瘍の場所が奥なので、下手に手術をすることがベストな選択とは言えないと説明され、同じような症例の患者で、問題なく60歳以上生きた例や、手術によって大きな後遺症が残った例も説明されたので、俺の希望を尊重し、両親は経過をみることに同意してくれた。

 両親が帰った後で病室に来た沢木医師せんせいから、転移の可能性があると告げられた。それは想定済みだったので、2ヶ月に1度の検査をすると約束した。

「大きくなったり転移が認められたら、ご両親には命の危険があると説明するよ。本当に絶対だという診断は、我々医師にはくだせない。本当に百歳まで生きられるかも知れないんだから」

「はい沢木医師。俺は俺にできることをしながら、普通に高校生をできれば幸せなんです。誰だって明日の命の保証なんて無いんだから。むしろ、時間は有限なんだと気付いて、無意味に生きたくないと思いながら過ごせる俺はラッキーです」 

俺は強がりでもなんでもなく、心からそう思うんですと沢木医師に笑いながら伝えた。
 沢木医師は深く息を吐き出して、精一杯応援しようと約束してくれた。




 8月に入って直ぐ、俺は約束通り悠希部長のスタジオに日参した。
 2曲目のタイトルは【絡んだ糸】で、エイブの激しすぎる想いとか、ガレイル王子の少し強引だけど熱くて優しい想いを向けられ、気持ちが揺れるラルカンドの葛藤や困惑や、信じて欲しいという願いを込めて作った歌だった。

「なあ春樹、俺のことを部長と呼ぶのは止めてくれ。3年が引退したら俺は部長を退くかもしれない。それに卒業しても部長と呼ばれて、実際が係長だったら気が重くなる。だから名前で呼んでくれ」
「はあ……じゃあ悠希先輩で」
「2人の時は悠希と呼び捨てでも構わないぞ。むしろ、その方がいい」
「えっ!それは無理です。部長……じゃなかった、悠希先輩にはお世話になっているので、呼び捨ては厳しいです」

 何やらブツブツ言いながら舌打ちする先輩を無視して、俺は悠希先輩呼びを決定する。
 今回は俺の作った【絡んだ糸】のイメージを先に悠希先輩に伝えて、そのイメージに合った画像を用意してくれることになった。
 その為、大変恥ずかしくはあるが、2人の男の間で揺れる気持ちを書いたのだと、もじもじしながら説明した。

「春樹は15歳なのに、随分と恋する女心が分かるんだな。それとも……男心なのか?」
「えっ?人を好きになるという観点からすると、俺は別に差別意識もありませんので、曲を聴いた人の感性に委ねます」
「へえ~、前の曲も今回も、経験がなければ書けないような歌詞だと思うんだが?」

悠希先輩はからかう気満々の視線を俺に向けて、冷蔵庫から取り出した高級そうなビン入りのオレンジ果汁をコップに注ぐ。
 是非とも経験談を聞かせて欲しいものだとか言いながら、俺の隣に座ってジュースを手渡してくる。

「いや、俺はまだ恋愛経験は全くないですよ。でも、ほら、何て言うか想像とか憧れとかあるじゃないですか。経験なんて無くても歌詞は書けますって」

 急に恋愛話になって俺は慌てた。実際春樹である俺には恋愛経験はないが、前世の記憶の中には生々しい感じでリアルに恋愛感情が渦巻いている。
 落ち着くためにオレンジジュースをコップ半分飲んで、大きく息を吐く。そして誤魔化すような笑顔を悠希先輩に向けた。

「ふ~ん、それじゃぁ春樹は、男同士の恋愛も理解できるんだな。教えてくれ春樹。お前の作る歌の主人公は女か?それとも男……なのか?」

今まで見たこともない真顔で、悠希先輩は俺の瞳を見据えるように視線を向けてきた。
 まるで俺の本質を確かめるように、俺の全てを剥がそうとするかのように、悠希先輩は俺に詰め寄ってくる。
  
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