前世の僕は、いつまでも君を想う

杵築しゅん

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9 7月の空

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 悠希部長が【青い彼方】を動画配信してから約3週間、驚いたことに視聴回数は1200回を越えていた。
 しかも、7月から開催されているコンテストにも、知らぬ間にエントリーされていた。
 悠希部長に文句を言いたいが、期末試験期間に突入し部活は休みになった。
 そうこうしている内に、期末試験も今日が最終日である。
 まあ……それなりに頑張ったので、欠点もないだろうし中間試験より上に行けそうな気がする。

 やっと試験から解放されたが、今日は部活には参加せず午後から病院へと向かう。
 昨年手術をしてからちょうど1年、大学病院の予約が取れたので、これから定期検査なのだ。
 大学病院は隣の市に在り、自宅からの方角で言えば学校は北に車で30分、大学病院は南に車で30分の距離で、正反対の方角にある。なので一旦自宅まで戻り、母の車で病院に向かう。


「あれからどうだね春樹くん?」

半年振りの脳神経外科の沢木先生が、今日も優しい笑顔で体の調子を質問する。
 沢木先生は40歳くらいだが、腕がいいと評判の医師で、遠方からも患者さんがやって来る。手術には5ヶ月以上待たなければならないらしい。

「沢木先生、3月くらいから時々めまいがして、先月1回意識を失い、1回意識が飛びました。前みたいな激しい首の痛みとかは無いんですけど、意識を失う前は頭痛があったと思います」

「えっ?意識を失った?・・・体の痺れとか言葉が上手く話せないとか、他に自覚症状があるかい?」

「いいえ、体の痺れや言葉に影響はないです」

俺がそう答えると、一瞬だけ先生の表情が曇ったが、検査の結果が出てからまた話すことになった。
 今日の付き添いは母だが、仕事を抜けて来ているので、長い検査時間や診察を待つ時間が勿体ないから、仕事に戻ってもらった。職場は病院の近くなので便利である。

 MRI検査を終えたのが午後3時半で、結果を聞いたのは午後4時を過ぎていた。

「春樹くん、今日はご家族は一緒じゃないのかい?」
「はい、母は仕事に戻りました」
「そうか、じゃぁ診てみようか……」と言いながら、沢木先生はパソコンで画面操作しながら、画像診断を始めた。

『あれ?あんなところに、あんな影があったっけ?』

 俺は先生と一緒に画面を見ながら、昨年見た画像を思い浮かべて首を捻った。
 隣の先生も同じ場所を見て操作の手を一旦止め、「う~ん」と唸りながら違う角度の画像に切り替えていく。

 昨年手術をすると決まってから、俺は頭の手術について、ありとあらゆる写真や病状や進行等の情報を、スマホやパソコンで閲覧し徹底的に勉強した。
 とは言っても所詮は中学生の知識なのだが、下手な医学生より勉強した気がする。
 そんな俺の勉強?熱心さは沢木先生も知っていて、暇な時間に質問に答えてもらったりしていた。
 本来なら医師が患者の質問に答えないのかも知れないが、俺の場合は良性腫瘍だったので、医学に興味を持っている学生ならばと、自分の症例とは違う画像の質問に限り、教えてくれたのだと思う。

「そう言えば春樹くんは、医者泣かせの勉強家だったよね?」

しまったと思ったのか、先生は苦笑いしながら、探るように質問してきた。

「そうですね……先生。俺、さっきの画像で分かっちゃいました。だから、隠しても無駄ですよ」

 どうしてこんなに冷静なのか、自分でも不思議だった。
 だけど、やっぱり……という思いが何処かにあり、全くとは言えないが、何故か動揺しなかった。

「先生、あの場所って……厳しいですよね?……手術」

俺はごく普通に、まるで他人事のように呟く。

「正直なんとも言えない。進行次第だな。フウッ……もう直ぐ夏休みだ。もっと詳しい検査をしよう。お母さんを直ぐに呼んで来てくれるかい?」

沢木先生は画像から視線を離すと、俺の方に向き直り、いつもの優しい声で言った。

「先生、お願いがあります。俺はきっと覚悟ができると思います。でも、両親や兄姉は無理です。末っ子の俺が余命宣告なんてされたら、仕事や勉強が手につかず、生活に大きな支障が出ます。だから、俺が普通の生活ができなくなる寸前まで、家族には黙っていてください」

「それは無理だよ。君はまだ未成年だ。それに、諦めるのはまだ早いと思うよ。今回も良性の可能性だってある」

先生はとても困った顔をして、俺の願いはきけないと、俺の目を見ずに答えた。

「それなら、今のところ命に別状はないが、生活に支障が出ることがあれば、手術をした方がいいかもしれないと……そう説明してください。俺が1番辛いのは、自分が死ぬことじゃない。家族や友達を悲しませることです。そしてお金で苦労させたり、作り笑顔で話し掛けられることです」

「君は・・・まだ約束はできない。もっと検査をしてから、その上で……もう1度君の気持ちを聴こう」

明らかに何かを言い掛けて、先生は言葉を選び直した。
 そして検査入院の日程を無理矢理月末に捩じ込んでもらい、俺は支払いをして病院を出た。

「もしもし母さん、俺、友達の家に行くことにしたから、先に電車で帰るね。診察結果は帰ってからゆっくり話す。じゃあね」

俺は母さんの電話にメッセージを入れて、ラインもしておいた。


 1人になりたい。とにかく独りに・・・
 そう思いながら電車に乗り、席は空いていたが、立ったままで電車の窓から空を見上げる。午後5時半、7月の空は明るく、夕焼けの時間にはまだ早い。
 ああ、でも今日は曇ってるから、夕日は見れそうにないな……なんてぼんやりと思いながら、気付いたら降りるべき駅を通り越し、終点の新山駅まで行ってしまった。

……ああ、夏木くんに会いたいな…… 

 気付いたら夏木くんのことばかり考えていた。
 なんでだろう?どうしてこんなに、泣きたくなるくらいに会いたいんだろう?
 強く夏木くんを思いながら、俺は先日見た前世の記憶を思い出す。



 ある夏、ガレイル王子の学年が卒業演習を行うため、選ばれた後輩数人を連れ、隣国の近くの港町に出掛けていた。
 後輩で選ばれていたのは、弓や剣の優秀者9人で、その中にラルカンドとエイブも入っていた。
 演習3日目、なんの前触れもなく、突然隣国が侵攻してきた。
 斥候部隊と思われる30人くらいが、休憩中だった騎士学校の学生に向かって、丘の上から一斉に矢を射ったのだ。

 エイブはガレイル王子を守りながら、急いでその場から撤退を始め、ラルカンドは敵に向けて矢を放っていた。
 それは、ラルカンドが17歳の時の出来事だと思われる。
 そこから先の記憶が、ラルカンドには無い。

 これ迄見た記憶(夢)は、全てエイブに出会った騎士学校に入学してからだった。
 同じシーンを何度も見ることが多いが、先日のシーンは初めて見た。
 これから先、そのシーンより後の人生を見ることがあるのだろうか?いや、何故かそうは思えない。
 ラルカンドは、おそらく17歳で命を落としたのだと思う。
 そうじゃないかもしれない……でも、残念だけど、確信にも似た自信がある。


 前世と現世が、同じ人生になるとは限らない。
 だってまだ、俺はエイブにもガレイル王子にも出会っていない。たぶん……
 それでも、病院で見た画像は幻でも夢でもない・・・
 ラルカンドと自分の人生に共通点が多いなら、俺はまだ2年は生きられる。

 本当は去年の手術の時、悪性だったらと、何度も考え想像し、死を覚悟しようとしていた時があった。
 だからこそ突然ではなく、俺にとっては、あの時の延長線上にいる感じなのだ。

 昨年6月、至急手術が必要だと病院から説明されてから、家族はボロボロになってしまった。
 姉貴は俺にやたらと抱き付き、兄貴は俺に触らせなかったギターを貸してくれ、母さんは涙脆くなり、父さんは無口になった。
 正直、家族の変貌振りに、俺の方が気が滅入った。
 手術しないと悪性かどうか確定しなかったので、良性だと分かった時は、家族全員が大号泣だった。家族の愛は嬉しいが、結構重かった。
 術後暫くは個室だったので、病院代もバカにならず家計を圧迫した。

 と、過去を振り返えりながら駅のベンチに座っていると、誰かが俺の名前を呼んだ。

「四ノ宮くん?今日は1人?」
「えっ!な、夏木くん。本当に?」

 そこには会いたくて堪らなかった、私服姿の夏木くんが居た。
 曇り空の隙間から顔を覗けた太陽の、オレンジ色の夕日を全身に浴びながら、夏木くんが笑顔で俺を見ていた。

……あれ、エイブ?……

 そんなはずはないのに、一瞬夏木くんの顔がエイブの顔と重なった。  
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