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5 青い彼方

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 5月も後半に入り、俺が所属しているデジ部(デシタル映画部)は大忙しになった。
 うちの高校は文化祭が6月だから、作品を仕上げなきゃいけない。
 同じクラスの原条は、役者として出演が決まっていて、セリフを覚えられない!と毎日叫んでいる。女子部員の皆さんから、俺にも役者で……と頼まれたが、俺は人見知りのヘタレである。丁重にお断りし、音楽担当にしてもらった。

「春樹、音入れどうする?キーボートとギターなら俺んちにあるぞ。ついでに録音もするから、今日はこれから皆と別行動な」

悠希部長はテーブルの上にあった楽譜と進行表を持って、俺に付いて来いと手招きする。映像バカの悠希部長とは、時々日本語が通じない。

「えっ?学校じゃないんですか?……えっと、ピアノ音でお願いします。あっ、でも、ギターでもいいかな」

俺はそう答えて、首を捻りながら一緒に部室を出ていく。
 先輩に付いて行くと、そこは靴置き場だった。さっさと靴に履き替えて歩きだす先輩を、訳が分からないまま追い掛ける。

「俺んち徒歩5分だから。俺の部屋はスタジオ兼シアタールームになってる」

「はい?今なんて? 俺、最近耳の調子が悪くって……」

「去年祖父が残した遺産で、自分の部屋の隣にスタジオを増築した。そんで、まあ、程々の機材も揃えたんで、うちの部活の音源は俺の部屋で作ってる」

とてつもなく生活レベルの違う部長の話を聞きながら、俺は返事に困まりながら後ろを歩く。
 ああ、そうなんですか?……なんて普通に答えられない。凄いですね、どんだけ金持なんスか!と気安く言うのも違う気がする。
 結局「それは是非使ってみたいです」と答えるのが精一杯だった。

 50メートルくらい続く石壁の先に、監視カメラのついている立派な門が現れた。
 駅から学校に行く途中に在るその長い壁を『どんだけ金持ちなんだよ!元藩主の家系とか、どっかの政治家の家かぁ?』と、俺は溜め息混じりに見ていたが、まさかの部長の家だったとは……驚きだ。
 玄関ぽい構えの入口とは別の方向に、部長はすいすいと進んでいくが、俺は飛び石を踏み外さないよう気を付けながら、純和風という庭にビビって足がすくむ。
 きっとこの先には池があり、数十万円もするような鯉が泳いでいて、カッコーンっていう音がする、なんとかっていう竹でできた物があるに違いない。

「こっから入って。外見和風の離れだけど中は普通だから」

部長はお高級そうな引き戸をガラガラと開け、ちっとも普通とは思えない広い玄関?に俺を招き入れる。
 まるで前世の夢に出てくる、ガレイル王子のようだと、ふと思った。
 この前見た夢で、ラルカンドは王宮の中に在る、ガレイル王子の住む離宮に遊びに?行っていた。
 ガレイル王子は「思ってたより普通の建物だろう?」ってラルカンドに言っていたが、今の俺的にはザ・王宮だった。普通じゃない!
 部長とガレイル王子が、なんだか重なって……ちょっと胸がザワリとする。
 あの夢の中の離宮の雰囲気だと、王子とは普通の友達のように接していた。

 そして、部長の部屋は、本当にスタジオだった。

 広さは12畳くらいで、壁には巨大なスクリーンが設置してあり、有名メーカーのスピーカーとか、レコーディングでもするの?って感じの機器は、どうやって使いこなすのだろうか?
 きっと防音とかもしてあるはずだ。……そういえば映画バカだった。

「それで、なんの曲を使うの?洋楽?」
「いえ、脚本見て感じたイメージで、自分が作りました」
「はっ?春樹は作曲できるのか?」
「そんな大仰なもんじゃないです。最近うた作るのが楽しくて」

俺は照れて頭を掻きながら、自分の作った楽譜をキーボードの譜面台に置く。
 色々と突っ込まれる前に、シーン別効果音以外の間奏曲を、続けて3曲弾き始めた。

「なかなかいい。思っていたより繊細な曲だな。春樹って、音大とか目指してるのか?」

なんか凄くいい香りの紅茶を淹れて、部長はソファーベッドに座りながら質問する。

「まさか、俺のは趣味程度です。まだ進路なんて、ちゃんと考えてませんよ」
「そうなのか?俺は映像関係か芸大系に行く予定だけど、春樹もそっちでいいんじゃないか?自分の才能なんて、自分じゃ分からないもんだし……そう言えばさっき、うた作ったって言ってたよな、どんな感じの曲?歌詞付き?聴かせてよ」

部長は自分のカップの横に俺の分のティーカップを置いて、隣に座れと手招きしながら訊いてきた。

「そんなの、は、恥ずかしくて言えませし、歌えません。俺は人見知りのヘタレなんですよ!フーッ」

俺はプリプリと怒りながら、部長の隣にぽすんと座った。

「人見知り?俺に対して人見知りはないだろう!作品としての曲なら、世に出してやらなきゃ可哀想じゃん」

当たり前だろうが……みたいな顔をして、部長は俺の瞳を覗き込むような感じで怒る。 
 この人、何言ってんの?……あぁ、やっぱりガレイル王子と一緒だ。
 人の話を聞かない俺様のところも、歳が一つ上ってところも似てる。
 よし、今度から心の中で王子と呼ぼう!

「春樹、部長命令だ!お前はデジ部の部員の中で、最初にこの部屋への入室を許された男だ。ありがたく思い命令に従い歌うように」

『この部屋に入った友人は、お前が初めてだ。ありがたく思えラルカンド!』

凄く偉そうに命令するところも、台詞まで同じだよ!

……あれ、なんか変だ・・・ガレイル王子の声が聞こえた。頭が痛い。あれ・・・

「どうした春樹?気分でも悪いのか?……水でも……横になるか……」

……ダメだ、先輩の声が段々聞こえなくなって……いく。



「そうか分かった。それじゃあ、時々めまいがしたりするんだな……ああ……それで頼む……いや……大丈夫だ。頑張れよ原条」

「……あれ?今の……今の電話、原条ですか?」

俺はぼ~っとする頭を少し持ち上げて、耳に入ってきた会話から質問する。

「オッ、春樹大丈夫か?お前、急に倒れたぞ」
「えっ?すみません。おかしいなぁ……今何時ですか?俺、どのくらい眠ってました?」
「ほんの7、8分くらいだよ。それよっか本当に大丈夫かお前」

心配そうに俺を抱き起こしながら、部長は額に手を当てて、熱がないか確かめてくる。
 俺は申し訳ないのと、恥ずかしいのとで、なかなか顔が上げられないけど、姿勢を戻して大きく深呼吸をする。
 ちょっと落ち着いたところで、テーブルの上の冷めた紅茶をゴクゴクと飲み干していく。冷めてるけど旨い!絶対に高級茶葉だ。

「大丈夫です。入学してから時々めまいはするんですけど・・・すみません。続きの作業をやりましょう。時間ないですよね?」

「ふぅ、本当に大丈夫なんだな。分かった。それじゃあ、頭からもう1度弾いてくれ。そのままコード繋いで録音する」

 それから1時間半、必要な音を作って学校に戻る。
 いつの間にか、本当に日が長くなった。もう19時前なのに、外は明るくて暑かった。
 学校に帰ってからの作業は、心配する伊藤副部長に止められてしまった。

「春樹、今日は無理せず帰れ。画像と合わせるのは俺が明日やっとく。明日は日曜だからゆっくりと休め」

部長はそう言いながら、俺の頭をぽんぽんと軽く、髪の毛に触るくらいに叩いてきた。
 子供扱いされたようで、俺はちょっとムカッときた。意地でも手伝うと言うと、溜め息をつかれ却下された。

 俺は渋々と諦めて下駄箱に向かっていると、追いかけてきた部長に肩を掴まれた。

「春樹、もしも明日体調が良かったら、作業を手伝えないか?無理にではないぞ」
「大丈夫です。明日も手伝います。部室ですか?家に行けばいいですか?」
「じゃあ……俺の部屋で……そうだ、お前の作った曲が聴きたい。今日の迷惑料。時間は午前でいいか?」
「グッ……分かりました。ギター、ありましたよね?」

 押しの強い部長に負けて、明日の午前は部長の家に行くことになった。
 靴を履き替えていると、俺の制服のポケットから部長が素早くスマホを奪った。そして自分のスマホも取り出して、何やら操作を始めた。

「これは完全プライベート用のスマホだ。明日はこっちに連絡してこい」と、これまた命令される。スマホ2台とは金持ちめ!やっぱり悠希王子と呼ぼう。

 

 翌日は曇り空で、日曜日に乗る電車は人が少なくて、なんだか新鮮な感じがした。
 何度見ても歴史を感じさせるような門の前で、到着したと部長にラインで告げる。
 慣れそうにない豪邸に、今日も少し緊張しながら「勝手に入ってこい!」との指示に従い、俺はスタジオの重い防音のドアを開けた。

 結局デジ部の映像と音合わせは、先輩が徹夜?でほとんど仕上げていたので、俺はズレの確認や変更した方がいいと思うシーンを抜き出しただけだった。

「部長、このマイク何ですか?」
「何って、マイクだろう?」
「いやいや、この部屋で歌うのにマイクなんて必要ないですよね!?」
「こういうのはさ、雰囲気が大事。ライブ感出した方がいいじゃん」
「ぜんぜんサッパリ分かりません!」

と、抵抗はしてみたものの、なんだか楽しそうな気がして、スタジオの雰囲気に負けた。
 少し指を慣らすためにギターを弾き、発声練習を少しだけ……俺の中学3年の時の担任は音楽教師だったので、歌う前の発声練習が当たり前になっていた。
 2人でふざけてライブみたいなノリを真似したり、部長もギターを弾きながら、流行りのうたを歌ったりした。

 緊張は完全に解れていたが、部長は俺が恥ずかしいだろうからと、俺の視線から外れて座り、静かに聴いてくれることになった。
 
「曲名は【青い彼方】です。聞いてください」 

 俺はライブに出場しているかのような気分のまま、ラルカンドとエイブのことを歌った。
 青い海の前で、ラルカンドに好きだと言うエイブは、独占欲が強くて、直ぐケンカを仕掛けてきて、ラルカンドを泣かせている。でも、お前だけが好きだと海に誓うエイブは、どこか悲し気だった。
 そんな2人の恋模様を、軽いロック調で俺は歌い終えた。 
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