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1 入学式の朝

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「ラルカンド!」と誰かに叫ばれながら俺は目を覚ました。
 またあの夢だ……これで同じシーンの夢を3回見たことになる。
 今日は高校の入学式だというのに、なんで他人の名前を呼ばれて、泣きながら目を覚まさなくちゃいけないんだ!と、俺は誰に文句を言うわけでもなく、1人呟きハーッとため息をついた。

 なんだかダルい体を起こして、いつものようにグリーンの遮光カーテンを開けると、窓の外は快晴で入学式日和だった。
 パンッと両頬を叩いて気合いを入れ、ベッドを降りる。  
 しかし、気合いを入れたはずなのに、朝食のパンを食べながら、妙にリアルな夢のことを思い出し、溜め息をついてしまう。


 俺が初めてラルカンドの夢を見たのは、去年の7月だった。
 中学最後のサッカー県大予選で、せっかくレギュラーに選ばれたというのに、試合直前で首の痛みが酷くなり、急遽精密検査を受けることになった。
 検査の結果、俺の脳に腫瘍があることが分かった。
 手術をしないと痛みは治まらないと言われ、泣く泣く部活を早期引退し入院した。

 その手術の最中、初めてラルカンドという男が出てくる夢を見た。
 夢の中の景色や背景、登場人物の髪の色や瞳の色、そして名前から察するに、中世ヨーロッパの何処かの国……海の近くで侯爵や伯爵などの貴族がいて、ラルカンドと思われる男は、男子ばかりの騎士学校?に在籍しているようだった。
 仲良く誰かと話をしていたり、急に切なくなったり、誰かとキスをしたり……そんなシーンが走馬灯のように現れ、目が覚めた俺は訳が分からなくて混乱した。
 なのに、どこか酷く懐かしく、胸が締め付けられ、甘い何かに体が疼いた。
 この感情は何処からくるのだろう?
 手術以降、度々見るようになった夢に、俺の心は振り回された。

 あれから9ヶ月が過ぎようとしているのに、ラルカンドの名前を呼んでいる男の名前は分からないままだ。
 泣きながら目覚めた俺は、夢の中でキスされたことが嬉しくて、つい唇を触ってしまう・・・

 ……おかしい。完全におかしいだろう!男同士のキスなのに・・・ダメだ!このままでは俺の恋愛観が崩壊する。

「ちょっと春樹、またぼ~っとして、早く食べてしまいなさい。それからその髪、ちゃんと地毛だって届けておきなさいよ」

「分かってるよ母さん。ホントに誰に似たんだろうなこの髪……」

 残りのパンを頬張って、俺は洗面所で自分の髪の毛を触る。
 純日本人のはずなのに、手術の後から黒い髪の中に青い髪の毛が生えてくるようになった。
 手術の後遺症か?と思ったが、そんな症例は聞いたことがないと医者は言った。
 どこにでも居る普通の顔の高校生が鏡に映っている。
 いや、普通よりちょっと痩せ型の、どちらかというと女顔で、黒い瞳の中にも、時々青みが射す一風変わった華奢な男が鏡の中に居た。

 俺は四ノ宮春樹15歳。今日から市内の私立野上学園高校の特進コースに通う学生だ。

 本当は県内でもレベルの高い県立の進学校を受験する予定だったが、受験の前日にめまいで倒れた。
 そのせいで県立高校の試験が受けれず、私立でも進学校の野上学園を選ばざるをえなかった。

 
 まだ新しい体育館の前に入学式の受付があり、母さんと俺は手続きを済ませる。
 貼り出されたクラス分けを確認し体育館に入ると、1ー7の学生が並んでいる列に座った。
 このクラスは女子が多いようで、人数も他クラスと違い30人と少な目だ。きっと教室内はゆとりの机配置になるだろう。
 さらっと体育館内を見回すが、知った顔の奴は近くに居なかった。同じ中学出身の者は8人くらい居たが、違うクラスになったようだ。
 
 入学式では、合唱部が新入生歓迎で歌った曲を、一緒に口ずさんでみた。
 せっかくの歌の途中、救急車の音が被さったが、学校の直ぐ先は総合病院なので仕方ない。
 真面目な合唱曲ではなく、アイドルグループの曲もあり上手かった。そういえば、合唱部は強豪校だと聞いた気がする。
 そんなこんなの入学式はいつの間にか終わり、明日から本格的な高校生活が始まる。



 次の朝、真新しい制服姿に照れている同級生たちと駅で一緒になり「おはよ」と軽く挨拶をする。
 俺の学校の制服は流行りのブレザーで、それなりにカッコいい気もする。
 電車が到着するギリギリで、親友の啓太が学ラン姿でホームに走り込んできた。
 親友である村上啓太は、俺が受験し損ねた県立山見高校に合格し、サッカー部に入部すると張り切っている。
 本来なら俺は、学校のスクールバスで通学するところだが、大親友の啓太と電車通がしたいのでバス通を選ばなかった。まあ、友との語らいは大事だ。
 啓太はサッカーの県選抜選手に選ばれるほどのヤツだが、悔しいことに頭も良かった。それに、俺の変な夢の話も、笑いながら聞いてくれるいいヤツである。

「おはよー春樹!今日も元気か?」と俺の背中を叩きながら元気に声を掛けて来る。
「痛いって!」と俺は抗議するが、啓太は何事もなっかったかのように、じっと俺の顔を覗き込んでくる。
 高校入試の前日、突然倒れた時に一緒にいたもんだから、どうも俺に対して過保護になっている。
 1つ先の新山駅で電車を乗り換え、途中までずっと一緒の啓太は、俺の下車する1つ前の駅で降りる。
「じゃあな」と手を振って、啓太は先に降りていった。

 駅から学校までは徒歩10分で、俺のクラスは4階に在り、結構いい運動になる。
 俺は廊下側の1番後ろの席になり、とりあえず隣の席の原条という面白そうなヤツに、勇気を出して話し掛け、何となく友達になった。
 女子は少し煩いが、男子は育ちの良さそうな奴が多く、なんとか馴染めそうだと安堵する。
 担任は男で、あまり厳しい感じじゃないから、ホームルームは少し騒がしい。



 
 入学して3日、今日の帰りは、健康のため一駅歩いて啓太と同じ駅から電車に乗ることにした。
 駅の近くの本屋で、洋楽のレンタルCDを見たりして時間を潰す。
 俺は姉貴と一緒に小学までピアノを習っていたし、兄貴のギターも時々弾かせてもらっていた。だから、結構歌うことが好きだし、曲を作ることも好きだった。
 ふと、同じ通路に学ラン姿の学生が居るのに気付いた。
 あれは啓太と同じ山見高校の制服だ……とかなんとか思っていると、何故だか急に涙が零れてきた。

 ……どうした俺?

 慌てて両手で涙を拭き、泣いている姿を見られないよう隣の通路に移動する。
 顔はよく見えなかったが、ギターを肩に掛けてたから、きっとバンドをやっているのだろう。
 バンドかぁ……憧れるけど、なんやかんや言っても、俺は人見知りだ。
 人前で歌うとか、演奏するとか絶対ムリ!
 そんなことを考えながら、約束の電車に乗るため駅に向かった。

 午後6時18分の電車に乗って、啓太と今日1日のことをあれこれと話す。
 啓太は明日からサッカー部の練習に参加するので、帰りは一緒になれそうにない。

「春樹も部活やればいいじゃん!お前パソコンとか勉強したいって言ってたじゃん」

「うん、そうなんだけどさ……うちの学校のパソコン部は映画研究部と一緒に活動してて、名前もデジタル映画部なんだ。映像制作とかを本格的にやってて、パソコンの駆使の仕方が半端ないらしい」

「いいじゃん!俺様の勇姿を映画にして、後世まで残す役目を与えてやるよ」
「はあ?啓太のサッカー姿なんか、もう見飽きたって!」

 他愛のない会話を楽しみながら、途中で停車した駅のホームをふと見ると、先程の本屋で見掛けた赤い派手なギターケースの男子が通り過ぎて行った。
 何故か俺はその男が気になり、去っていく後ろ姿を追い掛けるように、ホームの先に視線を向ける。

「おい春樹、どうした?具合が悪いのか?なんで泣いてるんだ?」

急に啓太に揺さぶられて、俺はハッと我に返った。

「えっ?別に。泣いてなんか……あれ?」
「チッ!これだから俺は同じ学校に行きたかったんだ!っとお前は……」

何だかよく分からないが、いつの間にか零れていた涙を見た啓太が、ぶつぶつと文句を言う。
 
 ……いつも心配掛けてごめん・・・自分でも、なんで涙が出たのか分からないんだよ!

「本当に大丈夫なんだな?フウ……ほら、席が空いたから座れ」

目の前の席が空いたので、過保護な啓太が俺を無理矢理座らせ、俺の太股に啓太が鞄を載せてくる。



 その夜、俺は疲れていたのか、勉強をしながら机に肘をついてうたた寝をした。

「ラルカンド、誰がなんと言おうと、俺はお前しか欲しくない!いつも、どんな時も、お前だけを愛している」

「エイブ、でも、もう逃げられないよ。僕は……僕では君を幸せにできない……」

 青い海をバックに、小高い丘のような場所で、エイブはラルカンドの手を握って、一生懸命愛を叫んでいた。
 海のように美しい青い瞳、そして、サラサラと揺れる群青色の髪のラルカンドは、美しい顔を歪めながら悲しそうに泣いていた。
 金色の瞳に金色の短髪で、男らしい感じのエイブは、切なそうにラルカンドを見つめている。
 ああ、きっと2人は恋人同士なのだろう。

 そこで俺はガクリと肘が崩れて目覚め、また涙を流していた。
 驚いたことに今の夢の中で、ラルカンドと俺は完全に同化していた。感情も感触も温もりまでも、自分自身が体験しているかのように感じるようになってしまった。

 エイブ・・・ラルカンドを呼んでいた男の名前はエイブ。そして、お、俺の名前はラルカンドなんだ。これは何だ?もうただの夢とは思えない。

 ……もしかしてこれは、前世の記憶なのか?

 初めて知った男の名前は、おそらく自分が前世で愛した男の名前であると、俺は気付いてしまった。  
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