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2章 陰陽寮
37話 陰陽師、祝宴に出る
しおりを挟む大太法師との激戦の翌日――
「初任務達成を祝して、乾杯!!!」
犬彦が音頭を取り、盃が掲げられる。
造寺村の村長邸では祝宴が催されていた。大太法師から村を守ったことで、清士郎たち第十七小隊は英雄のような扱いをされたのだ。
寝殿には清士郎ふくめた小隊の四人をはじめ、村長と村の重役、そして接待のためにと呼ばれたのだろう若い村娘たちが集まっていた。
(今度こそ一件落着だな)
酒席のすみで一息つく清士郎。
東満によって大太法師は倒された。
しかし大太法師は、あれで死ぬほどヤワなモノノ怪ではない。大太法師のあの巨大な体は、いわば鎧のようなもの。あれが破壊されても、内部の核となる部分が破壊されぬかぎりは基本死ぬことはないのだ。まだ大太法師は生きている。
そして最初の清士郎との話し合いの通り、大太法師は猫又たちと宗旦の干渉を受けぬ織田原へと疎開し、静かに暮らすとのことだった。
そのあたりは凍砂に一任したが、あの優秀な鼬のことだ。抜かりないだろう。
(しかし宗旦と酒呑童子については……これから色々と考えなきゃいけないな)
そんなことを真顔で考えていたときだ。
若い村娘たちが黄色い声をあげながら接待にやってきて、清士郎を取りかこんだ。
『清士郎さま、女の子みたいでかわいらしいわね……いい子いい子してあげたくなっちゃう』
『こんなに小さいのに強いなんてすごい』
『ボク偉いねえ……今日はお姉さんたちに好きなだけ甘えていいんだからねぇ』
そんなことを言われてまとわりつかれるものの、清士郎は苦笑して首を横に振る。
「ははははは……僕は構わなくて大丈夫なので、他のものにお酌してあげてください」
せっかくの祝宴なので楽しみたい気持ちはあるものの、あまり乗り気ではなかった。
そんな清士郎を見兼ねたのだろう。
「清士郎もっと楽しまな損だで~?」
犬彦が呆れたように声をかけてくる。
犬彦は愛嬌があるため、小隊で誰よりも村娘にちやほやされて祝宴を楽しんでいた。
現在も両手に花の状況である。
「いや、僕も自分なりに楽しんではいるよ」
「ならええんだけども。ほら、よっしーもそんなむっつりしとらんでもっと楽しまんと!」
犬彦は肩をすくめ、清士郎よりもさらに人を寄せつけぬ雰囲気の義比良に声をかける。
「黙れ、人の勝手だ。俺は酒も女も好かない。そもそも本来ならこれから鍛錬のつもりだったのだ。それをお前が無理やり参加させたのだろう」
義比良は仏頂面で答える。
すると犬彦は何を勘違いしたのかニヤニヤし、義比良に寄り添って腕をからめる。
「ああ、なるほどなあ。そういうこったあ! しゃあねえ……おいらが今日は人肌脱いでよっしーの接待してやるからよお。楽しもうなあ♡」
「はあ!? 勘違いするな気色悪い」
振り払おうとする義比良だが、犬彦は腕にしがみついてふにゃとした笑みを浮かべる。
「もう隠さないでいいのに~! おいらは男も女もどっちも歓迎だで、遠慮せんでな?」
「まとわりつくな殺すぞ」
「ぐえっ……ひでえよ、よっしー! おいらはこんなに好きなのにグーで打つなんて」
腹に拳を入れられ、芝居がかった仕草で捨てられた子犬のような涙目をする犬彦。
犬彦は村娘によしよしと慰められながら、
「なあ隊長、よっしーがひでえんですよ」
一人で恐ろしい量の酒を飲みつづけている隠れ酒豪だった東満へと泣きついていく。
東満は人差し指をピンと立てて、
「嫌い嫌いも好きのうちだよぉ。たぶん内心では嬉しいけど照れ隠ししてるんだね~! ああいう性格は強引に押すと案外いけると思うなぁ」
「ほうほう……なるほどなあ、さっすが隊長だで! 経験豊富で勉強になるわあ~!」
そんな東満と犬彦二人のやりとりに「アホが」と呆れたように毒づく義比良。
犬彦は義比良にまとわりつきながら、
「ていうか隊長……中々助けに来てくれんかったけども、何しとったんですかあ? おいらたち本当に死ぬかと思ったんですよ~?」
東満へと唇を尖らせる。
東満は何を考えているのだかわからないような表情でう~んとうなったあと、
「寝てた~」
一言、そう答えた。
「はあ!? ひでえ、隊長がぐうすか寝てたせいでおいらたち死にかけてたん!?」
「そういうことだねぇ」
ごめんごめん、と笑う東満。
(本当は何をしてたんだか……)
肩をすくめる清士郎。
さすがに本当に寝てたわけはあるまい。いや、この男ならあるかもしれないが。
酔いもあって、犬彦の東満への愚痴が止まらなかったので清士郎が止めに入る。
「まあまあ犬彦、結局は助けてもらったんだから。結果良ければすべてよしだよ」
「それは……確かにそうだなあ!」
あはははは! と犬彦はさっきまでの不満顔から打って変わって、陽気な笑い声をあげる。けっこう面倒な酔い方をする性質らしい。
「でもさでもさ……おいらたちもなんだかんだ活躍したよなあ! 隊長、次の除目に推薦してくれてもええと思うんだけどもなあ……なんて!」
ちらと東満を見やる犬彦。
確かに清士郎たち三人は、名のある上級のモノノ怪の進行を食い止め、村を救ったのだ。そう考えると、下等陰陽師らしからぬ功績である。
東満は迷う素振りもなく、
「うん、そうだねぇ。推薦しよっかな」
あっけらかんと言う。
犬彦は酔いが一気に覚めたように目を見開く。それを聞いていた義比良もである。
「え、隊長……それ本気で言ってるん!? おいらたち一気に中等陰陽師に!?」
「除目で通れば、ねぇ」
東満は愉しげに肩をすくめる。
「よっしゃぁ、これでおっかあたちにもっと楽させてうまいもん食わせてやれる!」
両手をあげて喜ぶ犬彦。
(そう簡単じゃないと思うけどなあ)
等級内昇格は別として、下等陰陽師の中等陰陽師昇格には、試験に合格する必要がある。推薦を受けても受験資格がもらえるだけなのだ。
しかも合格率は恐ろしく低いらしく、陰陽寮で上を目指す最初にして最大の登竜門になっているとの噂だ。そう簡単な話ではない。
そもそも受験資格がもらえるかも怪しい。
たとえ東満が推薦しても、寮主である叡明やその上のものがダメだと言えば、受験資格はもらえない。今回の功績があるとはいえ、小隊として本格的に活動を始めたばかりの下等陰陽師の受験がそう簡単に認めてもらえるとは思えない。
もちろん、祝いの席なので厳しい現実を突きつけるようなことは口には出さないが。
(そういえば、義比良は早く中等陰陽師になりたいと息巻いていたっけ……)
ちらと見ると、義比良は話自体は聞いていたようだが、それほど嬉しそうではなかった。
「義比良……うれしくないのか? あんなに中等陰陽師になりたいって言ってたのに」
清士郎が気になっていぶかしげに訊ねると、義比良は視線だけでちらとこちらを見る。
「うれしくないわけではない。だが今回の任務で自身の実力不足を思い知った。単純な戦闘力だけでなく、判断もふくめて俺は何もかもが未熟だった。そもそも大太法師を足止めしたのは、ほぼお前の功績だ。俺と犬彦二人では何もできなかっただろう。その功績のおこぼれというのはな」
義比良が眉をひそめながら言うと、東満がなになにと興味深そうに首を伸ばしてくる。
清士郎は慌てて、
「いやいや……僕だって一人じゃ何もできなかったよ。二人が力を貸してくれたからこそ、隊長が来るまでギリギリ足止めできたわけで」
「だけんども……洞窟でも大太法師の術に対抗してたし、やっぱ清士郎はすげえよなあ」
うんうんと首を振る犬彦。
「へぇ……大太法師の術に対抗? そのあたりの話、僕も詳しく聞きたいな~」
そこで満を辞して東満が参戦してきたものだから、清士郎もたまったものではない。
にんまりと不気味な笑みで視線を送ってくる東満にすぐに耐えられなくなり、
「あ……すみません。僕ちょっと気分が悪くなってきたので、外の風に当たってきますね」
慌てて席を立つ清士郎。
逃げるように酒席を離れると、そのまま人気のない村の外れまで歩いていく。
「――清士郎さま!!!」
するとそんな嬉々とした声をあげながら、一匹の白鼬が勢いよく駆けよってきた。
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