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2章 陰陽寮

34話 陰陽師、全力で逃げる

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「お前は……」

 突如、清士郎の眼前に現れた座敷童子。

 何者なのかと一瞬考えるものの、すぐに先ほど出た座敷童子の話を思いだす。宗旦そうたんの側に侍っているという奇怪な座敷童子のその話を。

 その直後だ。


「……!?」


 大太法師が恐ろしい速度で動きだし、錫杖をその一閃した。

 完全に命を刈る気で放たれた一撃。

 だが座敷童子はこれまた恐ろしい速度で反応。くるりと前宙して飛びあがると、なんと大太法師の錫杖の先っぽに跳びのったではないか。

 大太法師は舌打ちし、

「玉藻さま……お気をつけを。こやつこそが宗旦さまをそそのかす悪鬼。こやつがお側に侍るようになってから、宗旦さまは変わられた」

 険しい顔でそう言った。

 やはり件の座敷童子だったらしい。

 確かにその禍々しい霊圧は尋常ではない。そもそも接近されるまで、清士郎がまったく気配に気づけなかった。並のモノノ怪ではない。

(いったい何者か……)

 警戒を強める清士郎。

「失礼だな~! ぼくは宗旦さまの御心に寄り添って、助言を差し上げてるだけだよ?」
「ほざけ」

 大太法師は再び錫杖を振るうが、やはり座敷童子は軽やかに跳んでそれを避ける。

 そして清士郎の前に着地した。

「はじめまして、玉藻さま! ぼくは酒呑童子しゅてんどうじ! 生きているばかりじゃなくて、人間のお姿になっているとはね! でも会えて光栄だよ!」
「酒呑童子……貴様は何者だ?」

 酒呑童子と名乗ったそのモノノ怪には、清士郎もまったく心当たりがなかった。

「ぼくは酒呑童子。それだけだよ」

 でも残念だな、と酒呑童子は嗤う。

「せっかく会えたけど、お別れしなきゃ。玉藻さまは今の宗旦さまには邪魔だし、大太法師もとっても悪い子だからね。となると――」

 たぶんこうするのがいいかな、と酒呑童子が悪戯めいた微笑で言った瞬間だった。

 なんと酒呑童子の手が無数の蛇に変じ、変幻自在の動きで大太法師へと襲いかかった。

「大太法師っ!」
「くっ……」

 大太法師は一瞬でそのほとんどをさばいたものの、一匹に二の腕を噛まれてしまう。

「それじゃ、あとはお楽しみに」

 座敷童子は愉しげに嗤い、次の瞬間には闇に溶けるように忽然と姿を消していた。

 清士郎は眉をひそめながらも、

「大太法師、大丈夫か!?」

 うずくまる大太法師に駆けよる。

 大太法師は激痛に耐える様子でうずくまり、噛まれた二の腕を押さえていた。

 そこにはがあった。

「これは……呪印か」 
「玉藻さま……皆と遠くへお逃げください。でなければあてくしは……貴方を殺めてしまう」

 直後。
 大太法師の体から禍々しい霊力があふれた。

「……っ」

 清士郎はすぐに事態を察する。

 逃げるぞお前たち! と猫又たちに呼びかけて、共に慌てて洞窟を飛びだした。





    ✳︎





 清士郎が大太法師に話を聞いていた頃――

「くっ、俺のせいで……」
「よっしー大丈夫だって! 清士郎は言ったろ、自分もちゃんと逃げるからってさあ」

 義比良は犬彦と洞窟を脱出し、しかし洞窟の近くの木陰で二人そろって潜んでいた。

 東満に文鶴を飛ばして知らせつつも、清士郎を置いて逃げられなかったのだ。

「大丈夫なわけがあるか……いくらあいつに才能があっても、アレに敵うわけがない」

 義比良は歯噛みする。

 大太法師の術を真っ向から受けとめた清士郎の力は、想像以上だった。叡明が特例で陰陽寮に入れたのも、納得が行くほどだった。

 だがそれでも術を受けとめるのでやっと。大太法師を倒せるとはとても思えない。

「それはそうだけんども……逃げることなら」
「無理だ」

 犬彦の言葉を即座に否定する義比良。

 実際にその威圧感を目の当たりにしたからわかる。あの大太法師はバケモノだ。

「勝つほどでないにしろ、圧倒的力量差がある相手から逃げるのがどれほど難しいか」

 そしてそのことは、大太法師を目の当たりにした清士郎もすぐにわかったはず。

(あいつ……俺たちを逃すために)

 清士郎は自身が逃げきれる可能性がかぎりなく低いことをわかった上で、義比良と犬彦を逃す時間を稼ぐことを選んだということになる。

 犬彦はともかくとして、清士郎を当初から小馬鹿にしていたこの自分をである。

(しかもあの一瞬でそんな判断を……)

 同時に、その判断力に驚嘆する。

 確かに三人のうち一人でも多くの人間が生きのこることを考えるなら、清士郎の判断が最善だった。冷静になって考えれば、そう思う。

 だがそれをあの一瞬で理解し、そして自身の命を犠牲にするという判断を迷いなく実行するというのは、常人ができることではなかった。

 あの大太法師の術に対抗できるほどの“裂”、そしてその比類のないほどの判断力。あの清士郎という童は、まぎれもなく天才だった。

(あいつは……なんてすごいやつだったのだ。そして俺は……どこまで愚かなのだ)

 自身が小馬鹿にしてきた清士郎の才能の一端を、今になってようやく理解する。

 そしてその才能ある人間を、自分の愚かな選択のせいで死なせてしまったことも。

「……っ」

 拳を近くの木に打ちつける。

 尽きることなく後悔の念が湧いてくる。

 だがいくら後悔したところでもう遅い。自身の愚かさのせいで、あの安倍叡明すら評価した清士郎という才能は失われてしまったのだ。

 しかしそのときだ。


「よっしー……あれ!」


 犬彦に叩かれ、顔をあげる。

 すると洞窟から一人の童――清士郎と、猫又たちの群れが駆けだしてくるのが見えた。

「あいつ……生きて」
「な! な! おいら言ったろ!?」

 義比良は目頭を熱くし、犬彦は尾を振る犬かのごとく満面の笑みで騒ぎたてる。

 だがその感動も一瞬だった。


「なんだこの地響きは……!?」


 大きな揺れを感じる義比良。

 まるでこの世がこれから終わってしまうかのような大きな大きな地震であった。

 そして次の瞬間。

 ゴゴゴゴゴ! というすさまじい轟音とともに、先ほどの洞窟のあった小山を突きやぶるようにして、山のようなが顕現した。
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