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2章 陰陽寮

32話 陰陽師、窮地に駆けつける

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「な、なんで貴様がここに?」
護符ごふが残されてたからね」

 目を見開く義比良に、清士郎は肩をすくめる。

 間に合ってよかった。

 全力で走ってきたのだが、まさかここまでギリギリの状況だとは思わなかった。

「へへへ、おいらの護符が役に立ったみたいだなあ。さっすがおいらだあ~!」

 誇らしげに親指を立てる犬彦。


「おんや~……もうお一人いらっしゃいましたか。わざわざご足労どうもどうも」


 大太法師は特に動じた様子もなく、やはり首を不気味にかしげて清士郎を凝視する。

 清士郎は大太法師へと向きなおった。

(恐れていた事態ってやつだな)

 どうしたものかと頭をかく。

 この大太法師は、まぎれもない上級のモノノ怪だ。現在の妖人姿ヒトガタの状態では全力こそ出せまいが、それでも今の清士郎よりも数段強い。

 よって戦闘は避けたいが――


(どうしよう……明かせない!)


 清士郎の中で生まれる葛藤。

 ここで自分が前世で玉藻たまもだったと明かせば、戦闘は避けられるかもしれない。

 だが今それを明かせば、義比良と犬彦に前世を知られることになる。そうなったら陰陽寮にもいられなくなり、陰陽師たちに仇敵として追われることになろう。それこそ袋叩きにあい、前世のような最期を迎えることになるかもしれない。

 それだけは避けたかった。

(いや、待てよ)

 だがそこで、一つ妙案を思いつく。


「二人とも……ここは僕にまかせて逃げてくれ」


 義比良と犬彦を守るように大太法師の前に歩みでて、力強くそう言う清士郎。

 簡単なことだ。

 二人をここから逃してしまえば、大太法師に正体を明かすことの障壁はなくなる。身を呈して逃したということで悪印象にもなるまい。

 しかし二人は首を横に振った。

「馬鹿なことを言うな。貴様ごときが抑えられる敵じゃない。そもそもこれは俺がまねいた事態なのだ、逃げられるわけがない。俺も戦う!」
「そうだで、おいらも戦う!」

 犬彦はともかく、あの義比良までそんなことを言うものだから驚いてしまう。

 一方で、大太法師はその間にも猫又たちに癒術を使い、彼らを安全地帯に下がらせる。それからくるりと清士郎たちのほうに向きなおった。

「いやはや、泣けてきますねこれははい。心配せずとも誰も逃さぬのでご安心を」

 ――《砂雪崩すななだれ》、と。
 間髪をいれず、術を発動させる大太法師。

 直後。地面が盛りあがり、それは大きな波のようになって清士郎たちに襲いかかってくる。あの量の砂に呑み込まれれば、耐えられまい。

「くっ、あんなバケモノじみた術……」
「とめられるわけがねえよ!」

 絶望の声を漏らす義比良と犬彦。

 一方で、清士郎は冷静に“裂”の印を結び、大太法師の術に対抗すべく霊力を放った。

 直後。放射状に放たれた清士郎の霊力が防波堤のようになり、砂の大波を食いとめる。

「な……!?」
「すげえ……!?」

 驚愕に目を見開く義比良と犬彦。

 それもそのはずだろう。
 下等陰陽師からすれば、大太法師の放った術は段違いの大技だ。当然それを止めるためにも、同等の力が必要とされるはずなのだから。

 叡明たちには“受け”の技術だけはずば抜けているという設定にしてあったので、そこには矛盾していないのだが、それにしてもである。まあ状況が状況であるし、ここには義比良と犬彦しかいないので、うまく言い逃れるしかあるまい。

 信じられぬという表情でこちらを見る二人に応えるように、清士郎は苦笑する。

「ははははは……僕こういうのだけは得意でね。特例で陰陽寮に入れたのもそういうことで……ってそんなことはいい。二人とも早く逃げて!」
「しかし……」
「僕もすぐに逃げる。大丈夫だから!」

 いまだ義比良は迷っている様子だったが、犬彦はすぐに義比良の手を引いた。

「よっしーここはまかせて行こう! おいらたちがここにいてもどうもならねえよ」
「……くっ」

 義比良は悔しげではあったものの、犬彦の言葉が正論だと思ったのだろう。苦虫をかみつぶした顔で、犬彦と共に洞窟の外へと駆けだした。

 それを見た大太法師は逃すまいとするように、砂の大波にかける霊力を増してくる。

 せめぎあう砂の大波と清士郎の“裂”。

 清士郎は押されはじめるが――


(よし、行ってくれたみたいだな)


 反撃開始だ、と。

 義比良と犬彦が洞窟を出たとわかった瞬間、清士郎は放出霊力量を一気に倍化させる。

 すると戦況は一転。
 清士郎の霊力が砂の大波を押しかえした。


「なんと、これは……!?」


 大太法師は驚愕のうめきを漏らす。

 清士郎の反撃が想像だにしなかったようで、砂の大波はそのまま大太法師を呑みこんだ。

 砂の大波の唸るような轟音のあと――

 一転して静まりかえる洞窟内。

 だがしばしあり、その重量だけで圧殺されてしまうような大量の砂中から、大太法師がにょきっと顔を出し、何事もなく這いだしてくる。

「おんやあ……みくびっていたのは、あてくしのようでございますね。これほどの力を持つとは思いもしなかった。いやはや、しかし……」

 大太法師は何かに引っかかることがある様子で、清士郎を見つめて首をかしげる。

「貴方の霊圧は……どこか懐かしさを覚えます。だが貴方はまぎれもなく人間で、人間の知り合いはそれほど多くはないのですけれども」

 わかるものなのか、と肩をすくめる清士郎。

 もはや隠す必要もない。

「久しいな、大太法師。お前には砂洲さす攻略のときには散々助けられた。にもかかわらず、約束を果たせぬまま逝ってしまってすまなかった」

 清士郎が言うと、大太法師は目を細めてしばし考えて、それからハッと目を見開く。

「まさかまさか……そんなことが?」
「あるみたいだ。僕も驚いだが」

 肩をすくめる清士郎。

「いやはや、これまた数奇な……だがそれならば得心行く。玉藻さま……でございますね?」

 清士郎はこくりとうなずいた。





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