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2章 陰陽寮

30話 陰陽師、危機を察する

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 義比良と犬彦が猫又と接敵していた頃――

(まったく……見つからない)

 清士郎は山中でため息をついていた。

 長時間さがしてはいるものの、猫又の影も形も見つけられていなかったのだ。

 前世よりも五感の感覚が明らかに劣っていることもあって、捜索が思うようにいかなかった。術を使えば容易に見つけることは可能なのだろうが、そうすると怪しまれる可能性が跳ね上がる。不要な危険を犯そうとも思えなかったのだ。

(そろそろ集合時間かあ……)

 成果はなかったものの、しかたない。

 とぼとぼと肩を落としながら、集合場所である造寺山の麓に一度戻っていく清士郎。

(あれ……まだ来てないのか)

 しかしそこには犬彦と義比良の姿はなく、さらにしばらく待っても二人は現れなかった。

 陰陽寮は時間厳守。

 さすがにこの時間まで来ないのはおかしい。

(まさか……二人に何かあったのか?)

 そうとしか思えなかった。

 義比良も犬彦も、あれで陰陽寮に仕官する陰陽師だ。未熟な部分はあれど、よっぽどのことがなければ猫又にやられるとは思えない。

 だが、現在のモノノ怪の動向は不自然な点が多い。大太法師のこともある。二人の身に危険がおよんでいても、なんらおかしくないだろう。

(信号が出ている……)

 術で確認すると、緊急のときに使うことになっていた護符の霊力反応があった。

 やはり二人の身に何かがあったらしい。

(知らせに……いや、急いだほうがいいか)

 東満を一度呼びに戻るか悩んだものの、万一その間に何かあったら手遅れになる。

 清士郎は文を書き殴って文鶴にして飛ばすと、信号の霊力をたどって駆けだした。



     ✳︎



 一方で、猫又の棲家にいる当の二人は、まさに猫又たちと戦闘を始めるところだった。

「やるしかない、行くぞ」
「おん……しかたねえな」

 臨戦態勢の猫又たちを見て、逃げられないことを悟ると、覚悟を決めて躍りでる。

 直後。猫又たちが襲いかかってきた。

 義比良は“装”の印を結び、それに応戦する。猫又は獣並みに身動きが速く、さらには集団で襲ってくるため、さすがにすべてをさばき切れない。

 だが所詮は八等級のモノノ怪。

 引っ掻かれたり咬まれたりと軽傷を負わされるものの、“装”による防御を完全に突破されることはない。これなら耐えきれる範囲だ。

 犬彦も陰陽寮に仕官するだけあり、さすがに猫又相手に遅れを取ることはなさそうだ。

 二人は互いに目配せすると、

「火陽道、十一節――《鬼火おにび》」
「木陽道、七節――《木枯こがらし》」

 同時に印を結び、術を発動する。

 義比良の手からは燃えたける青い炎が、犬彦の手からは渦巻くような突風がそれぞれ出て、とどめを刺そうと猫又たちへと襲いかかる。

(くだらぬ任務だったな)

 義比良は勝利を確信し、微笑を浮かべる。

 だが、二人の術が猫又たちを捉える寸前だ。


「……!?」


 まるで最初からそこにいたかのように、術と猫又たちの間にが現れる。

 目を離したわけでもないのに、そこに来るまでの過程がまったく見えなかった。

 僧侶のような装いの優男だ。

 一見わかりにくいが、尖った耳と霊力の特異さから、妖人姿ヒトガタのモノノ怪だとわかる。

 五条ごじょう袈裟けさ姿すがた浅沓あさぐつを履き、その手には金色の錫杖しゃくじょうを持っている。一方で、髪を無造作に肩まで伸ばし、耳飾りや腕輪など華美な装飾品を身につけているため、それなりに地位のありそうな装いと、ちぐはぐな印象が拭えない。

 直後。
 モノノ怪は錫杖をくるりと回し――


「お楽しみ中……あい、すみません」


 そんな軽い口調でささやきながら、しかし信じられないほどの量の霊力を放つ。

 印すら結んでいないにもかかわらず、モノノ怪はまるで羽虫を払うように、圧倒的な“れつ”によって義比良と犬彦の術を軽々と打ち消した。

「おいらの渾身の術が……簡単に!?」
「ありえん、なんだあのモノノ怪は……」

 にわかには信じられなかった。

 単に義比良や犬彦とは桁違いの霊力を放ったのですら恐ろしいのに、印すら結ばずにそれを放ったというのだから、信じられるわけもない。

 実戦での上等陰陽師を目にした経験はあまりないが、彼らでもあれほどのことができるかどうか疑わしかった。とにかく眼前のモノノ怪はそれほどの存在で、少なくとも義比良や犬彦が太刀打ちできる存在ではないのは確かだった。

 モノノ怪は静かな――しかし身の毛もよだつような禍々しい霊力を体から発しながら微笑を浮かべ、首をひょこと不気味に傾げる。


「あてくし大太法師だいだらぼっちと申すものでございます」


 そして一言、そう名乗った。

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