31 / 42
2章 陰陽寮
29話 安倍義比良 弍
しおりを挟む(なぜ俺が猫又なんぞ探さねばならないのだ)
体を土塗れにして猫又を捜索しながら、安倍義比良は内心で不満を募らせていた。
任務の最終決定権は、特等陰陽師やさらに上のものにある。それがわかっていたので口答えしなかったが、不満が出ないわけもない。
小隊配属前までにも同期の中でそれなりに実力を示してきたつもりだが、次の除目で中等陰陽師になるには、それではまだ足りない。
だからできるかぎり高難度の任務を受けたかったのに、まさか猫又退治とは。
(兄上に追いつくためにも、俺はこんなくだらぬ任務をしている場合ではないのに……)
気持ちばかりが焦っていた。
正直、今回の任務をどれだけ上手くこなしてみせたところで、大して周りの評価があがるとは思えない。一方で、適当なことをして失敗でもしようものならば、評価はがくんと下がってしまう。良いところがなく、バカらしい任務だった。
しかも捜索開始からかなり時間が経ち、そろそろ小隊の三人で再集合すると決めた時間になろうというのに、獲物はいまだ見つからぬと来た。
苛立ちも募るというものだ。
だがその苛立ちが募りに募って、足元の小石を蹴りとばした、そのときだった。
「……!?」
小石が跳ねる音に誘発されたように、ガサッ! と生きものが動く音が耳に届く。
義比良は耳に神経を集中し、その音源をたどるように抜き足差し足で歩みを進めた。
そして――
(いた)
ついに目標の姿を捕捉。
眼前には二足歩行の猫の姿のモノノ怪。
大きさは幼い童ほどか。通常の猫より一回り以上は大きい。朱色の布切れを服のように羽織り、その下から二股に分かれた尾が飛びだしている。
間違いない、猫又である。
小石の音で警戒しているらしく、猫又はきょろきょろとあたりを見回している。
(いつでも……殺れる)
あらためて見てみると、その霊力はあまりに弱々しい。なんと貧弱なモノノ怪か。
これならばわざわざ集合なんぞしなくとも、この猫又を追跡して群れの棲家にたどりつき、一人で任務を遂行してしまえるのではないか。
むしろあの二人――犬彦と清士郎がついてきたところで、足手まといが増えるだけ。自分一人のほうがすぐに済ませられる気がした。
(一人のほうが……実績にもなる)
義比良は若干の罪悪感を覚えながらも、一人で猫又の追跡をすることにした。
だがその途中――
(あれは……)
視界に犬彦の姿を見つける。
義比良は慌てて犬彦へと駆け寄り、猫又に見つからぬようにと茂みに引っ張りこむ。
んんんんっ……!? と犬彦は何事かと暴れるものの、すぐに義比良だと気づいた。
「あ、よっし……」
「黙れ」
犬彦の口を無理やり塞ぎ、猫又を指差す。
猫又はとまらずに歩きつづけている。
気づかれずに済んだらしい。
「……なるほどなあ。おいら本当によっしーにそっちの気があるかと思ったでよ~」
「殺すぞ。いいから喋るな」
小声で言葉をかわしたところで猫又が移動するのが見えたので、二人で後を追う。
音を立てずに猫又を追跡しながら、
「……なあ、護符は使わないんかあ?」
「わざわざあの無能な田舎者を呼ぶために見逃すのは時間の無駄だろう。こっちは二人いる。このまま棲家に行って、二人ですべて始末するぞ」
「いや、だけんども計画では……」
反論したげな犬彦。
だが義比良はもはや引く気はなかった。
「嫌なら来なくてもいい。俺一人で十分だ」
わあったよ、と犬彦は迷う素振りを見せながらも、渋々といった様子でうなずいた。
義比良と犬彦の二人は、付かず離れずの距離を完璧に維持し、猫又を追跡していく。
そしてとある洞窟へと入っていく猫又。
「あそこが根城だな」
「なあ……本当に二人で殺るつもりかあ?」
言うまでもない、と義比良は答えることすらなく、そのまま洞窟へと足を踏み入れる。
「ああもう、どうなっても知らねえぞ……」
犬彦も覚悟を決めたのか、あるいはやけくそになったのか、緊急信号用の護符だけ洞窟の前で使用すると、義比良に続いて洞窟に入った。
洞窟は想像以上に広かった。
元は人間の賊か何かが使っていたものなのか、棲みやすいように改築した痕跡がある。焚き火の跡やら布切れやら生活の痕跡も見えた。
「……」
しばし進むと、広い椀状の空間に出る。
そこで十数体の猫又が輪になっていた。
何やら話し合っている様子だ。
距離がある上に人語でなくモノノ怪の言語なので、内容はまったくわからなかった。
「数が多いが、どうさばくか……」
「見えねえ、おいらにも見せてくれよお」
義比良が思案していると、背後で待機していた犬彦が、強引に猫又をのぞきこむ。
「おいバカ……押すな!」
犬彦に体重をかけられ、義比良はついに耐えきれなくなって、前方によろめいた。同時に足元の小石を蹴って、派手な音を立ててしまう。
半身まで見せてしまった義比良に――
『……!?』
猫又たちが気づかぬわけもない。
猫又たちは一斉にこちらを見ると、シャー! と毛を逆立てて臨戦態勢に入った。
0
お気に入りに追加
231
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
【完結】彼女以外、みんな思い出す。
❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。
幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
ざまあ~が終ったその後で BY王子 (俺たちの戦いはこれからだ)
mizumori
ファンタジー
転移したのはざまあ~された後にあぽ~んした王子のなか、神様ひどくない「君が気の毒だから」って転移させてくれたんだよね、今の俺も気の毒だと思う。どうせなら村人Aがよかったよ。
王子はこの世界でどのようにして幸せを掴むのか?
元28歳、財閥の御曹司の古代と中世の入り混じった異世界での物語り。
これはピカレスク小説、主人公が悪漢です。苦手な方はご注意ください。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
閉じ込められた幼き聖女様《完結》
アーエル
ファンタジー
「ある男爵家の地下に歳をとらない少女が閉じ込められている」
ある若き当主がそう訴えた。
彼は幼き日に彼女に自然災害にあうと予知されて救われたらしい
「今度はあの方が救われる番です」
涙の訴えは聞き入れられた。
全6話
他社でも公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる