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2章 陰陽寮

29話 安倍義比良 弍

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(なぜ俺が猫又なんぞ探さねばならないのだ)

 体を土塗れにして猫又ねこまたを捜索しながら、安倍あべの義比良よしひらは内心で不満を募らせていた。

 任務の最終決定権は、特等陰陽師やさらに上のものにある。それがわかっていたので口答えしなかったが、不満が出ないわけもない。

 小隊配属前までにも同期の中でそれなりに実力を示してきたつもりだが、次の除目じもくで中等陰陽師になるには、それではまだ足りない。

 だからできるかぎり高難度の任務を受けたかったのに、まさか猫又退治とは。

(兄上に追いつくためにも、俺はこんなくだらぬ任務をしている場合ではないのに……)

 気持ちばかりが焦っていた。

 正直、今回の任務をどれだけ上手くこなしてみせたところで、大して周りの評価があがるとは思えない。一方で、適当なことをして失敗でもしようものならば、評価はがくんと下がってしまう。良いところがなく、バカらしい任務だった。

 しかも捜索開始からかなり時間が経ち、そろそろ小隊の三人で再集合すると決めた時間になろうというのに、獲物はいまだ見つからぬと来た。

 苛立ちも募るというものだ。

 だがその苛立ちが募りに募って、足元の小石を蹴りとばした、そのときだった。


「……!?」


 小石が跳ねる音に誘発されたように、ガサッ! と生きものが動く音が耳に届く。

 義比良は耳に神経を集中し、その音源をたどるように抜き足差し足で歩みを進めた。

 そして――





 ついに目標の姿を捕捉。

 眼前には二足歩行の猫の姿のモノノ怪。

 大きさは幼い童ほどか。通常の猫より一回り以上は大きい。朱色の布切れを服のように羽織り、その下から二股に分かれた尾が飛びだしている。

 間違いない、猫又である。

 小石の音で警戒しているらしく、猫又はきょろきょろとあたりを見回している。

(いつでも……殺れる)

 あらためて見てみると、その霊力はあまりに弱々しい。なんと貧弱なモノノ怪か。

 これならばわざわざ集合なんぞしなくとも、この猫又を追跡して群れの棲家にたどりつき、一人で任務を遂行してしまえるのではないか。

 むしろあの二人――犬彦と清士郎がついてきたところで、足手まといが増えるだけ。自分一人のほうがすぐに済ませられる気がした。

(一人のほうが……実績にもなる)

 義比良は若干の罪悪感を覚えながらも、一人で猫又の追跡をすることにした。

 だがその途中――


(あれは……)


 視界に犬彦の姿を見つける。

 義比良は慌てて犬彦へと駆け寄り、猫又に見つからぬようにと茂みに引っ張りこむ。

 んんんんっ……!? と犬彦は何事かと暴れるものの、すぐに義比良だと気づいた。

「あ、よっし……」
「黙れ」

 犬彦の口を無理やり塞ぎ、猫又を指差す。

 猫又はとまらずに歩きつづけている。
 気づかれずに済んだらしい。

「……なるほどなあ。おいら本当によっしーにそっちの気があるかと思ったでよ~」
「殺すぞ。いいから喋るな」

 小声で言葉をかわしたところで猫又が移動するのが見えたので、二人で後を追う。

 音を立てずに猫又を追跡しながら、

「……なあ、護符は使わないんかあ?」
「わざわざあの無能な田舎者を呼ぶために見逃すのは時間の無駄だろう。こっちは二人いる。このまま棲家に行って、二人ですべて始末するぞ」
「いや、だけんども計画では……」

 反論したげな犬彦。

 だが義比良はもはや引く気はなかった。

「嫌なら来なくてもいい。俺一人で十分だ」

 わあったよ、と犬彦は迷う素振りを見せながらも、渋々といった様子でうなずいた。

 義比良と犬彦の二人は、付かず離れずの距離を完璧に維持し、猫又を追跡していく。

 そしてとある洞窟へと入っていく猫又。

「あそこが根城だな」
「なあ……本当に二人で殺るつもりかあ?」

 言うまでもない、と義比良は答えることすらなく、そのまま洞窟へと足を踏み入れる。

「ああもう、どうなっても知らねえぞ……」

 犬彦も覚悟を決めたのか、あるいはやけくそになったのか、緊急信号用の護符だけ洞窟の前で使用すると、義比良に続いて洞窟に入った。

 洞窟は想像以上に広かった。

 元は人間の賊か何かが使っていたものなのか、棲みやすいように改築した痕跡がある。焚き火の跡やら布切れやら生活の痕跡も見えた。

「……」

 しばし進むと、広い椀状の空間に出る。

 そこで十数体の猫又が輪になっていた。

 何やら話し合っている様子だ。
 距離がある上に人語でなくモノノ怪の言語なので、内容はまったくわからなかった。

「数が多いが、どうさばくか……」
「見えねえ、おいらにも見せてくれよお」

 義比良が思案していると、背後で待機していた犬彦が、強引に猫又をのぞきこむ。

「おいバカ……押すな!」

 犬彦に体重をかけられ、義比良はついに耐えきれなくなって、前方によろめいた。同時に足元の小石を蹴って、派手な音を立ててしまう。

 半身まで見せてしまった義比良に――


『……!?』


 猫又たちが気づかぬわけもない。

 猫又たちは一斉にこちらを見ると、シャー! と毛を逆立てて臨戦態勢に入った。
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