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2章 陰陽寮
16話 陰陽師、上京する
しおりを挟む清士郎が住まう五行列島。
そこには、無数の国々が点在している。
それらの大多数を統治し、島の実質的な支配者として君臨しているのが朝廷と呼ばれる機関であり、その頂点に立つ帝であった。
そして朝廷が置かれ、帝が暮らす列島最大の都として発展したのが、平陽京なのだった。
――平陽京
多くの人々から、それはとかく優雅で華やかな印象を持たれることが多い都だ。
もちろん、その印象に大きな間違いはない。実際に地方から出てきたものからすれば、その発展具合はまさにその印象通りの華やかな都――右京の一部は除いてだが――であるに違いない。
だが決して、華美なだけの場所ではない。
その実は、三方を北山、東山、西山に囲まれ、東西には軽井川と竜田川が流れており、山と川の自然の要塞に守られた堅固な都なのだ。
京内のつくりは碁盤の形にしばしば例えられ、碁盤の目のように東西南北に無数の小路と大路が走っていて、それぞれの土地に区分けされている。わかりやすく、利便性にも優れた都なのだった。
そんな都の中央に縦に走る大路――羅生門から大内裏までまっすぐ北に走る朱雀大路は現在、あまり見ないような騒ぎになっていた。
事件が起こった、というわけではない。
『叡明さまが戻られた!』
『なんでも大百足を退治しなすったとか』
『さすがは我らが右大臣さまだ』
『かの方がご現在の間は京も安泰だ!』
安倍叡明一行がモノノ怪退治から帰還し、その路を通っているからであった。
そんな一行の牛車のひとつに――
「すごい人気だな……」
清士郎の姿はあった。
叡明や東満が別の牛車であることもあり、清士郎は遠慮なく身を乗りだして牛車の物見から外を覗き見し、民衆の熱狂具合に感心していた。
叡明が先の大戦での活躍によって英雄の代名詞のようになっているのは風の噂に聞いていたが、これほどの人気だとは知らなかった。
姿を見せているわけでもないのに牛車の外観だけで気づかれたばかりか、必要もないのにその場に平伏しているものまでいた。
そんな様子を不快に思ったのか、唯一の同乗者の鼬――凍砂が不満げに鼻を鳴らす。
「ふんっ……あれだけ我らモノノ怪を虐殺しておいて、それで英雄気取りとは笑わせる」
「ま、戦とはそういうものだろう」
清士郎は肩をすくめ、視線を熱狂する民衆から平陽京の街並みへと移した。
「それにしても……本当に美しい都だ」
平陽京を目にしたことはあった。
だがそれは戦時のこと。このようにゆっくりと街並みを見るのは今日が初めてだった。
あらためて見ると、美しい。
その一言に尽きる。
人々が賑やかに行きかう整備された大路、それに沿って整然と立ちならぶ建造物、人も建物も洗練されていて、感動すら覚えてしまう。
「えぇ……そうですか~? わたくしめは夜の食国のほうが美しいと思いますが」
「比較するのは無粋だろう」
どちらも美しい、と肩をすくめる。
――夜の食国。
それはモノノ怪界の平陽京とでも言うべきか、モノノ怪の総本山と言える都だ。前世で玉藻が治め、現在は弟の宗旦が治める場所である。
もっとも――モノノ怪は人間よりも多種多様で、知能の高さや血の気の多さ、さらには考え方も全然違っている。だから完璧に意思統一ができているわけではないし、特に玉藻が命を落としてからは勢力も分散しているらしいが。
まあ一枚岩でないからこそ、今世でモノノ怪討伐に特に罪悪感がないのでありがたい。モノノ怪同士での諍いは日常茶飯事だったのだ。
そんなことを考えながら街並みを楽しんでいると、しばしあって牛車が動きを止める。
「ん、着いたのか」
「しかし……陰陽寮ではなさそうですが」
凍砂が鋭く目を細める。
確かに陰陽寮にしては、感じる霊圧が少なすぎる。陰陽師が大勢いるとは思えない。
門から車宿へと入っていくが、やはり陰陽寮という雰囲気はない。建物の造り自体も、上流貴族の邸宅といった雰囲気だろうか。
「すさまじい豪邸だが……この屋敷は?」
「やはり……あの男に図られたのではありませんか? 我々の正体について何か掴まれていて、始末するためここに誘いこまれたとか」
「いや、さすがにそんなことは……」
ない、とは言い切れなかった。
なにしろあの安倍叡明だ。
さすがに前世にまでたどりついたとは思えないが、こういった状況になると、すでに正体が見抜かれている可能性も考えてしまう。
「降りろ」
外から叡明の声がかかる。
清士郎はビクッとその身を震わせ、凍砂に指を立てて声を出さぬようにうながす。
「……着いたのですか?」
「ああ、陰陽寮ではないがな」
叡明のその答えに一気に警戒を強める。
この上なく真剣な面持ちで凍砂と顔を見合わせ、視線で警戒するように示し合わせる。
そして意を決し、牛車を降りた。
「ついてこい」
間髪をいれず、叡明に声をかけられる。
清士郎は落ちついて周囲を観察する。
車宿には叡明以外にわずかな随身の姿しかなく、そのわずかな者も牛の世話をしているだけだった。東満の姿もない。さきほど牛車が一台別れたので、それだったのだろうか。
罠という雰囲気はひとまずなかった。
「? 酔ったのか」
「いえ、問題ありません」
訊ねてくる叡明に首を振る清士郎。立ちどまって険しい顔をしていたせいだろう。
答えると叡明は先に行ってしまう。
その背をちらと見やりながら、清士郎は再び胸のなかの凍砂と視線を合わせる。
「清士郎さま……お気をつけて」
「……わかっている」
ごくりと生唾を飲み、叡明のあとを追う。
だがおそるおそる最大限警戒しながら、中門廊に足を踏みいれた瞬間だった。
『――おかえりなさいませ!!!』
突如、そんな大音声が響いた。
一人二人によるものではない。一〇名以上による全力の挨拶だったため、ひいっ! と清士郎はつい仰けぞって尻もちをついてしまった。
これまで見たことがないほどの人数が渡殿にずらりと並び、清士郎たちを出迎えていた。
それをさも当然のことだとでもいうように無視し、さっさと歩を進める叡明を見て、慌てて立ってあとを追い、叡明の隣に並んだ。
「えっと、ここは……?」
「俺の屋敷だ」
叡明は何の気なしにそう答えた。
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