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1章 旅立ち
5話 凍砂
しおりを挟む清士郎が広小路から立ち去ったあと――
(玉藻さま……行ってしまわれた)
鳴松の町のはるか上空に、凍砂の姿はあった。
夜闇にまぎれ、ぷかぷかと浮遊している。
凍砂は先ほどのやりとりを夢心地で思いかえし、そこで冷静になる。
(ありえぬ、玉藻さまが……あの玉藻さまが生きていらっしゃったのだ!)
その事実を噛みしめ、歓喜する。
生きていた、というのは厳密には違うだろう。
玉藻は大戦の折、間違いなく一度命を落としたのだから――
(安倍叡明……人間ごとき下等生物が)
あの安倍叡明という人間によって。
凍砂が地上を見下ろすと、先ほど凍砂たちがいたその広小路には、人間が蛆のように湧いていた。
その中にはあろうことか、思いだすだけで凍砂の怒りが爆発してしまいそうになるほど憎き陰陽師――安倍叡明の姿もあった。
(まさか玉藻さまのお側に現れるとは……蛆虫めが。今すぐに我が風の刃でずたずたに切り裂き、喉笛に食らいついて始末してくれようか)
形容しがたいほどの憤怒に衝動的に突き動かされそうになるが、思いとどまる。
今あの場にいるのは、安倍叡明だけではない。
複数の陰陽師がいる。
人間ごときに遅れをとるとは思わないが、その油断が大戦での敗北を招いたのも事実。複数の陰陽師を無闇に相手どれば足元をすくわれかねない。
それに今はあの男のことは、二の次だ。
それよりも大事なことがある。
玉藻を、守ることだ。
(人間という下等生物のお姿になっても、あれほどに貴いとは……)
玉藻の先ほどの貴き様子を思いかえし、身悶えしてしまう凍砂。
そのいでだち、その霊圧、その立ち居振る舞いもふくめ――そのすべてが麗しい。
思いだしただけで体が熱くなってしまう。
(ああ……ああ! なんと神々しく……なんと愛おしいのだ、我が君よ)
玉藻は記憶を取りもどした。
だがその体は前世とは比べるべくもない軟弱な人間の体。いかに強大な霊力を持とうとも、不意をつかれれば容易に命を落としかねない。その強大な霊力を扱うのに慣れるまで、時間もかかるはず。
自分が、守るのだ。
(必ずや、このわたくしめがお守りいたします)
たとえ玉藻が人間として生きることを望んだとしても、凍砂の玉藻への忠義は変わらない。玉藻のためならば、命をよろこんで捨てる覚悟があった。
まあ――人間の醜さを思いだし、再びモノノ怪の旗頭となってくださるのが最善ではあるが。
(それについても、おいおい考えねばな……)
そんなことを考えていたときだった。
霊力をまとった折り鶴――文鶴が凍砂のもとへと飛んでくる。
(この霊力は……玉藻さまから、か?)
宝物に触れるようにそっと文鶴を捕まえる。
文を開いて目を通し、ひょこと首をかしげた。
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