トライアングルパートナー

窓野枠

文字の大きさ
上 下
188 / 190
第32章 純子の構想

11

しおりを挟む
 慶子は植木に軽く会釈し、室長室の開いているドアの前に進むと立ち止まり、扉をノックした。書類の山に埋もれていた純子が顔を上げて慶子の顔を見た。
「やっと来たわね、さあ、こっち、入って」
 純子はそう言うと、席を立ち、応接セットの長ソファーに素早く座った。それから、慶子に隣に座るよう手のひらでソファーを2度ほどたたいた。座ると慶子は手にしていた書類を純子の前に広げた。もちろん、離婚届である。すでに進一が記入する欄は書き込まれていた。
「今、署名と捺印するからね」
 そう言うと、純子は少し書類を見つめてから1文字ずつ丁寧に書き込んだ。最後、テーブルにおいてあった判を押した。
「証人の二人は植木さんとあなたでお願いね。今、植木さんにも書いてもらっちゃおうね」
 純子はそう言うと、席を立って部屋を出た。しばらくしてから純子の後に植木が付いて入ってきた。純子の前に植木が座った。純子はテーブルに乗っていた離婚届を180度回転させて植木の前に差し出した。植木は無言のまま証人欄に署名と捺印をした。それを見届けた純子はその用紙を隣の慶子の前に移動させた。
「あなた、判を持っている?」
 純子が慶子にたずねてきた。慶子はこんなに簡単に書類が完成することになるとは思ってもいなかった。純子と進一の20年以上の婚姻生活が法的に終わる。持ってきたのは離婚届の用紙だけだ。慶子が首を左右に振ると、純子が納得したように言った。
「じゃ、証人欄にはあなたが自席で書いてから進一さんに戸籍課に提出するよう伝えてくれる? 慶子さんは進一と一緒についていくといいわ。それが出されないとあなたは困るでしょ? 提出後、また、夕食会を再開しましょうね。あなたたちの結婚の日程とあたしたちの日程が重ならないように打ち合わせないとね。離婚したってわたしたちはトライアングルパートナーだものね。一段落したら、いつもの食事会の二次会を再開したいわ。酒肴を変えてね」
 記入欄に文字が書き込まれた離婚届を見つめた慶子は、今後、進一と隠れて交際しなくて済むと思うとうれしかった。これで仕事帰り進一と並んで同じ家に帰宅できるようになるのだな、と思うと今までのうつうつとした気持ちがうそのように晴れていくようだった。慶子がつい笑顔を作った。
「そのうち、法制化されてわたしたちと同じ人がたくさんできたら、みんなハッピーになれるわ。多情愛こそ、ハッピーの源なのよ。そのためにも慶子さん、これからも活動をいっしょによろしくお願いしますね」
 純子から改めて言われた慶子は、そうか、わたしたちがやろうとしていることは、こういうことでもあるのだな、と公僕として普及させることの使命を感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

処理中です...