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第29章 慶子の悩み

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 慶子はマンションの玄関を出ると、歩いて慎之介のいるゲーム店に向かった。慶子がゲーム店の前までくると、店内に10人ほどの客が見えた。オープン当時、ショーウインドウ越しに慎之介が一人いるだけでショーケースを拭き掃除している姿を懐かしく思い出した。今は大盛況と見えた。あの時と比べると、町を行き交う人たちの行動も少しずつ変わってきたように見えた。みんながリア・ラブゲームにハマっているのかもしれない。しかし、慶子は何と言っても自分が一番変わったな、と思い当たりはにかんだ。
 慶子が玄関の自動ドアを通ると、カウンターの前にいた慎之介が顔を向けた。しばらく会っていなかった慎之介は慶子の顔を見て驚いたように言った。
「やあ、いらっしゃい」
 そう言った慎之介の隣に20歳くらいの女店員がいた。どこか自分と似た容姿に見えた。進一と同じように慶子を見て「いらっしゃいませ」と、笑顔を向けた。慎之介は女店員に「ちょっと奥にいる」と言うと、近づくなり慶子の背中を押すように奥へと誘導した。ドアに事務室という表示板が付いている。以前は店長室と書かれていた部屋だ。彼はドアを開け慶子の背中を押した。慶子が振り向くと、彼はドアを後手に締めた。彼の顔は怒っている顔だった。
「慶子ちゃん、あれから顔を全然見せないでどうしていたの?」
 慎之介に聞かれた慶子は今までなんとも思っていなかった職場の上司を突然、好きになってしまい、彼と恋人関係になったことを簡潔に話した。慎之介は初めて好きになった人が他の男を好きになったと聞かされた。予期していた当然の結果だった。自分が今田進一を好きになるようスマホ・ヒトメボレのプログラムを特別に修正したからだが、彼は今更ながら後悔した。
 慶子は慎之介を前にし進一という運命の人に出会えた、とうれしそうに話していたが慶子の目から涙がこぼれ始めた。うれしそうにしていた慶子が一転し泣き顔になった。大粒の涙を流し始めた。それを見た慎之介はどうしたらいいのか困った。慶子は深く息を吸い込んでから話し始めた。
「あたしって、なんで、愛する慎之介さんがいるのに係長を愛してしまったのかしら、あたしは二人も愛せる浮気な女だったの? あたしって最低の女だわ? あたし、あなたも愛しているの分かるの…… なんなの?」
 慶子は慎之介に苦しさを訴えた。その慶子の涙に慎之介はただただ困った。慎之介は今まで恋の橋渡しをして感謝されることはあっても泣かれることはなかった。彼女は複数の人を愛してしまう感情に戸惑っているのだ。日本では運命の人はたった一人しかいない、というルールを植え付けられてきた。それが円満な人間関係を築くため人間界が作り出した法律だ。人を愛することにルールはいらない。好きになったもの勝ちだ。愛の力こそがおのれのルールだ。
「なんとかしなければ、将来、慶子のような罪悪感が持つものが増えるだろう」
 多情愛を推進する慎之介はスマホ・ヒトメボレを普及させるだけでなく、アフター・ケアという新たな活動が必要と思った。
「慎之介、あたしの心が壊れちゃったみたいなの…… 今、進一と愛し合うようになったと報告しているのに、あなたとも愛し合いたくなってきたの…… もう、あなたを愛したくて我慢できないわ」
 慶子はそう言うと、慎之介の頬を両手ではさみ動けなくするとキスした。慎之介は目を丸くした。慶子は唇を重ねたまま両手を背中に回した。そのまま、慎之介は入ってきたドアに押し付けられるように後退りしていった。そのまま、慶子はドンと音を立ててドアを背にしたままの慎之介にキスを続けた。
「店長ぅー 大丈夫ですかぁ?」
 先程の女店員がドアをドンドンたたきながら大きな声を出している。すると、慶子が唇を外し声を出した。
「大丈夫じゃないわぁー あたしにも分からないわ。あたしの何かが壊れたみたいなのよぉー」
 慶子は天井に向かって大きな叫び声を上げた。それから直ぐにかがむと、慎之介のベルトに両手を掛け素早くズボンを引き下ろした。
「お願い、動かないでね……」
 慎之介は慶子になされるまま部屋の天井を見つめた。
「えぇー どうしてぇー ないの?」
 慎之介にはないのだ。彼の体は女だった。
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