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第7章 小山内慶子

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 今田進一が退社間際の午後5時前のこと。
 ピピーピピーピピー 
 耳障りな呼び出し音が事務室内に鳴り響く。ノートパソコンに向かう進一とは反対に、今日もOL2年生の小山内慶子のスマホの着信音が鳴る音だ。
 進一は、慶子に顔を向ける。「おい! マナーモードにしろよ!」などと、軽はずみに言ってはいけない。パワハラになってしまう。思いとどまる。優しい指導をするよう、人事部長に念を押されていた。進一は、深く息を吸って、おもむろに、席を立つと慶子のそばにゆっくり歩み寄る。そして、慶子の傍らにさりげなく立ち、慶子の耳元に顔を近づけ、優しく小声で言う。
「「小山内さん…… 今まで、何度もお願いしていますが、プライベートの電話は勤務時間外でお願いします」って、前に言ったよね? 何回、言ったら改めるんだ。えっ きみは何を考えているんだ」」
 進一は全部を言いたいところであったが、後半の言葉は心中に止めおいた。すると、スマホをにらんでいた慶子が耳に掛かった髪を右手でかきあげながら振り向いた。慶子は進一の顔を下から見上げている。かわいらしい唇を半分だけ開けて白い前歯が光る。彼女は何か言い訳を考えているようで数秒の間があった。
「でもーー 係長、掛かってくるんですよねぇー 勤務時間外は掛けないで、って、あたしも相手にお願いしてるんですよ。もう、迷惑で困りますよねぇー 掛けてくる人って、何を考えているんでしょうねぇーーー」
 そう言って、額を右45度に傾けた慶子がおどけるようにほほ笑む。進一はその笑顔を向けられると、彼も笑顔に変わっていた。なんてかわいらしいのだ。この笑顔にして魔性、みな、魔性の笑みに心を奪われてしまう。彼女は男の精気を吸う魔性の女だ。彼は自分の彼女へ向けてしまう愛を、彼女の妖艶な魅力のせいにする。だから、彼は今まさに、不可抗力のごとく、彼女の唇に自分の唇が吸い寄せられそうな危機的状況も不可抗力と言って諦める。彼は慶子の唇に重ねてしまいそうなくらい寄せていた顔を慌てて離す。
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