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第13章 訪問
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「浩志さんがいます」
彼女が心中で警告をつぶやいた。勘太郎に彼女の心の声が握った手から伝わった。
「おーい、何してるの?」
先に入った台所から浩志が大きな声を出してなかなか来ない二人を催促した。勘太郎は目を大きく開いた。
「うっ、か、買い物、ご苦労さま…… これは僕が冷蔵庫にしまっておくから……」
勘太郎はそう言って握った手をスライドさせてレジ袋を受け取った。単純に自分が玄関でのろのろとしていたからいけなかった。彼女が言うように忘れた食材を買いに行っていて気が急いていたに過ぎない。夏だし傷みやすい食材だったから冷蔵庫に早く入れたかった、という彼女の焦る気持ちはもっともだ。きっと、そうに違いない、自分は何を変な妄想をしているのだ、と彼は結論づけた。しかし、また、手を握ってしまったのはまずかった。レジ袋をつかむ位置を間違えて握ってしまった、と彼は言い訳を考えた。
とにかく、彼女が目の前の男が痴漢した本人と分かったら嫌悪を見せるはずである。勘太郎は痴漢が発覚しなくて良かった、とまた自分自身のまっとうな生き方に嘘をつくという罪悪感を背負うことになった。恵美は痴漢をしでかした勘太郎の後ろめたさをとことん利用するつもりでいた。だから、夏休みの間、勘太郎の家に連日訪問することを決めた。
恵美は、勘太郎がレジ袋を持って台所に入っていく姿を後ろから見つめながらつぶやいた。
「きょうはわたしの体温や感触を思い出せましたか?」
台所に勘太郎が入ったことを見届けると、恵美もその後を急いで追った。
勘太郎の家には、その翌日も、恵美が勉強しにやってきて夕食を食べていった。三日連続だ。そんなこともあり、勘太郎は痴漢した男を覚えていたら二度と家に来ないだろう、と確信し安心した。夕食を食べながら、勘太郎は目の前に並んで座る恵美と浩志が楽しく会話している姿を微笑ましく見ていた。これから自分が恵美から報復を受けるなど想像もしていなかった。妄想ばかりする彼がそういう未来を想像できていたら度重なる訪問を反対していただろう。恵美が期待したとおり浩志も勘太郎も幸せいっぱいの顔になっていた。
「あぁー 最高ですわ…… お父さんって最初の時より幸せ感が増えましたか? あたしの気のせいですか? お父さんと浩志さんが幸せならあたしも幸せです……」
恵美はこの幸せが続くことを祈った。
「あー うれしい……」
恵美は料理を右手で口に運びながら太ももを左手の指の先でつねった。痛みを感じた。彼女は夢ではないことを確認し安心した。
彼女が心中で警告をつぶやいた。勘太郎に彼女の心の声が握った手から伝わった。
「おーい、何してるの?」
先に入った台所から浩志が大きな声を出してなかなか来ない二人を催促した。勘太郎は目を大きく開いた。
「うっ、か、買い物、ご苦労さま…… これは僕が冷蔵庫にしまっておくから……」
勘太郎はそう言って握った手をスライドさせてレジ袋を受け取った。単純に自分が玄関でのろのろとしていたからいけなかった。彼女が言うように忘れた食材を買いに行っていて気が急いていたに過ぎない。夏だし傷みやすい食材だったから冷蔵庫に早く入れたかった、という彼女の焦る気持ちはもっともだ。きっと、そうに違いない、自分は何を変な妄想をしているのだ、と彼は結論づけた。しかし、また、手を握ってしまったのはまずかった。レジ袋をつかむ位置を間違えて握ってしまった、と彼は言い訳を考えた。
とにかく、彼女が目の前の男が痴漢した本人と分かったら嫌悪を見せるはずである。勘太郎は痴漢が発覚しなくて良かった、とまた自分自身のまっとうな生き方に嘘をつくという罪悪感を背負うことになった。恵美は痴漢をしでかした勘太郎の後ろめたさをとことん利用するつもりでいた。だから、夏休みの間、勘太郎の家に連日訪問することを決めた。
恵美は、勘太郎がレジ袋を持って台所に入っていく姿を後ろから見つめながらつぶやいた。
「きょうはわたしの体温や感触を思い出せましたか?」
台所に勘太郎が入ったことを見届けると、恵美もその後を急いで追った。
勘太郎の家には、その翌日も、恵美が勉強しにやってきて夕食を食べていった。三日連続だ。そんなこともあり、勘太郎は痴漢した男を覚えていたら二度と家に来ないだろう、と確信し安心した。夕食を食べながら、勘太郎は目の前に並んで座る恵美と浩志が楽しく会話している姿を微笑ましく見ていた。これから自分が恵美から報復を受けるなど想像もしていなかった。妄想ばかりする彼がそういう未来を想像できていたら度重なる訪問を反対していただろう。恵美が期待したとおり浩志も勘太郎も幸せいっぱいの顔になっていた。
「あぁー 最高ですわ…… お父さんって最初の時より幸せ感が増えましたか? あたしの気のせいですか? お父さんと浩志さんが幸せならあたしも幸せです……」
恵美はこの幸せが続くことを祈った。
「あー うれしい……」
恵美は料理を右手で口に運びながら太ももを左手の指の先でつねった。痛みを感じた。彼女は夢ではないことを確認し安心した。
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