幸せな報復

窓野枠

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第11章 恵美の訪問

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 翌朝、今度の日曜日の朝、浩志がガールフレンドが訪ねてくる、と勘太郎に言う。それを聞いた勘太郎は早く帰宅してスーパーウーマンにあいさつしたかったが、仕事のローテーションを急に変えることはできなかった。
「いつもより早く帰るつもりでいるけど……」
「うん、無理しなくていいから……」
 浩志も小さい頃から見てきた父は働き者だ。仕事も家事も父親と母親の役をしっかりやっていた。手を抜いたりすることはなかった。
 勘太郎は浩志が手の掛からない中学生になった頃から仕事を優先させ家事は浩志と分担することになった。そのせいもあって浩志が高校生になった頃、勘太郎は仕事に注力すると、やがて店長に昇格した。

  *

 日曜日、勘太郎は副店長に任せ早めに退勤する予定だった。ところが、帰り際、「店長に会わせろ」と言う中年男性のクレーマーに対応するため遅くなってしまった。
 午後6時半、店外はほのかに暗くなっていた。地下にある一之江駅から地上に出るとすっかりあたりは暗くなっていた。普段、駅からバスを利用していたがこの日は駅まで自転車を使って来た。
 駐輪場に立った勘太郎が腕時計を見た。午後7時半、浩志のガールフレンドはもう帰ったかも、と思った。
 彼は自宅前の路地を自転車で走らせていた。前方から女性が歩いてくるのが見えた。彼は彼女を見て青くなった。あわてて直ぐ脇の路地に曲がった。前から近づいてきた女性は、三カ月前、電車で痴漢のトラブルを起こした女性だった。何かの用事でこの辺を歩いていたのか。彼は路地に入って自転車を降りると、自転車の調子が悪いようにしゃがんでタイヤのあたりを触ってみたりしながら顔を通りの方へ少しだけ向けた。彼女が路地を横切っていくのを目で追った。彼は嫌な予感を抱いた。
 急いで路地の角から彼女の消えていく姿を見ていた。彼は彼女の姿が見えなくなるのを確認してから自宅に急いだ。玄関のドアを開けて入る。
「帰った、浩志はいるか?」
浩志が奥のほうから声を上げた。
「ここにいるけど…… なに? もう少し早ければ彼女に会えたのに…… つい今しがたまで父さんを待っていたんだ。惜しかったなぁー」
 勘太郎は浩志の言葉を聞いて血の気の引くのを感じた。自分は痴漢をしていながら逃げ切った、と思っていた。もう、ほぼ忘れていた事件だ。いや、忘れようとしていたがどこか忘れられなかった。なにしろ、彼女は妻の仁美にそっくりなのだから忘れたくても忘れられない。浩志は母親のことを知らない。2歳の時、母を交通事故で亡くしてしまったのだ。彼は母の顔を仏壇にある写真でしか知らない。浩志は母の顔だけでなくすべてを覚えていないだろう。あの女性に惹かれたのは母親の面影を感じたからか。勘太郎はなんで痴漢をしてしまったのか、と今更のように悔やんだ。
「そうか…… 悪かったな、ちょっと遅くなってしまった」
 浩志は残念そうにしていたが、勘太郎は会えなくて良かった、と安堵した。しかし、今日は良くても次をどうするかと思うと目の前が暗くなった。
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