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第32章 櫻子VS尚子
6話
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尚子は振り返ることもなく、今日は春の陽気で暖かですねぇ、と小さな声で話をそらし、歩く速度を速くすると、さらに離れていく。その尚子の後を櫻子は追うように早足で歩いた。元気な平八郎に会えるなら、まっ、いっか、と櫻子の怒りはしずまっていった。それどころか、今は嬉しくて気持ちが高揚していた。平八郎が大切な人だと自覚できた櫻子は、男を好きになれる気持ちが自分にもあることを心から喜んだ。そんな気持ちは初めてのことだ。
長い廊下を歩いていた尚子は、橋本の眠る部屋の前で立ち止まり、ドアの前で直立した。
「学園長、お連れしました。入ります」
「来たね……」
櫻子はその声で心臓の鼓動が速まった。平八郎の声と違う。平八郎に何かあったのではないか? 一瞬、櫻子の脳裏に不安がよぎった。尚子はドアを開けて中へ進む。櫻子も続いてすぐに入る。目の前のベッドに男が寝ていた。男の周囲には機器が置かれ、その機器から出たチューブが男の体とつながっていた。天井を向いていた男が顔を櫻子のほうへ向けた。ひしゃげた高い鼻が目を引く印象的な顔立ちだった。
「櫻子さん、やっとお会いできましたね。田所平八郎です。この姿が僕の本当の姿です。驚かれたでしょう?」
櫻子は男の言葉の意味が分からなかった。言葉は酸素マスクのせいか、くぐもり、かすれ、声に生気がない。櫻子は平八郎と名乗る男の声をしっかり聞きたくて、そばに歩み寄った。平八郎は口に酸素マスクを付けていた。その顔は高い鼻をした野獣にしか見えなかった。
「え? あなたが平八さんなの? どういうこと?」
櫻子は平八郎の体とつながった医療チューブを見て、状態を感じ取った。この人はもう長くは生きられないのか。今までの流れから、平八郎は学園長の後継を探していた。そうとしか考えられない。櫻子が長く生きられないと思ったのも無理はなかった。橋本の体に挿入された田所の再生細胞が、劇的な変身を橋本に加えている最中だった。橋本が田所のメモリを得て復活するために、再生細胞が橋本の生命エネルギーを極限状態まで消費させていた。
「…… 君から説明してくれますか…… ゴホゴホゴホ」
平八郎は話すと呼吸が苦しそうに見せた。それを見た尚子は、
「いいよ、おじさん、うまいねー」
と心の中で、しゃべらないための演技に感心した。
「では、あたしから詳細を説明しますので、学園長も聞いてください。もし、訂正があるようでしたら、体調のいいとき、ドールで櫻子さまにお話しください」
「何なの? あんたがさっきから言ってる、ドールって?」
櫻子は尚子に問うと、尚子は部屋の隅にある人間と同じサイズくらいのまゆのような形をしたものが5個ほど並んでいて、その中の一つを手で示した。
「あれです」
尚子が見ている先に、櫻子も顔を向けた。半透明のまゆの中に、食堂にいた平八郎が入っているのが見えた。さきほど、動かない平八郎を食堂に置いてきたはずである。櫻子には平八郎が目を閉じ立ちながら寝ているように見えた。
「稼働準備完了」
まゆのあたりからアナウンスが流れた。すると、平八郎が目を開いた。そう白だった顔に血色がよみがえった。
「何?? 人形なんてものじゃないわ、それもロボットだったの? 信じられないわ。まるで人間じゃない?」
驚いて質問した櫻子は、尚子の答えを待った。櫻子の反応に気をよくした尚子は、愛らしい顔を崩し得意げに話し始めた。
「この学園の寮はこの人間型ロボットの工場です。学園長は寮生がいなくなった空き部屋に別の役割を与えました。学園長の教育方針は、すべての人が楽しい社会活動ができるようにする。そういう人間に育てる教育です。誰もが助け合いながら、社会に貢献する。
しかし、そういう理念は今の生産性を上げるために競争している現代社会ではなかなか受け入れられません。そこで、心身に障害を持った人を医療用補助スーツを使って支援することを当初の教育目標にしました。つまり、体に障害を持った人に社会貢献できるようにサポートする。そういう心をもった人間を育てる教育です。そういう考え方を持った女性を増やすことで、学園長は社会は互いが協力し合い、明るく幸せな生活を送れると、これを開発することで確信しました。
わたしも学園長の考え方に共感し、この学校に入学しました。あたし、現在2年生です」
長い廊下を歩いていた尚子は、橋本の眠る部屋の前で立ち止まり、ドアの前で直立した。
「学園長、お連れしました。入ります」
「来たね……」
櫻子はその声で心臓の鼓動が速まった。平八郎の声と違う。平八郎に何かあったのではないか? 一瞬、櫻子の脳裏に不安がよぎった。尚子はドアを開けて中へ進む。櫻子も続いてすぐに入る。目の前のベッドに男が寝ていた。男の周囲には機器が置かれ、その機器から出たチューブが男の体とつながっていた。天井を向いていた男が顔を櫻子のほうへ向けた。ひしゃげた高い鼻が目を引く印象的な顔立ちだった。
「櫻子さん、やっとお会いできましたね。田所平八郎です。この姿が僕の本当の姿です。驚かれたでしょう?」
櫻子は男の言葉の意味が分からなかった。言葉は酸素マスクのせいか、くぐもり、かすれ、声に生気がない。櫻子は平八郎と名乗る男の声をしっかり聞きたくて、そばに歩み寄った。平八郎は口に酸素マスクを付けていた。その顔は高い鼻をした野獣にしか見えなかった。
「え? あなたが平八さんなの? どういうこと?」
櫻子は平八郎の体とつながった医療チューブを見て、状態を感じ取った。この人はもう長くは生きられないのか。今までの流れから、平八郎は学園長の後継を探していた。そうとしか考えられない。櫻子が長く生きられないと思ったのも無理はなかった。橋本の体に挿入された田所の再生細胞が、劇的な変身を橋本に加えている最中だった。橋本が田所のメモリを得て復活するために、再生細胞が橋本の生命エネルギーを極限状態まで消費させていた。
「…… 君から説明してくれますか…… ゴホゴホゴホ」
平八郎は話すと呼吸が苦しそうに見せた。それを見た尚子は、
「いいよ、おじさん、うまいねー」
と心の中で、しゃべらないための演技に感心した。
「では、あたしから詳細を説明しますので、学園長も聞いてください。もし、訂正があるようでしたら、体調のいいとき、ドールで櫻子さまにお話しください」
「何なの? あんたがさっきから言ってる、ドールって?」
櫻子は尚子に問うと、尚子は部屋の隅にある人間と同じサイズくらいのまゆのような形をしたものが5個ほど並んでいて、その中の一つを手で示した。
「あれです」
尚子が見ている先に、櫻子も顔を向けた。半透明のまゆの中に、食堂にいた平八郎が入っているのが見えた。さきほど、動かない平八郎を食堂に置いてきたはずである。櫻子には平八郎が目を閉じ立ちながら寝ているように見えた。
「稼働準備完了」
まゆのあたりからアナウンスが流れた。すると、平八郎が目を開いた。そう白だった顔に血色がよみがえった。
「何?? 人形なんてものじゃないわ、それもロボットだったの? 信じられないわ。まるで人間じゃない?」
驚いて質問した櫻子は、尚子の答えを待った。櫻子の反応に気をよくした尚子は、愛らしい顔を崩し得意げに話し始めた。
「この学園の寮はこの人間型ロボットの工場です。学園長は寮生がいなくなった空き部屋に別の役割を与えました。学園長の教育方針は、すべての人が楽しい社会活動ができるようにする。そういう人間に育てる教育です。誰もが助け合いながら、社会に貢献する。
しかし、そういう理念は今の生産性を上げるために競争している現代社会ではなかなか受け入れられません。そこで、心身に障害を持った人を医療用補助スーツを使って支援することを当初の教育目標にしました。つまり、体に障害を持った人に社会貢献できるようにサポートする。そういう心をもった人間を育てる教育です。そういう考え方を持った女性を増やすことで、学園長は社会は互いが協力し合い、明るく幸せな生活を送れると、これを開発することで確信しました。
わたしも学園長の考え方に共感し、この学校に入学しました。あたし、現在2年生です」
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