蜃気楼の女

窓野枠

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第13章 児玉進一の幼少期

1話

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  児玉珠子こだまたまこには進一という4歳の男の子がいた。安田ナルミは珠子と進一に会うと道路や公園、スーパーでよく立ち話をした。このとき、ナルミは安田との子を妊娠していた。生まれる子は女の子である。アラビアーナ人は遺伝的に女の子しか誕生しなかった。男は隣国から超能力を使って拉致し、たくさんの女の種付けとして、大事に育てるのが習慣である。一人の男が何十人の女とセックスして、種を存続させていた。日本から優秀な遺伝子をもつ安田仁の脳を誘導し、拉致した。安田仁も種付けとして一生を終える運命だった。しかし、安田はハサンが目を付けた男だけに、秀でた優秀な遺伝子を持っていた。だから、 蜃気楼しんきろうの女たちの考えも及ばぬ想定外の脱出を試みてしまった。 蜃気楼しんきろうの女たちにとって、安田仁が誰とでもマゾの喜びを得られなかったことが大きな誤算だった。そして、防衛隊長のナルミも、思いがけなく安田を深く愛してしまったことは想定外だった。王族の血を受け継ぐ防衛隊長という地位にあるものが、一人の男に心を奪われてしまった。それほどの魅力を持った男だった。ナルミの父・国防参謀長・ハサンにとって、 蜃気楼しんきろう脱出は想定内の計画の一つだったのかもしれない。その意志をナルミは引き継いだ、ということか?  蜃気楼しんきろうの国から新たな新天地・アラビアーナ国建設という野望を抱いていたということか。安田を脱出させたこともナルミの計画の初期に過ぎないのだろうか。  
 安田仁とナルミは日本で婚姻をした。安田ナルミはお腹の子・尚子を児玉進一を夫としてカップルにする計画を考えていた。第3世代を交配し、第4世代、と優勢な種を増やしていく。  
 トマトをもぎ取りながらナルミは、珠子の背中を見た。物を大切に育てる優しい心を持つ珠子をナルミは慕った。側近を殺してしまう自分たちとはまるで違う存在。継承するたびに側近を皆殺しにしてしまう自分たち種族の能力を変えたかった。皆殺しにするのは、限られた空間の 蜃気楼しんきろうという国に生活するためである。平和を愛するとは言っても、思想、思考、嗜好(しこう)等が違うことによる争いは必然的に起きる。同じ民族でもそれは防げない。だから、一つの種が継承したとき、その周辺の種を抹殺する。  
 ナルミは進一も珠子の性格を継承していることを確信した。ナルミは大きくなりつつある赤ちゃんのいる腹を手のひらを当ててなでた。隣でトマトをもぎ取っていた珠子が、ナルミに声を掛けた。
 「ナルミさん、トマト、おうちで料理して使ってね。焼いたりしてもおいしいのよ。あ、午後、焼きトマトの料理、一緒に作らない?」
 珠子は妹のようにナルミの世話を焼いた。ナルミは珠子の心遣いが嬉しくて、姉のように慕った。 蜃気楼しんきろうでは経験したことのない関係だった。この人は人を攻撃したりする考えが全くない。それが、珠子の脳に何度となく入り込んだが、憎むという感情が脳に存在しない特殊な女である。この女は一体どうやって生きる気力が生まれるのか不思議でしょうがなかった。 蜃気楼しんきろうの人たちは洞窟の中で隠れるように暮らし、いかに拉致した男の精液を確保するか、画策していた。自分のDNAのコピーを作るためである。そうやって、しのぎを削っていた世界とは大違いである。父は 蜃気楼しんきろうの国を理想郷と言っていた。それは、自分たちの住み世界に満足し、納得するために付けた名称に過ぎなかったのではないか。  
 ナルミは 蜃気楼しんきろうを思い出すたび、あまりにこの日本という国とかけ離れていることに恥ずかしく、そんな思考、思想しか生まれなかった自分たちが愚かで、そういう世界で満足しなければならなかったことに、悔しさ、腹立たしさがこみ上げてくる。この日本という社会を知ってから、なおさら、悔しさ、憎しみ、腹立たしさは増大した。そんな気持ちになってしまう自分の心を、尚子の世代から生まれないようにしたい、とも思った。進一と尚子にその種の誕生を委ねたい。長い道のりだが、自分たちの世代でいつか終わらせたい。そう願わないではいられなかった。  
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