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第三章 あの日の約束に真実の夢を見る
30 呼び声
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がくりと自分の首が揺れるのを感じて、セラフィナは束の間の微睡みから意識を引き戻した。
時計を見ると針は一時過ぎを指しており、明るい窓の外を見るにどうやら五分ほど意識を飛ばしていたらしい。セラフィナはランドルフの顔を見て、先程と寸分違わないその寝顔を確認すると、何度目かわからないため息を漏らした。
この三日ずっと同じ事を繰り返している。皆がきちんと休息を取るよう勧めたが、セラフィナは頑として首を縦に振らなかった。
ベッドの側に腰かけたまま、時折意識を失うように眠りに落ち、僅かな時間で目を覚ましては落胆する。そんな生活によって確実に体力と心はすり減っていったが、それでも彼と離れて過ごすよりかは余程楽だった。
静かに横たわる彼を見つめていると、不意に涙が頬を伝っていく。
気を抜くとすぐにこれだ。セラフィナは苦笑気味に吐息を漏らして胸に手を当てると、深く深呼吸して気持ちを落ち着けようとした。目を瞑って息を吸い込めば、次第に気持ちが穏やかになっていくのを感じる。
「セラ、フィナ……」
それなのに掠れた低い声が名前を呼ぶから。大きく脈打った心臓を持て余したまま、セラフィナは恐る恐る声のした方向へと視線を向けた。
すると、金の双眸が確かにこちらを見つめている。
待ち望んだその輝きに、微かな微笑みに、頭の中が真っ白になってしまって。
セラフィナは衝動に突き動かされるまま、ランドルフに覆いかぶさるようにして抱きついていた。
先程止めようとしたはずの涙が堰を切ったかのように溢れ出し、喉が焼け付くように痛んだ。みっともない顔になっている事は解っているのに止まらない。
目を覚ましてくれた。もう一度名前を呼んでくれた。これ以上の幸せがあるだろうか。
様々な感情がない交ぜになって、頭が熱に浮かされたようにぼうっとしている。しかし大きな手が躊躇いがちに背を撫でる感触を得て、セラフィナはピクリと身を震わせた。
暖かい。一番最初にそう思った。泣きじゃくるセラフィナを宥めるようなその動きに、相変わらずの優しさを感じてそろそろと顔を上げる。そこには予想した通り、ランドルフの優しい微笑みがあった。
「ランドルフ様……これは、夢じゃありませんよね? 本当にっ……目を覚まして、下さったのですよね……?」
「ああ、夢じゃない。お前のおかげで戻ってこられた。……ありがとう、セラフィナ」
「——良か、った……!」
もうそれ以上は何一つ言葉にならなかった。最早しゃくり上げることしかできなくなってしまったセラフィナを、ランドルフは辛抱強く抱きしめてくれる。その温もりに少しずつ実感を得て、力を抜いたその時。
なんの前触れもなく扉が開け放たれた。
「あ——っ! 兄さん、目を覚ましたんですね!?」
大いに安堵を含んだその叫びに、セラフィナは弾かれたように身を起こした。
姿を現したのはルーカスであった。彼は何かあった時のために続き部屋に詰めてくれていたので、セラフィナの声を聞きつけて事態を察知したのだろう。
「ルーカス……お前、本物か……?」
ランドルフはまるで幽霊でも見たような顔をしている。ルーカスはくしゃりと顔を歪めると、殆ど走るようにしてベッドへと歩み寄った。
「心配……したんだぞ」
「それはこっちの台詞ですよ、もう! なんて無茶をするんですか!」
「それこそこちらの台詞だろう……」
ランドルフの声は掠れて弱々しかったが、弟との軽口の応酬は既に何時ものテンポを取り戻していた。
「アイゼンフート侯爵、お目覚めですか!?よ、良かった……!」
次に現れたのはレオナールだった。彼は既に滝のような涙を溢れさせており、その後に続くベルティーユは呆れ顔である。
「もう、しっかりなさいレオナール」
「だ、だって姫様あ……!」
そしてその後は次々と見舞い客が現れて、客間はちょっとした騒ぎになってしまった。
エルマが飛び込んできたと思ったら、オディロンとクロエが姿を現して、更にはフンケ少佐とその部下たちが号泣しながら雪崩れ込んでくる。彼らは皆一様に目に涙を浮かべて、ランドルフの無事を喜んでいるようだった。
セラフィナはその賑やかな様子をじっと見つめていたのだが、不意に頭がぐらりと揺れて、ベッドに手をついて体を支えた。視界が黒い幕に覆われていくかのように、急速に閉ざされていく。
「セラフィナ、どうしたんだ……!」
セラフィナのただならぬ様子にいち早く気付いたのはランドルフであった。彼は大怪我を負っているというのに、横たわったまま素早く手を伸ばして支えてくれようとする。
もっとこの幸せな光景を見ていたいのに。
悔やみつつも、久方ぶりに訪れた自然な眠気が温かみを持って全身を包む。名前を呼ぶ声を遠くに聞きながら、セラフィナは安息の眠りへとその身を沈めた。
時計を見ると針は一時過ぎを指しており、明るい窓の外を見るにどうやら五分ほど意識を飛ばしていたらしい。セラフィナはランドルフの顔を見て、先程と寸分違わないその寝顔を確認すると、何度目かわからないため息を漏らした。
この三日ずっと同じ事を繰り返している。皆がきちんと休息を取るよう勧めたが、セラフィナは頑として首を縦に振らなかった。
ベッドの側に腰かけたまま、時折意識を失うように眠りに落ち、僅かな時間で目を覚ましては落胆する。そんな生活によって確実に体力と心はすり減っていったが、それでも彼と離れて過ごすよりかは余程楽だった。
静かに横たわる彼を見つめていると、不意に涙が頬を伝っていく。
気を抜くとすぐにこれだ。セラフィナは苦笑気味に吐息を漏らして胸に手を当てると、深く深呼吸して気持ちを落ち着けようとした。目を瞑って息を吸い込めば、次第に気持ちが穏やかになっていくのを感じる。
「セラ、フィナ……」
それなのに掠れた低い声が名前を呼ぶから。大きく脈打った心臓を持て余したまま、セラフィナは恐る恐る声のした方向へと視線を向けた。
すると、金の双眸が確かにこちらを見つめている。
待ち望んだその輝きに、微かな微笑みに、頭の中が真っ白になってしまって。
セラフィナは衝動に突き動かされるまま、ランドルフに覆いかぶさるようにして抱きついていた。
先程止めようとしたはずの涙が堰を切ったかのように溢れ出し、喉が焼け付くように痛んだ。みっともない顔になっている事は解っているのに止まらない。
目を覚ましてくれた。もう一度名前を呼んでくれた。これ以上の幸せがあるだろうか。
様々な感情がない交ぜになって、頭が熱に浮かされたようにぼうっとしている。しかし大きな手が躊躇いがちに背を撫でる感触を得て、セラフィナはピクリと身を震わせた。
暖かい。一番最初にそう思った。泣きじゃくるセラフィナを宥めるようなその動きに、相変わらずの優しさを感じてそろそろと顔を上げる。そこには予想した通り、ランドルフの優しい微笑みがあった。
「ランドルフ様……これは、夢じゃありませんよね? 本当にっ……目を覚まして、下さったのですよね……?」
「ああ、夢じゃない。お前のおかげで戻ってこられた。……ありがとう、セラフィナ」
「——良か、った……!」
もうそれ以上は何一つ言葉にならなかった。最早しゃくり上げることしかできなくなってしまったセラフィナを、ランドルフは辛抱強く抱きしめてくれる。その温もりに少しずつ実感を得て、力を抜いたその時。
なんの前触れもなく扉が開け放たれた。
「あ——っ! 兄さん、目を覚ましたんですね!?」
大いに安堵を含んだその叫びに、セラフィナは弾かれたように身を起こした。
姿を現したのはルーカスであった。彼は何かあった時のために続き部屋に詰めてくれていたので、セラフィナの声を聞きつけて事態を察知したのだろう。
「ルーカス……お前、本物か……?」
ランドルフはまるで幽霊でも見たような顔をしている。ルーカスはくしゃりと顔を歪めると、殆ど走るようにしてベッドへと歩み寄った。
「心配……したんだぞ」
「それはこっちの台詞ですよ、もう! なんて無茶をするんですか!」
「それこそこちらの台詞だろう……」
ランドルフの声は掠れて弱々しかったが、弟との軽口の応酬は既に何時ものテンポを取り戻していた。
「アイゼンフート侯爵、お目覚めですか!?よ、良かった……!」
次に現れたのはレオナールだった。彼は既に滝のような涙を溢れさせており、その後に続くベルティーユは呆れ顔である。
「もう、しっかりなさいレオナール」
「だ、だって姫様あ……!」
そしてその後は次々と見舞い客が現れて、客間はちょっとした騒ぎになってしまった。
エルマが飛び込んできたと思ったら、オディロンとクロエが姿を現して、更にはフンケ少佐とその部下たちが号泣しながら雪崩れ込んでくる。彼らは皆一様に目に涙を浮かべて、ランドルフの無事を喜んでいるようだった。
セラフィナはその賑やかな様子をじっと見つめていたのだが、不意に頭がぐらりと揺れて、ベッドに手をついて体を支えた。視界が黒い幕に覆われていくかのように、急速に閉ざされていく。
「セラフィナ、どうしたんだ……!」
セラフィナのただならぬ様子にいち早く気付いたのはランドルフであった。彼は大怪我を負っているというのに、横たわったまま素早く手を伸ばして支えてくれようとする。
もっとこの幸せな光景を見ていたいのに。
悔やみつつも、久方ぶりに訪れた自然な眠気が温かみを持って全身を包む。名前を呼ぶ声を遠くに聞きながら、セラフィナは安息の眠りへとその身を沈めた。
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