【完結】妖精と黒獅子

水仙あきら

文字の大きさ
上 下
67 / 91
第三章 あの日の約束に真実の夢を見る

11 弟の秘密について ②

しおりを挟む
 作戦会議を終えて宮殿を出ると、既に日が天辺に差し掛かる頃になっていた。
 レオナールは会議終了後にディートヘルムに残るよう言われて宮殿に残った。
 自国を攻め落とす作戦の概要を聞かされた近衛騎士の心境は察して余りあるが、彼はこの計画に乗るときっぱり宣言したのだ。
 彼は仕える姫君への忠義を最優先にしているらしく、今は謀反の疑いが掛かったベルティーユがとにかく心配との事で、彼女の命を保証することを条件に寝返ることをを承諾したのである。今頃は現在のアルーディアの状況について細かく話をしている頃だろう。
 ランドルフとルーカスは一度屋敷へ帰り、準備をして出発するということになった。馬車に乗ってから無言で情報を整理し続けていたランドルフだったが、ルーカスが気まずげに俯き続けているので声をかけることにする。

「ルーカス」
「……はい」

 まるで叱られるのを待つ子供の様な表情だ。ルーカスは低い声で返事をすると、それでも恐る恐る目を合わせてくれた。

「いつから情報部に所属していたんだ」

「二年前、です。陛下の即位と合わせて直属の情報部隊を作ることになったと、マイネッケ大佐から話を頂きまして」

 ディートヘルムが私設の情報部隊を有しているのは気付いていたが、まさか弟がそれに属していたとは及びもつかなかった。
 戦ごとに関して並々ならぬ感の良さを発揮するランドルフをして気付かせなかったのだから、ルーカスは恐らく優秀な工作員なのだろう。

「そうか。朝から多くの出来事が重なって、処理しきれないが……まあ、驚いたな」
「……すみません」

 ルーカスは沈痛な面持ちで膝の上の握りこぶしに視線を落とした。
 まったく、やはりこの男も人の良いところがある。仕事なのだから堂々と家族をも欺けば良いのに、心の中では罪悪感を感じていたのだろう。久しぶりに見る弟のしおらしい様子に、ランドルフは思わず苦笑をもらしていた。

「いや、謝るのは私の方だ」
「……兄さん?」
「今まで遊んでばかりいると思っていたが、あれは仕事をしていたんだな。博物館でたまたま会った時も仕事の最中だったんだろう。違うか」

 軍の仲間と歓楽街に出かけ、仮面舞踏会に出席しては一夜の恋に興じるルーカス。
 もともと遊ぶのが好きな男ではあったが、思えばより派手になったのはちょうどディートヘルムが即位した頃だった。女を取っ替え引っ替えして一度も紹介しようとしないのも遊びゆえかと思っていたのだが、つまりそんな女は初めからいなかったのだろう。
 遊びと称して歓楽街で情報を収集し、舞踏会に出席した裏で情報を渡す、それが諜報員の仕事なのだ。

「知りもせず説教をしたりして、悪かった。許せ」

 ルーカスはランドルフのまっすぐな視線を受けて、やはり居心地悪そうにしていたが、ややあって苦笑をこぼした。その笑顔は近頃は見ることのなかった弟本来の素直な表情だった。

「そんな、謝ってもらうことなんて何一つありません。俺は楽しくてやってますし、結構性分に合うんです、この仕事。それに、たった一人の弟だから、心配してくれていたんでしょう?」
「……なんだそれは?」

 たった一人の弟だから、という下りだけやけに強調した物言いに、ランドルフは含みを感じ取って目を細めた。確かに以前そんなことを言った様な気がする。相手は、たしか。

「義姉上が言っていたんですよ。戴冠記念パレードでのことだったかな。情けないことに俺がちょっと弱音を吐いてしまったんですけど、そしたら、兄さんが俺に仕事を任せられるから助かってると言っていたと教えてくれて。それで、自分には仲の良い兄弟に見える、なんて励ましてくれたんですよ」

 今更の真実にランドルフは胸を突かれた。そうだあの時、ルーカスに手紙を出すと言ったら、彼女はとても嬉しそうに笑ったのだ。よほどルーカスと出かけるのが楽しかったのかと思ったのだが、実際は兄弟が仲良くするよう気を利かせてくれていたのか。

「良い子ですよね」
「…ああ。本当に、優しい人だ」
「このまま義姉上を戦争に利用させはしません。俺も微力ながら戦います」
「ああ。必ずセラフィナは救い出すぞ。必ずだ」

 兄弟は頷きあうと、その後は無言で馬車に揺られ続けた。これからの戦いに想いを馳せ、大事なものについて振り返る時間は、実際よりもずっと長く感じられたのだった。



 屋敷に帰ると、玄関にてエルマが仁王立ちで待ち構えていた。いつもの使用人のお仕着せではなく動きやすそうなワンピースにブーツ、ショルダーバッグという出で立ちの彼女は、ランドルフを認めるや否や猛然と走り寄ってきた。

「申し上げます!    旦那様、私をアルーディアまでお供させて下さい!」

 エルマは優雅なカーテシーではなく軍隊式に腰を直角に折り曲げて、決死の覚悟といった様子で嘆願した。
 この屋敷にレオナールを入れたことや今までの経緯から、どうやら既にセラフィナがアルーディアに拐われた事を察しているらしい。
 四年前の戦では兵士だったという彼女の有能さを見せつけられ、ランドルフはどうしたものかと腕を組んだ。

「エルマ。気持ちはわかるが、此度は戦なのだ。退役した者を連れて行くわけにはいかん」
「兵士としてではなく、奥様の専属使用人としてお供させていただきたいのです。決して足手まといにはなりません。どうしても心配なのです!」
「駄目だ、強行軍になる。女の体力ではついて来れん」
「平気です!    私、戦の折には300kmを一週間で踏破したこともありますから。ですから、何卒!」
「え、何々?    エルマは俺のことが心配で仕方ないって?」

 押問答をする主従に割り込んで来たのは、既にいつもの調子を取り戻したルーカスだった。エルマはパッと顔を上げると、あからさまに迷惑そうな顔をした。

「これは参ったな。そんなに愛されていたとは知らなかったよ、エルマ」
「奥様のことが心配なんです。ルーカス様のことはどうでもいいです」
「照れなくてもいいんだよ。今なら君のこともっと教えてくれるのかな?」
「照れてませんし教えません」

 ランドルフはこの二人が会話しているところを初めて見たのだが、エルマは迷惑がっているものの、随分と打ち解けているようである。まさか我が家の使用人にまで手を出していたとは、と一瞬思ったが、女遊びはカモフラージュであることが先程判明したばかりだ。ということは、つまり。

「またまた。でもアルーディアまで来てくれるなら、ずっと一緒に居られるね?」

 そこでエルマは今初めて気付いたと言わんばかりに目を見開いた。一気に顔を青ざめさせた彼女は、錆びた音がしそうな動きでランドルフへと顔を向ける。

「だ、旦那様。ルーカス様も、ご一緒なのですか?」
「ああ」

 短く答えてやると、エルマは強く息を飲んで何かと葛藤するように目を瞑った。ランドルフには彼女の中のせめぎ合いが手に取るようにわかる気がした。

「大丈夫、俺が君を守ってあげるから」

 目つきを見るにエルマはお前のことを一番警戒していると思うが。

「君がいてくれたら心強いよ。俺もいつも以上の力が出せそうだ」

 青ざめた顔色を見るにエルマの力は100%減退しそうだが。

「エルマ。やめておいたらどうなんだ?」
「い、いいえ!   このようなことで揺らぐ覚悟ではありません!」

 このようなこと呼ばわりされたルーカスは気の毒だが、それにしてもエルマは強情だった。顔色が悪いものの一歩も引く気は無いといった様子に、ランドルフは思わず感心してしまう。セラフィナに対してここまでの忠誠心を抱いていたとは若いのに大したものだ。

「仕方がない。少しでも遅れたら帰ってもらう。いいな」
「はい!    旦那様、誠にありがとう存じます!」

   エルマはまたしても腰を直角に折り曲げると、後ろで事の成り行きを見守っていたディルクに報告をすべく駆けて行った。ディルクの視線に頷いて返してから、ランドルフも自身の身支度を整えるべく歩き始める。
 だからこそ、背後で弟が苦笑気味に嘆息したことなど、知りようがなかったのだ。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、 屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。 そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。 母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。 そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。 しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。 メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、 財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼! 学んだことを生かし、商会を設立。 孤児院から人材を引き取り育成もスタート。 出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。 そこに隣国の王子も参戦してきて?! 本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡ *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

初夜に「私が君を愛することはない」と言われた伯爵令嬢の話

拓海のり
恋愛
伯爵令嬢イヴリンは家の困窮の為、十七歳で十歳年上のキルデア侯爵と結婚した。しかし初夜で「私が君を愛することはない」と言われてしまう。適当な世界観のよくあるお話です。ご都合主義。八千字位の短編です。ざまぁはありません。 他サイトにも投稿します。

処理中です...