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第三章 あの日の約束に真実の夢を見る
1 女王と臣下
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ここはアルーディアの王宮、その中で最も重要な女王陛下の居室である。部屋の主である女王フランシーヌはゆったりと玉座に腰を据え、いつもの笑みを浮かべたように見えた。
「それで、ようやく現地と連絡が取れたというわけですか」
「は。アンディゴもどうやらかなり苦労したようですが、なんとか」
しかし実際には腑が煮え繰り返っているだろう事を、宰相たるジスランはよくよく理解していた。彼は吹き出る脂汗を拭い、痛みを訴える三段腹をそっと撫でる。
アルーディアでの工作員の活動拠点としていた娼館が摘発されたとの報を受けてから、すでに二ヶ月が経過していた。
その他の拠点も破棄して証拠の隠滅を図った工作員達は散り散りになり、今日ようやくそのうちの一人との接触に成功したとの報がもたらされたのだ。
アンディゴという名を持つ工作員は、戴冠式の折にセラフィナを刺してなお逃げ延びた優秀な男だが、ヴェーグラントの包囲網をくぐり抜けるのは容易ではなかったらしい。諸々の対応のまずさに、女王は怒髪天をついているのだった。
「工作員の苦労話などどうでもよろしい。我がアルーディアは他のどの国にも屈するわけにはいかない。わかりますね、ジスラン」
「は! 勿論にございます」
アルーディアこそが世界の頂点を治めるべき国で、アルーディア人こそが人間である。それはこの女王陛下の口癖にして建国史に則ったもので、ジスランも心の底から賛同する理念だった。彼女の臣下でこの考え方に意を唱えるものはいない。即位以来周辺諸国に攻め入り、破竹の勢いで領土を拡大しつつあるのもその要因の一つだ。
「ならば早くヴェーグラントの連中の鼻をあかしてやりなさい。このように躱されたままではアルーディアの名に傷がつきます」
「はは!」
「下がりなさい」
「は! 失礼いたします!」
ジスランは女王の御前を辞すと、途端に息を吐いた。このままではいつか女王の怒りが限界を突破するかもしれない。早く早く、国民の感情を逆撫でせず、戦の火蓋を切って落とす方策を考えなければ。
あの汚らわしい第二王女を使った作戦はことごとく失敗に終わった。腰抜けのヴェーグラント皇帝はどうしても戦争がしたくないらしく、ここまでされてもなお行動を起こさない。戴冠記念の夜会をめちゃくちゃにされた事に関しては、宣戦布告されてもおかしくないほどの事案だったのに。
だがまあいい。まだ手駒は残っている。工作員を補充してアンディゴと合流させればばまだいくらでもやりようはある。
ジスランはにたりと口元を歪めると、重々しい一歩を踏み出したのだった。
「それで、ようやく現地と連絡が取れたというわけですか」
「は。アンディゴもどうやらかなり苦労したようですが、なんとか」
しかし実際には腑が煮え繰り返っているだろう事を、宰相たるジスランはよくよく理解していた。彼は吹き出る脂汗を拭い、痛みを訴える三段腹をそっと撫でる。
アルーディアでの工作員の活動拠点としていた娼館が摘発されたとの報を受けてから、すでに二ヶ月が経過していた。
その他の拠点も破棄して証拠の隠滅を図った工作員達は散り散りになり、今日ようやくそのうちの一人との接触に成功したとの報がもたらされたのだ。
アンディゴという名を持つ工作員は、戴冠式の折にセラフィナを刺してなお逃げ延びた優秀な男だが、ヴェーグラントの包囲網をくぐり抜けるのは容易ではなかったらしい。諸々の対応のまずさに、女王は怒髪天をついているのだった。
「工作員の苦労話などどうでもよろしい。我がアルーディアは他のどの国にも屈するわけにはいかない。わかりますね、ジスラン」
「は! 勿論にございます」
アルーディアこそが世界の頂点を治めるべき国で、アルーディア人こそが人間である。それはこの女王陛下の口癖にして建国史に則ったもので、ジスランも心の底から賛同する理念だった。彼女の臣下でこの考え方に意を唱えるものはいない。即位以来周辺諸国に攻め入り、破竹の勢いで領土を拡大しつつあるのもその要因の一つだ。
「ならば早くヴェーグラントの連中の鼻をあかしてやりなさい。このように躱されたままではアルーディアの名に傷がつきます」
「はは!」
「下がりなさい」
「は! 失礼いたします!」
ジスランは女王の御前を辞すと、途端に息を吐いた。このままではいつか女王の怒りが限界を突破するかもしれない。早く早く、国民の感情を逆撫でせず、戦の火蓋を切って落とす方策を考えなければ。
あの汚らわしい第二王女を使った作戦はことごとく失敗に終わった。腰抜けのヴェーグラント皇帝はどうしても戦争がしたくないらしく、ここまでされてもなお行動を起こさない。戴冠記念の夜会をめちゃくちゃにされた事に関しては、宣戦布告されてもおかしくないほどの事案だったのに。
だがまあいい。まだ手駒は残っている。工作員を補充してアンディゴと合流させればばまだいくらでもやりようはある。
ジスランはにたりと口元を歪めると、重々しい一歩を踏み出したのだった。
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